大判カメラのアオリ(6) バックティルト&バックスイング

 前回までフロント部のアオリについて説明してきましたが、今回はバック部のアオリについて触れていきたいと思います。
 ビューカメラはバック部も大きなアオリが使えますが、フィールドカメラ(テクニカルカメラ)ではフロントほど多彩な動きはできませんし、風景撮影においては使う頻度もフロント部のアオリに比べると多くありません。

フィールドカメラのバック部のアオリ動作

 フィールドカメラの場合、バック部のアオリとしては「ティルト」と「スイング」の2種類だけというのが多いと思います。ライズやフォール、シフトなどのアオリはできないのがほとんどです。
 アオリのかけ方もカメラによって異なり、例えばリンホフマスターテヒニカやホースマン45FAなどは、4本の軸で支えられたバック部を後方に引き出し、自由に動かすことができるという方式です。

 下の写真はリンホフマスターテヒニカ45のバック部を引き出した状態です。

▲Linhof MasterTechnika 45 バックティルト&バックスイング

 カメラの上部と左右側面にあるロックネジを緩めるとバック部を引き出すことができます。4軸が独立して動くのでバック部全体がだらしなくグニャグニャしてしまいますが、ティルトやスイングを同時に行なうことができます。

 これに対してウイスタ45はティルトとスイングが別々に動作します。

▲WISTA 45SP バックティルト&バックスイング

 ティルトは本体側面下部にある大きなロックネジを緩めて、本体自体を前後に傾けて行ないます。
 また、スイングは本体下部にあるリリースレバーを押し込み、本体を左右に回転することで実現します。これに加えて、本体側面のダイヤルを回すことで微動スイングも可能になります。

 それぞれ一長一短があり、どちらが使い易いかは好みもあるかも知れませんが、ティルトとスイングを同時にかけたいときなどはリンホフ方式の方が自由度が高くて便利に感じます。

バック部のアオリはイメージサークルの影響を受けない

 フロント部のアオリのところでも触れたように、どんなにカメラのアオリ機能が大きくても、レンズのイメージサークル内に納めないとケラレが発生してしまいます。これは、レンズ(フロント部)を動かすことでイメージサークル自体が移動してしまうからです。
 しかし、バック部を動かしてもイメージサークルは動きませんし、また、ティルトとスイングだけであればイメージサークルからはみ出すことはあり得ませんので、ケラレが起こることもありません(ただし、ビューカメラのようにライズやシフトができる場合は別です)。

 フロント部、およびバック部のアオリとイメージサークルの関係を下の図に表してみました。

 バック部を後方に引き出すということは、イメージサークルが大きくなる方向に移動することであり、ティルトとスイングだけであればイメージサークルからはみ出すことがないのがお判りいただけると思います。
 フロント部のアオリをかけすぎるとイメージサークルの小さなレンズではケラレが発生してしまいますが、バック部のアオリの場合はその心配がありません。

シャイン・プルーフの法則も適用される

 フロント部のアオリのところで、ピント面を自由にコントロールするシャイン・プルーフの法則について説明しましたが、バック部でも同じようにこの法則が当てはまります。

 下の図はバックティルトによって、近景から遠景までピントを合わせることを説明しています。

 フロント部は固定したまま、バック部を傾けることで撮像面が移動しますので、被写体面、レンズ面、撮像面が一か所で交わるようにすればパンフォーカスの写真を撮ることができます。

バック部のアオリは被写体の形が変形する

 バック部のアオリとフロント部のアオリの大きな違いは、バック部のアオリでは「被写体の形が変形する」ということです。フロント部のアオリでは真四角なものは真四角のままですが、バック部でアオリをかけると真四角なものが台形になってしまいます。

 上の図でわかるように、例えばバック部の上部だけを引き出すバックティルトをかけた場合、バック部の上部がイメージサークルの大きな方向に移動することになります。このため、撮像面に投影される像も広がります。
 一方、バック部の下部は移動しませんので、投影される像の大きさは変化しません。
 この結果、例えば正方形や長方形の被写体であれば、上辺が長い台形となってフォーカシングスクリーンに写ります(投影像は上下反転しているので、写真は底辺が長い台形になります)。

 被写体が変形するということは本来であれば好ましいことではありませんが、物撮りなどで形を強調したいときなどは、あえてバック部のアオリを使って撮影することもあります。

バック部のアオリの効果(実例)

 では、実際にバック部のアオリを使うとどのような効果が得られるか、わかり易いように本を使って撮影してみました。

 下の写真は漫画本(酒のほそ道...私の愛読書です)を、約45度の角度でアオリを使わずに俯瞰撮影したものです。

▲ノーマル撮影(アオリなし)

 ピントは本のタイトルの「酒」という文字のあたりに置いています。当然、本の下の方(手前側)はピントが合いませんので大きくボケています。
 撮影データは下記の通りです。
  レンズ 125mm 1:5.6
  絞り  F8
  シャッター速度 1/4

 同じアングルで、バックティルトをかけて撮影したのが下の写真です。

▲バックティルト使用

 全面にピントを合わせるため、カメラのバック部の上部を引き出しています。すなわち、バック部を後方に傾けた状態です。
 本の表紙の全面にピントが合っているのがわかると思います。バック部のアオリでもシャイン・プルーフの法則によってパンフォーカスの写真を撮ることができます。
 なお、撮影データは上と同じです。

 一方で、アオリをかけた写真の方が、本の下部が大きく写っていると思います。これがバック部のアオリによる被写体の変形です。バック部の上部を引き出したため、被写体と撮像面の距離が長くなり、その結果、撮像面に投影される像が大きくなることによる変形です。

フロント部のアオリとバック部のアオリの比較

 フロント部のアオリでは被写体の変形は起こらないと書きましたが、実際に同じ被写体を使ってその違いを比べてみました。

 モデルは沖縄の人気者のシーサーです。
 下の写真、1枚目はフロントスイングを使って撮影、2枚目の写真はバックスイングを使って撮影しています。

▲フロントスイング使用
▲バックスイング使用

 撮影データはいずれも下記の通りです。
  レンズ 125mm 1:5.6
  絞り  F11
  シャッター速度 1/2

 二つのシーサーの大きさは同じですが、前後にずらして配置しているので後ろ(右側)のシーサーが小さく写っています。
 しかし、1枚目の写真に比べて、2枚目の写真の手前(左側)のシーサーが若干大きく写っているのがわかると思います。やはりバック部のアオリによる被写体の変形で、バックスイングでも同じような現象が起きます。

 このように、ピント面を移動させてパンフォーカスにしたり、逆にごく一部だけにピントを合わせたりということはフロント部、バック部のどちらのアオリでも同様にできますが、バック部のアオリでは被写体の変形というおまけがついてきますので、被写体や作画の意図によってどちらのアオリを使うか選択すればよいと思います。

バックティルトの作例

 実際に風景撮影でバックティルトを使って撮影したのが下の写真です。

▲Linhof MasterTechnika 45 FUJINON SWD75mm 1:5.6 F32 1/4 Velvia100F

 満開の桜の木の下から遠景の山を撮影していますが、頭上にある桜にもピントを合わせたかったのでバックティルトを使っています。カメラのバック部の下部をいっぱいに引き出していますが、すぐ頭上にある桜にピントを持ってくるのはこれが限界でした。

