花を撮る(5) 夏の終りから秋に咲く花

 今年(2021年)の東京の夏は短かったという印象です。9月になると急に暑さがやわらぎ、一気に秋が来たのではないかと思えるような日が続いていました。急激に秋になってしまうのではないかとも思いましたがそんなことはなく、30度を超える日も数回あったと記憶しています。
 野に咲く花も、夏の花から秋の花に変わっていくのが感じられる季節です。今回は夏の終りから秋にかけて咲く野草を紹介します。

秋桜(コスモス)

 秋といえば何といっても秋桜を外すわけにはいきません。もともとはメキシコ原産らしいですが、今ではすっかり日本の風景となっています。「風を見る花」というロマンチックな愛称を持っており、秋を感じさせてくれる代表的な花となっています。
 田圃の畦や農道の脇に咲く秋桜も風情がありますが、牧場などで大群生している姿は圧巻です。花の色が白やピンク、赤など多彩なのも華やかさを増していると思います。

 秋桜で有名な長野県の内山牧場で撮ったのが下の写真です。

▲秋桜 PENTAX67Ⅱ smc PENTAX-M 67 300mm 1:4 F4 1/250 PROVIA100F

 内山牧場は3haもの広大な丘陵地に100万本の秋桜が咲くお花畑です。
 青く澄み渡った空と咲き誇る秋桜のコラボレーションも見事ですが、上の写真は朝日が昇ってきたところを逆光で撮りました。正面にある林の上に朝日が顔を出して、秋桜畑に光が差し込んだ瞬間です。
 300mmの望遠レンズを使い、すぐ手前にある秋桜を大きくぼかし、かなり先の方にある秋桜にピントを合わせています。ピントが合っている範囲はごくわずかです。

 もろに逆光ですので、秋桜の本来の花の色は損なわれていますが、花一つひとつが発光しているような描写を狙ってみました。

 色温度の低い朝の光なので、全体的に赤っぽくなっています。色温度補正フィルターで赤みを落としても良いのですが、このままの方が朝の雰囲気が感じられると思います。

 太陽が正面にあるので、レンズに直接光が当たらないようにハレ切りを使っています。
 このような感じに写せるのはほんのわずかな時間です。太陽が高くなってくると光も白くなりますし、上からの光になるので、秋桜が光り輝くようにはなりません。

ガガイモ

 夏の終り頃から良く見かける野草です。つる性の植物で繁殖力がかなり強いらしく、雑草化してしまうのでどちらかというと嫌われ者のイメージがあります。
 薄紫色の星形をした、小さな可愛らしい花をつけます。細かい毛が密生しているため、砂糖菓子のような感じもします。

 下の写真は雨上がりに撮影したガガイモの花です。

▲ガガイモ PENTAX67Ⅱ smc PENTAX67 M135mm 1:4 F4 1/125 EX3 PROVIA100F

 小さな花なので、俯瞰気味に撮ると葉っぱやつるの中に小さな花が埋もれてしまい、花の可愛らしさがまったく浮かび上がってきません。
 半逆光気味になるよう、下から見上げる感じで撮ると花の表情が出せると思います。
 そして、背景には余計なものを入れず、できるだけシンプルにした方が引き立ちます。

 この写真、太陽の位置は画面のほぼ右側の真上方向にあり、トップライトに近い感じで撮影しています。花に立体感を出すため、陰になる部分ができるような位置を選んでいます。
 そして、背景はできるだけ暗くなるように、日陰になっている林を入れました。陽が当たっている花と背景のコントラストが大きいので、真っ黒で平面的になり過ぎないよう、光が差し込む木々の隙間を右上に入れました。

 そのままでも十分に可愛らしい花ですが、水滴がつくことでみずみずしさも出ているのではないかと思います。
 なお、中望遠のレンズに接写リングをつけて撮影しています。

ヤマハギ

 秋の七草のひとつです。山地の草地などに自生しており、早いものでは7月の終り頃から咲き始めるものもあります。背丈は2メートルほどにもなり、紫色の花をびっしりとつけた姿は見応えがあります。
 観賞用として庭に植えられているのを見かけることも多いですが、鎌倉に行くと宝戒寺をはじめ、萩寺と呼ばれる萩の咲く名所がたくさんあります。

 牧草地に咲くヤマハギを撮ったのが下の写真です。

▲ヤマハギ PENTAX67Ⅱ smc PENTAX-M 67 300mm 1:4 F4 1/250 PROVIA100F

 こんもりと生い茂った姿も秋らしい風景ですが、萩の花を輝かせるため、早朝の太陽があまり高くなる前の時間帯に逆光気味で撮影しました。バックは草地ですが、ところどころに萩の紫色がボケて入っています。
 暗い背景を選んで、萩の花を浮かび上がらせても綺麗だと思うのですが、初秋の早朝のさわやかさを出すために、あえてハイキー気味で撮っています。
 萩だけではなんとなく締まりがないので、咲き始めたワレモコウの花を隣にいれてアクセントになるようにしてみました。
 また、あまりうるさくなりすぎない程度に、適度に玉ボケを入れています。

 バックをできるだけシンプルにするため、300mmの望遠レンズでの撮影です。
 萩の咲く風景として撮影する場合はもっと短い焦点距離のレンズを使いますが、萩をポートレート風に撮るには長い焦点距離の方が萩の表情を引き出すことができます。

イヌタデ

 畑や道端、野原などでごく普通に見ることのできる野草ですが、秋を彩る野草の一つだと思います。
 子供がままごとで、この花を赤飯に見立てたところから「アカマンマ」という名前で呼ばれたりしますが、何とも風情のある名前です。
 時に畑や田んぼを埋め尽くすほどの大群落をつくることもあります。

 日当たりの良い畑に咲いていたイヌタデを撮ってみました。

▲イヌタデ PENTAX67Ⅱ smc PENTAX67 200mm 1:4 F4 1/60 EX3 PROVIA100F

 群落というほどではありませんが、かなり広範囲にわたって咲いていました。イヌタデだけでも配置をうまく考えれば画面のバランスはとれると思うのですが、クローバー(シロツメクサ)も所どころに見られたので、これも入れてみました。

 ほとんどが背丈の低いものばかりのため、小さな花が背景に埋もれないよう、地面にすれすれの位置からの撮影です。画面の下の方に下草を入れて、その間から顔を出している様子がわかるようにしています。
 太陽の光がちょっと強すぎる感じです。薄雲がかかって、もう少し柔らかな光になってくれると良かったのですが、ぎりぎり、初秋らしい光の感じにはなっているかと思います。

 200mmの中望遠レンズに接写リングをつけての撮影ですが、接写リングをもう一個くらいかませて、被写界深度をもう少し浅くしても良かったかと思っています。

ユウガギク

 日当たりの良い草地でよく見ることができます。漢字で書くと「柚香菊」で、かすかに柚のような香りがすると言われています。夏の終り頃から晩秋まで、比較的長い期間咲いています。
 花の大きさは3cmほどと小さいですが、たくさんの花をつけるので華やかな感じがします。

 田圃の畦に咲いているユウガギクを撮ってみました。

▲ユウガギク PENTAX67Ⅱ smc PENTAX67 200mm 1:4 F4 1/60 EX2 PROVIA100F

 ユウガギクの花弁の白と、周囲の草の緑のコントラストがきれいでした。花はたくさん咲いていましたが、一輪だけにピントを合わせ、他の花はアウトフォーカスにしました。
 白い花弁の質感が飛んでしまわないよう、花弁をスポット測光して露出を決めています。実際には全体的にもう少し明るい感じだったのですが、花の質感を残すためにはこれが限界といった感じです。

 いろいろな草の葉っぱが入り乱れており、雑然とした感じもしますが、そういところに咲いている状況を出したかったので、あまり整理しすぎないようにしました。

 ユウガギクによく似たノコンギクやカントウヨメナなども同じ時期に咲く仲間で、あちこちで見かけることができます。早朝、朝露に濡れた姿は趣があります。

エゾリンドウ

 秋の山を代表する多年草です。鮮やかな紫色の花色は遠目にもよく目立ちます。すっと伸びた茎はとてもスマートですが、大きめの頭がアンバランスな感じで、ちょっとユーモラスにも思えます。

 花屋さんで切り花として売っているのはこのエゾリンドウの栽培種らしいです。

 下の写真は山地の草原に咲くエゾリンドウです。

▲エゾリンドウ PENTAX67Ⅱ smc PENTAX67 200mm 1:4 F4 1/30 PROVIA100F

 標高が高いので草紅葉が始まっています。短い夏が過ぎ、秋も深まりつつある感じがする景色です。花の色が鮮やかなため、アップで撮ると華やかさが際立ちすぎてしまうので、草紅葉をいれて秋の寂しい感じが出るようにしました。
 花の密度が濃いところもあったのですが、あまりたくさん咲いているところよりもある程度の間隔をもって咲いている方が秋らしさが出ます。
 もう少し露出を切り詰めても良かったかもしれませんが、これ以上切り詰めると花の色が濁ってしまいます。エゾリンドウが咲いている風景として作画する場合はもっとアンダー気味が似合うと思います。

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 夏に咲く花と比べて秋に咲く花は色も地味目で、花の大きさも小型なものが多くなります。どことなくもの悲しさを感じることもありますが、それもまた秋に咲く花の魅力の一つだと思います。

(2021.10.12)

#ペンタックス67 #PENTAX67 #野草 #プロビア #PROVIA #花の撮影

写真撮影における測光と露出設定(3) 風景撮影における測光方式

 前回まで、露出や測光に関する基本的なことを説明してきましたが、3回目の今回は、風景写真を撮る際に用いる主な測光方式について進めていきます。風景撮影においては反射光式露出計を使って測光することが多く、入射光式露出計とは違った測光方式になります。そのあたりを、撮影事例を交えながら説明していきたいと思います。

リバーサルフィルムのラチチュード

 測光方式の前にフィルムの「ラチチュード」について簡単に触れておきます。
 ラチチュードとは「適正露光域」とか、「露出寛容度」とか訳されていますが、フィルム上で階調がなくならず、画像として成立する範囲のことをいいます。暗すぎると階調がつぶれて真っ黒になってしまい、明るすぎると階調が飛んでしまい真っ白になってしまい、いずれも画像として認識できなくなってしまいます。
 簡単に言うと、どのくらいの暗さから、そして、どのくらいの明るさまで再現できるか、その範囲のことを指します。

 リバーサルフィルの場合、このラチチュードは約5EVと言われています。モノクロのネガフィルムが約9EVといわれていますから、リバーサルフィルムのラチチュードが狭いことがわかります。
 5EVというのは輝度比でいうと1:32になります(いちばん暗いところの輝度を1としたとき、最も明るいところの輝度が32ということです)。

 ニュートラルグレーの輝度を基準にしたとき、フィルム上に再現できる最も明るいところ(白レベル)は基準から「+2・1/3EV」で、最も暗いところ(黒レベル)は基準から「-2・2/3EV」になります。この範囲を超えたところは真っ白に、または真っ黒になってしまいます。

 以下、風景撮影での測光方式について説明をしていきますが、カラーリバーサルフィルムでの撮影を前提としています。モノクロネガフィルムやカラーネガフィルムでは設定が異なりますのでご注意ください。

ハーフトーン測光

 ハーフトーン測光は、最も標準的な測光法であるいえると思います。被写体の中で、ニュートラルグレーに近い反射率(ハーフトーン)を持った部分を測光し、その測定値で絞り値とシャッター速度を設定して撮影します。
 この測光方式は簡単ですが、被写体の中のニュートラルグレーに近い反射率を持った部分が、写真を構成するうえで中心的な存在となっていることが必要です。
 ニュートラルグレーが実際にどのような色(被写体)かということについては、前回の記事をご覧いただくとわかり易いと思いますが、木々の葉っぱや草などの緑色が、比較的ニュートラルグレーに近い反射率を持っています。

 下の写真はハーフトーン方式で測光し、撮影したものです。

▲PENTAX67Ⅱ SMC-TAKUMAR6x7 105mm 1:2.4 F16-22 1/8 PROVIA100F

 測光箇所は画面の多くを占めている木々の緑です。暗めの緑も少しありますが、大半は明るめの緑ですので、ここを測光しています。
 まだ新緑の色が残っている状態ですので、ニュートラルグレーよりも反射率は高いと思われます。そのため、測光値はEV12(ISO100)ですが、そのままだと木々の葉っぱが暗めに写ってしまうので、+0.5EVの補正をかけています。

 このように、被写体全体にわたって輝度差があまり大きくない場合はハーフトーン測光でも適正な露出設定をすることができます。

平均測光

 この測光方式は、被写体の中で最も明るい(ハイライト)部分と最も暗い(シャドー)部分を測光して、その平均値を出します。例えば、ハイライト部分がEV12(ISO100)、シャドー部がEV8(ISO100)の場合、平均値はEV10(ISO100)となります。
 ただし、ハイライト部分もシャドー部分もある程度の面積を占めている必要があります。それぞれが、ごくピンポイントでしか存在しておらず、しかも、それらが写真を構成するうえで重要な場合、この測光方式は適当ではありません。後で説明する別の測光方式を採用してください。

