前回は近接撮影の際にレンズを繰出すことによる露出補正について触れましたが、今回は撮影倍率について話を進めたいと思います。希望の倍率で撮影したい時のレンズの配置等についても触れておきます。
【Table of Contents】
撮影倍率とは
撮影倍率とは、被写体の大きさと、その被写体が撮像面(フィルム)に写った大きさの比率をいいます。例えば、直径20mmの1円硬貨が、撮像面上でも20mmに写っていれば撮影倍率は1倍(等倍)であり、撮像面上での大きさが10mmであれば撮影倍率は1/2倍ということになります。
この撮影倍率は撮像面の大きさには関係ありませんので、35mmフィルムであろうと4×5フィルムであろうと、撮像面上で1円硬貨が20mmの大きさに写っていれば撮影倍率は等倍です(下図を参照)。
撮影倍率を計算で求める
まず、レンズと光に関する基本的な特性として、以下の4点が挙げられます。
1) ある一点から出たあらゆる光は、レンズを通過した後、一点に集まる
2) 光軸と平行にレンズに入射した光は、レンズを通過した後、レンズの後側焦点を通る
3) 前側焦点を通ってレンズに入射した光は、レンズを通過した後、光軸と平行に進む
4) レンズの中心を通った光は直進する
上の図で、それぞれの記号が示す意味は以下の通りです。
F : レンズの前側焦点
F’ : レンズの後側焦点
H : レンズ中心
h : 被写体の高さ
h’ : 撮像面上での被写体の高さ
f : レンズの焦点距離
z : レンズの前側焦点から被写体までの距離
z’ : レンズの後側焦点から撮像面までの距離
この図で、レンズ前側(図の左側)にある2つの黄色の三角形に注目すると、薄い黄色で塗られた大きな三角形(△ABF)と、濃い黄色で塗られた小さな三角形(△FHC)は相似形であることがわかります。
また、
辺BF = h (薄い黄色の大きな三角形)
辺HC = h’ (濃い黄色の小さな三角形)
であることから、下の関係式が成り立ちます。
h:h’ = z:f ……… (1)
次に、レンズ後側(図の右側)にある2つのオレンジ色の三角形に注目すると、薄いオレンジ色で塗られた大きな三角形(△C’F’H)と、濃いオレンジ色で塗られた小さな三角形(△F’A’B’)も相似形であることがわかります。
上と同様に、
辺C’H = h (薄いオレンジ色の大きな三角形)
辺F’B’ = h’ (濃いオレンジ色の小さな三角形)
であることから、下の関係式が成り立ちます。
h:h’ = f:z’ ……… (2)
hとh’の比率は、被写体の大きさと、撮像面上の被写体の大きさの比率となり、これが撮影倍率になります。
撮影倍率をMとすると、Mは h’ / h となるので、下の関係式が成り立ちます。
M = f/z ……… (3)
M = z’/f ……… (4)
これらのことから、撮影倍率は以下のように定義することができます。
式(3)から、撮影倍率は、被写体からレンズの前側焦点までの距離と、レンズの焦点距離の比
式(4)から、撮影倍率は、レンズの焦点距離と、レンズの後側焦点から撮像面までの距離の比
これにより、所定の倍率で撮影したいときに、被写体からレンズまでの距離、レンズから撮像面までの距離を知ることができます。
また、上の式は次のように書き換えることができます。
z = f/M ……… (5)
z’ = f・M ……… (6)
式(5)は、被写体からレンズの前側焦点までの距離は、レンズの焦点距離を撮影倍率で除した値
式(6)は、レンズの後側焦点から撮像面までの距離は、レンズの焦点距離に撮影倍率を乗じた値
ということを意味します。
これにより、被写体からレンズまでの距離、およびレンズから撮像面までの距離がわかっているときに、撮影倍率を知ることができます。
ここで注意が必要なのは、zは被写体からレンズの前側焦点までの距離なので、被写体からレンズ中心までの距離はzにレンズの焦点距離fを加算しなければなりません。
