花を撮る(5) 夏の終りから秋に咲く花

 今年(2021年)の東京の夏は短かったという印象です。9月になると急に暑さがやわらぎ、一気に秋が来たのではないかと思えるような日が続いていました。急激に秋になってしまうのではないかとも思いましたがそんなことはなく、30度を超える日も数回あったと記憶しています。
 野に咲く花も、夏の花から秋の花に変わっていくのが感じられる季節です。今回は夏の終りから秋にかけて咲く野草を紹介します。

秋桜(コスモス)

 秋といえば何といっても秋桜を外すわけにはいきません。もともとはメキシコ原産らしいですが、今ではすっかり日本の風景となっています。「風を見る花」というロマンチックな愛称を持っており、秋を感じさせてくれる代表的な花となっています。
 田圃の畦や農道の脇に咲く秋桜も風情がありますが、牧場などで大群生している姿は圧巻です。花の色が白やピンク、赤など多彩なのも華やかさを増していると思います。

 秋桜で有名な長野県の内山牧場で撮ったのが下の写真です。

▲秋桜 PENTAX67Ⅱ smc PENTAX-M 67 300mm 1:4 F4 1/250 PROVIA100F

 内山牧場は3haもの広大な丘陵地に100万本の秋桜が咲くお花畑です。
 青く澄み渡った空と咲き誇る秋桜のコラボレーションも見事ですが、上の写真は朝日が昇ってきたところを逆光で撮りました。正面にある林の上に朝日が顔を出して、秋桜畑に光が差し込んだ瞬間です。
 300mmの望遠レンズを使い、すぐ手前にある秋桜を大きくぼかし、かなり先の方にある秋桜にピントを合わせています。ピントが合っている範囲はごくわずかです。

 もろに逆光ですので、秋桜の本来の花の色は損なわれていますが、花一つひとつが発光しているような描写を狙ってみました。

 色温度の低い朝の光なので、全体的に赤っぽくなっています。色温度補正フィルターで赤みを落としても良いのですが、このままの方が朝の雰囲気が感じられると思います。

 太陽が正面にあるので、レンズに直接光が当たらないようにハレ切りを使っています。
 このような感じに写せるのはほんのわずかな時間です。太陽が高くなってくると光も白くなりますし、上からの光になるので、秋桜が光り輝くようにはなりません。

ガガイモ

 夏の終り頃から良く見かける野草です。つる性の植物で繁殖力がかなり強いらしく、雑草化してしまうのでどちらかというと嫌われ者のイメージがあります。
 薄紫色の星形をした、小さな可愛らしい花をつけます。細かい毛が密生しているため、砂糖菓子のような感じもします。

 下の写真は雨上がりに撮影したガガイモの花です。

▲ガガイモ PENTAX67Ⅱ smc PENTAX67 M135mm 1:4 F4 1/125 EX3 PROVIA100F

 小さな花なので、俯瞰気味に撮ると葉っぱやつるの中に小さな花が埋もれてしまい、花の可愛らしさがまったく浮かび上がってきません。
 半逆光気味になるよう、下から見上げる感じで撮ると花の表情が出せると思います。
 そして、背景には余計なものを入れず、できるだけシンプルにした方が引き立ちます。

 この写真、太陽の位置は画面のほぼ右側の真上方向にあり、トップライトに近い感じで撮影しています。花に立体感を出すため、陰になる部分ができるような位置を選んでいます。
 そして、背景はできるだけ暗くなるように、日陰になっている林を入れました。陽が当たっている花と背景のコントラストが大きいので、真っ黒で平面的になり過ぎないよう、光が差し込む木々の隙間を右上に入れました。

 そのままでも十分に可愛らしい花ですが、水滴がつくことでみずみずしさも出ているのではないかと思います。
 なお、中望遠のレンズに接写リングをつけて撮影しています。

ヤマハギ

 秋の七草のひとつです。山地の草地などに自生しており、早いものでは7月の終り頃から咲き始めるものもあります。背丈は2メートルほどにもなり、紫色の花をびっしりとつけた姿は見応えがあります。
 観賞用として庭に植えられているのを見かけることも多いですが、鎌倉に行くと宝戒寺をはじめ、萩寺と呼ばれる萩の咲く名所がたくさんあります。