 平均測光方式で撮影した事例が下の写真です。

▲PENTAX67Ⅱ SMC-PENTAX6x7 200mm 1:4 F16-22 1/4 PROVIA100F

 上の写真で、いちばん明るい手前の枯れ草の部分と、いちばん暗い上側の林の部分をそれぞれ測光しています。明るい部分がEV13・1/3(ISO100)、暗い部分がEV9(ISO100)でしたので、平均値としてEV11(ISO100)で撮影しています。
 このとき、木の幹の部分をピンポイントで測光するのではなく、林全体をカバーするように少し広い範囲を測光することが必要になります。

 また、明るいところと暗いところの輝度差が5EV以上ある場合は、ハイライト部分、シャドー部分のどちらか、もしくは両方の階調は表現できなくなってしまいます。

ハイライト基準測光

 ハイライト基準測光は、被写体の中で階調を残しておきたい最も明るい部分を測光する方式です。前回の記事でも説明しましたが、反射光式露出計は色に関係なく、中庸濃度に写るように測光しますので、測光値のままで撮影すると明るい白色などもニュートラルグレーになってしまいます。
 まず、最も明るい(ハイライト)部分を測光し、得られたEVの値をラチチュードのハイライト限界値までシフトします。上で説明したように、リバーサルフィルムのラチチュードのい白レベル側限界値は基準EVの値から+2・1/3ですから、例えば測光値がEV12(ISO100)の場合、シフトすることでEV9・2/3(ISO100)にするということになります。

 次に、被写体の最も暗い(シャドー)部分のを測光し、この値が白レベルの限界値から-5EVの範囲に収まっていれば、黒くつぶれることなく階調が表現できます。
 もし、シャドー部分が-5EVの範囲に収まっていない場合は黒くつぶれてしまいますので、黒の階調はあきらめるとか、ハイライト側の階調を若干犠牲にしてハイライト限界値を超えるところまでシフトするとか、被写体のコントラストが下がる光線状態になるのを待つとか、といった選択が必要になります。

 下の写真はハイライト基準で測光して撮影した例です。

▲Linhof MasterTechnika 45 FUJINON C300mm 1:8.5 F32 1/4 PROVIA100F

 画像の下半分近くを占めている水の流れの部分が最も明るいわけですが、この波模様が白く飛んでしまわないギリギリのところを基準にしています。このハイライト部分の測光値は EV14.5(ISO100) でしたが、このままで撮影すると、全体に露出アンダーの写真になってしまいます。
 そこで、ハイライト部分の測光値をハイライト限界値までシフトし、EV12(ISO100)として露出設定しています。
 階調が残るギリギリまで白く(明るく)するのではなく、もう少し抑えたいというような場合は1/3EVとか2/3EV分、EVの値を大きくします。

 また、川の流れの明るい部分に比べて岩や林の部分の輝度は4EV以上低いので、岩や林は肉眼で見た以上に暗い感じになっています。しかし、岩に生えているコケや草などの緑の部分の反射率がニュートラルグレーに近いからということでここを測光すると、川の流れは真っ白に飛んでしまい、全体として重厚感に欠けた薄っぺらな感じの写真になってしまいます。

 なお、ハイライト基準として測光する箇所は、写真を構成するうえで階調を残しておきたい部分であり、例えば画面内に光源のように非常に明るい部分があっても、そこは白く飛んで構わないような場合は測光対象から外さなければなりません。

シャドー基準測光

 シャドー基準測光はハイライト基準測光の逆と考えても良く、被写体の中で階調を表現したい最も暗い部分を測光する方式です。
 最も暗い(シャドー)部分を測光し、得られたEVの値をラチチュードのシャドー限界値までシフトします。上で示した図の通り、シャドー限界値は基準EVの値からから-2・2/3ですので、測光値がEV9(ISO100)だとすると、EV11・2/3(ISO100)にすることになります。
 次に、被写体の最も明るい(ハイライト)部分を測光し、この値が黒レベルの限界値から+5EVの範囲に収まっていれば、白飛びすることなく階調が表現できます。

 シャドー基準測光で撮影したのが下の写真です。

▲PENTAX67 SMC-TAKUMAR6x7 105mm 1:2.4 F22 1/2 PROVIA100F

 山の稜線から朝日が昇ってくるので空はかなり明るくなり、その影響で下半分は真っ黒につぶれてしまいます。手前のなだらかな稜線と山肌が認識でき、かつ、明るくなりすぎないギリギリまで露出を詰めるため、手前側の稜線あたりをスポット測光した値がEV7.5(ISO100)で、黒レベル限界値までシフト(-2・2/3)して、EV10(ISO100)として露出値を決めています。
 このとき、朝日が昇る稜線の上側の空の部分は+5EVほども明るい状態です。
 また、階調が消える手前ギリギリまで黒く(暗く)するのではなく、もう少し明るめにしたいというような場合は、1/3EVとか2/3EV分、EVの値を小さくします。

 この状況も、肉眼ではもっとずっと明るく見えるのですが、明るくし過ぎると朝焼けの空の色や朝日の質感が損なわれてしまいます。このシチュエーションにおいて、日の出の瞬間の雰囲気を出すにはこれくらい露出を切り詰めた方が良いと思います。

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 適正露出という言葉がありますが、「適正」というのは厳格な基準があるわけではありません。露出計は測光するために照度や輝度の基準を決めていますが、その値によってどのような露出設定をするかは撮る側の判断です。どういうイメージの写真に仕上げるかは撮る側の主観の問題です。
 目の前の風景を自分の感性に沿った写真にするため、露出計は非常に効果的なツールであると思います。露出というのはなかなか奥が深いですが、思い通りの写真が撮れた時はやはり嬉しいものです。

(2021年9月19日)

#露出 #EV値

写真撮影における測光と露出設定(2) Ev表の使い方と測光方式

 前回は、露出を決める5つの要素について説明しましたが、今回は、実際に撮影におけるそれぞれの値の使い方や、露出計を用いた測光方式について進めたいと思います。

Evダイヤグラム(Ev表)

 露出を決める5つの要素(絞り値、露出時間、ISO感度、照度、輝度)は、APEXが定めた方式によってAv、Tv、Iv、Bv、Svという単純化された数値に置き換えられ、それぞれの間には3つの関係式が成り立つということを説明しました。

  Ev = Av + Tv …… 式(1)
  Ev = Iv + Sv …… 式(2)
  Ev = Bv + Sv …… 式(3)

 写真撮影するうえでなじみの深い「Ev」はこれらの要素から相対的に求まる値です。そしてこれは、下のような「Evダイヤグラム」という表で表すことができます。

 上の表で、横軸はTv、Iv、Bvの値を表しています(下から4行目)。そして、その下の3行はそれぞれの値に対応する露出時間、照度、輝度になります。
 縦軸はAv、Svの値を表しており(左から3列目)、その左側の2列はAvに対応した絞り値、Svに対応したISO感度になります。

 表の中の数値はEvの値を示しており、横軸(Tv、Iv、Bv)と縦軸(Av、Sv)の交点はそれぞれの値を加算した値であり、上の式(1)から(3)を表しています。

 例えば、Ev=12となるためには、Av=5(F5.6)とTv=7(1/125秒)のほかに、この表に表されているだけでも12通りの組み合わせがあることがわかります。
 また、同様にEv=12となるために、Sv=5(ISO100)とIv=7(照度800[fc])の組合せのほかに、やはりこの表内だけで12通りあることがわかります。

 露出計によって照度、または輝度を測定することでIv、またはBvの値が決まりますので、ここに使用するフィルムや撮像素子のISO感度に相当するSvの値を加えるとEv(露出値)がわかります。
 そして、そのEvの値をAvとTvに分解すると、絞り値と露出時間(シャッター速度)が求まります。

照度の値と実際の明るさ

 絞り値や露出時間(シャッター速度)、ISO感度はカメラで設定したり、フィルムによって決まる値なのでわかり易いですが、照度が〇〇フィートカンデラとか、輝度が〇〇フィートルーメンとか言われても非常にわかりにくいです。この2つに関しては数値で覚えるよりは、Iv=5はこれくらいの明るさ、Bv=6はこれくらいの明るさというように、感覚的に覚えた方が現実的です。

 そこで、照度に関してIvの値と実際の明るさの関係をいくつか挙げてみます。

  Iv=0    夜の街灯の下
  Iv=1~2  室内
  Iv=3~4  オフィス内
  Iv=4~5  曇天の屋外
  Iv=5~6  晴天時の窓際
  Iv=8~9  晴天の屋外
  Iv=10~11 晴天の海辺やゲレンデ

 といった感じです。
 「曇天の屋外」と言っても雲の厚さや太陽の位置などによって明るさは変化しますので、おおよそこれくらいの範囲というあいまいさを残した表現になってしまいますが、仕方ありません。

 実際には露出計で測定するので、これらの関係を覚えても意味がないと思えるかもしれませんが、これくらいの明るさならIvの値はいくつくらい、ということが感覚的にわかっていると、測光しなくても絞りやシャッター速度の値がある程度わかるので、写真の仕上がり具合がイメージできます。

 因みに、フィルムの場合はISO100の感度のものを使うことが多いので、その場合はIvの値に5を加算するとEvの値になります。また、ISO400のフィルムの場合は、Ivの値に7を加算します。

入射光式露出計を用いての測光

 露出計には「入射光式露出計」と「反射光式露出計」があるということを前回も触れましたが、それぞれの測光方式と特徴について説明していきます。

 まず、「入射光式露出計」です。
 この露出計は、被写体にあたっている光、すなわち照度を測定します。いろいろな形状のものがありますが、外観上の特徴は白い半球状のカバーが見られることです。
 この半球状のカバーをカメラの方に向けて、被写体の前にかざして測光します。

▲入射光式露出計

 測定する前に、使用するフィルム(または撮像素子)のISO感度を設定しておきます。その状態で測定ボタンを押すと、測定した照度のIvの値と、設定されているISO感度のSvの値から、Evの値が表示されるというのが一般的な動作です。Evの値を針で示すアナログ式や、数値で表示されるデジタル式などがあります。

 実際に入射光式露出計で測光して撮影したのが下の写真です。
 わかり易いように色の異なる6色(白、黄、緑、赤、青、黒)のスケッチブック(黒だけはスケッチブックがなかったので、単なる厚紙です)を並べて、薄曇りの窓際の自然光で撮影しました。

▲入射光式露出計で測光して撮影 Ev=9 (ISO100)

 この時の入射光式露出計で測定した照度はIv=4でした。感度はISO100(Sv=5)にしていますので、Ev=9ということになります。
 この写真でもわかるように、赤、または青がニュートラルグレーに近いと思われ、紙の質感も良く出ています。一方、白や黄色は露出オーバー気味ですが、全体としては肉眼で見た感じに近いのではないかと思います。

 このように、入射光式露出計は被写体に入射する光の量(照度)を測定し、ニュートラルグレー(反射率18%)が中庸濃度に写るような値を返してきます。したがって、入射光式露出計で測定した値で撮影すると、ニュートラルグレーよりも反射率の高いものは白っぽく、反射率の低いものは黒っぽく写ることになります。すなわち、被写体の色によって測定した値が変わることはありません。
 反面、露出計を被写体の前にもっていかなければならないので、風景撮影などのように被写体がはるか遠方にある場合、そこまで出向いて測光するということは現実的ではありません。

反射光式露出計を用いての測光

 次に、「反射光式露出計」です。
 この露出計は、被写体に当たった光が反射することで、見かけ上の被写体の明るさ、つまり被写体の輝度を測定します。外観上の特徴は接眼部があることです。ここから被写体を覗き見て、被写体の輝度を測定します。受光角1度という非常に狭い範囲を測定するもの(スポット露出計と呼ばれることが多い)から、30度くらいの比較的広い範囲を測定するものまで、いろいろあります。

 下の写真はペンタックスのデジタルスポットメーターという受光角1度の反射光式露出計です。

▲反射光式露出計 PENTAXデジタルスポットメーター

 測定する前にISO感度を設定しておくのは入射光式と同じです。
 受光部を被写体の測定したい部分に向けて測定ボタンを押すと、測定した輝度のBvの値と、設定されているISO感度のSvの値から、露出値であるEvの値が返されます。

 では、入射光式と同じように6色の被写体を反射光式露出計で測定し、撮影してみます。
 被写体の輝度は色によって異なりますので、6色のそれぞれの色の部分を測定し、その結果の値で撮影したのが下の6枚の写真です。上から順番に、白、黄、緑、赤、青、黒を測定して撮影したものです。

▲反射光式露出計で測光して撮影 「白」を測光 Ev=11・2/3 (ISO100)
▲反射光式露出計で測光して撮影 「黄」を測光  Ev=10・2/3 (ISO100)
▲反射光式露出計で測光して撮影 「緑」を測光  Ev=9・2/3 (ISO100)
▲反射光式露出計で測光して撮影 「赤」を測光 Ev=9・1/3 (ISO100)
▲反射光式露出計で測光して撮影 「青」を測光 Ev=9 (ISO100)
▲反射光式露出計で測光して撮影 「黒」を測光  Ev=8 (ISO100)

