私はバレルレンズを数本持っていますが、いずれも100年以上前に製造されたレンズで、すべて中古品で購入したものです。その中の1本がウォーレンサックのベリート VERITO 8.3/4インチという軟焦点(ソフトフォーカス)レンズです。
少し調べてみたところ、このレンズが製造されたのは1913年頃らしく、日本では後のコニカ株式会社となる小西商店が1914年(大正3年)から輸入販売を始めたらしいです。今から110年以上も前のことです。
私がこのレンズを手に入れたのが15年ほど前です。このレンズが何処で誰によってどのような使い方をされてきたのかはわかりませんが、110年も経過しているので鏡胴の塗装も剥げかけていたり、汚れや傷があったりしていますが、特に絞り羽が非常に汚れていて、」しかも動きもぎこちない感じです。経過年数を考慮すれば仕方がない気もしますが、分解して絞り羽を清掃することにしました。
【Table of Contents】
レンズの分解
ベリートにもいろいろなモデルがあるようですが、私の持っているレンズは下の写真のようなタイプです。
全身金属製でずしっと重いレンズですが構造はとてもシンプルで、絞り機構を挟んで前玉と後玉がはめ込まれているだけです。いずれもねじ込み式なので、少し力を入れて回すと簡単に外すことができます。
前玉を外したのが下の写真です。
絞り羽は20枚です。最小絞りまで絞り込んだ状態ですが、羽に何やら白い粉のようなものがたくさんついているのがわかると思います。これが何なのかよくわかりませんが、絞りを動かすと時々剥がれ落ちてレンズに付着したりします。ですが、綿棒などでそっと擦ったくらいでは取れないくらいしっかりと張り付いています。
油の滲みのようなものは全く見られませんが、もしかしたら100年の歳月の間に油分が劣化したものなのかも知れません。絞り羽が擦られることで削れているわけではないようです。
次に後玉を外した状態の写真です。
こちらも同様に、絞り羽に白い付着物が見られます。
写真ではわかりにくいかもしれませんが、それぞれの羽の真ん中あたりから半分だけに白い粉のようなものが付着しています。この位置は絞りをF8に絞り込んだ状態に相当しています。その状態で何十年も放置されていた証のようにも思えます。
これで絞り機構部分だけになったわけですが、ここからさらに分解をしていきます。
まず、絞りリングについている小さなネジを外します。
下の写真の赤丸の中にあるネジです。
このネジは絞りリングの内側にある溝に勘合していて、絞りリングがF4からF45の範囲だけ動くようにするためのものです。
そして、絞りリングを回すとこれを外すことができます(下の写真)。
絞りリングが嵌っていたところに細い溝が切ってあるのがわかると思いますが、ここに先ほどのネジの先端が勘合して絞りリングの可動範囲を制限しているわけです。
次に、絞り羽を上から押さえながら回転させるためのパーツを外すのですが、まず、絞りリングが嵌っていたところにある小さなイモネジを外します。
上の写真のほぼ中央に小さなネジがあると思いますが、このネジを外します。非常に小さなネジなので、なくさないように注意が必要です。
このイモネジを外すと、いちばん内側にあるリングを回すことができるようになります。
このリングを外した状態が下の写真です。
上の写真で、右側の絞り羽の上にある黒いリング状のものが絞り羽を開いたり閉じたりさせているパーツです。
このパーツは絞り羽の上に乗っているだけなので、ピンセットなどでつまんで簡単に持ち上げることができます。
下の写真がこのパーツを外した状態です。外したパーツを裏返して撮影してあります。
左側のパーツに放射状に切ってある溝に絞り羽の先端のピンが嵌っていて、これを回転させることで絞り羽が開いたり閉じたりします。
ちなみに、絞り羽を全開にした状態が下の写真です。
絞り羽がかなり汚れているのがわかると思います。
絞り羽を全部取り出してみました。、それぞれの羽の状態はこんな感じです。
