奥入瀬渓流の初夏 色めく新緑と千変万化の流れ

 5月の中旬から末にかけて青森・岩手方面に撮影に行ってきました。今年は全国的に桜の開花が早かったですが、やはり、季節の進み方も例年に比べて早い感じがします。それでも八甲田山の上の方にはまだ雪が残っていて、十和田湖の周囲など標高の少し高いところに行くと木々の葉っぱはまだ淡い黄緑色をしていました。
 奥入瀬渓流一帯の標高は300~400mほどらしいので芽吹きの時期はとうに過ぎていますが、鮮やかな新緑が見ごろを迎えていて、清々しいという表現がピッタリの季節感です。6月に入ると緑は日増しに濃くなっていくので、5月の下旬ごろがいちばん鮮やかな緑を見ることができる時期かも知れません。

 今回は、子ノ口から焼山までおよそ14kmに渡って続いている奥入瀬渓流のうち、主に中流域と上流域で撮影をしてきました。

自然の造形美が連なる瀬

 奥入瀬渓流は上流域、中流域、下流域とでずいぶんと景観が異なっていますが、最も流れに変化が見られるのは中流域だと思います。概ね、奥入瀬バイパスとの分岐あたりから、雲井の流れあたりまでの6kmほどの範囲を中流域と呼んでいるようです。
 奥入瀬渓流に流れる水は十和田湖から流れ出ていますが、子ノ口にある水門で流れ出る水量を調節しています。朝7時ごろに水門が開かれるらしく、それよりも早い時間帯に行くと水量が少ししかありません。そして、7時を過ぎると渓流に流れる水量が急激に増えていきます。それまで川底が出ていたようなところもたちまち水底になり、奥入瀬らしい景色に変わります。

 奥入瀬渓流のほぼ中間に石ヶ戸と呼ばれる場所があります。駐車場や休憩所があって、いちばん人出で賑わう場所ですが、そこから500mほど下った場所にあるのが三乱(さみだれ)の流れです。三つに分かれた流れが再び合流することからこの名前がつけられたようです。
 流れも綺麗ですが、今の時期はツツジが咲いていて、個人的にはいちばん奥入瀬を感じる場所の一つだと思っています。車道から見下ろせる位置にあり、路肩に車を停めて見入っている人もたくさんいます。

 下の写真は道路脇からツツジと流れを入れて撮影した1枚です。

▲Linhof MasterTechnika 45 RodenStock Sironar-N 210mm 1:5.6 F32+1/3 5s Velvia100F

 この辺りは奥入瀬渓流のなかでも最もたくさんのツツジを見ることができる場所です。対岸にあるツツジの中でいちばん花付きの良い樹が入る場所を選んで撮りました。種類はヤマツツジだと思うのですが、ここのヤマツツジの花色はピンクに近い色をしています。
 川の水深は30cmほどではないかと思うのですが、岩の上をすべるように流れていて、いたるところにある岩の凹凸によって変化のある流れが生まれています。

 この写真は焦点距離210mmのレンズで撮っています。フィルムは4×5判ですので画角は35mm判カメラの60mmくらいの焦点距離のレンズに相当します。標準と中望遠の中間くらい焦点距離なのであまり広い範囲は写りませんが、ツツジと流れを強調しようという意図でこのレンズを使っています。
 被写界深度は深くないので、手前の岩から奥のツツジまで前面にピントを合わせるため、カメラのフロント部のアオリをかけています。

 流れの柔らかさを出しつつも表情(変化)が消えてしまわないようにということで、露光時間は5秒にしています。5秒というとわずかな風で葉っぱがブレてしまうには十分すぎる時間ですが、ほぼ無風状態だったのでほとんどブレがわからないくらいに写ってくれました。
 また、早朝の感じが損なわれないように、露出は若干切り詰め気味にしています。

 三乱の流れから少し上流に行くと石ヶ戸の瀬と呼ばれる場所があります。三乱の流れに比べて傾斜があり、川幅も狭いので流れに激しさがあります。川中に大きな岩がゴロゴロしていてその間を縫うように流れているので、立つ場所が少し違うだけで見える景色はずいぶんと異なります。奥入瀬渓流でいちばん撮影ポイントが多い一帯かも知れません。

 この一帯はツツジよりもタニウツギが多く見られます。タニウツギはツツジに比べるとずいぶん小さな花で地味な感じですが、花数が多いので新緑に色どりを添えてくれています。

