私は大判カメラを使うことが多いのですが、大判カメラには露出計がついていないので撮影に際しては単体露出計が必要になります。また、撮影対象は風景が多いので、使用する露出計もスポット型の反射式露出計になります。
スポット露出計は測光範囲が非常に狭い(私が使っている露出計の測光範囲は1度です)ので、1箇所だけを測光して露出を決めるということはほとんどなく、複数個所を測光して露出を決めるというプロセスを踏みます。このため、何箇所か測光した値を頭の中で捏ねくり回して決めるということもできますが、混乱して間違える可能性もあるので、自作の露出換算器を用いています。
実際に作成したのはずいぶん前ですが、今回はその露出換算器をご紹介します。
撮影時におけるゾーンシステムについて
複数の測光値から最終的な露出を決める際、自分の経験値に基づくことも多いのですが、露出が微妙な場合とか失敗したくないという場合、ゾーンシステムという仕組みに頼って決めることもあります。
ゾーンシステムとは、かの有名な写真家、アンセル・アダムスによって考案されたとのことで、簡単に言うと撮影の際に最適な露出を決める手法といえます。また、撮影時だけでなく、フィルム現像やプリントの段階にも適用できるようになっています。
ゾーンシステムは結構奥が深く、ゾーンシステム研究会なる組織も存在するほどです。ゾーンシステムの詳細について興味のある方は別のサイトをご覧いただくとして、ここでは自作の露出換算器に関係する撮影段階におけるゾーンシステムについてのみ、簡単に触れておきます。
被写体の明るさ(輝度)は理論上、反射率0%の真っ黒から100%の真っ白まで無段階に存在するわけですが、ゾーンシステムではこの明るさ(輝度)を11段階に分けています。
11段階に分けたそれぞれを「ゾーン」と呼んでいて、これには0から11までの番号、「ゾーン番号」が振られています。このゾーン番号には何故かローマ数字が用いられています。
上の図でもわかるように、ゾーン0が真っ黒、ゾーンⅩが真っ白となっていて、この間に9個のゾーンが存在します。そして、ゾーンとゾーンの間は1EVの明るさ(輝度)の差があるように定義されています。したがって、ゾーン0とゾーンⅩの間は10EVの差があることになります。
また、中央値であるゾーンⅤはニュートラルグレーで、いわゆる18%反射率に相当する明るさになっています。
これが、撮影時における露出決定にどう影響するかというと、例えば、ある輝度を持った被写体を中庸濃度(ニュートラルグレー)で写そうとした場合、そのゾーンはⅤに該当するので、それよりも3EV暗いゾーンⅡに該当する被写体は細部が認識できるギリギリの明るさということになります。
一方、3EV明るいゾーンⅧに該当する被写体は白飛びして細部が認識できなくなるギリギリ手前の明るさということになります。
このように、真っ黒につぶれてしまう、あるいは真っ白に飛んでしまって何も写っていないという状態にならない適正な露出の値を知るための効果的な手法といえます。
露出換算器の作成
では、実際に作成した露出換算器ですが、その構造は下の図のようになっています。
全体が3枚の円盤状のパーツからなっていて、いちばん下がシャッター速度を記したパーツ、その上(中段)が絞り値を記したパーツ、そしていちばん上がゾーンシステムの目盛りを記したパーツになります。
これら3枚を重ねると、上図の左側に示したようような状態になります。
3枚のパーツ(目盛り板)はそれぞれ下の図のような構造になっています。
それぞれのパーツ(円盤)には全周を24等分した目盛りを振っていますが、24等分である必要はありません。15度間隔になって都合がよいので24等分していますが、20度間隔で18等分でも実用上は問題ないと思います。
下段のパーツの外周には1/4000秒から8分40秒まで、22段階のシャッター速度を記しています。これも長時間側はあまり必要なく、高速側をもっと欲しいという場合はそれに合わせて範囲を決めればよいと思います。
そして、シャッター速度の内側にはEV0~EV23まで、24段階のEV値を記しています。
この目盛りは中段のパーツで隠れてしまうのですが、中段のパーツに開けられた窓からEV値が見えるようになっています。
次に中段のパーツですが、この外周にはF1~F1440まで22段階の絞り値が記されています。この絞り値と下段のシャッター速度を合わせたときに、そのEV値が窓から見えるようになっています。
また、絞り値の内周にはEV0~EV23まで24段階のEV値が記されており、これは上段のパーツのゾーン番号に対応させるためのものです。