 桜の花がかなり大きく写っているのはバックティルトによる影響です。

 ただし、このようなアオリを使った場合、ピント面は頭上の桜と遠景の山頂を結んだ面で、中景の低い位置にピントは合いません。上の写真では中景に何もないので気になりませんが、ここに木などがあるとこれが大きくボケてしまい、不自然に感じられる可能性があります。ピント面をどこに置くか、被写体の配置を考慮しながら決める必要があります。

 風景撮影でバック部のアオリを使う頻度は多くないと書きましたが、使い方によってはインパクトのある写真を撮ることができます。

(2021.5.19)

#アオリ #リンホフマスターテヒニカ #Linhof_MasterTechnika #ウイスタ45 #WISTA45

大判カメラのアオリ(5) フロントシフト

 フロント部のアオリの5回目はフロントシフトについてです。これは、レンズ主平面を左右に移動するアオリで、フロントライズを光軸まわりに90度回転させた動きになります。
 このアオリは物撮りでは良く使うのかもしれませんが、私のように主な被写体が風景という場合、使用する頻度は極めてまれです。

フロントシフトを使うケース

 前にも書いたように、風景撮影においてフロントシフトを使うことはほとんどありません。私の乏しい経験からすると、このアオリを使うのは以下のようなシチュエーションではないかと思います。

 (1) 物撮りなどの際に、横方向が縮んでしまうのを防ぐ目的で使用する
 (2) 鏡やショーウィンドウなどの撮影の際に、自分自身が写り込むのを防ぐ
 (3) フレーミングをした際、左右の端の方に余計なものが入ってしまうときにカメラ位置を動かさずにフレーミングから外す

 思いつく使い方はこのくらいですが、物撮りの専門の方はもっと違う使い方をしているかもしれません。
 実際にフロントシフトした状態が下の写真です。

フロントシフトをした状態 Linhof MasterTechnika 45

 リンホフマスターテヒニカ45の場合、シフトできる量は左右それぞれ40mmですが、使用するレンズや蛇腹の繰出し量によっては制限を受けることもあります。写真でもわかるように、短焦点レンズの場合、蛇腹がタスキに当たってしまい、これ以上シフトすることができません。
 操作はロックネジを緩め、手で左右に移動させるという非常にシンプルなものです。

横方向が縮んでしまうのを防ぐ

 車の模型を使って、フロントシフトの効果を確認してみます。
 車を斜め前方から普通に撮影したのが下の写真です。

ノーマル撮影(アオリなし)

 これだけを見ていると特に違和感はないのですが、斜め前方から見ているために、車の全長が実際より短く、ずんぐりとした感じに写ってしまいます。これは、「フロントライズ」で触れた、ビルの上の方が小さく写ってしまうのと同じ現象です。

 これに対して、レンズを右にシフトして撮影したのが下の写真です。

フロントシフトのアオリ使用

 上の写真と比べると車の全長が少し伸びて、ずんぐりとしていたのが解消されているのがわかると思います。
 撮影データはいずれも下記の通りです。
  レンズ 125mm 1:5.6
  絞り  F22
  シャッター速度 1s

 このように、物撮りでは形を補正することができますが、これを風景撮影の際に使うことはほとんどありません。並木や街並みは遠くに行くに従って小さくなっていくから遠近感が感じられるのであって、これがなくなってしまうと、平安時代の源氏物語絵巻に出てくるような遠近感のない描写になり、違和感を感じます。フロントライズは、縦にまっすぐなものはまっすぐに写したいということで使われることは多いですが、それと同じ理屈を横に適用する必要性は感じられないということでしょうか。

自分自身が写り込むのを防ぐ

 鏡やショーウィンドウなどを正面から撮ろうとすると、自分自身が写り込んでしまいます。斜めから撮れば自分自身の写り込みは防げますが、長方形の鏡やウィンドウが平行四辺形になってしまいます。
 正面から歪みのない形で、しかも自分自身が写らないようにといときにシフトアオリを使うことで実現することができます。とはいえ、私が撮影する被写体においては、ほとんど出番がありません。

左右の端の余計なものをフレーミングから外す

 三脚を構え、いざフレーミングしてみたが、左の端に余計なものが入っているのでもうちょっと右の方にフレーミングしたい、なんていうことはよくあると思います。カメラを右に振れば済むのですが、それだとカメラが回転運動することになり、フレーミングが微妙に変わってしまうことがあります。

 三脚ごと、少し右に移動させたいのですが、フィールドでは足場が悪くてカメラを移動させることができないとか、カメラマンがずらりと並んでいるようなところではカメラを動かすと隣の人の迷惑になるとか、移動できない、移動しにくいということがあります。そんなときにフロントシフトすることで救われることもあるかと思います。

 これはアオリというよりは、カメラを動かすのが面倒だからシフトで凌いでしまえという感じにも思えます。確かにアオリの効果を求めるものではありませんが、そんな使い方もできるということです。以前、別のページで、短焦点レンズを使うときにカメラのベッドが写り込んでしまうのを防ぐためにフロントライズを使うことがあると書きましたが、それと同じような使い方です。

フロントシフトの例...がありません

 実際に風景撮影でフロントシフトを使った作例を掲載できれば良いのですが、残念ながらそのような写真を持ち合わせておりません。シフトアオリを使って撮ることがあれば、あらためてご紹介したいと思います。

 フロント部での個々のアオリについては今回で終了で、次回はバック部のアオリについて触れたいと思います。

(2021.4.29)

#アオリ #リンホフマスターテヒニカ #Linhof_MasterTechnika

春のあきる野 龍珠院の桜、広徳寺の桜を大判カメラで撮る

 今年(2021年)は桜の開花がとても早く、平年に比べて10日ほど早いようです。
 あきる野市の桜の開花は都心に比べるとだいぶ遅いのですが、開花情報を見てみるとやはり今年は早くて、3月末には満開になっていました。
 ということで、あきる野にある古刹、龍珠院と広徳寺に桜を撮りに行ってきました。

乙津花の里にたたずむ龍珠院

 多摩川の支流の一つである南秋川に沿って走る檜原街道を西に向かい、檜原村に入る手前に「乙津」という地域があります。この一帯は春になると桜やミツバツツジをはじめとした様々な花があちこちで咲き、「乙津花の里」と呼ばれています。

 そんな乙津地域の北側高台にあるお寺が龍珠院です。臨済宗建長寺派のお寺で、600年の歴史があるそうです。花のお寺としても有名で、桜が満開時の風景はそれは見事です。

 下の写真は道路側からお寺の全景を写したものです。

龍珠院 Linhof MasterTehinika 45 FUJINON SWD65mm 1:5.6 F22 1/15 PROVIA100F

 今年は新型コロナ感染拡大防止のため、駐車場が閉鎖されていましたが、桜はいつも通り見事に咲いていました。
 ソメイヨシノが満開で、そこにミツバツツジ、ミツマタ、菜の花等が色どりを添えてくれています。お寺の参道の左側にあるソメイヨシノの大木が入るよう、広角レンズで全景を撮りました。しかし、そのままだと空が広く入りすぎてしまうので、頭上にある桜の枝を入れました。
 また、全体をパンフォーカスにしたかったので、カメラのバック部のアオリを使って頭上の桜がボケないようにしています。ソメイヨシノの白い花が濁らないよう、露出は紫色のミツバツツジを基準に設定しています。
 