 石ヶ戸の瀬の上流に近い場所で撮影した一枚が下の写真です。

▲Linhof MasterTechnika 45 Schneider APO-Symmar 150mm 1:5.6 F22+1/2 2s Velvia100F

 左上にある大きな岩の後方から流れて来ているのが良くわかるポジションから撮りました。画の中央奥から左に、そして右に流れていくように変化をつけてみました。流れの面積が大きくなりすぎないように、適度に岩や草を配置しました。
 森の上の方は木々の密度が低く、かなり明るい状態になっていて、そこが画に入ってくると全体的に軽い感じになってしまうのでその部分はフレームアウトしています。
 また、川中の岩の上にタニウツギが咲いていて、大きな木ではありませんがしっかりと点景になってくれました。

 流れが作り出す波が真っ白に飛びきってしまわないギリギリのところ、そして、背後の森が明るくなりすぎないところで露出を決めています。
 この写真も1枚目と同じようにフロント部でアオリをかけています。

優美さと豪快さが融合した滝

 奥入瀬渓流で滝が多く見られるのは上流域です。上流域になると本流の流れは中流域に比べて単調な感じになりますが、川の両側が切り立った崖になっていて、そこに幾筋もの滝を見ることができます。、落差の大きな滝は見応えが十分にあります。いくつかの滝を除いては近くまで行くことができないので、この季節は木々の葉っぱの合間から見るような状態です。

 そんな滝の中で滝つぼの前まで行くことのできるのがこの雲井の滝です。

▲Linhof MasterTechnika 45 Schneider APO-Symmar 180mm 1:5.6 F45 4s Velvia100F

 落差は25mほどあるらしいですが、三段になって流れ落ちていて、水量も多いので迫力があります。風向きにもよりますが、滝つぼの前まで行かなくても近づいただけで飛沫の洗礼を受けます。
 近づきすぎると滝の上部が見えなくなってしまうので、全景を撮るのであれば飛沫のかからない辺りまで引いて撮影することになります。
 また、この滝は上の2段は右岸側に、下の段はわずかに左岸を向いて落ちているので、直瀑に比べるといろいろなバリエーションで撮ることができます。

 この写真は滝つぼまで20~30mの位置から撮っていますが、焦点距離180mmのレンズを使っているのでカメラを上に向けています。そのため、そのままでは滝の上部が小さくなり迫力がなくなってしまうのでフロント部のライズアオリをかけています。

 雲井の滝は車道からすぐのところにあるのでアクセスも良くて訪れる人も多いですが、ここから上流に行くと人の数はぐっと減ります。滝の見えるところでは車や観光バスが停まっていたりしますが、上流にある銚子大滝までの間、遊歩道を歩いている人はまばらになります。

 その銚子大滝は本流にかかる唯一の滝で、落差約7m、幅はおよそ20mもある豪快な滝です。6月ごろはいちばん水量の多い時期で、滝からかなり離れても飛沫を浴びます。

▲Linhof MasterTechnika 45 FUJINON W125mm 1:5.6 F22 6s Velvia100F

 この写真を撮ったのは雨が降り出しそうに曇った日の早朝で、辺りはかなり薄暗い状況です。滝の周囲を暗く落とし、秘境っぽい感じを出そうと思って撮りました(実際にはすぐ近くに駐車場があり、全く秘境らしくないのですが)。
 画手前(下側)の倒木の上に生えている植物はシルエット気味に写し込みたかったのですが、8秒という露光時間のため、ブレが目立ってしまいました。また、あちこちで木の葉もブレています。

 早朝は訪れる人もほとんどなく、ゆっくり撮影することができます。日中、大型観光バスが着くとどっと人が降りてきて、つかの間、滝の周辺はとても賑わいますが、バスが行ってしまうと滝の音だけが聞こえる空間に戻ります。

岩上に根を下ろした植物たち

 奥入瀬渓流は流れと岩や植物によってつくられる造形美が魅力ですが、そんな景色をつくり出しているのに欠かせないのが岩上の植物です。
 奥入瀬渓流は火山活動によって形成された火砕流台地だったらしいのですが、数万年前に十和田湖の子ノ口が決壊し、大洪水が発生して侵食されたという生い立ちがあるようです。そのため、渓流の中には大小たくさんの岩が転がっていて、その上に植物が根を下ろした光景はとても風情があります。中には大木にまで育っているものもありますが、シダなどの野草類が自生している姿にはつい立ち止まり見入ってしまいます。

