写真にタイトルをつける(1) タイトルがもたらす効果

 デジタルにしても銀塩にしても、撮影した写真はパソコンやスマホで見たりプリントして観賞したりしますが、コンテストや写真展に出す以外はタイトルもつけられずに放っておかれることが多いのではないかと思います。
 しかし、写真はタイトルをつけて初めて完成するものだと思っています。もちろん、自分だけで観賞する写真にタイトルなんか必要ないという考えもあるかと思いますが、タイトルをつけると自分で撮った写真がちょっと立派になったように感じるのも事実です。撮影した写真すべてにつけることはありませんが、お気に入りの写真にはタイトルをつけてあげたいと思います。
 私が自分で撮影した写真にどのようにタイトルをつけるかということについて、私なりの考え方、やり方をご紹介したいと思います。あくまで私流であるということをご承知おきください。

「タイトル」をつけると写真が輝いてくる

 写真にタイトルをつけずに放っておく最大の理由は「面倒くさい」ということではないかと思います。タイトルをつけるというのは、管理番号や識別番号を振るように機械的にできるわけではなく、それなりに時間もかかるので面倒くさいと感じるのも確かです。
 また、タイトルのつけ方に決まり事があるわけではないので、どのようなタイトルをつけようと自由なのですが、かと言って何でもつければ良いというものでもなく、やはり写真が生きるタイトルにするのが望ましいわけです。

 一つの例として、赤いバラを撮影した写真を想定してみます。この写真に「薔薇」とか「赤いバラ」というようなタイトルがつけられているのを目にすることがあります。しかし、バラの写真を見てヒマワリだとかスミレだと思う人はいないでしょうし、赤いバラを白いバラだと思う人もまずいないでしょう。そのようなことはわざわざ言われなくてもわかるわけですから、タイトルとしては無意味とは言いませんが、決して効果的なタイトルとも言えません。
 また、バラは数万種もあると言われている一つひとつに固有の名前(有名どころでは、ピースとかクイーン・エリザベスとか)がつけられているようですが、それらをタイトルにつけても、植物図鑑ではないのでやはり効果的なタイトルとは思えません。

 写真というのは見る人にとっては二次元の画像だけですから、撮り手が撮影の際に持っていた情報のごく一部しか伝えることができません。それを補うことができるのがタイトルだと思います。
 撮影の際に見たことや聞いたこと、感じたこと、体験したこと、そして写真を通して伝えたいことなどをタイトルとして表現することで、見る人は画像だけでは感じ得ないその場の情景や雰囲気などをイメージすることができます。見る人がイメージを膨らますことで、単に画像だけを見せられた時と比べて全く違う写真に見えるはずです。これがタイトルによって写真が輝きを増す、あるいは写真が生きるということだと思います。

 タイトルをつけることで見る人に与える情報量の増加分は、文字数にして数文字というほんのわずかでしかありません。しかし、そのわずかに増えた情報量によって、見る人が描くイメージは何倍にも何十倍にも、もしかしたら何百倍にもなるわけで、それがタイトルの持つ大きな効果だと思うわけです。

 赤いバラの写真を例にと思いましたが適当なバラの写真がありませんでしたので、タンポポの綿毛の写真を例にしてみます。
 写真展のように、写真が額装されて壁にかけられている状態をイメージしてみました。

 このように写真だけを見せられた場合、まず、タンポポの綿毛ということはすぐにわかると思います。そして、下の方にスギナとかタネツケバナとかが写っているのと、画全体が比較的明るい緑色をしているので、春なんだろうなぁということぐらいはわかるでしょう。しかし、見る人にとって、それ以上にイメージは膨らまないのではないかと思います。

 では、この写真にタイトルをつけてみます。

 一つの例として、ここでは「旅立ちを待つ」というタイトルをつけてみました。

 このタイトルによって、もう間もなくするとタンポポの綿毛が飛んでいくのだろうということが伝わり、見る人はいろいろなイメージを描くことができます。空に舞い上がった綿毛を思い浮かべるかもしれませんし、綿毛がすっかりなくなった後の光景をイメージするかも知れません。それは見る人によって千差万別ですが、タイトルによってイメージが膨らむことは事実だと思います。
 もし、この綿毛をポンポンに見立てて、タイトルを「草むらのポンポン」とすると、全く違ったイメージになると思います。