 本堂に向かって右の方に回り込んで撮ったのが下の写真です。

龍珠院 Linhof MasterTehinika 45 FUJINON W210mm 1:5.6 F22 1/15 PROVIA100F

 2本のソメイヨシノがアーチをつくるように重なって見えるアングルから撮っています。下にミツバツツジを入れて、花に囲まれた本堂をイメージしました。
 桜の大きさを表現するため、できるだけ木に近づいて見上げるアングルにしています。

 この写真のさらに左の方には枝垂桜があるのですが、まだ三分咲きといったところでした。枝垂桜が満開になるとソメイヨシノとは違う、落ち着いた華やかさがあるのですが、その頃にはソメイヨシノが散ってしまうので、撮るタイミングは悩むところです。

 また、ミツバツツジも見ごろでとても綺麗でしたので撮ってみました。

龍珠院 Linhof MasterTehinika 45 FUJINON T400mm 1:8 F11 1/60 PROVIA100F

 お寺の参道の入り口のところに咲いていたミツバツツジです。少し離れたところから焦点距離の長いレンズで撮っています。背景がボケ過ぎずに何が写っているかわかる程度の絞り設定にしてみました。背景を思い切りぼかす表現もありますが、それだとミツバツツジだけの写真になってしまうので、「花のお寺」ということがわかるようにしています。しかし、もう少しぼかしても良かったかなと、出来上がったポジを見て思いました。

 参道の両側にはお地蔵さまが並んでおり、お地蔵様がお花見をしているようなアングルも撮りたかったのですが、そのためには道路に三脚を立てなければならず、通る車やほかの方の迷惑になるので断念しました。

 この時期、本当にたくさんの花が咲いているお寺で、一日中いても撮りあきない場所です。

堂々とした風格のある広徳寺

 龍珠院から檜原街道を五日市方面に戻り、広徳寺に向かいました。
 広徳寺は山の北斜面に建つお寺で、総門の前には「臨済宗建長寺派」と書かれた立派な門柱が立っています。龍珠院と同じ宗派のようです。

 ここは龍珠院よりも桜が進んでおり、ソメイヨシノは満開の時期を少し過ぎていましたが、茅葺き屋根とのコラボが何とも良い風情でした。

広徳寺 Linhof MasterTehinika 45 APO-SYMMAR 150mm 1:5.6 F32 1/8 PROVIA100F

 このお寺は建物が立派なので、もう少し左の方の屋根も入れたかったのですが、画全体の締まりがなくなってしまう感じがしたため、狭い範囲の切り取りにしました。
 桜の花の中心が赤っぽくなってきており、明日には散り始めてしまいそうな感じでした。風の強い日であれば綺麗な花吹雪が見られたと思います。

 本堂の前には枝垂桜の巨木があるのですが、残念ながらまだほとんど咲いていませんでした。山の陰になっていてあまり日当たりが良くないからなのか、満開まではもうしばらくかかりそうです。

 「正眼閣」と書かれた額がかけられている重厚感あふれる山門の前にはオオシマザクラとも違うようですが、花の色が白い桜の木があります(下の写真)。

広徳寺 Linhof MasterTehinika 45 FUJINON CM105mm 1:5.6 F32 1/8 PROVIA100F

 青空にとてもよく映えていたので、桜を空に抜き、山門を入れて撮ってみました。山門は大きな杉の木の陰になっていたので、黒くつぶれてしまわないように若干露出をオーバー目にしましたが、かろうじて「正眼閣」という文字が読める感じです。
 山門の向こう側に立っている2本の木は銀杏で、秋の黄葉は素晴らしいそうです。

 また、総門から山門に向う参道脇にはたくさんのシャガがありましたが、開花はもう少し先のようです。

大悲願寺の桜はすでに散っていました

 広徳寺での撮影を終えて帰る途中、五日市線の武蔵増戸駅近くにある大悲願寺に立ち寄ってみましが、残念ながらここの桜はほとんど散っていました。
 
 あきる野は都心から車で1時間半ほどで行くことができますが、東京とは思えないくらい豊かな自然が残されています。桜の時期は短いですがこれから新緑の季節を迎え、山の色が日増しに濃くなっていきます。そんな新緑の季節にもぜひ訪れてみたいと思います。

 今回の写真はすべて大判カメラで撮りました。掲載するために画像の解像度を落としていますので、大判写真のすばらしさを伝えられなくて残念です。

(2021.4.10)

#あきる野 #龍珠院 #リンホフマスターテヒニカ #Linhof_MasterTechnika #PROVIA #花の撮影

大判カメラのアオリ(4) フロントスイング

 今回はフロントスイングのアオリについてです。フロントティルトはレンズ主平面を前後に傾けましたが、スイングはレンズ主平面を左右に傾けるアオリになります。フロントティルトを光軸まわりにカメラを90度回転させた状態と考えるとわかり易いかもしれません。
 私の場合、フロントスイングはフロントティルトに比べると使用頻度は低めですが、風景撮影では重要なアオリの一つです。

フロントスイングはこんな時に使うことが多い

 フロントティルトはカメラの正面に広がっている面にピントを合わせたい時によく使いますが、フロントスイングはカメラの側面に広がっている面にピントを合わせたいときに使います。
 例えば、すぐ手前から先の方まで続いている並木を撮る場合や、通りに沿って続く家並みを撮る場合、あるいは築地塀のようなものを撮るときなど、全体をパンフォーカスにしたいときなどに使うことが多いです。

 実際にレンズをフロントスイングすると、下の写真のような状態になります。

フロントスイング Linhof MasterTechnika 2000

 テクニカルカメラの場合、スイングできる角度は30度前後が多いのではないかと思います。ちなみに、リンホフマスターテヒニカ2000も左右それぞれ30度ですが、使用するレンズや蛇腹の繰出し量によっては制限を受けることもあります。テクニカルカメラなので正確な角度目盛りがついているわけではありません。おおよその感覚で角度をつけることになります。また、スイングさせるためのダイアルのようなものがあるわけではないので、微妙に角度をつけたいという場合も、手で行なわなければなりません。

シャインプルーフの法則もフロントティルトと同様

 フロントティルトのページでシャインプルーフの法則について触れましたが、こちらのアオリもフロントティルトに対して90度、回転しているだけで、基本的に振る舞いは同じです。
 なお、シャインプルーフの法則の詳細については下記のページをご覧ください。

   「大判カメラのアオリ(3) フロントティルト

 簡単に図を掲載しておきます。

 フロントティルトの場合は、撮像面、レンズ主平面、被写体面の交点がカメラの上か下になりましたが、フロントスイングではこの交点がカメラの右、もしくは左になります(上の図ではレンズを右にスイングしているので、交点もカメラの右側にきています)。

フロントスイングの効果

 実際にフロントスイングの効果を見ていただくために、車の模型を撮影してみました。
 カメラに対して車を斜めに配置し、フロントフェンダーのあたりにピントを置いています。下の写真の1枚目がアオリなし、2枚目がフロントスイングを使用して撮影しています。

ノーマル撮影(アオリなし)
フロントスイングを使用して撮影

 撮影データはいずれも下記の通りです。
  レンズ 125mm 1:5.6
  絞り F8
  シャッター速度 1/15

 2枚目の写真では車のフロントからリアまでピントが合っているのがわかると思います。
 アオリの効果がわかり易いように、あまり絞り込まずに撮影していますので、車の向こう側(右サイド)にはピントが合っておらずボケています。これは絞り込むことで被写界深度を深くし、ピントを合わせることができます。