 下の写真は流れがとても穏やかなところで見つけたものです。

▲Linhof MasterTechnika 45 RodenStock Sironar-N 210mm 1:5.6 F16 1s Velvia100F

 生えているのは主にフキだと思いますが、下の方にはカエデのような形をした葉っぱも見られます。周囲は深い緑に囲まれているため、それが水面に映り込んで全体が黄緑色に染まっています。
 上流から流れてきたと思われるのですが、川底にひっかかって先の方だけが水面に出ている木の枝があり、これがとても良いアクセントになってくれました。背景の木々の映り込みだけでは単調になってしまいがちですが、この枝のおかげで川面に波がつくられ、動きが感じられます。
 露光時間が長すぎて水面が白くなってしまわないように、また、適度に流れが感じられるようにということで1秒の露光をしています。

 フキの葉っぱが反射で白くなっているところがあります。これを取り除こうと思いPLフィルターを弱くかけてみましたが、全体がベッタリとした感じになってしまうのと、水面の反射も弱くなってしまうので、結局、使うのをやめました。

 もう一枚、前の写真とは反対に流れの激しいところで撮ったものです。

▲Linhof MasterTechnika 45 RodenStock Sironar-N 210mm 1:5.6 F11+1/3 1/4 Velvia100F

 ウマノミツバではないかと思うのですが違うかも知れません。奥入瀬の岩上植物ではいちばん多いのではないかと思えるほどよく見かけます。三つ葉のような形をした葉っぱがとても涼しげです。
 白波を立てている流れに対して、微動だにしない野草の凛とした感じを出したくて撮った一枚ですが、背景はぼかし過ぎず、この場の環境が良くわかる程度にぼかしました。大雨などで水量が増えれば流されてしまいそうなところに根を下ろした偶然。しかし、そんな杞憂はまったく関係ない、今を力の限り生きている姿に感動します。

悠久の時を経た手つかずの森

 奥入瀬の渓流沿いを歩いていると、両側に広がる森の植生が場所によって異なっているのがわかります。下流域は比較的明るい感じのする森ですが、上流域に行くにしたがって原始の森といった雰囲気が漂ってきます。林床はシダで覆われ、岩や倒木にはびっしりと苔が生えていて、恐竜が出てきそうな様相です。
 木が倒れたりしても、それが道路などにかかってさえいなければ一切手を加えられることはなく、自然の営みに任された森といった感じです。

 銚子大滝から少し下った森の中に、ゾウが歩いている姿にそっくりな大きな岩があります。

▲Linhof MasterTechnika 45 FUJINON SWD75mm 1:5.6 F11+1/2 1s Velvia100F

 岩の上に木が倒れていて、それがまるでゾウの鼻のように見えます。ゾウの正面(写真では左方向)の方に行くとゾウには見えないのですが、この写真の位置から見ると、鼻を持ち上げたゾウがゆっくりと向こうに歩いて行っているように見えます。この倒木がいつからこのような状態になったのかは知りませんが、自然というのは時に面白いものを見せてくれます。
 奥深い森の感じを出すために、手前にできるだけたくさんのシダを入れてみました。そして、露出はアンダー気味にしています。

 春の山菜としても有名なゼンマイや、少し森に入れば普通に見ることができるオシダなど、シダの仲間の風貌は独特で、それが生えているだけで太古の森といった感じがします。シダの仲間は種子を持たず胞子で増えるというのを小学校の理科の授業で教えてもらったときに、ちょっと不気味な印象を持った記憶がありますが、それを今でも引きずっていてそんな風に感じるのかも知れません。ですが、今はとても魅力のある被写体だと感じています。

▲Linhof MasterTechnika 45 Schneider APO-Symmar 150mm 1:5.6 F5.6 1/125 Velvia100F

 上の写真は苔むした樹の幹とシダの取り合わせが面白いと感じて撮った1枚です。
 背後は川ですが大半を幹で隠し、ちょっとだけ見えるようにしました。絞りは開放にして背景はできるだけぼかしています。
 雲が切れて森の中に光が差し込んでおり、画全体が緑被りしているように見えます。深い森の新緑の季節ならではの光の演出といった感じがします。

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 コロナがだいぶ落ち着いてきたからなのか、今年の奥入瀬の人出は少し増えたように感じました。とはいえ、人気のポイント以外のところは人の数も少なく、静かなたたずまいです。
 今回、主に中流域と上流域を撮影しましたが、片道およそ9kmあります。散策するだけなら1日でも十分ですが、撮影しながらだととても1日では回りきることができません。天気は毎日変わるので、昨日撮影した場所に今日行くと全く別の景色に見えたりして、なかなか前に進めません。同じ場所であっても毎回違った発見があるということなので、それはそれで良しとしておきますが、一方でまだ撮影できていない場所もたくさんあります。

 なお、余談ですが、今回の撮影行でクマを2度見かけました(奥入瀬ではありません)。いずれもかなり離れていたので恐怖感はありませんでしたが、今年は各地でクマの出没が多いようです。

(2023年6月8日)

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