 光の状態(照度)は同じですが、被写体の色によって写真の仕上がり具合がまったく違うのがわかると思います。
 反射光式露出計は、被写体の色に関係なく、すべてがニュートラルグレーと仮定して、それが中庸濃度に写るような値を返してきます。したがって、露出計の測光結果通りに撮影すると、白や黄色のように明るい色は暗めに、黒のように暗い色は明るめに写ります。

 わかり易くするために上の6枚の写真から色情報を抜いて、グレースケールに変換してみます。

▲反射光式露出計で測光して撮影 「白(左端)」を測光
▲反射光式露出計で測光して撮影 「黄(左から2番目)」を測光
▲反射光式露出計で測光して撮影 「緑(左から3番目)」を測光
▲反射光式露出計で測光して撮影 「赤(右から3番目)」を測光
▲反射光式露出計で測光して撮影 「青(右から2番目)」を測光
▲反射光式露出計で測光して撮影 「黒(右端)」を測光

 白を測定した1枚目の写真は全体的に露出アンダー気味に、黒を測定した6枚目の写真は露出オーバー気味になっていますが、それぞれ測定した色のところを見ると、ばらつきはありますが、ほぼ同じようなグレーになっているのがわかると思います。

 それぞれの写真の下に記載した実際の測定データを見ていただけるとわかりますが、白のEvの値は11・2/3、黒のEvの値は8ですので、曇天という比較的柔らかい光の条件下であっても、 4段近くの露出の差があります。コントラストが強い場合はもっと大きな差が出てしまいます。

 このように、反射光式露出計は被写体のごく一部を測光することができますが、同じ光の状態であっても被写体の色によって測定結果が異なりますので、色と輝度の関係をある程度把握しておく必要があります。

被写体の輝度の値と実際の明るさ

 照度と同じように輝度も「〇〇フィートルーメン」とか言われてもピンときません。
 そこで、被写体の輝度を示すBvの値と、実際の被写体の見た目の明るさの関係について、主なものを挙げてみます。

  Bv=1~2  雨が降り出しそうな曇天下の木々の葉
  Bv=4~5  曇天下のクリーム色の家の外壁
  Bv=5~6  曇天下の黒っぽい瓦屋根
  Bv=5~6  晴天下、日陰になっている木々の葉
  Bv=6~7  晴天下の赤いチューリップ
  Bv=7~8  晴天下、日が当たっている木々の葉
  Bv=9~10  青空
  Bv=10~11 曇天の空(雲)

 これらの値にISO感度のSvの値(ISO100だとSv=5)を加算すると、露出値であるEvになります。

 一般には草や木々の葉の緑、あるいは人の肌などがニュートラルグレーに近いと言われています(上の写真では緑がかなり明るめですが、このスケッチブックの色は黄緑に近いので、草や木々の葉よりもだいぶ明るいです)。ニュートラルグレーの反射板を持ち歩いていれば基準がわかり易いですが、それも面倒なので、ニュートラルグレーに近い自分の手のひらなどを基準にする人もいます。

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 実際の被写体というのは色や光の状態によって見た目の明るさにずいぶんと差があります。写真というのは、すべてが中庸濃度になるように写せば良いというものでもなく、撮影する人の意図によって露出をコントロールするということになります。
 デジカメの場合は露出値を変えて何枚も撮影し、モニタで確認することで自分の感覚に合ったものを選ぶことができます。しかし、ピンポイントでここの色を出したいとか、この部分は飛ばないようにぎりぎりまで明るくしたいとか、そういった場合はスポット露出計があると思い通りの露出設定ができます。

 次回は具体的な事例を交えてご紹介したいと思います。

(2021年9月11日)

#露出 #EV値

写真撮影における測光と露出設定(1) 露出を決める要素

 最近のカメラは自動露出計が内蔵されており、様々なシチュエーションに合わせた適正露出を自動で決定してくれますが、大判カメラなど、露出計が内蔵されていない場合は露出計を使って測光するなどして露出値を決める必要があります。経験を積むことである程度の露出は露出計がなくても決めることができるようになりますが、精度を高めるためには露出計が必要になります。
 写真撮影において露出の設定はとても重要な要素ですが、そもそも測光とはどういうことなのか、そして、測光した結果を露出設定にどのように反映するのか、というようなことを説明していきたいと思います。

光の表現の仕方と単位

 まず、測光や露出設定に最低限必要な光の定量的な表現の仕方(とらえ方)について触れておきたいと思います。
 写真というのは、光源から発せられた光が被写体に当たり、被写体面で反射した光がカメラ(撮像面)に入射することで像が記録されるわけです。

 光源(太陽とか電球など)から発せられる単位時間当たりの光の量を「光束」といい、単位は「ルーメン[lm]」で表します。そして、ある方向への光の強さを「光度」といい、単位は「カンデラ[cd]」です。
 そして、この光が被写体に入射するわけですが、被写体の単位面積あたりに入射する光束を「照度」といい、記号は「I」、単位は「ルーメン毎平方メートル[lm/m²]」、または「ルーメン毎平方フィート[lm/ft²]」で表されます。

  【照度】
    定義:単位面積あたりに入射する光束
    記号:I
    単位:[lm/m²]、または[lm/ft²]

 また、1[ft²]あたりの光束[lm]を、1[fc](フィートカンデラ)という単位で表すこともあります。
 すなわち、1[fc] = 1[lm/ft²]になります。

 光度が1[cd]の点光源から1[sr]内に放射される光束が1[lm]となります。
 (ステラジアン[sr]とは、半径rの球体の表面を、表面積がr²となる円で切り取ったときの錐面と球の中心との立体角になります。球の表面積は4πr²ですので、光度1[cd]の光源が全方向に放射する光束は4π[lm]となります。)

 照度Iが入射した被写体面は反射率ρの反射面となり、観測者(カメラ)からは見かけ上の単位面積当たりの明るさとして認識されます。これを「輝度」といい、記号は「B」、単位は「カンデラ毎平方メートル[cd/m²]」、または「カンデラ毎平方フィート[cd/ft²]」で表されます。
 これは、反射面によって照度が輝度に変換されたことを意味し、反射面は照度を受けて光る二次光源と言えます。

  【輝度】
    定義:見かけ上の単位面積あたりの明るさ
    記号:B
    単位:[cd/m²]、または[cd/ft²]

 また、[fL](フィートランバート)という単位が用いられることがあり、1[fL] = 1/π[cd/ft²]になります。

 写真撮影における測光とは、この「照度」、または「輝度」を測定することをいいます。

露出を決める要素とその関係

 実際に測光した照度、または輝度をもとに露出値を決めることになるわけですが、その要素は照度、輝度を含めて5つあります。

  (1)絞り値(F値)
  (2)露出時間(シャッター速度)
  (3)被写体の照度
  (4)被写体の輝度
  (5)感材の感度(ISO感度)

 照度と輝度は必ずしも両方必要ではなく、どちらか一方だけで露出値を決めることができます。

 この5要素の関係は、被写体の照度もしくは輝度と、感材の感度から露出量が決定され、それを絞り値と露出時間の組合せに換算するということになります。
 そして、これらを簡易に計算するため、APEXシステムという方法(仕組み)によってそれぞれの要素が以下のような数値に置き換えられています。

  絞り値  –> Av
  露出時間 –> Tv
  照度   –> Iv
  輝度   –> Bv
  感度   –> Sv

 これらの値から導き出される露出値はEvで表されます。

  露出値  –> Ev

 これによって、これらの数値の関係は以下のような非常に簡単な式によって表すことができます。

  Ev = Av + Tv …… 式(1)
  Ev = Iv + Sv …… 式(2)
  Ev = Bv + Sv …… 式(3)

 では、これらの数値について、順番に説明していきます。

絞り値(F値)とAvの関係

 絞り値というのはF5.6とかF8とか、カメラを扱う方であれば非常になじみの深い数値ですが、この値はレンズの焦点距離と有効径によって決まり、以下のような関係式が成り立っています。

  F値 = 焦点距離/有効径 …… 式(4)

 例えば、焦点距離50mm、有効径25mmのレンズの場合、F値は2になります。
 F2から1段絞るとF2.8、さらに1段絞るとF4となり、1段絞るとF値は√2倍(約1.4倍)になっていきます。

 しかし、これだと計算がしにくいので、1段絞ったら1だけ上がる数値に置き換えたのが「Av」です。
 F値をAとすると、AとAvは以下のような関係になります。

  Av = 2log₂ A …… 式(5)

 この式にF値(A)をあてはめると、以下のようになります。

   <F値>  <Av> 
   0.7   -1
   1    0
   1.4   1
   2    2
   2.8   3
   4    4
   5.6   5
   8    6
   11    7

 Avとは、絞りF1.0をAv=0として、絞りの段数を表していると言い換えることができます。Avの値が1増えると露出量は1/2倍(半分)になります。
 F1.4とF5.6を例にとると、それぞれのAvは1と5ですから、その差となる4がF1.4からF5.6までの段数ということになります。そして露出量は1/2 ^ 4 = 1/16となります。

 逆に、AvからF値を求める場合は、下の式になります。

  F値 = √2 ^ Av …… 式(6)

露出時間(シャッター速度)とTvの関係

 次に露出時間についてですが、露出時間をTとすると、TとTvの間は下のような関係になっています。

  Tv = -log₂ T …… 式(7)

 この式にあてはめると、露出時間1秒をTv=0とし、露出時間が半分(シャッター速度が2倍)になるとTvの値が1増え、露出時間が2倍(シャッター速度が半分)になるとTvの値が1減ることがわかります。

  <露出時間[s]> <tv>
    2     -1
    1      0
    1/2     1
    1/4     2
    1/8     3
    1/15    4
    1/30    5
    1/60    6
    1/125    7

 Avと同様に、Tvは露出時間(シャッター速度)の段数を表していることになります。Tvの値が1増えると露出時間は1/2倍(半分)になります。
 Tvを求める式でlogの逆数をとっているのは、露出時間が小さく(短く)なるほど、Tvの値を大きくする必要があるからです。

 また、下の式により、Tvから露出時間(T)を求めることができます。

  T = 1 / (2^Tv) …… 式(8)

AvとTvの関係

 絞りを1段絞ったら露出時間を2倍にすれば同じ露出が得られるというのは経験則で理解していると思いますが、これを式で表したのが式(1)です。

  Ev = Av + Tv …… 式(1)

 例えば、絞り値F2.8(Av=3)、露出時間1/60秒(Tv=6)の時と、 絞り値F5.6(Av=5)、露出時間1/15秒(Tv=4)の時はいずれも Evの値が9になるので、同じ露出値であることがわかります。
 つまり、AvとTvを足して9になる組合せのすべてが同じ露出値になる、ということを表した式であることがわかると思います。

 このように、絞り値と露出時間をそれぞれAv、Tvという値で表すことで、露出値の扱い(計算)が簡単になります。見慣れたEvの値がこのような構造になっていることも理解いただけるのではないかと思います。

被写体の照度とIvの関係

 露出値を決める5つの要素のうち、実際に測光対象となるのが被写体の照度、もしくは輝度ですが、まずは照度についてです。
 APEXの定義にあてはめると、被写体の照度IとIvには以下の関係式が成り立ちます。

  Iv = log₂(2^4/100)・I = log₂(I/6.25) …… 式(9)

 APEXの定義では、照度の単位に[fc](フィートカンデラ)が用いられているようです。6.25[fc]をIv=0としていますが、なぜこの値が用いられたのか、その理由は良くわかりません。下の表でわかるように、照度[fc]の値が切れの良い数字になるということで決められたのかもしれません(例えば、100[fc]をIv4にしたとか)。

 上の式に照度IとIvをあてはめると以下のようになります。

  <照度[fc]> <Iv> 
   3.125   -1
   6.25   0
   12.5   1
   25    2
   50    3
   100    4
   200    5
   400    6
   800    7

 照度が2倍になるとIvの値が1増え、照度が1/2倍(半分)になるとIvの値が1減るのはAvやTvと同様です。

 ちなみに、Iv=0のときの照度6.25[fc]を、なじみのある単位[lx](ルクス)に置き換えると約67ルクスになります(1[fc]=10.764[lx])。これは、夜の街灯下に近い感じです。蛍光灯照明されたオフィス内は6~700ルクスと言われていますので、かなり暗いことがわかると思います。

 一般に、照度は「入射光式露出計」で測光します。被写体に当たる光の量を測定するので被写体の色などの影響は受けませんが、被写体のある場所で測定しなければならず、風景などのように被写体が遠方にある場合は測定が困難です。

被写体の輝度とBvの関係

 輝度は[fL](フィートランバート)という単位を用いています(1[fL] = 1/π[cd/ft²])。
 被写体の輝度BとBvをAPEXの定義にあてはめると、以下のようになります。

  Bv = log₂B …… 式(10)

 これは、輝度1[fL]がBv=0となります。

 上の式に輝度BとBvをあてはめると以下のようになります。

  <輝度[fL]> <Bv> <輝度[cd/ft²]>
   0.5    -1   0.16
   1     0   0.32
   2     1   0.64
   4     2   1.27
   8     3   2.55
   16     4   5.09
   32     5   10.2
   64     6   20.4
   128    7   40.7