 このように、写真にタイトルをつけることで、見る人のイメージを膨らませるとともに、写真から何を伝えたいのかをある程度、明確にすることができます。

さらに「キャプション」をつけることで写真の訴求力が高まる

 タイトルをつけただけでも写真の見え方はずいぶん変わってきますが、撮り手の想いをより伝えたい場合はキャプションをつけると効果的だと思います。
 キャプションは、タイトルによって写真を見る人が描くイメージをより大きくしたり、タイトルだけでは伝えきれないことを見る人に伝えることができます。
 その場の情景を説明的に書いたり、撮影した時に自分が感じたことや思ったことを書いたり、内容は自由で構わないと思いますが、あまり長い文章にしない方が良いと思います。長いと読みたくなくなってしまうので、パッと見て書かれている内容が把握できるくらいが効果的ではないかと思います。

 先ほどのタンポポの綿毛の写真にキャプションをつけてみます。

 例えば、「背伸びをして、新天地に向かう風が来るのをじっと待っているようです」というキャプションをつけてみました。

 このキャプションがあることによって、タンポポの綿毛が風に乗って飛んでいくというイメージをより強く描くことができるようになると思います。

 ただし、キャプションは必ずしも必要というわけではなく、見る人がイメージする自由度を大きくしたい場合はタイトルだけにしておいた方が良い場合もあります。見る人がどう感じるかは自由ですから、撮り手の想いをあまり無理強いしないようにすることも大切だと思います。

タイトルをつけることで自分の写真を見直す

 写真を撮るという行為をするということは、対象となる被写体を撮りたくなる何某かの理由があるわけです。風景や花などの場合は、「とにかく綺麗だから」というのが最も明確でわかり易い理由かもしれません。
 そして、綺麗だと感じたその被写体を四角の枠で切り取るわけですが、この時、どこをどのように切り取るかというところに撮り手の作画意図が働くわけです。同じ位置からの撮影であっても、カメラを少し上に振ったときと下に振ったときでは出来上がる写真に大きな違いがあります。

 下の2枚の写真は蕎麦畑の中の石仏を撮ったものですが、2枚とも同じポジションから撮影しています。

 左の写真はカメラを下側に、右の写真はカメラを上側に、それぞれ少しだけ振っています。同じ被写体ですが写真から受ける印象はまったく違います。いずれも主な被写体は石仏と蕎麦畑ですが、左の写真は蕎麦の花に囲まれており安らぐような感じがしますが、右の写真は寂寥感さえ感じます。被写体を見た時にどう感じたか、それをどのように伝えたいかによって撮り方が変わってくるということです。

 また、写真で伝えたいものが最初から明確になっていて撮影する場合もあれば、それほど意識をせずに撮影して、あとから伝えたいものを明確にしていく場合もあります。いずれにしても、自分で撮影した写真を何度も見て、いったい自分はこの写真を通して何を伝えたいのか、ということを自分自身に問うてみることは大切なことだと思います。

 そして、それをタイトルにして写真につけます。タイトルをつけるのが難しいということを良く聞きますが、その理由は大きく2つあると思っていて、一つは、そもそも写真で伝えたいものがはっきりしていないという状態、もう一つは、伝えたいものは明確になっているが、それをタイトルとしてうまく表現できないという理由です。
 後者はイメージを具体的な文字として表現するわけですから、いわばテクニックのようなものであって、これは何とでもなると思っています。問題は前者で、こちらはイメージすらないということですから、タイトル云々以前の問題です。

 撮影の段階で伝えたいことが、もっと言えば、つけるタイトルまでもがある程度イメージできているのが良いのかもしれませんが、魅力的な被写体を前にしたときは撮ることが精いっぱい、ということが多いのも事実です。
 自分で撮った写真をじっくり見直してみるというのも大切なことで、それによって撮影時の作画意図も徐々に明確になっていくものだと思います。

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 今回は、タイトルやキャプションが写真に与える効果について触れましたが、次回は、実際にどのような視点でタイトルをつけているかということについて書いてみたいと思います。

(2022年2月15日)

#フレーミング #写真観 #構図 #額装

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