フロントスイングの例

 また、実際に風景撮影でフロントスイングを使った作例が下の写真です。

Linhof MasterTechnika 45 Schneider APO-SYMMAR 150mm 1:5.6 F32 8s PROVIA100F

 東京都檜原村の払沢の滝です。
 手前右にある木と奥にある滝の両方にピントを合わせるため、レンズを右にスイングしています。この写真では、木の幹と滝を結ぶ面をピント面と想定しています。
 このため、この面から外れるところにある被写体にはピントが合いませんが、絞り込むことである程度カバーしています。例えば、手前右側の幹の奥にあたる辺りはピント面からずいぶん外れていますので、絞り込んでいますが被写界深度範囲からは外れています。

フロントスイングの注意点

 フロントスイングは手前から奥に向かって斜めに配置されているとき、この面にピントを合わせることができるのは上で説明したとおりですが、このピント面から外れている被写体が大きくボケてしまうと妙に違和感を感じることがあります。
 例えば、まっすぐに伸びた道路わきに植えられた街路樹並木を撮る場合、手前から奥までの木にピントを合わせることはできますが、道路にいる人や物がピント面から外れてしまいます。特にそれが近い位置にある場合、絞り込んでもピントが合わないことがあります。

 このような状態を解消するために、下のようないくつかの方法が考えられますので、その場の状況や撮影意図に合わせて使い分けることが必要です。

 (1)ピント面を並木と道路上の人や物の中間になる位置に移動し、双方を被写界深度内に入れる
 (2)ピントが合わない被写体をフレーミングから外す
 (3)撮影位置を変えてピント面に納まるようにする

 上の(1)を簡単な図にしておきます。

 これらはフロントティルトでも同じことが起きるわけですが、ティルトの場合、ピント面から外れるのが上方(例えば、目線より上の空間)、もしくは下方(例えば、地面より下)になり、ここには被写体がないことが多いので、そのような場合はあまり気になりません。

(2021.3.10)

#アオリ #リンホフマスターテヒニカ #Linhof_MasterTechnika

大判カメラによるマクロ撮影(3) 撮影の手順

 前回、前々回で撮影時における露出補正と撮影倍率について説明しましたので、今回は実際に撮影する場合の手順などについて触れておきたいと思います。実際に近接撮影した例も掲載しておきます。

撮影倍率を決めて撮影する

 まず、先に撮影倍率を決めて、その大きさで撮影する場合の手順について説明します。手近なところに花瓶に差した梅がありましたので、これを撮影してみたいと思います。
 テーブルフォトのようになるので、あまり長い焦点距離のレンズは使わず、今回は105mのレンズで等倍(1倍)撮影をしてみます。機材等は以下の通りです。

  カメラ      リンホフマスターテヒニカ45
  レンズ      フジノン CM Wide 105mm 1:5.6
  フィルムホルダー ホースマン67用フィルムホルダー

 撮影倍率はフィルムの大きさに影響を受けないので、今回はブローニーフィルムを使います(なにしろ、フィルム代が高いので)。

 撮影手順はざっと下のようになります。

  (1) レンズの繰出し量を求める
  (2) レンズと被写体の距離を求める
  (3) (2)の計算結果に基づき、カメラと被写体の位置を決める
  (4) 微調整によりピントを合わせる
  (5) 露出補正値を計算する
  (6) 撮影

 それでは、順を追って説明していきます。

 (1) レンズの繰出し量を求める

 前回説明した、撮影倍率とレンズの焦点距離から、レンズの後側焦点と撮像面の距離を求める計算式にあてはめます。
 ここで、各記号は以下の通りです。

   f : レンズの焦点距離(今回は105mm)
   z : レンズの前側焦点から被写体までの距離 
   z’ : レンズの後側焦点から撮像面までの距離
   M : 撮影倍率(今回は1倍)

 レンズの後側焦点から撮像面までの距離z’は、

   z’ = f・M
     = 105 * 1
     = 105mm

 よって、この値にレンズの焦点距離の105mmを加算した210mmがレンズの繰出し量となりますので、その位置までカメラの蛇腹をススーッと伸ばします。このとき、メジャーがあると便利です。

 (2) レンズと被写体の距離を求める

 次に、レンズ前側焦点から被写体までの距離zを求める計算式にあてはめます。

   z = f/M
     = 105/1
     = 105mm

 よって、レンズ中心から被写体までの距離は、レンズの焦点距離の105mmを加えた210mmとなります。

 (3) (2)の計算結果に基づき、カメラと被写体の位置を決める

 カメラ、もしくは被写体を動かしてこの距離を保った位置関係にします(下図を参照)。

 このとき、カメラのフォーカシングスクリーンを覗くと、概ね、ピントが合っているはずです。もし、ピントが大きくずれている場合は、レンズ繰出し量が違っているか、被写体との距離が違っているかです(両方違っている場合もありますが)。
 ここで注意が必要なのは、ピントがずれているときに、カメラ側のフォーカシングノブでピント合わせをしないということです。これをやってしまうと撮影倍率がくるってしまいます。ですので、レンズの繰出し量を再確認し、また、被写体との距離を正しい位置関係になるようにカメラ、もしくは被写体を動かし、フォーカシングスクリーン上でピントが合っている状態にします。

 すでにお分かりと思いますが、等倍撮影の場合、被写体からレンズ中心までの距離と、レンズ中心から撮像面までの距離(レンズ繰出し量)が等しくなります。そして、被写体から撮像面までの距離が最短になるのが等倍撮影のときです。

 (4) 微調整によりピントを合わせる

 最終のピント合わせ(微調整)はカメラのフォーカシングノブを動かして行います。(3)で説明した位置関係が正しく設定されていれば、微調整の量はごくわずかです。
 この状態でフォーカシングスクリーンを見ると、被写体と同じ大きさに投影された像が写されているはずです。

 (5) 露出補正値を求める

 今回の撮影ではレンズの焦点距離の2倍まで繰出しているので、露出補正が必要になります。「大判カメラによるマクロ撮影(1)」で説明した露出補正倍数を求める計算式にあてはめます。

   露出補正倍数 = (レンズ繰出し量/焦点距離)^2
          = (210/105) ^ 2
          = 4倍

 となり、この場合は4倍の露出補正が必要になります。
 すなわち、露出計で測光した値に対して、2段分、多く露光されるように露出値を決め、絞り、もしくはシャッター速度を設定します。

 (6) 撮影

 等倍撮影なので被写界深度は非常に浅くなります。絞りF8で撮影する場合、焦点深度は±0.24mm(許容錯乱円を0.03mmとする)、被写界深度はおよそ1.9mmとなります。つまり、ピントの合っている状態からレンズを前後いずれかに0.24mm動かすと、ピントの合っていた位置は被写界深度の範囲から外れてしまうことになります。

 実際に、上記の条件で撮影したのが下の写真です。

白梅(等倍撮影) Linhof MasterTechnika 45 FUJINON CM Wide 105mm 1:5.6 F11 1/4 PROVIA100F

 花の大きさがわかるようにメジャーも一緒に写し込みました。ピントは花の中心付近の雄蕊に合わせています。

撮影倍率ごとの作例

 撮影倍率によってフィルム上ではどのような感じになるかというのを見ていただこうと思い、1/2倍、等倍、2倍で撮影した67判のポジ原版を掲載しておきます。
 被写体は山形県米沢市の民芸品である「お鷹ポッポ」です。いずれも鷹のくちばしのあたりにピントを合わせています。梅の写真同様、メジャーも写し込んでいます。