 輝度が2倍になるとBvの値が1増え、輝度が半分になるとBvの値が1減るのは他の要素と同様です。

 さて、照度Iで照らされた被写体の見かけ上の明るさを輝度というのは上で説明しましたが、光源が理想的な均等拡散反射面を照らしているとき、照度と輝度の間には以下のような関係が成り立ちます。

  輝度B = (反射率ρ/π)・照度I …… 式(11)

 この式に照度[fc]と輝度[cd/ft²]をあてはめると、反射率ρは16%となります。
 例えば、上の表から、Iv=4の照度は100[fc]、Bv=4の輝度は5.09[cd/ft²]ですので、これらの値を、上の式をもとに反射率を求めるように変形した式にあてはめてみます。

  反射率ρ = 輝度B/照度I× π
       = 5.09 / 100 x 3.14
       = 0.16

 一般に被写体の反射率は18%(ニュートラルグレー)という値が採用されていますが、この定義式からするとAPEXでは16%としているようです。その理由は定かではありませんが、16%とすることで輝度[fL]の値が切れの良い数字(1、2、4、8…)になるからではないかと勝手に思ってます。

 因みに、一般に使われる反射率18%という値は、白と黒の中間の反射率だという理由で採用されているようです。
 かなり反射率が低い黒色でも3%ほどは反射され、また、かなり反射率の高い白色でも100%の反射はなく、96%程度といわれており、この値を3%を起点に反射率が2倍ごとの数列で表現すると、

  3 - 6 - 12 - 24 - 48 - 96

 となります。
 ここに、各数値の中間の値を追加すると以下のようになります。

  3 - 6 - 12 - 24 - 48 - 96
   4.5 - 9 - 18 - 36 - 72

 この数列でわかるように、18%がちょうど中間の値ということになります。

 なお、被写体の輝度は「反射光式露出計」で測光しますが、同じ照度であっても被写体の色や表面の状態などによって輝度は異なりますので、測光値も変わってきます。一方、風景など遠方の被写体でも測定できるというメリットがあります。

感材の感度(ISO感度)とSvの関係

 露出を決める要素の5番目は感材の感度です。
 一般に「ISO感度」と呼ばれており、ISO100とかISO200などと表現されています。絞り値やシャッター速度と同様にカメラ側(またはフィルム)で設定するものなので、なじみ深い数値です。

 感度SとSvをAPEXの定義にあてはめると以下のようになります。

  Sv = log₂(2^5/100)・S = log₂(S/3.125) …… 式(12)

 これは、ISO3.125をSv=0とし、ISO感度が2倍になるとSvの値が1増えます。

 上の式にISO感度SとSvをあてはめると以下のようになります。

   <ISO感度> <Sv>
    1.5625  -1 
    3.125   0
    6.25    1
    12.5    2
    25     3
    50     4
    100    5
    200    6
    400    7

 なじみの深いISO100はSv=5となります。

IvとSv、BvとSvの関係

 感材の感度(ISO感度)が高ければ多少暗くても写りますし、また、明るい場所であればISO感度が低くても問題ないわけですが、これを式で表したのが式(2)、および式(3)になります。

  Ev = Iv + Sv …… 式(2)
  Ev = Bv + Sv …… 式(3)

 例えば、輝度128[fl](Bv=7)の被写体をISO100の感度(Sv=5)で撮影する場合と、輝度32[fl](Bv=5)の被写体をISO400の感度(Sv=7)で撮影する場合、いずれもEvの値は12であり、同じ露出値になることを示しています。
 このように、被写体の照度、輝度、感材の感度をそれぞれ、Iv、Bv、Svという値で表すことで、露出値の計算が容易になります。

 なお、感材の感度をどのような基準で決めたのかはわからないのですが、例えば、輝度が1[fL](Bv=0)の被写体を、絞り値F1.0(Av=0)、露出時間1秒(Tv=0)で撮影した時、被写体が中庸濃度で写る感材の感度をISO3.125(Sv=0)としたのではないかと思います。式(1)から式(3)を成り立たせるためにはそうする必要があるように思います。

露出値の式が意味すること

 露出値Evを求める3つの式のうち、式(1)は絞り値と露出時間と露出値の関係を表していますが、Av、およびTvの値が大きくなるほど、入射する光の量は少なくなることを意味します。
 一方、式(2)、および式(3)は照度、輝度、感材の感度と露出値の関係を表していますが、Iv、Bv、およびSvの値が大きくなるほど、より多くの光の影響を受けることを意味しています。

 式(1)から式(3)は等価ですから、以下のようになります。

  Ev = Av+Tv = Iv+Sv = Bv+Sv

 すなわち、同じ露出値を得るためには、より多くの光の影響を受ける状態(Iv、Bv、Svが大きい)のときは入射する光の量を少なく(Av、Tvを大きく)するということを示しており、逆に、光の影響が少ない状態 (Iv、Bv、Svが小さい)のときは入射する光の量を多く(Av、Tvを小さく)するということを示しており、 3つの式が等価であることがわかると思います。
 写真撮影ではごく当たり前に行なわれていることですが、式で表すとこのようになります。

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 今回は露出を決める5つの要素とそれらの関係について説明をしましたが、次回以降はこれらの値の具体的な使い方や測光の仕方等について触れていきたいと思います。

(2021年9月4日)

#露出 #EV値

大判写真と35mm判写真は何がどのように違うのか

 私は風景を撮る機会が多いので、大判カメラ(主に4×5判)を使う頻度も高くなります。カメラはでかいし、撮影に手間がかかり著しく機動性に欠けるし、フィルムや現像などコストはかかるし、デメリットばかりが目立ってしまいがちですが、仕上がった大判写真の美しさや迫力は、数々のデメリットを補って余りある魅力があります。
 写真としての出来不出来は大判だろうが35mm判だろうが関係なく、大判だから良い写真が撮れるわけではありませんし、もちろん35mm判でも良い写真は撮れます。ですが、大判と35mm判とでは明らかに異なる点がいくつかあります。今回はその違いについて触れてみたいと思います。

フィルムサイズの違いとその影響

 35mm判と大判で最もわかり易い明確な違いは、言うまでもなく一目瞭然、フィルムのサイズです。実際に画像が記録される大きさは、

  35mm判 : 36mm × 24mm
  4×5判  : 121mm × 95mm

 で、面積比でいうと4×5判は35mm判の約13.3倍になります。
 アスペクト比(縦横比)が異なりますが、4×5判の対角の長さは35mm判の約3.56倍になります。

 フィルムをデジカメの撮像素子のような画素数で表現することはあまり意味があるとは思いませんが、比較をするうえで数値化したほうがわかり易いので、あえて画素数で表してみます。
 富士フィルムが公開しているデータシートによると、リバーサルフィルムVelviaの場合、解像力は80~160本/mmとなっています。コントラストが非常に低いときで80本/mm、高コントラスト時で160本/mmということですので、中間の値をとって120本/mmとして計算してみます。

 この「解像力」の意味ですが、120本/mmとは、1mmの幅の中に120本の線を識別できるということです。したがって、最低でも240画素以上が必要ということになります。
 この値をフィルムのサイズにかけ合わせると以下のようになります。

  35mm判 :  36mm × 240本/mm × 24mm × 240本/mm
       = 8,640dot × 5,760dot
       ≒ 4,977万画素

  4×5判 :  121mm × 240本/mm × 95mm × 240本/mm
       = 29,040dot × 22,800dot
       ≒ 6億6,211万画素

 では、この画素数の違いが、写真にとってどの程度の影響があるかということを試算してみます。35mm判と4×5判ではアスペクト比が違うので、横置きの場合の水平方向(長辺)を対象に進めます。

 いま、35mm判カメラに焦点距離50mmのレンズをつけて、5m先の被写体にピントを合わせることを想定してみます。水平方向の長さ36mmのフィルムに対して焦点距離50mmのレンズですので、水平画角は39.6度になります。
 4×5判のフィルムでこれと同じ水平画角となるレンズの焦点距離は168mmです。実際に168mmなどという中途半端な焦点距離のレンズはないと思いますが、便宜上、この値で話を進めます。
 下の図を参照してください。

 上の図から分かるように、5m先にある被写体を、水平画角39.6度でとらえた時、フィルムに写る水平方向の長さは3.6m(3,600mm)です。
 この3.6mを、35mm判では8,640dotで、4×5判では29,040dotで記録するわけですから、それぞれの分解能は以下のようになります。

  35mm判 : 3,600mm ÷ 8,640dot = 0.417mm/dot
  4×5判 : 3,600mm ÷ 29,040dot = 0.124mm/dot

 つまり、5m先にある被写体について、35mm判では最小で0.417mmまで識別でき、4×5判では最小で0.124mmまで識別できるということになります。言い換えると、35mm判が1ドットで記録される範囲を、4×5判は約3.36ドットで記録されるということです。
 これは、数値上からは5m先にいる人の指の指紋が識別できる解像度ですが、実際には指紋のコントラストはそんなに高くないと思いますので現実的には無理ではないかと思われます。

 また、色が変化しているような場合、4×5判の方が色の変化を滑らかに記録できることになります。35mm判で画素と画素の間の色の変化を、4×5判では3.36段階に分けて記録されるわけですから、滑らかさの違いは想像に難くないと思います。
 画素数が多いことで細部まで記録できるのはもちろんですが、写真を見た時に、35mm判に比べて4×5判で撮った写真の方が階調が豊かに感じられるのはこのような理由ではないかと思います。

 なお、実際にはレンズによっても左右されると思いますが、ここではレンズによる影響は考慮していません。

被写界深度の違いとその影響

 フィルムサイズ(画素数)の違いの次は被写界深度の違いです。
 上と同じ条件(35mm判に焦点距離50mmのレンズ、4×5判に焦点距離168mmのレンズをつけ、5m先の被写体を対象)のときの被写界深度を比較してみます。

 被写界深度の計算式(近似式)は以下の通りです。

  前側被写界深度 D₁ = a²εF / (f² + aεF)
  後側被写界深度 D₂ = a²εF / (f² - aεF)

 ここで、
  a :被写体までの距離[mm]
  ε:許容錯乱円[mm]
  F :絞り値
  f :レンズの焦点距離[mm]
 です。

 許容錯乱円は35mm判の場合、0.022~0.028mmの値が使われていることが多いようなので、ここでは中間の値の0.025mmを用いることにします。
 上の式に、a = 5,000、ε = 0.025、f = 50、および、f = 168、絞り値Fには大判レンズの開放値として多く採用されているF = 5.6をあてはめてみます。

 まず、35mm判、焦点距離50mmのレンズの場合です。

  前側被写界深度 = 5,000×5,000×0.025×5.6 / (50×50 + 5,000×0.025×5.6)
          = 1,094mm

  後側被写界深度 = 5,000×5,000×0.025×5.6 / (50×50 – 5,000×0.025×5.6)
          = 1,944mm

 続いて、4x5mm判、焦点距離168mmのレンズの場合です。

  前側被写界深度 = 5,000×5,000×0.025×5.6 / (168×168 + 5,000×0.025×5.6)
          = 121mm

  後側被写界深度 = 5,000×5,000×0.025×5.6 / (168×168 – 5,000×0.025×5.6)
          = 127mm

 この結果から分かるように、同じ絞り値F5.6の場合、35mm判(f=50mmレンズ)の被写界深度は3,038mmですが、4×5判(f=168mmレンズ)の被写界深度はわずか248mmしかありません(いずれも前側被写界深度と後側被写界深度を加算した値です)。

 ピントが合っているように見える範囲は、35mm判は4×5判の12倍以上あるわけですから、写真を見た時に明らかに違いが感じられます。4×5判ではピントの合っている範囲がごく一部であっても、35mm判だとかなり広範囲にピントが合っているように見えるはずです。この被写界深度の違いはフィルムサイズの違いによる影響よりもはるかに大きなインパクトを与えます。

 被写界深度は絞り値に影響を受けるので、4×5判(f=168mmレンズ)で35mm判(f=50mmレンズ)と同じだけの被写界深度を稼ぐには絞り値をどれくらいにすればよいかを計算してみます。

 上で示した被写界深度から絞り値Fを求めるように変形します。

  絞り値 F = ( (a²ε/D₁f²) - (aε/f²) )⁻¹

 この式に、35mm判(f=50mmレンズ)の前側被写界深度 D₁=1,094 を当てはめて計算すると、

  絞り値 F = ((5,000×5,000×0.025 / 1,094x168x168) – (5,000×0.025 / 168×168))⁻¹
       = 63.24

 となり、F64まで絞ると、35mm判(f=50mmレンズ)のF5.6とほぼ同じ被写界深度になることがわかります。

 なお、許容錯乱円の値を35mm判と同じ0.025mmを用いましたが、4×5判からプリントする場合は35mm判に比べて拡大率が低いので、一般には許容錯乱円の値も35mm判よりも大きな値(0.08~0.1)を使うことが多いようです。しかし、フィルム上での比較ということで、ここではあえて同じ値で計算しました。