 牧草地に咲くヤマハギを撮ったのが下の写真です。

▲ヤマハギ PENTAX67Ⅱ smc PENTAX-M 67 300mm 1:4 F4 1/250 PROVIA100F

 こんもりと生い茂った姿も秋らしい風景ですが、萩の花を輝かせるため、早朝の太陽があまり高くなる前の時間帯に逆光気味で撮影しました。バックは草地ですが、ところどころに萩の紫色がボケて入っています。
 暗い背景を選んで、萩の花を浮かび上がらせても綺麗だと思うのですが、初秋の早朝のさわやかさを出すために、あえてハイキー気味で撮っています。
 萩だけではなんとなく締まりがないので、咲き始めたワレモコウの花を隣にいれてアクセントになるようにしてみました。
 また、あまりうるさくなりすぎない程度に、適度に玉ボケを入れています。

 バックをできるだけシンプルにするため、300mmの望遠レンズでの撮影です。
 萩の咲く風景として撮影する場合はもっと短い焦点距離のレンズを使いますが、萩をポートレート風に撮るには長い焦点距離の方が萩の表情を引き出すことができます。

イヌタデ

 畑や道端、野原などでごく普通に見ることのできる野草ですが、秋を彩る野草の一つだと思います。
 子供がままごとで、この花を赤飯に見立てたところから「アカマンマ」という名前で呼ばれたりしますが、何とも風情のある名前です。
 時に畑や田んぼを埋め尽くすほどの大群落をつくることもあります。

 日当たりの良い畑に咲いていたイヌタデを撮ってみました。

▲イヌタデ PENTAX67Ⅱ smc PENTAX67 200mm 1:4 F4 1/60 EX3 PROVIA100F

 群落というほどではありませんが、かなり広範囲にわたって咲いていました。イヌタデだけでも配置をうまく考えれば画面のバランスはとれると思うのですが、クローバー(シロツメクサ)も所どころに見られたので、これも入れてみました。

 ほとんどが背丈の低いものばかりのため、小さな花が背景に埋もれないよう、地面にすれすれの位置からの撮影です。画面の下の方に下草を入れて、その間から顔を出している様子がわかるようにしています。
 太陽の光がちょっと強すぎる感じです。薄雲がかかって、もう少し柔らかな光になってくれると良かったのですが、ぎりぎり、初秋らしい光の感じにはなっているかと思います。

 200mmの中望遠レンズに接写リングをつけての撮影ですが、接写リングをもう一個くらいかませて、被写界深度をもう少し浅くしても良かったかと思っています。

ユウガギク

 日当たりの良い草地でよく見ることができます。漢字で書くと「柚香菊」で、かすかに柚のような香りがすると言われています。夏の終り頃から晩秋まで、比較的長い期間咲いています。
 花の大きさは3cmほどと小さいですが、たくさんの花をつけるので華やかな感じがします。

 田圃の畦に咲いているユウガギクを撮ってみました。

▲ユウガギク PENTAX67Ⅱ smc PENTAX67 200mm 1:4 F4 1/60 EX2 PROVIA100F

 ユウガギクの花弁の白と、周囲の草の緑のコントラストがきれいでした。花はたくさん咲いていましたが、一輪だけにピントを合わせ、他の花はアウトフォーカスにしました。
 白い花弁の質感が飛んでしまわないよう、花弁をスポット測光して露出を決めています。実際には全体的にもう少し明るい感じだったのですが、花の質感を残すためにはこれが限界といった感じです。

 いろいろな草の葉っぱが入り乱れており、雑然とした感じもしますが、そういところに咲いている状況を出したかったので、あまり整理しすぎないようにしました。

 ユウガギクによく似たノコンギクやカントウヨメナなども同じ時期に咲く仲間で、あちこちで見かけることができます。早朝、朝露に濡れた姿は趣があります。

エゾリンドウ

 秋の山を代表する多年草です。鮮やかな紫色の花色は遠目にもよく目立ちます。すっと伸びた茎はとてもスマートですが、大きめの頭がアンバランスな感じで、ちょっとユーモラスにも思えます。

 花屋さんで切り花として売っているのはこのエゾリンドウの栽培種らしいです。

 下の写真は山地の草原に咲くエゾリンドウです。

▲エゾリンドウ PENTAX67Ⅱ smc PENTAX67 200mm 1:4 F4 1/30 PROVIA100F

 標高が高いので草紅葉が始まっています。短い夏が過ぎ、秋も深まりつつある感じがする景色です。花の色が鮮やかなため、アップで撮ると華やかさが際立ちすぎてしまうので、草紅葉をいれて秋の寂しい感じが出るようにしました。
 花の密度が濃いところもあったのですが、あまりたくさん咲いているところよりもある程度の間隔をもって咲いている方が秋らしさが出ます。
 もう少し露出を切り詰めても良かったかもしれませんが、これ以上切り詰めると花の色が濁ってしまいます。エゾリンドウが咲いている風景として作画する場合はもっとアンダー気味が似合うと思います。

