私は風景を撮る機会が多いので、大判カメラ(主に4×5判)を使う頻度も高くなります。カメラはでかいし、撮影に手間がかかり著しく機動性に欠けるし、フィルムや現像などコストはかかるし、デメリットばかりが目立ってしまいがちですが、仕上がった大判写真の美しさや迫力は、数々のデメリットを補って余りある魅力があります。
写真としての出来不出来は大判だろうが35mm判だろうが関係なく、大判だから良い写真が撮れるわけではありませんし、もちろん35mm判でも良い写真は撮れます。ですが、大判と35mm判とでは明らかに異なる点がいくつかあります。今回はその違いについて触れてみたいと思います。
【Table of Contents】
フィルムサイズの違いとその影響
35mm判と大判で最もわかり易い明確な違いは、言うまでもなく一目瞭然、フィルムのサイズです。実際に画像が記録される大きさは、
35mm判 : 36mm × 24mm
4×5判 : 121mm × 95mm
で、面積比でいうと4×5判は35mm判の約13.3倍になります。
アスペクト比(縦横比)が異なりますが、4×5判の対角の長さは35mm判の約3.56倍になります。
フィルムをデジカメの撮像素子のような画素数で表現することはあまり意味があるとは思いませんが、比較をするうえで数値化したほうがわかり易いので、あえて画素数で表してみます。
富士フィルムが公開しているデータシートによると、リバーサルフィルムVelviaの場合、解像力は80~160本/mmとなっています。コントラストが非常に低いときで80本/mm、高コントラスト時で160本/mmということですので、中間の値をとって120本/mmとして計算してみます。
この「解像力」の意味ですが、120本/mmとは、1mmの幅の中に120本の線を識別できるということです。したがって、最低でも240画素以上が必要ということになります。
この値をフィルムのサイズにかけ合わせると以下のようになります。
35mm判 : 36mm × 240本/mm × 24mm × 240本/mm
= 8,640dot × 5,760dot
≒ 4,977万画素
4×5判 : 121mm × 240本/mm × 95mm × 240本/mm
= 29,040dot × 22,800dot
≒ 6億6,211万画素
では、この画素数の違いが、写真にとってどの程度の影響があるかということを試算してみます。35mm判と4×5判ではアスペクト比が違うので、横置きの場合の水平方向(長辺)を対象に進めます。
いま、35mm判カメラに焦点距離50mmのレンズをつけて、5m先の被写体にピントを合わせることを想定してみます。水平方向の長さ36mmのフィルムに対して焦点距離50mmのレンズですので、水平画角は39.6度になります。
4×5判のフィルムでこれと同じ水平画角となるレンズの焦点距離は168mmです。実際に168mmなどという中途半端な焦点距離のレンズはないと思いますが、便宜上、この値で話を進めます。
下の図を参照してください。
上の図から分かるように、5m先にある被写体を、水平画角39.6度でとらえた時、フィルムに写る水平方向の長さは3.6m(3,600mm)です。
この3.6mを、35mm判では8,640dotで、4×5判では29,040dotで記録するわけですから、それぞれの分解能は以下のようになります。
35mm判 : 3,600mm ÷ 8,640dot = 0.417mm/dot
4×5判 : 3,600mm ÷ 29,040dot = 0.124mm/dot
つまり、5m先にある被写体について、35mm判では最小で0.417mmまで識別でき、4×5判では最小で0.124mmまで識別できるということになります。言い換えると、35mm判が1ドットで記録される範囲を、4×5判は約3.36ドットで記録されるということです。
これは、数値上からは5m先にいる人の指の指紋が識別できる解像度ですが、実際には指紋のコントラストはそんなに高くないと思いますので現実的には無理ではないかと思われます。
また、色が変化しているような場合、4×5判の方が色の変化を滑らかに記録できることになります。35mm判で画素と画素の間の色の変化を、4×5判では3.36段階に分けて記録されるわけですから、滑らかさの違いは想像に難くないと思います。
画素数が多いことで細部まで記録できるのはもちろんですが、写真を見た時に、35mm判に比べて4×5判で撮った写真の方が階調が豊かに感じられるのはこのような理由ではないかと思います。
なお、実際にはレンズによっても左右されると思いますが、ここではレンズによる影響は考慮していません。
被写界深度の違いとその影響
フィルムサイズ(画素数)の違いの次は被写界深度の違いです。
