前回、前々回で撮影時における露出補正と撮影倍率について説明しましたので、今回は実際に撮影する場合の手順などについて触れておきたいと思います。実際に近接撮影した例も掲載しておきます。
撮影倍率を決めて撮影する
まず、先に撮影倍率を決めて、その大きさで撮影する場合の手順について説明します。手近なところに花瓶に差した梅がありましたので、これを撮影してみたいと思います。 テーブルフォトのようになるので、あまり長い焦点距離のレンズは使わず、今回は105mのレンズで等倍(1倍)撮影をしてみます。機材等は以下の通りです。
カメラ リンホフマスターテヒニカ45 レンズ フジノン CM Wide 105mm 1:5.6 フィルムホルダー ホースマン67用フィルムホルダー
撮影倍率はフィルムの大きさに影響を受けないので、今回はブローニーフィルムを使います(なにしろ、フィルム代が高いので)。
撮影手順はざっと下のようになります。
(1) レンズの繰出し量を求める (2) レンズと被写体の距離を求める (3) (2)の計算結果に基づき、カメラと被写体の位置を決める (4) 微調整によりピントを合わせる (5) 露出補正値を計算する (6) 撮影
それでは、順を追って説明していきます。
(1) レンズの繰出し量を求める
前回説明した、撮影倍率とレンズの焦点距離から、レンズの後側焦点と撮像面の距離を求める計算式にあてはめます。 ここで、各記号は以下の通りです。
f : レンズの焦点距離(今回は105mm) z : レンズの前側焦点から被写体までの距離 z’ : レンズの後側焦点から撮像面までの距離 M : 撮影倍率(今回は1倍)
レンズの後側焦点から撮像面までの距離z’は、
z’ = f・M = 105 * 1 = 105mm
よって、この値にレンズの焦点距離の105mmを加算した210mmがレンズの繰出し量となりますので、その位置までカメラの蛇腹をススーッと伸ばします。このとき、メジャーがあると便利です。
(2) レンズと被写体の距離を求める
次に、レンズ前側焦点から被写体までの距離zを求める計算式にあてはめます。
z = f/M = 105/1 = 105mm
よって、レンズ中心から被写体までの距離は、レンズの焦点距離の105mmを加えた210mmとなります。
(3) (2)の計算結果に基づき、カメラと被写体の位置を決める
カメラ、もしくは被写体を動かしてこの距離を保った位置関係にします(下図を参照)。
このとき、カメラのフォーカシングスクリーンを覗くと、概ね、ピントが合っているはずです。もし、ピントが大きくずれている場合は、レンズ繰出し量が違っているか、被写体との距離が違っているかです(両方違っている場合もありますが)。 ここで注意が必要なのは、ピントがずれているときに、カメラ側のフォーカシングノブでピント合わせをしないということです。これをやってしまうと撮影倍率がくるってしまいます。ですので、レンズの繰出し量を再確認し、また、被写体との距離を正しい位置関係になるようにカメラ、もしくは被写体を動かし、フォーカシングスクリーン上でピントが合っている状態にします。
すでにお分かりと思いますが、等倍撮影の場合、被写体からレンズ中心までの距離と、レンズ中心から撮像面までの距離(レンズ繰出し量)が等しくなります。そして、被写体から撮像面までの距離が最短になるのが等倍撮影のときです。
(4) 微調整によりピントを合わせる
最終のピント合わせ(微調整)はカメラのフォーカシングノブを動かして行います。(3)で説明した位置関係が正しく設定されていれば、微調整の量はごくわずかです。 この状態でフォーカシングスクリーンを見ると、被写体と同じ大きさに投影された像が写されているはずです。
(5) 露出補正値を求める
今回の撮影ではレンズの焦点距離の2倍まで繰出しているので、露出補正が必要になります。「大判カメラによるマクロ撮影(1) 」で説明した露出補正倍数を求める計算式にあてはめます。
露出補正倍数 = (レンズ繰出し量/焦点距離)^2 = (210/105) ^ 2 = 4倍
となり、この場合は4倍の露出補正が必要になります。 すなわち、露出計で測光した値に対して、2段分、多く露光されるように露出値を決め、絞り、もしくはシャッター速度を設定します。
(6) 撮影
等倍撮影なので被写界深度は非常に浅くなります。絞りF8で撮影する場合、焦点深度は±0.24mm(許容錯乱円を0.03mmとする)、被写界深度はおよそ1.9mmとなります。つまり、ピントの合っている状態からレンズを前後いずれかに0.24mm動かすと、ピントの合っていた位置は被写界深度の範囲から外れてしまうことになります。
実際に、上記の条件で撮影したのが下の写真です。
白梅(等倍撮影) Linhof MasterTechnika 45 FUJINON CM Wide 105mm 1:5.6 F11 1/4 PROVIA100F
花の大きさがわかるようにメジャーも一緒に写し込みました。ピントは花の中心付近の雄蕊に合わせています。
撮影倍率ごとの作例