1/2倍撮影 Linhof MasterTechnika 45 FUJINON CM Wide 105mm 1:5.6 F8 1/8 PROVIA100F
等倍撮影 Linhof MasterTechnika 45 FUJINON CM Wide 105mm 1:5.6 F8 1/2 PROVIA100F
2倍撮影 Linhof MasterTechnika 45 FUJINON CM Wide 105mm 1:5.6 F8 1s PROVIA100F

 フィルム面(黒縁の内側)の大きさは、横69mm×縦56mmです。実際にフィルム上に写ったメジャーの目盛りを測定してみましたが、ほぼ正確に1/2倍、等倍、2倍になっていました。
 ちなみに、2倍の倍率での撮影時の露出補正倍数は9倍になります。

撮影範囲とレンズを決めて撮影する

 「厳密な撮影倍率は気にしないが、このレンズでこの範囲を写し込みたい」ということがあると思います。その場合の撮影手順について触れておきます。
 この場合、写し込みたい範囲の寸法、撮像面の寸法、使用するレンズの焦点距離から撮影倍率を計算します。例えば、以下のような条件のとき、

  写し込みたい範囲の横幅   200mm
  撮像面の横の長さ      69mm(67判を想定)
  レンズの焦点距離      105mm

 撮影倍率は、69/200 = 0.345倍 となります。
 これ以降は上の手順と同じになります。

 参考までに計算をしてみます。
 この倍率からレンズ後側焦点から撮像面までの距離は、

   z’ = f・M
     = 105 * 0.345
     = 36.2mm

 よって、レンズ中心から撮像面までの距離(レンズ繰出し量)は、36.2 + 105 = 141.2mm になります。

 また、レンズの前側焦点から被写体までの距離を求めると、

   z = f/M
     = 105/0.345
     = 305.3mm

 よって、レンズ中心から被写体までの距離は、305.3 + 105 = 410.3mm になります。

被写体までの距離と撮影範囲を決めて撮影する

 「この位置からこの範囲を写したい」というときに、どの焦点距離のレンズを使ったらよいかを知りたいということがあると思います。
 まず、写し込みたい範囲の寸法と撮像面の寸法から撮影倍率を計算します。例えば、以下のような条件のとき、

  写し込みたい範囲の横幅   200mm
  撮像面の横の長さ      69mm(67判を想定)
  被写体までの距離      500mm

 撮影倍率は、69/200 = 0.345倍 となります。
 また、「この位置」というのがレンズの前側焦点とすると、この値からレンズの焦点距離を計算すると、

   z = f/M より、
   f = z・M
     = 500*0.345
     = 172.5mm

 となります。

 計算結果にピッタリとした焦点距離のレンズはないと思いますので、最も近い値のレンズを使うことになります。この場合は180mmといったところでしょうか。
 よって、被写体から、500+180 = 680mm の位置にレンズの中心を置くことで、概ね、想定した範囲を撮影することができます。

 この時のレンズの後側焦点から撮像面までの距離も計算してみます。

   z’ = f・M
     = 180*0.345
     = 62.1mm

 よって、レンズの繰出し量は、180+62.1=242.1mmとなります。

 このように計算で求めることもできますが、せっかく計算してもぴったりとはまるレンズがないとなると、あくまでも目安程度ということになってしまいます。しかしながら、レンズ選択に迷うときには有効かもしれません。
 なお、もっと簡単にレンズを決めることができる方法があります。「プアマンズフレーム」なるものを使用することで、使用するレンズの焦点距離を選択することができますので、詳細は「我楽多箱」に入れてある下のページをご覧ください。

  「構図決めに便利なプアマンズフレームの作成

補足

 大判カメラでのマクロ撮影ということで、その手順について書いてきましたが、このやり方は35mm判や中判のマニュアル一眼レフカメラなどに接写リングやベローズをつけての撮影でも基本的に同じです。
 ただし、ヘリコイド型ではない通常の接写リングの場合、レンズ繰出し量は接写リングの組み合わせにより、段階的(不連続)になってしまいますので、ベローズに比べると自由度は制限されてしまいます。一般的には3個組になっているものが多いと思いますが、いちばん薄いのが1号、その倍の厚さがある2号、4倍の厚さがある3号の組合せとなっていますので、1号のリングの厚さを把握しておけば、その倍数で7通りの長さをつくることができます。
 ちなみに、PENTAX67用の接写リング1号の厚さは14mmですので、14mm刻みで98mmまでの組み合わせができます。

(2021年2月27日)

#マクロ撮影 #リンホフマスターテヒニカ #Linhof_MasterTechnika

大判カメラのアオリ(3) フロントティルト

 今回はフロントティルトのアオリについて触れたいと思います。レンズを前に傾けるフロントティルトダウンと、レンズを後ろに傾けるフロントティルトアップがあります。

フロントティルトはこんな時に使うことが多い

 フロントティルトは比較的、使用頻度の高いアオリだと思います。特に風景写真などでパンフォーカスに撮りたいという場合によく使用されます。例えば、すぐ目の前からお花畑が広がっており、その先に森があり、さらに遠くには山並みがある、というようなシチュエーションを想定すると、一般的な一眼レフカメラなどでは超広角レンズでも持ってこない限り、どんなに絞り込んでも近景から遠景までピントを合わせることは困難です。
 また、それほど雄大な景色でなくても、密集しているお花畑を撮る場合、超広角レンズでは広範囲が写りすぎるので長めのレンズを使うと、やはりピントの合う範囲は限られてしまいます。
 このようなときに大判カメラのフロントティルトアオリを使うことで、目いっぱい絞り込まなくてもパンフォーカスの写真を撮ることができます。

シャインプルーフの法則

 フロントティルトのアオリを使うためには、「シャインプルーフの法則」について理解しておく必要があるので、それについて簡単に触れておきます。オーストリアのシャインプルーフという方が発見したのでこの名がついているようです。「シャインフリューク」と記載されていることも多く、どちらが正しいのかよくわかりませんが、ここでは「シャインプルーフ」としておきます。

 シャインプルーフの法則は一言でいうと、「撮像面(フィルム面)とレンズ主平面の延長線がある1点で交わるとき、ピントの合う被写体面の延長線も同じ点で交わる」というものです。
 一般のカメラは撮像面とレンズ主平面は平行になっており、これらの延長線が交わることはありません(下図を参照)。

 このため、ピントの合う被写体面は撮像面やレンズ主平面と平行な一面のみです(被写界深度があるので前後に幅を持った範囲にピントが合っているように見えますが)。
 これに対して、レンズ主平面を前に傾けた時の状態が下の図です。

 レンズ主平面を前に傾ける(ティルトダウン)ことにより、撮像面とレンズ主平面の平行関係が崩れ、それぞれの延長線がある1点で交わります。この交点を通る延長線上がピントの合う面になります。上の図ではデフォルメしてありますが、近景の花、中景にある樹木、そして遠景の山並みにピントが合っている状態を示しています。
 もちろん、撮像面とレンズ主平面の交点を通る被写体面は無数にあるわけですが、ピントの合う面はレンズの繰出し量によって決まる一面だけです。