 適当な作例がありませんが、ストックの中から探してきました。
 1枚目が4×5判に焦点距離210mmのレンズをつけて撮ったもの、2枚目がAPSサイズのデジカメで焦点距離40mm近辺で撮ったものです。

▲4×5判 210mm F8 1/30
▲APSサイズ 約40mm F8 1/20

 2枚のフレーミングは少しずれていますが、おおよそ同じ位置から撮っています。ツツジまでの距離は4~5mといったところです。絞り値はいずれもF8で、4×5判で210mmレンズと、APSサイズで40mmレンズの画角はほぼ同じです。
 風が強くてかなり被写体ブレを起こしていますが、今回はそこは無視してください。

 4×5判の方は後方の白樺の木がほとんどボケていますが、デジカメの方はかなり後方まで鮮明に写っているのがわかると思います。
 同じ被写体、同じ構図ですが、写真を見たイメージはずいぶん違うと思います。

ボケの大きさの違いとその影響

 3点目の違いはボケの大きです。ここでいうボケとは、ピントが合っていないところのボケの大きさをいいます。
 ここでも上と同じ条件(35mm判に焦点距離50mmのレンズ、4×5判に焦点距離168mmのレンズをつけ、5m先の被写体を対象)のときに、無限遠のボケの大きさがどれくらい異なるのかを試算してみます。

 まず、ボケの大きさはレンズの絞り値によって決まります。
 レンズの焦点距離 f、絞り値 F、そして有効径 Dの間には次のような関係式が成り立ちます。

  絞り値 F = f/D

 よって、レンズの有効径は、

  有効径D = f/F

 上の式に、焦点距離50mm、および168mm、絞り値5.6をあてはめてレンズの有効径を求めると、

  50mmレンズの有効径 = 50 / 5.6
            = 8.928mm

  168mmレンズの有効径 = 168 / 5.6
             = 30mm

 となります。

 これを図に表すとこうなります。

 上の図で、ピントの合っていないところがボケの大きさを表すことになるわけですが、絞り値が等しければ光軸に平行に入ってきた無限遠光は同じところに焦点を結ぶので、ボケの大きさも等しくなります。

 では、この状態から5m先の被写体にピントを合わせた場合のレンズの位置を計算してみます。

 レンズの焦点距離 f、レンズから被写体までの距離 a、レンズから撮像面までの距離 bの間には次のような関係があります。

  1/a + 1/b = 1/f

 よって、

  1/b = 1/f - 1/a

 この式に、a = 5,000、f = 50、および、f = 168 をあてはめると、

  50mmレンズ 1/b = 1/50 – 1/5,000
        b = 50.505mm

  168mmレンズ 1/b = 1/168 – 1/5,000
        b = 173,841mm

 となります。
 すなわち、無限遠からの繰出し量が50mmレンズの場合は0.505mm、168mmレンズだと5.841mmということです。
 レンズが前に繰り出した分、無限遠はボケることになります。

 次に、無限遠のボケ径は次の式で求められます。

  ∞ボケ径 d = F²/F(a - f)

 この式に、絞り値 F = 5.6、被写体までの距離 a = 5,000、焦点距離 f = 50、および、f = 168 をあてはめると、

  50mmレンズ∞ボケ径 = 50×50 / 5.6x(5,000 – 50)
            = 0.090mm

  168mmレンズ ∞ボケ径 = 168×168 / 5.6(5,000 – 168)
             = 1.043mm

 となり、5m先にピントを合わせた時の無限遠のボケの大きさは、35mm判(f=50mmレンズ)に対して4×5判(f=168mmレンズ)は約11.6倍にもなります。これは被写界深度の違いと同様で、写真を見た時に35mm判と4×5判では明らかに印象が異なります。同じ画角で同じ範囲を写しても、35mm判に比べて4×5判の方が急激に、しかも大きくボケていくことがわかります。

 では、焦点距離168mmのレンズの無限遠のボケ径が、50mmレンズと同じ大きさ(0.09mm)になるにはどれくらいまで絞ればよいかを計算してみます。

 上の式から、絞り値 F は次のように求めることができます。

  絞り F = f²/ d(a - f)

 ここにそれぞれの値をあてはめると、

  絞り F = 168×168 / 0.09x(5,000 – 168)
      = 64.9

 となり、およそF64まで絞ると50mmレンズのボケ径とほぼ同じになることがわかります。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 このように、4×5判で撮影した写真は、撮像面の大きさによる画像の鮮明さや階調の豊かさに加え、被写界深度の違いやボケの大きさの違いによって、同じ範囲を写した写真でも35mm判の写真とは全くイメージの異なる画になります。
 どの範囲にピントを合わせ、どのようにボケを取り入れるかなどは作画意図によって変わってきますが、大判写真というのは豊かな階調やボケの大きさなどの要素が合わさり、非常に奥行きのある画になるという特徴があると思います。

 一方で、被写界深度が深ければピントの合う範囲が広いので、全体として締まりのある感じになるでしょうし、浅ければ被写界深度を稼ぐために苦労するかもしれませんが、その反面、主張したいところだけを浮かび上がらせることができます。どちらがより良いということではなく、35mm判なり4×5判なり、それぞれの特性を活かした作画をすべきなんだろうと思います。

 また、今回は35mm判と4×5判が同じ画角になるようにそれぞれ、50mm、168mmの焦点距離のレンズで試算しましたが、35mm判のカメラに168mmの焦点距離のレンズを付けても被写界深度やボケの大きさに関しては4×5判で計算した値と同じになります。
 ただし、写る範囲がぐっと狭まりますので、出来上がる写真のイメージはまったく違うものになります。

 大判写真というのは単にフィルムが大きいので綺麗に写るということだけでなく、35mm判とは大きく異なる要素がいくつかあります。そういったことを理解したうえで構図をどうするか、どのように撮影するかということを考えるのも大判写真の楽しさかもしれません。

(2021年8月22日)

#レンズ描写 #写真観

花を撮る(4) 夏の高原に咲く花

 梅雨が明けると日差しも強くなり、高原では花の数が一気に増えます。高原に咲く花はどちらかというと地味なものが多いですが、自然の中で力強く生きる美しさがあると思います。
 薔薇のような華やかさはありませんが、短い夏を懸命に生き、そして高原を彩ってくれる野草をご紹介したいと思います。

シシウド(獅子独活)

 夏の青空に花火のように咲くシシウドはかなり存在感があります。大きなものでは背丈が2m以上にもなりますが、セリの仲間だそうです。花には蜜が多いのか、たくさんのハチやハナアブがひっきりなしにやってきて、花の上はとても賑わっています。

 下の写真は大きなシシウドを青空に抜くアングルで撮影しました。

▲PENTAX67Ⅱ smc PENTAX67 45mm 1:4 F8 1/60 PLフィルター PROVAI100F

 空を深い青にして花とのコントラストを高めるため、PLフィルターを使用しています。PLの効果を強くし過ぎるとペンキを塗ったようにベタッとした感じになってしまうので、半分くらいの強さにしています。
 また、夏の雰囲気を出すため、下の方に雲が湧いてくるのを待って撮りました。
 広角レンズを使っているのでパンフォーカスになりすぎないよう、できるだけ花に近づいて背景が少しボケるようにしました。
 ワンポイントで右下にニッコウキスゲを入れてみました。

 花の細部が飛ばないよう、露出は少しだけ切り詰めています。

シロバナニガナ(白花苦菜)

 黄色の花をつけるニガナの変種らしいですが、ニガナよりも少し大振りの花をつけます。といっても2cmほどしかありませんから、一円硬貨くらいの大きさです。母種となるニガナに比べると、見かける割合はぐっと少ないです。

 群落をつくってたくさんの花が咲いていることが多いのですが、一輪だけ開いている個体があったので撮ってみました。

▲PENTAX67Ⅱ smc PENTAX67 200mm 1:4 F4 1/60 EX2,EX3 PROVIA100F

 花が小さいため、前後にゴチャゴチャしたものがあると花が埋もれてしまうので、望遠レンズに接写リングをつけて被写界深度をできるだけ浅くしています。
 背景が緑だけだと単調になってしまいますが、先端が赤くなった蕾がいくつかあって、これらが柔らかくボケてアクセントになってくれていると思います。

 針金のように細い茎はわずかの風でも揺れるので、風が止まった瞬間を狙ってシャッターを切ります。

ハクサンフウロ(白山風露)

 高原に咲く数ある花の中でも人気の高いのがこのハクサンフウロです。フウロソウの仲間には地名がついているものが多く、これも石川県の白山に多く見られることからつけられたようです。
 花の大きさは3cmほどで決して大きくありませんが、赤紫色の宝石をちりばめたように高原を彩ってくれます。

 朝露に濡れて輝いているところを撮ったのが下の写真です。

▲PENTAX67Ⅱ smc PENTAX67 200mm 1:4 F5.6 1/125 EX2,EX3 PROVIA100F

 写真の左側上方から朝日が差し込んでいて、逆光に近い状態です。バックにあまり光が当たらなく、暗く落ち込むアングルから撮りました。
 花弁はかなり輝度が高く、それに対して背景は暗いのですが、黒くなりすぎないように朝露がつくる玉ボケをできるだけたくさん入れるようにしました。
 朝日が当たると花弁についた朝露は瞬く間に消えてしまうので、時間との勝負です。

 この花は背丈が低いので、周囲の植物の葉に埋もれるように咲いています。上から撮ると周囲の葉っぱが邪魔になるので、花と同じくらいの高さまでカメラを下げたアングルで撮影すると、背景をシンプルにしやすくなります。

コオニユリ(小鬼百合)

 山地に行くと良く見かけるユリです。鮮やかなオレンジ色をした花をつけるので、とてもよく目立ちます。多年草なので、盗掘でもされない限りは毎年同じところで見ることができます。
 りん茎(いわゆる球根)は百合根といって食用にされるので、盗掘されることも多いようです。

 大きくなるとたくさんの花をつけますが、下の写真のコオニユリは一輪だけの花をつけていました。

▲PENTAX67Ⅱ smc PENTAX67 M-135mm 1:4 F4 1/125 PROVIA100F

 下向きに咲くのがユリの花の特徴ですが、うつむき加減に一輪だけ咲いている姿は何とも風情があります。スーッと伸びた茎の先端に花をつけた立ち姿がわかるように茎を長めに入れ、この花の咲いている環境もわかるように、ぼかした背景を多めに取り入れました。絞りすぎるとゴチャゴチャしてしまうので、絞りは開放です。

 この日は雨が降り出しそうな曇り空でしたが、ひっそりと咲くコオニユリには、このしっとりとした感じが似合っていると思います。
 雨に濡れたコオニユリも魅力的だと思い、雨が降らないかしばらく待っていましたが、残念ながらこの日は降りませんでした。

タチフウロ(立風露)

 ハクサンフウロと同じフウロソウの仲間ですが、背丈が50cmほどまで伸びます。薄紫色の花弁に赤紫の筋が目立ちます。ハクサンフウロのように群落をつくっているのは見たことがなく、数株がポツンぽつんと咲いているという感じです。
 背丈が大きいせいか、明るい日差しが似合う花だと思います。

 下の写真は、他の植物のかげに隠れるように一株だけ咲いていたタチフウロです。

▲PENTAX67Ⅱ smc PENTAX67 165mm 1:2.8 F5.6 1/125 EX3 PROVIA100F

 背景をぼかすため、望遠レンズに接写リングをつけての撮影です。被写界深度が浅いので、二輪の花にピントが合う角度から撮っています。
 強い光が当たらない方が花の柔らかさは出せるのですが、日当たりの良い草むらに咲いている雰囲気を出そうと思い、日差しがある状態で撮りました。

 写真だと、緑の中に薄紫色の花が咲いているので目立つように見えますが、実際には緑の中に溶け込んでしまっているといった感じで、注意して探さないと見過ごしてしまいます。

オトギリソウ(弟切草)

 山地などで比較的よく見ることができます。葉や茎は止血などの生薬になるらしく、この草を原料にした秘伝薬の秘密を弟が隣家の恋人に漏らしたため、兄が激怒して弟を切り殺したという悲しい言い伝えからつけられた名前だと言われています。
 花は1.5cmほどと小さく、一日花なので一つの花が咲いているのは一日だけですが、次々と花が開いてきます。

 草むらに咲いていることが多く、画作りには結構苦労します。

▲PENTAX67Ⅱ smc PENTAX67 200mm 1:4 F4 1/125 EX3 PROVIA100F

 上の写真も周りを背丈の高い植物に囲まれて一本だけが咲いていました。
 悲しい言い伝えがあるからというわけではありませんが、ちょっと陰のある感じにしようと思い、左右を他の植物の葉っぱで暗く落としながら、上方に青空を入れてトンネル効果を出してみました。
 そして、花に光が当たるところでシャッターを切りました。ミツバチだと思うのですが、ちょうど飛んできて花にとまってくれました。

 同じ光源下だと黄色はかなり輝度が高くなるので、飛んでしまわないように注意が必要ですが、露出がアンダーになると可憐な花の表情が台無しになってしまうので、露出設定には悩みます。この写真も花弁をスポット測光し、2/3段のプラス補正をしています。

