会話がない独り撮影行 ひと言も声を発しない一日

 私は自然風景を撮影することが多いので山や渓谷に行く機会も増えますが、撮影が目的の撮影行の場合、一人で出かけることが圧倒的に多いです。同じ目的を持った気のおけない友人などと一緒に出掛けるのは、それはそれで楽しいものですが、特に作品を撮ることが目的の場合は一人で出かけます。それは、お互いの撮影のリズムやペースを乱したり乱されたりしたくないからです。

 自然の中を歩き回りながら、自分の感性に響く被写体に出会ったときは納得がいくまで撮影をしたいものですが、いくら仲の良い友人であっても自分と同じように感性に響いているとは限りません。逆もまた然りです。そんなときに、お互いのことを気遣っていると、思うような撮影ができません。結局、自分の好きなように撮影するには単独の撮影行ということになるわけです。
 また、私はあまり多くの人がいる場所や観光地のようなところに行くこともほとんどありません。人が多いところで三脚など立てていると迷惑になりますし、撮影もしずらいので、なるべく人の少ないところ、人のいないところに行くことが多いです。

 しかし、人に会うのが嫌いかというとそういうわけではなく、山で人と出会えば挨拶もするし、自分と同じように撮影にきている方と出会えば、挨拶だけでなくちょっとした会話をすることもごく当たり前にします。訪れた先で美味しいものを食べたり、地元の方といろいろな話をすることも撮影行の楽しみの一つです。撮影をしているときは一人がいいのですが、それ以外の時は、人と接したいというのが正直なところです。

 ところが、昨年からの新型コロナの感染拡大によって、人との接触を極力減らさなければならないということもあり、撮影に行った先でも人との接触はできるだけ避けるようにしてきました。訪れた先で人と接したり会話をしたりというごく当たり前のことが、コロナ禍によってそういったことにも気を使わざるを得なくなってしまいました。
 早い話しが、一人で出かけて、誰とも会ったり話したりせずに帰ってくるという、なんともわびしい撮影行を強いられる時代になってしまったという感じです。

 先日、とある渓谷に撮影に行ってきました。機材を車に積んで、まだ夜も明けきらぬ暗いうちに出発しました。お昼ご飯は途中のコンビニで調達しようとも思いましたが、家から持参することにしました。
 午前8時ごろ、誰もいないと思われる渓谷に到着しました。それから午後3時ごろまで、休憩も含めて約7時間ほど撮影をしましたが、その間に出会ったのは渓流釣りをしている方、ドライブに来られたと思われるカップル、そして、やはり撮影に来られたのでしょう、三脚とカメラを担いだ方の4名だけでした。しかもすれ違った程度ですから、軽く会釈をしただけで会話もしていません。

 午後3時過ぎ、撮影を切り上げて帰ることにしました。飲み物もなくなってしまったので、途中、コンビニに立ち寄ってペットボトル入りのお茶を購入。しかし、ここでも店員さんからは「いらっしゃいませ」とか「ありがとうございました」などおっしゃっていただきましたが、こちらからの会話は一切ありません。

 午後6時頃に家につき、車から降りたところ、隣の家の柴犬が尻尾をフリフリしながらお出迎えをしてくれました。「〇〇〇(柴犬の名前です)、ただいま」と声をかけながら頭を撫でていて、「そういえば、今日、初めてしゃべったな」と思いました。早朝に家を出発し、目的地では黙々と撮影をし、そして夕方に家に戻るまで全く会話がない、そんな一日だったということに思い至り、ちょっと異常だなと思わずにいられませんでした。

▲お隣の柴犬

 私はもともと独り言を言うことはほとんどないので、撮影をしながら一人でブツブツ何かを言うこともありません。山で蛇に出会ったりして驚いた時でも、声を発するよりも息をのんでしまう方です。ですので、一人でいるときは声を発することがないのは当たり前のように思っていましたが、朝起きてから夕方に帰るまで、全く声を発しないというのは初めてではないかと思いました。
 もちろん、風邪でもひいて寝込んでいて、終日家にいればそんなこともあるかも知れませんが、そうでもない限りは電話をしたり、宅配便が届いたり、ちょっと外に出て近所の人と挨拶をしたり等々、全く声を発しないなんてことはまず考えられません。

 もし、コロナ禍でなければ出かけた先で出会った人と挨拶くらいはしたかもしれないし、途中で飲食店やお土産屋さんなどに入って会話をすることもあったでしょう。
 また、友人と一緒であれば行き帰りの車の中でもたくさんの会話をしたでしょうし、お互いに気を使いながらも撮影中に会話をしたと思います。
 そう考えると、コロナ禍によって会話の量がずいぶんと減っているということを、あらためて実感しました。今回訪れた渓谷も、仙人が住むような山奥ではないので、普段であればもっと人の数も多いと思うのですが、自粛の影響なのか、人の数は非常に少ないという感じでした。

 余談ですが、近くの公園にカワセミが棲みついている池があり、そこに行くとたくさんのカメラマンがバズーカ砲のようなレンズでカワセミを狙っています。カワセミが飛来すると一斉にシャッター音が響き渡りますが、カワセミがいないときはお隣同士で楽しそうに会話をしています。
 私は野鳥を撮ることがないので、邪魔にならないように少し離れたところからそういう光景をちょっとうらやましい気持ちで眺めていますが、ひたすら撮影するだけでなく、こういうコミュニケーションも撮影の楽しみの一つなんだと感じます。

 撮影以外の時は人との関わりが欲しいものですが、撮影の時は気兼ねなく行動できる一人がいいものです。緊急事態宣言が解除されたとはいえ、コロナウイルスがいなくなるわけではないので、まだしばらくはこのような状況が続くと思われます。
 独り撮影行はやめられませんが、一日中、一言も発しないようなことがない日が来ることを願っています。

(2021年10月1日)

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