 また、近景から遠景までをピントの合うようにしても、被写界深度によってピントが合う範囲(奥行)を稼ぐ必要はあります。絞りを開くと被写界深度は浅くなりますので、上の図でいうと、被写界深度が浅くなると、いちばん手前の花や樹木の下の方がぼけてしまうということになります。

 (説明の便宜上、撮像面、レンズ主平面、被写体面が1点で交わるとしていますが、実際にはそれぞれが面なので、下の図のように1線上で交差することになります)

フロントティルトダウンの例

 大判カメラ(リンホフ・マスターテヒニカ)でフロントティルトダウンすると、下の写真のような状態になります。

 このカメラの場合、ティルトできる角度は前後それぞれ30度です。ただし、レンズの繰出し量によっては蛇腹やベッドの影響を受けるので、30度まで傾けることができない場合もあります。
 リンホフ・マスターテヒニカ45の紹介のページでも書きましたが、このカメラのフロントティルトはネジを緩めて手で動かす方式です。ごくわずかに傾けたい場合などは微妙な操作が必要です。

 実際にフロントティルトの効果を見ていただくために、テーブルフォトで試してみました。
 会津地方の民芸品である起上り小法師を一列に並べ、これを俯瞰気味に撮ったのが下の写真で、1枚目がアオリなしで撮ったもの、2枚目がフロントティルトダウンのアオリをかけて撮ったものです。

アオリなし(ノーマル撮影)
フロントティルトダウン使用

 いずれも、前から4つ目の起上り小法師にピントを合わせています。1枚目の写真は手前方4つ目の起上り小法師以外はすでにぼけていますが、2枚目の写真ではほぼ全部にピントが合っています。
 フロントティルトの効果がわかり易いようにあまり絞り込まずに撮影しています。撮影データはいずれも下記の通りです。
  レンズ 125mm 1:5.6
  絞り  F8
  シャッター速度 1/15

 また、実際に風景撮影でフロントティルトを使った作例が下の写真です。

白川郷合掌造り Linhof MasterTechnika 45 Schneider APO-Symmar 150mm 1:5.6 F32 1/2 PROVIA100F

 白川郷で撮った合掌造りの写真ですが、すぐ目の前にある稲穂から、霧に煙ってますが遠景の山までパンフォーカスになるようにティルトダウンのアオリを使っています。
 この写真でのピント面は「手前の稲穂・石垣の上部・奥の合掌造りの屋根・樹木の先端・山の頂上」と想定しています。

 これからすると、石垣の下部や右側の合掌造りの屋根の先端などはピント面から外れることになります。このため、絞り込むことで被写界深度内に納めようとしていますが、やはり屋根の先端は若干ピントが甘いです。

フロントティルトの角度を計算する

 では、パンフォーカスの写真を撮るためにどれくらいのティルト角にしたらよいかを計算してみます。
 下の図に示すように、シャインプルーフの法則に基づき、三角関数で求めることができます。

 ここで、
  z  : 撮像面と被写体の距離
  z’ : レンズ主平面と撮像面の距離
  θ₁ : レンズのティルト角
  θ₂ : 被写体面と撮像面の角度
 になります。

 これらの間には以下のような関係式が成り立ちます。

  z’ = x tanθ₁
  z = x tanθ₂
 

  x  = z’/tanθ₁ = z/tanθ₂

 よって、

  θ₁ = tan⁻¹(tanθ₂・z’/z)

 または、

  θ₁ = tan⁻¹(z’/x)

 となります。

 例えば、レンズの光軸を水平から下に15度傾けて、撮像面から1.2m先の被写体面をパンフォーカスにする場合を想定します。この時のレンズの繰出し量を150mmとすると、

  z  = 1200
  z’ = 150
  θ₂ = 75

 となり、これらを上記の式にあてはめます。

  x = 1200/tan75
    = 321mm

  θ₁= tan⁻¹(tan75・150/1200)
    = 25°

 ということで、25度のフロントティルトをすればよいことがわかります。

 この計算は三角関数が入っているので暗算で行なうのは無理があり、また、厳密に計算したところでテクニカルカメラの場合、緻密な角度設定ができるわけでもないので、あくまでもティルト角の目安となるといった感じです。

 なお、レンズの繰出し量は被写体との距離が近いほど大きくなりますので、使用するレンズの焦点距離と撮影距離からレンズの繰出し量を計算で求める必要があります。これについては、下のページを参考にしてください。
  
  「大判カメラによるマクロ撮影(1) 露出補正値を求める

フロントティルトアップのアオリ

 ティルトダウンと反対に、レンズを後ろ側に傾けるアオリをティルトアップと言いますが、使用頻度はティルトダウンほど高くありません。
 アオリのふるまいはティルトダウンと基本的に同じですが、レンズ主平面の傾きがティルトダウンと反対になるため、ピント面が上側に来ます。すなわち、撮像面、レンズ主平面、ピント面の延長線の交点がカメラの上方に位置することになります。

 このアオリは、例えば、6月ごろに見ごろを迎える下り藤の藤棚を下から見上げるようなアングルで撮影する際に、藤棚の下面全体にピントを合わせたい時などに使うと効果的です。
 また、俯瞰撮影のアングル時にティルトアップをすると、パンフォーカスとは逆にごく一部だけにピントが合い、ミニチュア模型を撮影したような写真になります(この作例はWeb上にたくさんアップされていますので、そちらをご覧ください)。

 残念ながらどちらも手元に適当な作例がないのでご紹介できませんが、俯瞰状態でティルトアップした場合に、ごく一部にしかピントが合わないことがわかるサンプルが下の写真です。

フロントティルトアップ使用

 撮影データは上の2枚と同じです。ピントの合う面が極めて薄く、いちばん後ろの起上り小法師はボケてしまって何が写っているかわからないくらいです。窓際の自然光で撮影したため、右上に光が差し込んでしまったのはご愛嬌ということで...

 ボケを効果的に使った写真も素晴らしいですが、パンフォーカスの写真はそれはそれで見ていて気持ちの良いものです。アオリを使うことでそんな写真を撮れるのも、大判カメラの魅力の一つではないかと思います。

(2021.2.16)

#アオリ #リンホフマスターテヒニカ #Linhof_MasterTechnika

大判カメラによるマクロ撮影(2) 撮影倍率

 前回は近接撮影の際にレンズを繰出すことによる露出補正について触れましたが、今回は撮影倍率について話を進めたいと思います。希望の倍率で撮影したい時のレンズの配置等についても触れておきます。

撮影倍率とは

 撮影倍率とは、被写体の大きさと、その被写体が撮像面(フィルム)に写った大きさの比率をいいます。例えば、直径20mmの1円硬貨が、撮像面上でも20mmに写っていれば撮影倍率は1倍(等倍)であり、撮像面上での大きさが10mmであれば撮影倍率は1/2倍ということになります。
 この撮影倍率は撮像面の大きさには関係ありませんので、35mmフィルムであろうと4×5フィルムであろうと、撮像面上で1円硬貨が20mmの大きさに写っていれば撮影倍率は等倍です(下図を参照)。