コウリンカ(紅輪花)

 かつては良く見かけましたが、今ではレッドデータブック(レッドリスト)入りした絶滅危惧種になってしまいました。
 キク科の植物ですが、一般のキクに比べて頭花の数がとても少ないのでスカスカした感じがします。ですが、鮮やかなオレンジ色はとても印象的です。
 一般的には「紅輪花」と書くことが多いですが、「光輪花」と書くこともあるようです。

 背丈は50cmほどになり、草むらからは頭一つ飛び出しといった感じなので、撮影はし易い方だと思います。

 下の写真は、ちょうど見ごろを迎えたコウリンカです。

▲PENTAX67Ⅱ smc PENTAX67 165mm 1:2.8 F4 1/60 EX3 PROVIA100F

 この花を撮るには背景との距離をできるだけ大きくとり、長めのレンズを使って前後を大きくぼかすのが良いと思います。花の色がとても鮮やかなので、背景が多少明るくても浮かび上がりますが、ゴチャゴチャしていると埋もれてしまいます。
 ときどき、群落をつくっていることもあるので、たくさんの花が咲いている光景も素晴らしいですが、数輪だけをクローズアップしてもお洒落な写真になると思います。

イブキトラノオ(伊吹虎の尾)

 日当たりの良い山地でよく見かける多年草です。試験管を洗うブラシのような恰好が特徴的です。ほぼ白色に近い極淡い紅色をした花で、非常に地味な存在です。1m近くまで伸びたたくさんの花穂が風にゆらゆらしている光景は少しばかり興味を引きますが、あまりシャッターを切ろうとは思いません。

 しかし、夕暮れになるとこの地味な花も少しばかり状況が変わってきます。

▲PENTAX67Ⅱ smc PENTAX M67 300mm 1:4 F5.6 1/30 W8フィルター PROVIA100F

 上の写真は、二本のイブキトラノオを夕陽に重ねて撮影したものです。
 花の形状がシンプルがゆえに、シルエットになるとイブキトラノオの特徴が良く見えてきます。隣にニッコウキスゲとコバギボウシもシルエットになっています。

 この写真はW8色温度補正フィルターを使用して、夕暮れ時の雰囲気を出しています。
 中央下部にあるニッコウキスゲに軽くレフ板を当てて、花の色がわかるようにしても良かったかなと思っています。

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 夏の高原は魅力のある野草が素晴らしい環境の中で咲いており、被写体に困ることはありませんし、様々な撮り方をすることができるのも魅力の一つです。図鑑でしか見た事のない花に出会った時の喜びもひとしおですし、同じ花であっても会うたびに違う表情を見せてくれるので、何度でも行きたくなる場所です。
 8月も中旬になると、標高の高い場所では短い夏に終わりを告げ、秋の風が吹き始めます。ちょっと寂しが漂う秋の高原もいいものです。機会があれば秋の高原に咲く花も紹介したいと思います。

 (2021.7.28)

#ペンタックス67 #PENTAX67 #野草 #プロビア #PROVIA #花の撮影

レンズの「小絞りボケ」と大判カメラによる撮影の関係について

 カメラのレンズは絞るにつれて回折現象によって解像度が落ちていくというのは良く知られた話ですが、一方で、絞らなければ被写界深度が浅く、全体にピントが合った写真になりにくいというトレードオフのような関係になってしまいます。
 実際に、絞ることによってどれほど写真に影響があるのかを検証してみました。
 なお、レンズの性能を評価したり、それを論ずることが目的ではなく、あくまでも写真に与える影響にフォーカスしていますので、予めご承知おきください。

光の回折とエアリーディスク

 ある一点から出た光はレンズを通った後、撮像面に到達した光は一点に集まらず、円盤状に少し広がってしまいます。平行に進行する光が障害物に出会ったとき、障害物の裏側(影の部分)に回り込んでしまう現象で、「光の回折」と呼ばれています。これはレンズの収差をゼロにしても光が持つ波としての性質上、どうしようもないことのようです。

 この広がった光によって描かれる円を「エアリーディスク」と呼んでいます。エアリーディスクについて検索すると、下のような図がたくさん出てきます。

 エアリーディスクの大きさは次の式によって求めることができます。

  d = 2.44λF

 ここで、λは光の波長、Fは絞り値です。
 つまり、光の波長が一定であれば、エアリーディスクの大きさはレンズの絞り値によって決まるということになります(光の回折やエアリーディスクに関する学術的なことはここでは触れませんので、ご了承ください)。

 この式からも、絞り値が大きくなればエアリーディスクの直径も大きくなることがわかります。
 エアリーディスクは、本来は点でなければならない光が広がってしまうわけですから、当然、画像も劣化してしまいます。

 実際に上の式を使ってエアリーディスクの大きさを計算してみます。
 光の波長を450nm(0.45μm)、レンズの絞り値をF4とすると、

  d = 2.44 × 0.45 × 4
    = 4.392μm

 となります。 

 この条件下においては点像の直径を4.392μmより小さくすることはできません。すなわち、撮像面において、4.392μm以下の大きさは識別できないことになります。

 これは、1,800万画素ほどのAPS-Cサイズの撮像素子の1画素とほぼ同じ大きさです。
 F4よりも絞るとエアリーディスクの直径は大きくなり、1画素の大きさを上回ってしまいます。

▲シュナイダー アポジンマー 150mm 1:5.6

絞り値による画質への影響

 では、実際に絞り値によってどの程度、画質に影響が出るのかを確認してみます。

 私は大判カメラを使うことが多いので、シュナイダーのアポジンマー150mmという大判用のレンズで試してみます。このレンズの絞りはF5.6~64までありますので、まずは、1段ごとのエアリーディスクの大きさを上の式にあてはめて計算してみます。
 光の波長は450nmとします。

  F5.6 : d = 2.44 × 0.45 × 5.6 =  6.149μm
  F8  : d = 2.44 × 0.45 × 8  =  8.784μm
  F11  : d = 2.44 × 0.45 × 11 = 12.078μm
  F16  : d = 2.44 × 0.45 × 16 = 17.568μm
  F22  : d = 2.44 × 0.45 × 22 = 24.156μm
  F32  : d = 2.44 × 0.45 × 32 = 35.136μm
  F45  : d = 2.44 × 0.45 × 45 = 49.410μm
  F64  : d = 2.44 × 0.45 × 64 = 70.272μm

 実際の撮影は被写界深度の影響を受けない方がわかり易いだろうと思い、奥行きのない平面的な被写体をということで腕時計の広告を使いました。
 カメラを水平にし、広告面とカメラの撮像面を極力平行に保って撮影したのが下の写真です。

▲テストチャート代わりの腕時計の広告

 この状態で、レンズの絞りをF5.6~64まで変えて8枚を撮影しました。
 そして、中心部のあたりを拡大したものが下の写真です。

▲F5.6
▲F8
▲F11
▲F16
▲F22
▲F32
▲F45
▲F64

 上の写真でわかるように、絞ることで画質が低下していくのが明らかです。F16までは画質の低下もごくわずかですが、F22からは画質の低下が顕著に感じられます。F64まで絞るとかなり甘い描写になっています。

小絞りによる画質低下と写真の関係

 絞ることで画質の低下が生じることは明確ですが、では、それがどこにどのような影響を及ぼすのかというと、いろいろな見解があると思います。
 とにかく解像度至上主義のような方にとっては、いかに解像度を高めるかということや、機材によって解像度がどれくらい違うのかということが重要だと思いますし、レンズの評価を解像度で行なう方にとっても避けては通れないことだと思います。

 私も、レンズの解像度は低いよりは高い方が望ましいとは思っていますが、「写真」というものをどうとらえるかによって、解像度の持つ意味は変わってくると思います。
 私は機材を評価するレビューアーや技術者でもありませんので、機材性能の重要さは十分に認識していますが、それよりも、それによって生み出される「写真」そのものに重きを置いています。ですので、絞れば画質が低下することは承知の上で、目いっぱい絞って撮影することもあります。それは、写真をどのように表現したいかということによって変わるものだと思っています。

 どれだけ鮮鋭な写真を撮るかということも重要な要素だと思いますが、私はその場にいた自分の感覚とか感情を、写真を通してどう表現するかということに重きを置いています。
 例えば、パンフォーカスの風景写真を撮りたい場合など、小絞りによる画質の低下は承知しながらF45とかに絞って撮ることもあるわけで、何を表現し何を訴求したいかによって、どのように撮るかが決まってくるのではないかと思っています。

 とはいえ、画質の低下は放っておけない課題ではあるので、どのように折り合いをつけるのかについて考えてみたいと思います。

 撮った写真をどのように扱うかは様々だと思いますが、私の場合は、フィルムカメラで撮影した写真を四切から全紙くらいに引き伸ばして額装するというスタイルです。撮影した写真をパソコンの画面で等倍以上に拡大して、解像度がどうのということを論ずる使い方をするわけではありませんが、やはり、全紙に引き伸ばしたときに、あまり顕著な画質の低下は避けたいと思っています。

 では、それはどのような状態なのかということを、論理的に検証してみたいと思います。

プリントに許容される絞り値は?

 額装した写真というのは人間が目で見るわけですから、その状態で違和感なく、綺麗に見えることが求められます。では、それはどのような状態なのかを検証してみたいと思います。

 まず調べてみたところ、人間の目の分解能は視野角で1/120度(0.5分)くらいが限界とのことです。これがどれくらいの分解能かというと、1mの距離から、0.145mm離れた2つの点を識別できるということです。
 この人間の持っている目の分解能で、全紙に引き伸ばした写真を見たときのことを想定してみます。
 全紙の大きさは560mm×457mmです。この写真を1.5m離れたところから見た場合、人間の目の分解能で識別できるのは0.218mmとなります。

 では、4×5フィルムから全紙にするにはどれくらい引き伸ばせばよいかというと、短辺の比率で計算すると、4×5フィルムの短辺の長さは102mmですから、
  457 ÷ 102 = 4.48
 となり、約4.5倍ということになります。
 全紙大で0.218mmの分解能なので、4×5判のフィルム上では1/4.48、すなわち、
  0.218 ÷ 4.48 = 0.0487
 となり、0.0487mmの点像が識別できることが求められます。これは、F45に絞ったときの状態に近い値です。

 これらのことから、大判(4×5判)カメラで撮影した写真を全紙大に引き伸ばし、1.5m離れたところから見る場合、F45まで絞っても特に画質の低下を感じることなく、写真を観賞できるということになります。

 しかし、実際にはこれよりも小さな値、できれば半分くらいの値である0.024mm以下が望ましいと思われます。上でエアリーディスクの計算をしましたが、0.024mm(24μm)ということは、絞りF22のときとほぼ等しいということです。

 もちろん、中判カメラや35mm判カメラであれば全紙大までの拡大率が異なりますので状況は異なります。フィルムの面積が大きいほど、プリントの際の拡大率は小さくて済みますので、エアリーディスクの影響は少なくて済みます。

 念のためにつけ加えておきますが、これらはすべて理論的な話しであって、実際の撮影対象(被写体)や撮影条件によって大きく変わってくるので、それほど単純な話ではないと思っています。ですが、一つの目安にはなると思います。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 レンズの絞りを絞るほど画質が劣化するのは紛れもない事実ですが、撮影した写真をどのように使うかによって状況は変わります。
 パソコンの画面で画素レベルまで拡大して解像度を論じるのと、写真をプリントして観賞するのとでは全く異なります。エアリーディスクによる画質の低下を認識したうえで、作画意図に応じて撮影条件を使い分けるということが重要かと思います。

(2021.7.12)

#レンズ描写 #絞り

大判カメラの撮影時における失敗のあれこれ

 大判カメラは使用できるレンズの自由度が大きいとか、アオリが使えるとか、あるいは、35mm判のカメラでは使わないような小道具を用いるなど、大判カメラならではの特殊性があります。これによっていろいろと撮影の幅が広がるのですが、その反面、その特殊性に起因する失敗も起こりえます。
 今回は大判カメラでの撮影時に起こりやすい失敗について触れてみたいと思います。

アオリの掛け過ぎでケラレる失敗

 大判カメラの撮影でいちばん多い失敗が「ケラレ」によるものではないかと思います。ケラレと言っても原因は一つではなく多岐に渡っていますが、中でも起こり易いのがアオリによるケラレです。
 簡単に言うと、あおることで撮像面がイメージサークルからはみ出してしまうことです。
 
 一般的なフィールドカメラの場合、フロント(レンズ)部をアオリ過ぎてイメージサークルをはみ出すと、写真の四隅のうち、写真の上辺、下辺、左辺、右辺のいずれかの辺の両端が黒っぽくなってしまいます。ライズやフォール、ティルトをかけすぎると上辺、もしくは下辺の両端が、シフトやスイングをかけすぎると左辺、または右辺の両端が影響を受けます。
 ライズ(フォール)、もしくはティルトと、シフト、またはスイングを同時にかけると、四隅のうちの3か所がケラレてしまうこともあります。