上と同じ条件(35mm判に焦点距離50mmのレンズ、4×5判に焦点距離168mmのレンズをつけ、5m先の被写体を対象)のときの被写界深度を比較してみます。
被写界深度の計算式(近似式)は以下の通りです。
前側被写界深度 D₁ = a²εF / (f² + aεF)
後側被写界深度 D₂ = a²εF / (f² - aεF)
ここで、
a :被写体までの距離[mm]
ε:許容錯乱円[mm]
F :絞り値
f :レンズの焦点距離[mm]
です。
許容錯乱円は35mm判の場合、0.022~0.028mmの値が使われていることが多いようなので、ここでは中間の値の0.025mmを用いることにします。
上の式に、a = 5,000、ε = 0.025、f = 50、および、f = 168、絞り値Fには大判レンズの開放値として多く採用されているF = 5.6をあてはめてみます。
まず、35mm判、焦点距離50mmのレンズの場合です。
前側被写界深度 = 5,000×5,000×0.025×5.6 / (50×50 + 5,000×0.025×5.6)
= 1,094mm
後側被写界深度 = 5,000×5,000×0.025×5.6 / (50×50 – 5,000×0.025×5.6)
= 1,944mm
続いて、4x5mm判、焦点距離168mmのレンズの場合です。
前側被写界深度 = 5,000×5,000×0.025×5.6 / (168×168 + 5,000×0.025×5.6)
= 121mm
後側被写界深度 = 5,000×5,000×0.025×5.6 / (168×168 – 5,000×0.025×5.6)
= 127mm
この結果から分かるように、同じ絞り値F5.6の場合、35mm判(f=50mmレンズ)の被写界深度は3,038mmですが、4×5判(f=168mmレンズ)の被写界深度はわずか248mmしかありません(いずれも前側被写界深度と後側被写界深度を加算した値です)。
ピントが合っているように見える範囲は、35mm判は4×5判の12倍以上あるわけですから、写真を見た時に明らかに違いが感じられます。4×5判ではピントの合っている範囲がごく一部であっても、35mm判だとかなり広範囲にピントが合っているように見えるはずです。この被写界深度の違いはフィルムサイズの違いによる影響よりもはるかに大きなインパクトを与えます。
被写界深度は絞り値に影響を受けるので、4×5判(f=168mmレンズ)で35mm判(f=50mmレンズ)と同じだけの被写界深度を稼ぐには絞り値をどれくらいにすればよいかを計算してみます。
上で示した被写界深度から絞り値Fを求めるように変形します。
絞り値 F = ( (a²ε/D₁f²) - (aε/f²) )⁻¹
この式に、35mm判(f=50mmレンズ)の前側被写界深度 D₁=1,094 を当てはめて計算すると、
絞り値 F = ((5,000×5,000×0.025 / 1,094x168x168) – (5,000×0.025 / 168×168))⁻¹
= 63.24
となり、F64まで絞ると、35mm判(f=50mmレンズ)のF5.6とほぼ同じ被写界深度になることがわかります。
なお、許容錯乱円の値を35mm判と同じ0.025mmを用いましたが、4×5判からプリントする場合は35mm判に比べて拡大率が低いので、一般には許容錯乱円の値も35mm判よりも大きな値(0.08~0.1)を使うことが多いようです。しかし、フィルム上での比較ということで、ここではあえて同じ値で計算しました。
適当な作例がありませんが、ストックの中から探してきました。
1枚目が4×5判に焦点距離210mmのレンズをつけて撮ったもの、2枚目がAPSサイズのデジカメで焦点距離40mm近辺で撮ったものです。
2枚のフレーミングは少しずれていますが、おおよそ同じ位置から撮っています。ツツジまでの距離は4~5mといったところです。絞り値はいずれもF8で、4×5判で210mmレンズと、APSサイズで40mmレンズの画角はほぼ同じです。
風が強くてかなり被写体ブレを起こしていますが、今回はそこは無視してください。
4×5判の方は後方の白樺の木がほとんどボケていますが、デジカメの方はかなり後方まで鮮明に写っているのがわかると思います。
同じ被写体、同じ構図ですが、写真を見たイメージはずいぶん違うと思います。
ボケの大きさの違いとその影響
3点目の違いはボケの大きです。ここでいうボケとは、ピントが合っていないところのボケの大きさをいいます。
ここでも上と同じ条件(35mm判に焦点距離50mmのレンズ、4×5判に焦点距離168mmのレンズをつけ、5m先の被写体を対象)のときに、無限遠のボケの大きさがどれくらい異なるのかを試算してみます。
まず、ボケの大きさはレンズの絞り値によって決まります。