撮影倍率を計算で求める

 まず、レンズと光に関する基本的な特性として、以下の4点が挙げられます。

  1) ある一点から出たあらゆる光は、レンズを通過した後、一点に集まる
  2) 光軸と平行にレンズに入射した光は、レンズを通過した後、レンズの後側焦点を通る
  3) 前側焦点を通ってレンズに入射した光は、レンズを通過した後、光軸と平行に進む
  4) レンズの中心を通った光は直進する

 上の図で、それぞれの記号が示す意味は以下の通りです。

  F : レンズの前側焦点
  F’ : レンズの後側焦点
  H : レンズ中心 

  h : 被写体の高さ
  h’ : 撮像面上での被写体の高さ
  f  : レンズの焦点距離
  z : レンズの前側焦点から被写体までの距離 
  z’ : レンズの後側焦点から撮像面までの距離

 この図で、レンズ前側(図の左側)にある2つの黄色の三角形に注目すると、薄い黄色で塗られた大きな三角形(△ABF)と、濃い黄色で塗られた小さな三角形(△FHC)は相似形であることがわかります。

 また、
  辺BF = h  (薄い黄色の大きな三角形)
  辺HC = h’ (濃い黄色の小さな三角形)

 であることから、下の関係式が成り立ちます。

  h:h’ = z:f  ……… (1)

 次に、レンズ後側(図の右側)にある2つのオレンジ色の三角形に注目すると、薄いオレンジ色で塗られた大きな三角形(△C’F’H)と、濃いオレンジ色で塗られた小さな三角形(△F’A’B’)も相似形であることがわかります。

 上と同様に、
  辺C’H  = h  (薄いオレンジ色の大きな三角形)
  辺F’B’ = h’ (濃いオレンジ色の小さな三角形)

 であることから、下の関係式が成り立ちます。

  h:h’ = f:z’  ……… (2)

 hとh’の比率は、被写体の大きさと、撮像面上の被写体の大きさの比率となり、これが撮影倍率になります。
 撮影倍率をMとすると、Mは h’ / h となるので、下の関係式が成り立ちます。

  M = f/z  ……… (3)
  M = z’/f  ……… (4)

 これらのことから、撮影倍率は以下のように定義することができます。
  式(3)から、撮影倍率は、被写体からレンズの前側焦点までの距離と、レンズの焦点距離の比
  式(4)から、撮影倍率は、レンズの焦点距離と、レンズの後側焦点から撮像面までの距離の比

 これにより、所定の倍率で撮影したいときに、被写体からレンズまでの距離、レンズから撮像面までの距離を知ることができます。

 また、上の式は次のように書き換えることができます。

  z  = f/M   ……… (5)
  z’ = f・M   ……… (6)

  式(5)は、被写体からレンズの前側焦点までの距離は、レンズの焦点距離を撮影倍率で除した値
  式(6)は、レンズの後側焦点から撮像面までの距離は、レンズの焦点距離に撮影倍率を乗じた値
 ということを意味します。

 これにより、被写体からレンズまでの距離、およびレンズから撮像面までの距離がわかっているときに、撮影倍率を知ることができます。

 ここで注意が必要なのは、zは被写体からレンズの前側焦点までの距離なので、被写体からレンズ中心までの距離はzにレンズの焦点距離fを加算しなければなりません。
 同様に、z’はレンズ後側焦点から撮像面までの距離なので、レンズ中心から撮像面までの距離はz’にレンズの焦点距離fを加算しなければなりません。

撮影倍率によるレンズ位置の計算

 ここで例として、焦点距離100mmのレンズで1円硬貨(直径20mm)を2倍の大きさ(直径40m)で撮影したい時のレンズの配置を計算してみます。

 レンズの焦点距離 f = 100mm と、撮影倍率 M = 2倍 を式(5)にあてはめると、

  z = 100 / 2
   = 50mm

 となり、レンズの前側焦点の50mm前方に被写体を置けばよいことがわかります。これは、レンズ中心から150mmの位置になります。

 次に、撮像面の位置を計算するために、式(6)にあてはめると、

  z’ = 100 * 2
   = 200mm

 となり、レンズの後側焦点から200mm後方に撮像面を置けばよいことになります。これは、レンズの中心から300mmの位置になります。
 実際にカメラと被写体を配置してみると、下のような感じになります。
 (105mmのレンズが取り付けてありますが、撮影時のイメージを理解してもらうことが目的なので、焦点距離100mmのレンズということにしておいてください)

ピントが合って見える範囲は? 焦点深度と被写界深度

 ちなみに、この状態の焦点深度は極めて浅く、紙一枚ほどの厚さという感じです。実際にどれくらいの焦点深度があるか、計算をしてみます。
 焦点深度は下の式のように定義されています。

  焦点深度 = ± ε・F

 ここで、εは許容錯乱円、Fは絞り値になります。
 許容錯乱円を0.03mmとすると、絞りF8で撮影した場合の焦点深度は、

  焦点深度 = ±0.03 * 8
       = ±0.24mm

 となります。

 これを、焦点距離100mmのレンズを使ったこの撮影の場合の被写界深度に換算すると、およそ1.2mmとなりますので、ピント合わせは非常にシビアというほかありません。なお、許容錯乱円の値は、35mm判フィルムから四切程度に引き伸ばすことを前提に定義されていた値を用いています。
 被写界深度や焦点深度の詳細については別の機会にしたいと思います。

露出補正値を求める

 前回、露出補正値の求め方について触れましたが、上の例について露出補正値を計算してみます。上で求めた値を下の式にあてはめてみます。

   露出補正倍数 = (レンズ繰出し量/焦点距離)^2

 レンズ繰出し量は、f + z’ = 300mm ですから、

   露出補正倍数 = (300 / 100) ^ 2
          = 9

 となり、9倍の露出補正が必要ということになります。これは、絞りF5.6の場合の実効f値が16.8になることを意味します。

大判カメラでの最大撮影倍率は?

 では、大判カメラを使った近接撮影で、最大撮影倍率はどれくらいまで可能なのか、算出してみたいと思います。
 リンホフマスターテヒニカ45の最大フランジバックは430mmです(私のカメラは蛇腹の都合でそこまで延びませんが)。式(4)から、レンズの焦点距離が短い方が撮影倍率が高くなることがわかりますので、私が持っているレンズの中で最も焦点距離の短い65mmのレンズを使うことを想定します。
 レンズの最大繰出し量の430mmからレンズの焦点距離の65mmを引くと、レンズの後側焦点から撮像面までの距離 z’ は365mmになります。
 これを、式(4)にあてはめると、

  M = z’/f
    = 365 / 65
    = 5.62

 となり、約5.6倍の倍率で撮影ができることになります。
 これは、直径20mmの1円硬貨が、撮像面では直径112mmの大きさで写ることになります。画質の低下や被写界深度の浅さはあるとしても、驚くべき近接撮影です。
 実際にこのような近接撮影のニーズがあることはほとんどないと思われますが、大判カメラによる近接撮影のポテンシャルについてはおわかりいただけるのではないかと思います。

 実際の撮影手順や撮影例については次回にしたいと思います。

(2021年2月11日)

#マクロ撮影 #リンホフマスターテヒニカ #Linhof_MasterTechnika

大判カメラによるマクロ撮影(1) 露出補正値を求める

 35mm判カメラや中判カメラ用のレンズには「マクロレンズ」というカテゴリーがあり、ほとんどのメーカーから複数本のレンズが出ています。大判カメラ用にも近接用レンズがありますが、種類は少ないです。大判カメラでは蛇腹を繰出すことで、すべてのレンズがマクロレンズとして使えるといっても過言ではありません。
 もちろん、35mm判カメラや中判カメラのレンズでもベローズや接写リングをかませることで近接撮影ができますが、遠距離にピントが合わなくなってしまいます。