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 夏に咲く花と比べて秋に咲く花は色も地味目で、花の大きさも小型なものが多くなります。どことなくもの悲しさを感じることもありますが、それもまた秋に咲く花の魅力の一つだと思います。

(2021.10.12)

#ペンタックス67 #PENTAX67 #野草 #プロビア #PROVIA #花の撮影

シュナイダー大判レンズ スーパーアンギュロン Schneider SUPER ANGULON 90mm F8

 シュナイダーの大判カメラ用レンズです。「アンギュロン ANGULON」はシュナイダーの広角系のレンズに使われているブランドで、大判レンズ用は大きく分けてアンギュロン、スーパーアンギュロン、スーパーアンギュロンXLの三種類があります。スーパーアンギュロンXLは最新モデルで、38mmから210mmまで、結構広範囲をカバーしています。

このレンズの主な仕様

 レンズの主な仕様は以下の通りです(シュナイダー製品カタログより引用)。
   イメージサークル  : Φ216mm(f22)
   最大適用画面寸法  : 5×7
   レンズ構成枚数   : 4群6枚
   最小絞り      : 64
   シャッター     : No.0
   シャッター速度   : T.B.1~1/500
   フィルター取付ネジ : 67mm
   前枠外径寸法    : Φ70mm
   後枠外径寸法    : Φ57mm
   全長        : 75.6mm
   重量        : 375g

▲Schneider KREUZNACH SUPER-ANGULON 90mm F8

 このレンズを4×5判で使ったときの画角は、35mm判カメラに換算すると25mm前後のレンズに相当します。標準的な広角レンズよりも少し広めの感じでしょうか。
 シャッターは0番ですが、前玉と後玉大きいので実際に持ってみると見た目よりも重く感じます。
 フジノンにもSW90mm 1:8というレンズがありますが、仕様といい見た目といい、そして操作性も非常によく似ています。下の写真でもわかると思いますが、フジノンSW90mmの方が少し大きめです。

▲左:シュナイダー SUPER-ANGULON 90mm F8  右:フジノン SW90mm F8

 216mm(F22)というイメージサークルは、一般的な風景撮影においては特に支障があるようには感じませんが、建築物等を撮影する場合は不足に感じるかもしれません。同じスーパーアンギュロンで90mm F5.6というレンズがありますが、こちらはイメージサークルが235mm(F22)ありますので、アオリにも余裕があると思います。
 なお、216mmというイメージサークルは絞りF22の時の値であり、絞りを開くとイメージサークルも小さくなってしまいます。小さな絞り値でアオリ撮影をするときはケラレないように注意が必要です。

 また、このレンズをリンホフマスターテヒニカに装着して縦位置で撮影すると、マクロ撮影でもない限り、ベッドが写り込んでしまいますので、ベッドダウンするなどの注意が必要です。

広角系のレンズとしては使い易い画角

 私は広角系に分類される大判レンズとして、65mm、75mm、90mm、105mm、125mm(125mmは広角系ではなく標準系だという意見もあろうかと思いますが)の5本を持っていますが、この中では比較的、使用頻度が高い方だと思います。105mmの画角も使い易いのですが、私の持っているレンズはFUJINON CW105mm 1:5.6 で、イメージサークルに余裕がないので90mmの方が出番が多くなる感じです。

 4×5判で約82度という対角画角があります。35mm判カメラで焦点距離25mmのレンズというと、かなり広角のイメージがありますが、同じくらいの画角でも4×5判の場合は35mm判に比べると広角の度合いが弱まる感じがします。これはフィルムのアスペクト比(縦横比)の違いによるものかもしれません。
 風景を撮影しても十分に広い範囲が写るのですが、広角らしさがあまり強くなく、もう少し焦点距離の長いレンズで写したような感じを受けます。65mmレンズのように周辺が引っ張られる感じもありません。

 また、被写体まで引きがとれないような状況でも狙った対象範囲を写すことができるので、ワーキングディスタンスの自由度も高いと思います。
 さらに、広い画角を活かしてパースペクティブが強調された写真に仕上げることもできます。
 使い易いレンズの画角というのは人それぞれですが、私にとっては4×5判で撮影するときの82度という画角は結構しっくりしています。