同様に、z’はレンズ後側焦点から撮像面までの距離なので、レンズ中心から撮像面までの距離はz’にレンズの焦点距離fを加算しなければなりません。
撮影倍率によるレンズ位置の計算
ここで例として、焦点距離100mmのレンズで1円硬貨(直径20mm)を2倍の大きさ(直径40m)で撮影したい時のレンズの配置を計算してみます。
レンズの焦点距離 f = 100mm と、撮影倍率 M = 2倍 を式(5)にあてはめると、
z = 100 / 2
= 50mm
となり、レンズの前側焦点の50mm前方に被写体を置けばよいことがわかります。これは、レンズ中心から150mmの位置になります。
次に、撮像面の位置を計算するために、式(6)にあてはめると、
z’ = 100 * 2
= 200mm
となり、レンズの後側焦点から200mm後方に撮像面を置けばよいことになります。これは、レンズの中心から300mmの位置になります。
実際にカメラと被写体を配置してみると、下のような感じになります。
(105mmのレンズが取り付けてありますが、撮影時のイメージを理解してもらうことが目的なので、焦点距離100mmのレンズということにしておいてください)
ピントが合って見える範囲は? 焦点深度と被写界深度
ちなみに、この状態の焦点深度は極めて浅く、紙一枚ほどの厚さという感じです。実際にどれくらいの焦点深度があるか、計算をしてみます。
焦点深度は下の式のように定義されています。
焦点深度 = ± ε・F
ここで、εは許容錯乱円、Fは絞り値になります。
許容錯乱円を0.03mmとすると、絞りF8で撮影した場合の焦点深度は、
焦点深度 = ±0.03 * 8
= ±0.24mm
となります。
これを、焦点距離100mmのレンズを使ったこの撮影の場合の被写界深度に換算すると、およそ1.2mmとなりますので、ピント合わせは非常にシビアというほかありません。なお、許容錯乱円の値は、35mm判フィルムから四切程度に引き伸ばすことを前提に定義されていた値を用いています。
被写界深度や焦点深度の詳細については別の機会にしたいと思います。
露出補正値を求める
前回、露出補正値の求め方について触れましたが、上の例について露出補正値を計算してみます。上で求めた値を下の式にあてはめてみます。
露出補正倍数 = (レンズ繰出し量/焦点距離)^2
レンズ繰出し量は、f + z’ = 300mm ですから、
露出補正倍数 = (300 / 100) ^ 2
= 9
となり、9倍の露出補正が必要ということになります。これは、絞りF5.6の場合の実効f値が16.8になることを意味します。
大判カメラでの最大撮影倍率は?
では、大判カメラを使った近接撮影で、最大撮影倍率はどれくらいまで可能なのか、算出してみたいと思います。
リンホフマスターテヒニカ45の最大フランジバックは430mmです(私のカメラは蛇腹の都合でそこまで延びませんが)。式(4)から、レンズの焦点距離が短い方が撮影倍率が高くなることがわかりますので、私が持っているレンズの中で最も焦点距離の短い65mmのレンズを使うことを想定します。
レンズの最大繰出し量の430mmからレンズの焦点距離の65mmを引くと、レンズの後側焦点から撮像面までの距離 z’ は365mmになります。
これを、式(4)にあてはめると、
M = z’/f
= 365 / 65
= 5.62
となり、約5.6倍の倍率で撮影ができることになります。
これは、直径20mmの1円硬貨が、撮像面では直径112mmの大きさで写ることになります。画質の低下や被写界深度の浅さはあるとしても、驚くべき近接撮影です。
実際にこのような近接撮影のニーズがあることはほとんどないと思われますが、大判カメラによる近接撮影のポテンシャルについてはおわかりいただけるのではないかと思います。
実際の撮影手順や撮影例については次回にしたいと思います。
(2021年2月11日)