最後に上段のパーツですが、ここにはゾーン番号が記されていて、切り欠けの窓から中段のEV値が見えるようになっています。
これら3枚のパーツを同軸上で回転できるようにしなければならないのですが、それを実現するために使用したのが2個のフィルター枠と1個のステップアップリングです。
まず、下段のパーツは印刷した目盛り板を丸く切り取ってステップアップリングにはめ込みました。
それが下の写真です。
次に中段と上段のパーツですが、ここには変色して使わなくなったPLフィルターから偏光ガラスを取り外し、代わりに透明のガラスをはめ込んだものを使っています。
そして、やはり目盛り板を丸く切り取り、ガラスの下側に置き、さらに下側からラミネートフィルムを貼り付けています。
中段のパーツはこんな感じになります。
同様に、上段のパーツにも目盛り板を貼り付け、ラミネートフィルムでサンドイッチしています。
これら3つのパーツ(ステップアップリングとフィルター枠)を重ねるとこのようになります。
これで露出換算器は完成です。
ちなみに、私が作成した露出換算器はφ82mmのフィルター枠、およびステップアップリングを使用しています。使用済みのフィルターがこの径しかなかったのでこれを使いましたが、もう少し径が小さい(例えばφ67mmくらい)ほうが携行性は優れていると思います。
露出換算器の使用例
さて、この露出換算器の使い方ですが、ゾーンシステムを使わない場合は単にEV値をシャッター速度と絞り値の組み合わせに分解するだけのものです。その場合は、下段と中段のパーツだけで用が足ります。つまり、中段に設けられた窓に該当するEV値が見えるように回転させると、そのEV値に対応したシャッター速度と絞り値が決まるということになります。
では、ゾーンシステムを考慮する場合はどのように使用するかというと、下の図のような被写体を撮影する場合を例にしてみます。
当然、被写体の中には明るい部分や暗い部分があるので、何箇所かの輝度をスポット測光します。上の図では4箇所を測光しています。
この被写体では重厚感が損なわれないようにするため、全体が明るくなり過ぎないようにすること、そして、暗い部分のディテールが出るようにします。ここでは中央の木戸上部の細部がつぶれない露出値にします。
この部分の測光値がEV7(ISO100)なので、これを暗部が表現できるギリギリの位置であるゾーンⅡに置きます。
その状態が下の写真です。
ゾーン番号Ⅱの位置に「EV7」が来ているのがわかると思います。
このとき、ゾーン番号Ⅴの位置に来ている値が「EV10」となっているので、この被写体の場合、「EV10」で撮影すると狙い通りの露出になるということになります。
次に、中段のパーツの窓に「10」が来るようにパーツを回転させると、このEV値に該当するシャッター速度と絞り値の組み合わせを得ることができます。
また、このとき、被写体の中で最も明るい屋根瓦の部分はEV11なのでゾーンⅥに該当し、ゾーンシステムの明るさの定義である「明るい石の色」と一致しているのがわかります。
上の被写体の場合、実際にはF5.6 1/30秒で撮影しています。
この例はシャドー基準の場合ですが、ハイライト基準の場合は明るい個所を測光して、それをどれくらいの明るさに表現したいかという意図に沿って、EV値を該当するゾーン番号の位置の合わせれば、ゾーン番号Ⅴのところに適正露出となるEV値がきます。
なお、カラーリバーサルフィルの場合、完全な黒つぶれや白飛びを防ぐには、ゾーンⅡとⅢの間から、ゾーンⅦとⅧの間くらいに収まるようにする必要があります。
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もともとゾーンシステムはモノクロ写真を前提に考案されているようですが、カラーリバーサルフィルムにも十分に適用できると思います。
ただし、11段階に分けられたゾーンごとの明るさの定義は結構あいまいなところがあるので、何度か試してみて、実際の明るさとゾーン番号の関係性を把握する必要はあると思います。
また、平均測光で露出を決める場合はこのような面倒な手順を踏む必要はありませんが、撮影意図をもって露出を決めたいという場合には効果的だと思います。
いまから80年以上も前にこの方式が考案されたというのはちょっと驚きですが、今のように便利な機器が存在していなかったからこそ生まれたものだと思うと、感慨深いものがあります。
(2025.1.24)