 67判のロールフィルムホルダーを使用すると、35mm判カメラの45mmくらいの焦点距離のレンズと同じ画角になりますので、標準レンズとして使うこともできます。

シャープな写りと綺麗なボケ

 写りに関してはこれといった難点は感じられません。ディストーションも全くと言ってよいほど感じられませんし、解像度も高くコントラストも申し分なく、とてもシャープな写りをすると思います。カリカリとした硬さはまったくなく、好感の持てる硬さと言ったらよいのでしょうか、個人的には気に入っています。
 また、フジノンと比べるとごくわずかに暖色系の発色をします。これはアポジンマーでも同じような傾向があり、レンズコーティングの違いによるものではないかと思います。いずれにしても比べて初めて分かる、ごくわずかの違いです。

 焦点距離が90mmですので、それほど大きなボケを期待することはできませんが、アウトフォーカス部分のボケはとても綺麗です。ピントの合ったところからなだらかにボケていくという感じで、全体として奥行きの感じられる美しい描写をしてくれます。
 桜とか紅葉とかを撮る場合、絞り込んでパンフォーカスにもできますが、あまり絞り込まずに主役となる桜や紅葉にピントを合わせ、それ以外を緩やかにぼかすことで味わいのある感じに仕上がります。

スーパーアンギュロン 90mm F8で撮影した作例

 下の写真は福島県で撮った稲荷神社の桜です。

▲Linhof MasterTechnika 2000 Schneider SUPER-ANGULON 90mm F8 F32 1/8  PROVIA100F

 神社の境内は狭く、道路に面しているため、鳥居にかなり近づいて見上げるような位置で撮影しています。桜の木の大きさが損なわれないように、少しだけフロントライズのアオリをかけています。
 また、鳥居も桜の花もぼかしたくなかったのでF32まで絞り込んでいます。
 画面ではわからないかも知れませんが、塗料の剥げかかった鳥居の木目や桜の花弁一枚まで、見事に解像しています。

 手前の鳥居から奥にちょっとだけ見える社に上る石段までの距離は10メートルほどだと思うのですが、広角ならではのパースペクティブの効果で奥行きが感じられます。
 左上に少しだけ青空が見えていますが、全体としては雲が多めでしたので、空はできるだけ切り詰めました。
 雲のおかげで日差しも柔らかでしたので、桜の淡いピンク色が損なわれずにいると思います。

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 シュナイダーのレンズの人気は相変わらず高いようで、中古市場でもあまり値崩れがなく高い価格で取引されているようですし、ネットオークションでも高い値がつけられています。シュナイダーのレンズに限らず、フジノンのレンズなども結構お高くて、大判写真を撮る人がそれほど増えているとも思えないのですが、中古レンズの価格が高くなっているという、なんとも不思議な現象が起きているような気がします。

(2021.10.8)

#シュナイダー #Schneider #レンズ描写

会話がない独り撮影行 ひと言も声を発しない一日

 私は自然風景を撮影することが多いので山や渓谷に行く機会も増えますが、撮影が目的の撮影行の場合、一人で出かけることが圧倒的に多いです。同じ目的を持った気のおけない友人などと一緒に出掛けるのは、それはそれで楽しいものですが、特に作品を撮ることが目的の場合は一人で出かけます。それは、お互いの撮影のリズムやペースを乱したり乱されたりしたくないからです。

 自然の中を歩き回りながら、自分の感性に響く被写体に出会ったときは納得がいくまで撮影をしたいものですが、いくら仲の良い友人であっても自分と同じように感性に響いているとは限りません。逆もまた然りです。そんなときに、お互いのことを気遣っていると、思うような撮影ができません。結局、自分の好きなように撮影するには単独の撮影行ということになるわけです。
 また、私はあまり多くの人がいる場所や観光地のようなところに行くこともほとんどありません。人が多いところで三脚など立てていると迷惑になりますし、撮影もしずらいので、なるべく人の少ないところ、人のいないところに行くことが多いです。

 しかし、人に会うのが嫌いかというとそういうわけではなく、山で人と出会えば挨拶もするし、自分と同じように撮影にきている方と出会えば、挨拶だけでなくちょっとした会話をすることもごく当たり前にします。訪れた先で美味しいものを食べたり、地元の方といろいろな話をすることも撮影行の楽しみの一つです。撮影をしているときは一人がいいのですが、それ以外の時は、人と接したいというのが正直なところです。