レンズの焦点距離 f、絞り値 F、そして有効径 Dの間には次のような関係式が成り立ちます。
絞り値 F = f/D
よって、レンズの有効径は、
有効径D = f/F
上の式に、焦点距離50mm、および168mm、絞り値5.6をあてはめてレンズの有効径を求めると、
50mmレンズの有効径 = 50 / 5.6
= 8.928mm
168mmレンズの有効径 = 168 / 5.6
= 30mm
となります。
これを図に表すとこうなります。
上の図で、ピントの合っていないところがボケの大きさを表すことになるわけですが、絞り値が等しければ光軸に平行に入ってきた無限遠光は同じところに焦点を結ぶので、ボケの大きさも等しくなります。
では、この状態から5m先の被写体にピントを合わせた場合のレンズの位置を計算してみます。
レンズの焦点距離 f、レンズから被写体までの距離 a、レンズから撮像面までの距離 bの間には次のような関係があります。
1/a + 1/b = 1/f
よって、
1/b = 1/f - 1/a
この式に、a = 5,000、f = 50、および、f = 168 をあてはめると、
50mmレンズ 1/b = 1/50 – 1/5,000
b = 50.505mm
168mmレンズ 1/b = 1/168 – 1/5,000
b = 173,841mm
となります。
すなわち、無限遠からの繰出し量が50mmレンズの場合は0.505mm、168mmレンズだと5.841mmということです。
レンズが前に繰り出した分、無限遠はボケることになります。
次に、無限遠のボケ径は次の式で求められます。
∞ボケ径 d = F²/F(a - f)
この式に、絞り値 F = 5.6、被写体までの距離 a = 5,000、焦点距離 f = 50、および、f = 168 をあてはめると、
50mmレンズ∞ボケ径 = 50×50 / 5.6x(5,000 – 50)
= 0.090mm
168mmレンズ ∞ボケ径 = 168×168 / 5.6(5,000 – 168)
= 1.043mm
となり、5m先にピントを合わせた時の無限遠のボケの大きさは、35mm判(f=50mmレンズ)に対して4×5判(f=168mmレンズ)は約11.6倍にもなります。これは被写界深度の違いと同様で、写真を見た時に35mm判と4×5判では明らかに印象が異なります。同じ画角で同じ範囲を写しても、35mm判に比べて4×5判の方が急激に、しかも大きくボケていくことがわかります。
では、焦点距離168mmのレンズの無限遠のボケ径が、50mmレンズと同じ大きさ(0.09mm)になるにはどれくらいまで絞ればよいかを計算してみます。
上の式から、絞り値 F は次のように求めることができます。
絞り F = f²/ d(a - f)
ここにそれぞれの値をあてはめると、
絞り F = 168×168 / 0.09x(5,000 – 168)
= 64.9
となり、およそF64まで絞ると50mmレンズのボケ径とほぼ同じになることがわかります。
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このように、4×5判で撮影した写真は、撮像面の大きさによる画像の鮮明さや階調の豊かさに加え、被写界深度の違いやボケの大きさの違いによって、同じ範囲を写した写真でも35mm判の写真とは全くイメージの異なる画になります。
どの範囲にピントを合わせ、どのようにボケを取り入れるかなどは作画意図によって変わってきますが、大判写真というのは豊かな階調やボケの大きさなどの要素が合わさり、非常に奥行きのある画になるという特徴があると思います。
一方で、被写界深度が深ければピントの合う範囲が広いので、全体として締まりのある感じになるでしょうし、浅ければ被写界深度を稼ぐために苦労するかもしれませんが、その反面、主張したいところだけを浮かび上がらせることができます。どちらがより良いということではなく、35mm判なり4×5判なり、それぞれの特性を活かした作画をすべきなんだろうと思います。
また、今回は35mm判と4×5判が同じ画角になるようにそれぞれ、50mm、168mmの焦点距離のレンズで試算しましたが、35mm判のカメラに168mmの焦点距離のレンズを付けても被写界深度やボケの大きさに関しては4×5判で計算した値と同じになります。
ただし、写る範囲がぐっと狭まりますので、出来上がる写真のイメージはまったく違うものになります。
大判写真というのは単にフィルムが大きいので綺麗に写るということだけでなく、35mm判とは大きく異なる要素がいくつかあります。そういったことを理解したうえで構図をどうするか、どのように撮影するかということを考えるのも大判写真の楽しさかもしれません。
(2021年8月22日)