撮影倍率によってフィルム上ではどのような感じになるかというのを見ていただこうと思い、1/2倍、等倍、2倍で撮影した67判のポジ原版を掲載しておきます。 被写体は山形県米沢市の民芸品である「お鷹ポッポ」です。いずれも鷹のくちばしのあたりにピントを合わせています。梅の写真同様、メジャーも写し込んでいます。
1/2倍撮影 Linhof MasterTechnika 45 FUJINON CM Wide 105mm 1:5.6 F8 1/8 PROVIA100F
等倍撮影 Linhof MasterTechnika 45 FUJINON CM Wide 105mm 1:5.6 F8 1/2 PROVIA100F
2倍撮影 Linhof MasterTechnika 45 FUJINON CM Wide 105mm 1:5.6 F8 1s PROVIA100F
フィルム面(黒縁の内側)の大きさは、横69mm×縦56mmです。実際にフィルム上に写ったメジャーの目盛りを測定してみましたが、ほぼ正確に1/2倍、等倍、2倍になっていました。 ちなみに、2倍の倍率での撮影時の露出補正倍数は9倍になります。
撮影範囲とレンズを決めて撮影する
「厳密な撮影倍率は気にしないが、このレンズでこの範囲を写し込みたい」ということがあると思います。その場合の撮影手順について触れておきます。 この場合、写し込みたい範囲の寸法、撮像面の寸法、使用するレンズの焦点距離から撮影倍率を計算します。例えば、以下のような条件のとき、
写し込みたい範囲の横幅 200mm 撮像面の横の長さ 69mm(67判を想定) レンズの焦点距離 105mm
撮影倍率は、69/200 = 0.345倍 となります。 これ以降は上の手順と同じになります。
参考までに計算をしてみます。 この倍率からレンズ後側焦点から撮像面までの距離は、
z’ = f・M = 105 * 0.345 = 36.2mm
よって、レンズ中心から撮像面までの距離(レンズ繰出し量)は、36.2 + 105 = 141.2mm になります。
また、レンズの前側焦点から被写体までの距離を求めると、
z = f/M = 105/0.345 = 305.3mm
よって、レンズ中心から被写体までの距離は、305.3 + 105 = 410.3mm になります。
被写体までの距離と撮影範囲を決めて撮影する
「この位置からこの範囲を写したい」というときに、どの焦点距離のレンズを使ったらよいかを知りたいということがあると思います。 まず、写し込みたい範囲の寸法と撮像面の寸法から撮影倍率を計算します。例えば、以下のような条件のとき、
写し込みたい範囲の横幅 200mm 撮像面の横の長さ 69mm(67判を想定) 被写体までの距離 500mm
撮影倍率は、69/200 = 0.345倍 となります。 また、「この位置」というのがレンズの前側焦点とすると、この値からレンズの焦点距離を計算すると、
z = f/M より、 f = z・M = 500*0.345 = 172.5mm
となります。
計算結果にピッタリとした焦点距離のレンズはないと思いますので、最も近い値のレンズを使うことになります。この場合は180mmといったところでしょうか。 よって、被写体から、500+180 = 680mm の位置にレンズの中心を置くことで、概ね、想定した範囲を撮影することができます。
この時のレンズの後側焦点から撮像面までの距離も計算してみます。
z’ = f・M = 180*0.345 = 62.1mm
よって、レンズの繰出し量は、180+62.1=242.1mmとなります。
このように計算で求めることもできますが、せっかく計算してもぴったりとはまるレンズがないとなると、あくまでも目安程度ということになってしまいます。しかしながら、レンズ選択に迷うときには有効かもしれません。 なお、もっと簡単にレンズを決めることができる方法があります。「プアマンズフレーム」なるものを使用することで、使用するレンズの焦点距離を選択することができますので、詳細は「我楽多箱」に入れてある下のページをご覧ください。
「構図決めに便利なプアマンズフレームの作成 」
補足
大判カメラでのマクロ撮影ということで、その手順について書いてきましたが、このやり方は35mm判や中判のマニュアル一眼レフカメラなどに接写リングやベローズをつけての撮影でも基本的に同じです。 ただし、ヘリコイド型ではない通常の接写リングの場合、レンズ繰出し量は接写リングの組み合わせにより、段階的(不連続)になってしまいますので、ベローズに比べると自由度は制限されてしまいます。一般的には3個組になっているものが多いと思いますが、いちばん薄いのが1号、その倍の厚さがある2号、4倍の厚さがある3号の組合せとなっていますので、1号のリングの厚さを把握しておけば、その倍数で7通りの長さをつくることができます。 ちなみに、PENTAX67用の接写リング1号の厚さは14mmですので、14mm刻みで98mmまでの組み合わせができます。
(2021年2月27日)
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