 ところが、昨年からの新型コロナの感染拡大によって、人との接触を極力減らさなければならないということもあり、撮影に行った先でも人との接触はできるだけ避けるようにしてきました。訪れた先で人と接したり会話をしたりというごく当たり前のことが、コロナ禍によってそういったことにも気を使わざるを得なくなってしまいました。
 早い話しが、一人で出かけて、誰とも会ったり話したりせずに帰ってくるという、なんともわびしい撮影行を強いられる時代になってしまったという感じです。

 先日、とある渓谷に撮影に行ってきました。機材を車に積んで、まだ夜も明けきらぬ暗いうちに出発しました。お昼ご飯は途中のコンビニで調達しようとも思いましたが、家から持参することにしました。
 午前8時ごろ、誰もいないと思われる渓谷に到着しました。それから午後3時ごろまで、休憩も含めて約7時間ほど撮影をしましたが、その間に出会ったのは渓流釣りをしている方、ドライブに来られたと思われるカップル、そして、やはり撮影に来られたのでしょう、三脚とカメラを担いだ方の4名だけでした。しかもすれ違った程度ですから、軽く会釈をしただけで会話もしていません。

 午後3時過ぎ、撮影を切り上げて帰ることにしました。飲み物もなくなってしまったので、途中、コンビニに立ち寄ってペットボトル入りのお茶を購入。しかし、ここでも店員さんからは「いらっしゃいませ」とか「ありがとうございました」などおっしゃっていただきましたが、こちらからの会話は一切ありません。

 午後6時頃に家につき、車から降りたところ、隣の家の柴犬が尻尾をフリフリしながらお出迎えをしてくれました。「〇〇〇(柴犬の名前です)、ただいま」と声をかけながら頭を撫でていて、「そういえば、今日、初めてしゃべったな」と思いました。早朝に家を出発し、目的地では黙々と撮影をし、そして夕方に家に戻るまで全く会話がない、そんな一日だったということに思い至り、ちょっと異常だなと思わずにいられませんでした。

▲お隣の柴犬

 私はもともと独り言を言うことはほとんどないので、撮影をしながら一人でブツブツ何かを言うこともありません。山で蛇に出会ったりして驚いた時でも、声を発するよりも息をのんでしまう方です。ですので、一人でいるときは声を発することがないのは当たり前のように思っていましたが、朝起きてから夕方に帰るまで、全く声を発しないというのは初めてではないかと思いました。
 もちろん、風邪でもひいて寝込んでいて、終日家にいればそんなこともあるかも知れませんが、そうでもない限りは電話をしたり、宅配便が届いたり、ちょっと外に出て近所の人と挨拶をしたり等々、全く声を発しないなんてことはまず考えられません。

 もし、コロナ禍でなければ出かけた先で出会った人と挨拶くらいはしたかもしれないし、途中で飲食店やお土産屋さんなどに入って会話をすることもあったでしょう。
 また、友人と一緒であれば行き帰りの車の中でもたくさんの会話をしたでしょうし、お互いに気を使いながらも撮影中に会話をしたと思います。
 そう考えると、コロナ禍によって会話の量がずいぶんと減っているということを、あらためて実感しました。今回訪れた渓谷も、仙人が住むような山奥ではないので、普段であればもっと人の数も多いと思うのですが、自粛の影響なのか、人の数は非常に少ないという感じでした。

 余談ですが、近くの公園にカワセミが棲みついている池があり、そこに行くとたくさんのカメラマンがバズーカ砲のようなレンズでカワセミを狙っています。カワセミが飛来すると一斉にシャッター音が響き渡りますが、カワセミがいないときはお隣同士で楽しそうに会話をしています。
 私は野鳥を撮ることがないので、邪魔にならないように少し離れたところからそういう光景をちょっとうらやましい気持ちで眺めていますが、ひたすら撮影するだけでなく、こういうコミュニケーションも撮影の楽しみの一つなんだと感じます。

 撮影以外の時は人との関わりが欲しいものですが、撮影の時は気兼ねなく行動できる一人がいいものです。緊急事態宣言が解除されたとはいえ、コロナウイルスがいなくなるわけではないので、まだしばらくはこのような状況が続くと思われます。
 独り撮影行はやめられませんが、一日中、一言も発しないようなことがない日が来ることを願っています。

(2021年10月1日)