絞り羽と各部の清掃
このレンズの絞り羽は20枚あって、すべてが同じ形状をしていると思われるのですが、念のため、取り付けられていた順番が変わらないように並べておきます。
今回、絞り羽はベンジンで清掃しました。無水アルコールでも大丈夫だとは思いますが、油分を取り除くにはベンジンの方が効果的かと思い、ベンジンを使用しました。
羽の表面についている白い粉のようなものはきれいに除去できましたが、絞り羽が重なってできたと思われる痕は取り除くことができませんでした。あまり強力に擦って羽を傷めてしまっては元も子もないのでほどほどの状態で妥協です。
その他、各パーツは無水アルコールと綿棒を使って落とせる汚れはできるだけ落としたという感じです。正直なところ、見違えるほどきれいになったという印象ではありませんが、良しとしましょう。
絞り羽の組み上げ
各部の清掃が終わったところで、いよいよ組み上げです。これは分解したのと逆の順序で行なえば問題はないのですが、絞り羽をはめ込んでいくのは少々根気がいります。
20枚のうち、最初の10枚ほどは順番に重ねていくだけなのでどうってことはありませんが、後半になると、最初にはめた羽の下に潜り込ませて嵌め込んでいかなければなりません。注意しないと、せっかくそれまでに嵌めた羽が外れてしまうなんていうことが生じるので、慎重に行ないます。
20枚すべての羽を嵌め終えたら、羽の先端のピンと穴がうまく勘合せずに浮いているところがないか確認し、大丈夫なようであれば羽を稼動させるリング状のパーツをそっと乗せます。
なお、このパーツは嵌める位置がずれると絞り値の指標通りに稼動しなくなってしまうので注意が必要です。下の写真でわかるように小さな切り欠きがあるので、これを絞りリングの可動範囲を決める溝の端に合わせて嵌めるようにします。
次に絞りリングの取り付けですが、まず、絞りを全開の状態にします。その状態で絞りリングをいちばん奥までねじ込んでいきます。これ以上ねじ込めないなったところで、絞りリングのF4の指標と絞り値を指すマークが一致するところまで絞りリングを戻します。
その状態を保持しつつ、絞りリングの可動範囲を制限するネジをはめ込みます。絞りリングを取り付けた後、これを回してみてスムーズに動くかどうかの確認を行います。硬すぎたり緩すぎたりせずにスムーズに動けば問題ないと思います。
絞りリングを取り付けた後の状態がこちらの写真です。
清掃前と比べると絞り羽はだいぶ綺麗になったと思います。どうしても落とせない汚れ等が若干残っていますがまずまずの状態ではないかと思います。
ぎこちない動きをしていた絞りリングもスムーズに動くようになりました。個人的にはもう少し動きが重いほうが好みですが、使用上は支障のないレベルだと思います。
あとは前玉、後玉を取り付ければ組み上げは完了です。
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100年以上も前に作られたレンズということで清掃にも限界がありますが、ずっと気になっていた絞り羽が綺麗になったので、喉につかえていた魚の小骨がとれたような感じです。
鏡胴の塗装なども塗り直しをすればきれいになるのでしょうが、オリジナルをあまり変えてしまうのもどうかと思い、手をつけずにいます。やはり、100年経ったらそれなりの風格のようなものがあった方が自然かなと思います。
今回、このレンズを分解・清掃してみて思ったのですが、鏡胴にはスレや細かな傷はあるものの、レンズはかなり綺麗な状態を保っています(レンズは購入後に清掃をしてあります)。実際に撮影に使用された時間というのはあまり長くなく、大半は使われずに保管されたままだったのではないかと思います。
一方で、前玉の鏡胴の外周は全周に渡って塗装が削られたような状態になっていて、これはソロントンシャッターを取り付けた際の傷ではないかと思われます。
このレンズでどんな写真を撮っていたのかと想像すると、ちょっと楽しくなります。
(2025.5.26)