 下の写真はフロントライズをかけすぎたため、画面上部の両端がケラレてしまった例です。

 
 上部の両端が黒っぽくなっているのがわかると思います(ポジをライトボックスに置いて撮影しているので、画質が悪いのはご容赦ください)。

 イメージサークルは、その外側になると突然真っ暗になるわけではなく、徐々に光量が落ちていくので、カメラのフォーカシングスクリーンではケラレているのが良くわからないことがあります。特に短焦点レンズを使っていると、フォーカシングスクリーンの周辺部はかなり暗くなってしまうので、一層わかりにくいという状態です。

 これは、フォーカシングスクリーンの四隅に付けられた切り欠きからレンズをのぞき込んで、ケラレていないかどうか確認することで防ぐことができます(切り欠きがついていないフォーカシングスクリーンもあります)。
 また、レンズの絞りが開放の時にケラレれていても、絞り込むことでケラレが解消する場合もあります。

 下の2枚の写真は、イメージサークルが174mm(F22)のレンズをカメラに取付け、フォーカシングスクリーンの右下の位置からレンズを見たものです。
 1枚目が絞りF5.6(開放)、2枚目が絞りF22の状態です。

 
 1枚目の写真(開放)ではケラレており、レモン型になっているのがわかると思います。これをF22まで絞り込むと5角形の絞りがきれいに見えており、ケラレが解消されています。
 十分に余裕のあるイメージサークルを持ったレンズであればほとんど気にする必要もありませんが、カメラの持っているアオリの可動範囲と同程度、もしくはそれ以下のイメージサークルのレンズであおる時は確認したほうが無難です。

レンズのイメージサークルが小さすぎることによる失敗

 そもそも、使用するレンズのイメージサークルが撮像面をカバーしていないことが原因です。
 これが起きる頻度はそれほど高くないと思いますが、69判くらいしかカバーしていないレンズを4×5判の撮影に使用してしまったというような場合です。
 この場合、アオリを使わなくても四隅が黒くなってしまいます。

 下の写真はまさにそのような失敗例です。

 
 また、カタログデータ上、4×5判をぎりぎりカバーするイメージサークルが記述されていても、この値は絞りF22の場合が一般的ですので、絞りを開くとやはりケラレてしまうことがあります。

 アオリのところでも書きましたが、同様にフォーカシングスクリーンの切り欠きから覗き込むことで確認することができます。

蛇腹でケラレる失敗

 蛇腹が内側に張り出してしまい、これが写り込んでしまうという失敗です。これが起きる原因は蛇腹固有の問題のような気がします。
 長年使っているうちに蛇腹がへたってきて、腰が弱くなって蛇腹自身の重さで垂れ下がってしまうと、フォーカシングスクリーンの上側に黒く写り込んでしまうということが起きます。

 また、蛇腹にはそれぞれ折りたたんだ時につく癖のようなものがあり、内側に膨らむような癖がついていると、やはり写り込んでしまう可能性があります。このようなクセのある蛇腹の場合は、レンズを取り付ける前に蛇腹の中に手を突っ込んで、内側から軽く押してあげることで防ぐことができます。
 しかし、このような状態は蛇腹についている癖なので放っておいても直ることはなく、毎回手を突っ込んで内側から押すのも面倒なので、蛇腹を交換する方が得策かと思います。

 下の写真は蛇腹が内側に膨らんでしまい、黒く写り込んでしまった例です。

 
 写真上部の黒い縁が下側に円弧を描いているのがわかると思います。これが蛇腹によるケラレです。

レンズフードでケラレる失敗

 大判カメラの場合、アオリを使うことがあるので35mm判カメラなどで使う筒状のレンズフードはほとんど使いません。アオリを使わなければ問題ありませんが、アオリを使ったときにこのレンズフードでケラレが生じてしまう可能性があることが使わない理由です。

 大判カメラ用に蛇腹式のフードもありますが使いにくいので、ハレ切りの方が簡単で確実です。

 下の写真はハレ切りを取り付けた状態です。

 
 黒い薄板や厚紙と自在に動くクリップがあれば十分に機能しますし、かさばらなくて便利です。私はカメラのアクセサリシューに取付けて使っています。

ベッドの写り込みによる失敗

 短焦点(広角、超広角)レンズを使ったときにおこりやすい失敗です。特に縦位置の撮影の際に起こる可能性が高いといえます。カメラにもよりますが、蛇腹を長く繰出せるカメラの方がベッド自体が長いため、このようなことが起こりやすく、例えば焦点距離65mmのレンズをつけた場合、リンホフマスターテヒニカ45ではベッドが写り込んでしまいますが、ウイスタ45SPだと写り込みが起きません。

 このベッドの写り込みはフォーカシングスクリーンの上側にボヤっと出るだけなので、気がつかないことがあります。特に夜景など、暗い状態での撮影の時には気づかずにシャッターを切ってしまうこともあります。
 せっかく苦労して撮っても、出来上がった写真を見たらベッドが写っていたなんてことが起きると、テンションダダ下がりです。
 このカメラでは〇〇mmより短い焦点のレンズではベッドが写り込む、ということを把握しておくと防止策の一つになります。

 残念ながら、掲載できるサンプルがありません。

ケーブルレリーズの写り込みによる失敗

 大判カメラの撮影にはケーブルレリーズが必需品ですが、これがレンズの前にびよ~んと飛び出してしまい、写り込んでしまうという失敗です。画の中に黒くボケた太い線が無遠慮に写っているのを見ると、ベッドの写り込みと同じくらい、テンションが下がります。

 構図を決めたりピントを合わせているときは、レリーズが飛び出していると気がつくのですが、ピントを合わせた後、シャッターをチャージしたりフィルムホルダーをセットしたりする間にレリーズが飛び出してしまったのを気づかずにいるとこのようなことが起きます。

 これはケアレスミスのようなものなので気をつければ防ぐことができますが、ケーブルレリーズを手元まで引き回した後、動かないように固定しておくのが望ましいと思います。
 私は三脚の雲台に配線止め金具を張り付けておき、ケーブルレリーズをここにはめ込むようにしています。

  
 このようにしておくとケーブルレリーズがブラブラすることがないので、レンズの前に飛び出してしまうのを防ぐとともに、レンズのレリーズをねじ込む部分がレリーズの重さで破損してしまうのを防ぐこともできます。

多重露光と未露光の失敗

 意図的に多重露光した場合を除き、撮影したにもかかわらず、同じフィルムで再度撮影してしまったという失敗が多重露光です。
 逆に、撮影したつもりで現像に出したら真っ黒なポジが戻ってきた、というのが未露光です。

 なぜこのようなことが起こるかというと、これも撮影時のケアレスミスによるところが大きいと思います。
 4×5判以上のシートフィルムはフィルムホルダーの両面に一枚ずつ入れておきますが、撮影前と撮影済みを引き蓋で判断するようにしています。一般的に引き蓋のラベルは片面が白、片面が黒になっており、例えば撮影前は白側を出しておき、撮影後は引き蓋をひっくり返して黒側を出して差し込む、というような使い方をします。
 しかし、撮影後に引き蓋をひっくり返すのを忘れてしまうことがあると、このような事態になってしまう可能性があります。

 
 大判カメラは今の一眼レフのようにEXIFデータを自動で記録してくれないので、一枚ごとに撮影記録を書きとめていきます。これによって、たとえ引き蓋をひっくり返すのを忘れてもこのような失敗を防ぐことができますが、撮影枚数が多いときなど、後になって引き蓋の状態と撮影記録が食い違っていても、どちらが正しいかわからなくなってしまうことがあります。
 撮影時の自分なりの手順が身についてくると、このような失敗は起きなくなりますが。 

フィルムホルダーからの光線漏れによる失敗

 これについて、私は実際に経験したことがないのですが、フィルムホルダーの引き蓋を引いた際に、引き蓋の差込口から光が入ってしまうということです。

 フィルムホルダーの引き蓋の差込口のところは、光が漏れないような加工が施されているのですが、ここから光が入ってしまうということは、ここがへたっているのではないかと思われます。
 このようなことが起きないように、シャッターを切る際は冠布をかけるという方もいらっしゃいますが、私は何もかけずにそのままシャッターを切っています。光が入り込んでしまうようであれば、フィルムホルダーを交換したほうが良いかもしれません。

露出設定の間違いによる失敗

 これは大判カメラに限った話ではありません。そもそも露出を読み間違えた、あるいは測光をミスったということが原因の場合と、測光は正しくできたが絞りやシャッター速度の設定を間違えたことが原因の場合が考えられます。

 絞りやシャッター速度の設定ミスは、測光したEV値からの換算で間違えてしまうということがいちばん多いのではないかと思います。例えば、EV10となるような絞りとシャッター速度の組合せは何通りもあるわけで、EV値から換算しようとして、1段分間違えてしまったというような状況です。露出計やEV値の換算表を用いることでこのような失敗は防ぐことができます。

 露出や測光については奥が深いので、これらは別の機会で触れたいと思います。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 どんなに注意をしていても失敗はつきもので、全くなくすということはなかなか難しいのですが、大判カメラの場合、フィルムのコストもバカにならないので、極力、失敗をなくすよう、撮影は慎重に行ないたいものです。

(2021年6月12日)

#アオリ

大判カメラのアオリ(6) バックティルト&バックスイング

 前回までフロント部のアオリについて説明してきましたが、今回はバック部のアオリについて触れていきたいと思います。
 ビューカメラはバック部も大きなアオリが使えますが、フィールドカメラ(テクニカルカメラ)ではフロントほど多彩な動きはできませんし、風景撮影においては使う頻度もフロント部のアオリに比べると多くありません。

フィールドカメラのバック部のアオリ動作

 フィールドカメラの場合、バック部のアオリとしては「ティルト」と「スイング」の2種類だけというのが多いと思います。ライズやフォール、シフトなどのアオリはできないのがほとんどです。
 アオリのかけ方もカメラによって異なり、例えばリンホフマスターテヒニカやホースマン45FAなどは、4本の軸で支えられたバック部を後方に引き出し、自由に動かすことができるという方式です。

 下の写真はリンホフマスターテヒニカ45のバック部を引き出した状態です。

▲Linhof MasterTechnika 45 バックティルト&バックスイング

 カメラの上部と左右側面にあるロックネジを緩めるとバック部を引き出すことができます。4軸が独立して動くのでバック部全体がだらしなくグニャグニャしてしまいますが、ティルトやスイングを同時に行なうことができます。

 これに対してウイスタ45はティルトとスイングが別々に動作します。

▲WISTA 45SP バックティルト&バックスイング

 ティルトは本体側面下部にある大きなロックネジを緩めて、本体自体を前後に傾けて行ないます。
 また、スイングは本体下部にあるリリースレバーを押し込み、本体を左右に回転することで実現します。これに加えて、本体側面のダイヤルを回すことで微動スイングも可能になります。

 それぞれ一長一短があり、どちらが使い易いかは好みもあるかも知れませんが、ティルトとスイングを同時にかけたいときなどはリンホフ方式の方が自由度が高くて便利に感じます。

バック部のアオリはイメージサークルの影響を受けない

 フロント部のアオリのところでも触れたように、どんなにカメラのアオリ機能が大きくても、レンズのイメージサークル内に納めないとケラレが発生してしまいます。これは、レンズ(フロント部)を動かすことでイメージサークル自体が移動してしまうからです。
 しかし、バック部を動かしてもイメージサークルは動きませんし、また、ティルトとスイングだけであればイメージサークルからはみ出すことはあり得ませんので、ケラレが起こることもありません(ただし、ビューカメラのようにライズやシフトができる場合は別です)。

 フロント部、およびバック部のアオリとイメージサークルの関係を下の図に表してみました。

 バック部を後方に引き出すということは、イメージサークルが大きくなる方向に移動することであり、ティルトとスイングだけであればイメージサークルからはみ出すことがないのがお判りいただけると思います。
 フロント部のアオリをかけすぎるとイメージサークルの小さなレンズではケラレが発生してしまいますが、バック部のアオリの場合はその心配がありません。

シャイン・プルーフの法則も適用される

 フロント部のアオリのところで、ピント面を自由にコントロールするシャイン・プルーフの法則について説明しましたが、バック部でも同じようにこの法則が当てはまります。

 下の図はバックティルトによって、近景から遠景までピントを合わせることを説明しています。

 フロント部は固定したまま、バック部を傾けることで撮像面が移動しますので、被写体面、レンズ面、撮像面が一か所で交わるようにすればパンフォーカスの写真を撮ることができます。

バック部のアオリは被写体の形が変形する

 バック部のアオリとフロント部のアオリの大きな違いは、バック部のアオリでは「被写体の形が変形する」ということです。フロント部のアオリでは真四角なものは真四角のままですが、バック部でアオリをかけると真四角なものが台形になってしまいます。

 上の図でわかるように、例えばバック部の上部だけを引き出すバックティルトをかけた場合、バック部の上部がイメージサークルの大きな方向に移動することになります。このため、撮像面に投影される像も広がります。
 一方、バック部の下部は移動しませんので、投影される像の大きさは変化しません。
 この結果、例えば正方形や長方形の被写体であれば、上辺が長い台形となってフォーカシングスクリーンに写ります(投影像は上下反転しているので、写真は底辺が長い台形になります)。

 被写体が変形するということは本来であれば好ましいことではありませんが、物撮りなどで形を強調したいときなどは、あえてバック部のアオリを使って撮影することもあります。

バック部のアオリの効果(実例)

 では、実際にバック部のアオリを使うとどのような効果が得られるか、わかり易いように本を使って撮影してみました。

 下の写真は漫画本(酒のほそ道...私の愛読書です)を、約45度の角度でアオリを使わずに俯瞰撮影したものです。

▲ノーマル撮影(アオリなし)

 ピントは本のタイトルの「酒」という文字のあたりに置いています。当然、本の下の方(手前側)はピントが合いませんので大きくボケています。
 撮影データは下記の通りです。
  レンズ 125mm 1:5.6
  絞り  F8
  シャッター速度 1/4

 同じアングルで、バックティルトをかけて撮影したのが下の写真です。

▲バックティルト使用

 全面にピントを合わせるため、カメラのバック部の上部を引き出しています。すなわち、バック部を後方に傾けた状態です。
 本の表紙の全面にピントが合っているのがわかると思います。バック部のアオリでもシャイン・プルーフの法則によってパンフォーカスの写真を撮ることができます。
 なお、撮影データは上と同じです。

 一方で、アオリをかけた写真の方が、本の下部が大きく写っていると思います。これがバック部のアオリによる被写体の変形です。バック部の上部を引き出したため、被写体と撮像面の距離が長くなり、その結果、撮像面に投影される像が大きくなることによる変形です。

フロント部のアオリとバック部のアオリの比較

 フロント部のアオリでは被写体の変形は起こらないと書きましたが、実際に同じ被写体を使ってその違いを比べてみました。

 モデルは沖縄の人気者のシーサーです。
 下の写真、1枚目はフロントスイングを使って撮影、2枚目の写真はバックスイングを使って撮影しています。

▲フロントスイング使用
▲バックスイング使用

 撮影データはいずれも下記の通りです。
  レンズ 125mm 1:5.6
  絞り  F11
  シャッター速度 1/2

 二つのシーサーの大きさは同じですが、前後にずらして配置しているので後ろ(右側)のシーサーが小さく写っています。
 しかし、1枚目の写真に比べて、2枚目の写真の手前(左側)のシーサーが若干大きく写っているのがわかると思います。やはりバック部のアオリによる被写体の変形で、バックスイングでも同じような現象が起きます。

 このように、ピント面を移動させてパンフォーカスにしたり、逆にごく一部だけにピントを合わせたりということはフロント部、バック部のどちらのアオリでも同様にできますが、バック部のアオリでは被写体の変形というおまけがついてきますので、被写体や作画の意図によってどちらのアオリを使うか選択すればよいと思います。

バックティルトの作例

 実際に風景撮影でバックティルトを使って撮影したのが下の写真です。

▲Linhof MasterTechnika 45 FUJINON SWD75mm 1:5.6 F32 1/4 Velvia100F

 満開の桜の木の下から遠景の山を撮影していますが、頭上にある桜にもピントを合わせたかったのでバックティルトを使っています。カメラのバック部の下部をいっぱいに引き出していますが、すぐ頭上にある桜にピントを持ってくるのはこれが限界でした。

 桜の花がかなり大きく写っているのはバックティルトによる影響です。

 ただし、このようなアオリを使った場合、ピント面は頭上の桜と遠景の山頂を結んだ面で、中景の低い位置にピントは合いません。上の写真では中景に何もないので気になりませんが、ここに木などがあるとこれが大きくボケてしまい、不自然に感じられる可能性があります。ピント面をどこに置くか、被写体の配置を考慮しながら決める必要があります。

 風景撮影でバック部のアオリを使う頻度は多くないと書きましたが、使い方によってはインパクトのある写真を撮ることができます。

(2021.5.19)

#アオリ #リンホフマスターテヒニカ #Linhof_MasterTechnika #ウイスタ45 #WISTA45

花を撮る(3) 初夏に咲く野草

 木々の新緑の淡い色合いは日増しに変わり、平地ではすっかり色濃くなりました。桜の季節が終わると、フィールドの景色は一変する感じです。
 野に咲く花の数も随分と増えてきて、あれも撮りたいこれも撮りたいと気持ちばかりが急いてしまいます。今回はちょうど今頃に咲く野の花をいくつかご紹介します。

アカツメクサ

 ムラサキツメクサとも呼ばれますが、シロツメクサと同じヨーロッパ原産の多年草です。もともとは牧草として輸入されたらしいですが、今ではすっかり日本にも定着してしまい、いたるところで見ることができます。シロツメクサよりもずっと背丈が大きくなり、花も大きくて鮮やかな色をしているので見応えがあります。

 下の写真は小さな沼の淵に咲いていたアカツメクサを撮ったものです。

アカツメクサ PENTAX67Ⅱ smc PENTAX67 200mm 1:4 F4 /60 C-up3使用 PROVIA100

 バックの緑は芽が出始めて間もない菖蒲ではないかと思われますが、沼を覆いつくすほどになっており、これがアカツメクサの花色を引き立ててくれています。曇りの日なので柔らかな感じになりましたが、晴れているとコントラストが強くなりすぎてこういう柔らかさは出せません。
 左下にもう一輪、アクセントとしてぼかして入れてみました。

 この写真はクローズアップレンズを使っています。もっぱら接写リングを使うことが多く、クローズアップレンズを使うことはほとんどないのですが、バックをできるだけ柔らかくしたかったので、画質は多少低下しますがあえて使ってみました。クローズアップレンズは強い光が当たると滲みが出ることがあるので注意が必要です。

キツネアザミ

 田畑や道端などで割とよく見かけます。ノアザミよりも少し早く、東京近郊では4月下旬ごろから咲き始めるところもあります。アザミによく似ていることからキツネアザミと命名されたようです。花はアザミに比べて小ぶりで、葉っぱにはトゲもなく、全体的にほっそりとした印象です。

 群落をつくることが多く、下の写真も道路脇の空き地にたくさん咲いているところを撮りました。

キツネアザミ PENTAX67Ⅱ smc PENTAX67 200mm 1:4 F4 1/60 1.4X使用 PROVIA100

 夜に降った雨が水滴となって残っていたので、逆光になる位置から玉ボケができるように狙ってみました。背景を大きくぼかしたかったので、200mmのレンズに1.4倍のテレコンバータをつけています。
 巾着袋みたいな形をした可愛らしい花なのでアップで撮っても良いのですが、たくさん咲いている中から一株だけにピントを合わせています。
 バックが黒ではなく紺色になってくれたので、この花の色とのコントラストがきれいになったと思います。

ハルジオン

 大正時代に観賞用として輸入されて鉢植えで育てられていたのが、戦後、野に放たれてしまい各地に広がっていったといわれています。今ではかなり標高の高いところでも普通に見かけますので、その繁殖力はすさまじいものがあります。
 あまり見向きもされることのない野草かもしれませんが、よく見ると淡いピンク色をした綺麗な花です。

ハルジオン PENTAX67Ⅱ smc PENTAX M-135mm 1:4 F4 1/250 EX2使用 PROVIA100

 この花は視界に入っても全く気に留めないくらいよく見かけますが、花が小さいうえに背景がごちゃごちゃしているところに咲いていることが多く、イメージ通りの被写体を探すとなると苦労します。
 上の写真は用水路のヘリに数輪咲いていたうちの一つで、用水路にわずかに陽が差し込み始めたときに撮ったものです。このため、背景は黒く落ち込み、少しだけ差し込んだ光に輝く水面の波が玉ボケになっています。
 小さな花なので、背景をできるだけシンプルにしないと花が浮き立ってきません。

 6月くらいになるとこれによく似たヒメジョオンが咲き始めますが、個人的には淡いピンク色をしたハルジオンの方が好きです。

イカリソウ

 花の形が船のアンカー(錨)に似ていることからこの名前がつけられたようです。強壮強精の生薬として古くから用いられてきたらしく、あの有名なユンケルにも入っているようです。
 花の色は赤紫、ピンク、薄黄色、白などがありますが、いちばんよく見かけるのが下の写真のような赤紫色の花です。

イカリソウ PENTAX67Ⅱ smc PENTAX67 200mm 1:4 F4 1/30 EX1+2使用 PROVIA100

 群落をつくって咲くことが多く、花の数も多いので切り取りには苦労します。
 曇りの日の方が花のディテールがきれいに出るのですが、この写真を撮った日は晴天で強い日差しがもろに当たっていたので、逆光に黄色く輝く葉っぱをバックに花を配置しました。
 複雑な形をした花なので、背景が雑然としていると花の形がわかりにくくなってしまいます。できるだけバックをすっきりとさせながら、茎と葉っぱが少しだけ入るアングルを探して撮りました。

 この花は茎から伸びた長い花穂にぶら下がった状態で咲いているので、少しの風でもゆらゆらと揺れてしまいます。無風状態の日であればいちばん良いのですが、なかなかそうのような日に出くわすこともないので、風がやむ瞬間を狙って撮ることになります。

チゴユリ

 日本全国の落葉樹林の林床で見ることができます。大きくはユリの仲間ですが、イヌサフラン科という聞きなれない科に分類されているようです。漢字で書くと「稚児百合」で、可愛らしい花姿にピッタリの名前だと思います。

チゴユリ PENTAX67Ⅱ smc PENTAX67 200mm F4 1/30 EX2+3使用 PROVIA100

 背丈は20cmほどと小さく、しかもうつむき加減に咲いているので、撮影もカメラを地面すれすれまで下げないとこの花の表情はとらえられません。また、林の中に咲いていることが多いため、ISO100のフィルムでは高速シャッターを切ることができず、三脚は必須です。
 この写真は200mのレンズに接写リングを2個つけての撮影ですので、ピントの合う範囲は非常に浅いです。

 この花が咲く時期の林床は落ち葉が一面に広がっているので、どうしても背景が茶色っぽくなってしまいがちです。しかし、それだとこの可愛らしい花の雰囲気が損なわれてしまうので、緑色の葉っぱがバックに来るようなポジションが好ましいと思います。 
 白い花弁が濁らないように、かつ、質感が飛んでしまわないように露出を決めなければいけないので、葉っぱ、花弁、雄しべをスポット測光して決めています。

カタクリ

 この時期に咲く山野草の中では3本の指に入るくらい人気のある花ではないかと思います。関東でもカタクリの群生地は何か所かありますが、一面に紫色の花が咲いている光景は見事です。

 下の写真は群生してるというほどではありませんが、それでもたくさんのカタクリが咲いているところに偶然に出くわした時に撮ったものです。

カタクリ PENTAX67Ⅱ smc PENTAX-M 300mm 1:4 F4 1/30 2x使用 PROVIA100

 カタクリは日が当たるとこのように花弁が反り返ります。ですので、このような姿を撮るには明るい日差しがあることが条件になります。
 魅力のある花なのでアップでポートレート的に撮るのも素敵ですが、少し引いたところから周囲の環境を入れながら複数の花を撮ることでも、この花の魅力を出すことができると思います。

 上の写真は草の間にカタクリの花を置いて、背景を広く入れるように低い位置から撮影しました。300mmの望遠レンズでだいぶ離れた位置からの撮影です。
 日が当たらないと花弁が閉じてしまいますが、日差しが強すぎると花が硬い感じになってしまうので、太陽に薄雲がかかる時を狙って撮っています。

 カタクリの自生地は保護されていて立ち入り禁止なっていることが多いので、撮影には望遠レンズを持参したほうが良いと思います。

 ごくまれに、紫色に交じって白花のカタクリを見かけることがあります。数万株に一つだと言われることがありますが、出会う確率はもう少し高いと思われます。白花のカタクリに出会ったときはちょっと幸せな気持ちになります。

キクザキイチリンソウ

 日当たりの良い林床に群落をつくって咲いていることが多いです。キクザキイチゲとも呼ばれますが、花弁が菊のようで一輪だけの花をつけるのでこの名前があるようです。花の色は白、薄紫、濃い紫など多様性に富んでいますが、圧倒的に多いのは白花ではないでしょうか。

 下の写真は薄紫色の個体です。

キクザキイチリンソウ PENTAX67Ⅱ smc PENTAX67 200mm F4 1/30 2x使用 PROVIA100

 太陽の光を十分に受けるようにほとんどが上を向いて咲いているのですが、この花はこちらを向いて咲いていました。葉っぱを広げ、まるでバレリーナのような感じです。
 薄紫色の清楚な感じが出るように、まだ日が差し込んでいない林を背景にしました。
 接写リングを使って撮ろうとも思いましたが、近づくと他の花を踏んでしまいそうでしたので、望遠レンズに2倍のテレコンバータをつけて、すこし離れた場所からの撮影です。

 カタクリと一緒に咲いていることも多く、明るい日差しの似合う花ですが、ちょっとシックな感じが似合うのも薄紫色ならではと思います。

 キクザキイチリンソウによく似た花に「アズマイチゲ」がありますが、白花だけのようです。

(2021.5.6)

#ペンタックス67 #PENTAX67 #野草 #プロビア #PROVIA #花の撮影