レンズの最短撮影距離

 マクロレンズの定義は明確に決まっていないようですが、被写体に近づいて撮影でき、概ね、1/2倍以上の倍率で撮影できるレンズを一般的にはマクロレンズと呼んでいるようです。
 これに対して、マクロの名がついていない普通のレンズは被写体に極端に近づくことはできず、最短撮影距離はレンズの焦点距離の10倍くらいのものが多いのではないかと思います。焦点距離が50mmのレンズであれば50cm前後、100mmのレンズであれば1m前後といった感じです。当然、撮影倍率も自ずと限界があります。

 一方、大判カメラはレンズの種類に関係なく、蛇腹の許す範囲までレンズを繰出すことができます。

  

 何故、一般のレンズが焦点距離の10倍くらいを最短撮影距離にしているかというと、多分、画質の低下が顕著にならない距離であることと、それくらいの距離までは露出補正をしなくても影響がないことが理由かと思われます。
 カメラのレンズは無限遠にピントを合わせた時がレンズと撮像面の距離が最短になり、より近くの被写体にピントを合わせるためにはレンズを繰出す必要があります。その結果、レンズと撮像面の距離が長くなり、撮像面に入る光の量が減少してしまうため、露出を多めにしなければならなくなります(下図を参照)。

 上の図のように、レンズと撮像面の距離が長くなればなるほど撮像面に入る光の量が減少するのがわかります。例えば、レンズと撮像面の距離が2倍になるとレンズからの光が描く円の直径も2倍になるため、この円の面積は4倍になります。すなわち、撮像面に入る光の量が1/4に減少してしまうことになります。したがって、適正露出にするためには露出を4倍にする必要があります(絞りで2段開く、もしくはシャッター速度を2段分遅くする)。

撮影距離とレンズ繰出し量の計算

 近い被写体にピントを合わせる際、レンズをどれだけ繰出さなければならないかを計算で求めることができます。
 レンズから被写体までの距離をa、レンズから撮像面までの距離をb、レンズの焦点距離をfとしたとき、これらの間には下のような式が成り立ちます。

  1/a + 1/b = 1/f

 手元に「フジノンCM Wide 105mm 1:5.6」という大判カメラ用のレンズがありますので、このレンズで焦点距離の10倍にあたる1050mmに位置する被写体を撮影することを想定してみます。
 上の式に、被写体までの距離 a=1050mm、レンズの焦点距離 f=105mmを当てはめてレンズと撮像面の距離 bを計算すると、

  1/b = 1/f - 1/a
     = 1/105 - 1/1050
     = 9/1050
 
 よって、b = 116.7mm となります。
 すなわち、無限遠にピントを合わせた状態(105mm)から11.7mm、繰出すことになります。

 では、実際にレンズがどれくらい繰出されるかということで、フジノンCM Wide 105mmのレンズで実測してみました。
 無限遠にピントを合わせた時のシャッター位置から撮像面までの長さは104mmでした。ここから、焦点距離の10倍となる1050mm先の被写体にピントを合わせ、同じようにシャッター位置から撮像面までの長さを測ったところ、115mmでした。すなわち、レンズの繰出し量は11mmということです。
 上の計算式で求めた値と若干の差がありますが、実測値の測定精度はあまり高くないと思われますので、以後は理論値を使って話を進めます。

レンズを繰出すことによる露出補正値を求める

 しかしながら、たとえ11.7mmと言えどもレンズから撮像面までの距離が長くなれば、撮像面に入る光の量が減少するのは上の図からも明らかです。では、実際にどれくらいの影響があるのかを計算してみます。

 レンズを繰出すことによる露出補正量は下の式で求められます。レンズ繰出し量とは撮像面からレンズまでの距離をいいます。

  露出補正倍数 = (レンズ繰出し量/焦点距離)^2

 この式に、レンズ繰出し量の116.7mmとレンズ焦点距離の105mmをあてはめてみます。

  露出補正倍数 = (116.7/105) ^ 2
         = 1.235

 となり、レンズを無限遠の状態からさらに11.7mm繰出すことで、1.235倍の露出補正が必要ということになります。

 1.235倍という補正量を絞り値にあてはめると、√1.235 = 1.111 ですので、

  5.6 * 1.111 = 6.222 となります。

 よって、フジノンCM Wide 105mm 開放f値5.6のレンズが、116.7mmまで繰出されることで実効f値が6.2になるということを意味します。これは、絞りでおよそ1/4段に相当します。

 また、レンズの焦点距離、有効径、そして開放f値には以下の関係式が成り立ちます。

  開放f値 = 焦点距離/有効径

 この式にフジノンCM Wide 105mm の値をあてはめてレンズの有効径を求めると、

  有効径 = 105mm/5.6
      = 18.75mm となります。

 この有効径で116.7mmまで繰出した場合の実効f値は、

  実効f値 = 116.7mm/18.75mm
       = 6.22

 となり、上で計算した値とほぼ同じになり、実態が正しいことがわかります。

 これらのことから、1/4段程度であれば露出補正を必要としない許容範囲内という判断がされ、一般的なレンズの最短撮影距離が焦点距離の10倍前後になっているのではないかと思われます。
 1/4段を大きいとみるか小さいとみるかは意見の分かれるところかもしれませんが、一般的な一眼レフカメラなどに備わっている露出補正は1/2ステップ、もしくは1/3ステップであり、これに比べて50~75%の値ですから、許容範囲と言っても差し支えないのではないかと思います。

 最近のカメラではレンズから入ってきた光を測定して露出を決めているので、レンズの実効f値が暗くなったところで何ら気にすることはありませんが、大判カメラなどのように自動露出計が内蔵されていない場合はそういうわけにいきません。上の検証結果から分かるように、レンズの焦点距離の10倍より遠い距離にある被写体を撮影する場合は特に補正なしで問題ありませんが、それより近い被写体を撮影する場合は、実際のレンズの繰出し量を測定して露出補正値を計算しなければならず、面倒であることは間違いありません。

 繰り返しになりますが近接撮影をする場合は、レンズ繰出し量と焦点距離を下の式に当てはめて、露出補正量を計算します。

  露出補正倍数 = (レンズ繰出し量/焦点距離)^2

 実際にレンズ繰出し量によってどの程度の露出補正が必要になるか、焦点距離105mmのレンズについて計算して表にしてみました。レンズ繰出し量は、レンズから撮像面までの距離になります。

 大判カメラ用のレンズはどれもがマクロレンズとして使用できますが、露出補正というひと手間を加えなければならないということです。
 前置きが長くなってしまいましたが、次回は撮影倍率と実際の撮影について触れたいと思います。

(2021年1月31日)

#マクロ撮影 #リンホフマスターテヒニカ #Linhof_MasterTechnika #露出

大判カメラのアオリ(2) フロントフォール

 前回はフロントライズ(レンズを上に移動する)のアオリについて触れましたが、今回はレンズを下に移動する「フロントフォール」のアオリについてです。

ベッドダウンによるフロントフォール

 フロントフォールはフロントライズに比べて仕様頻度が少なく、それが理由かどうかわかりませんが、フィールドカメラには単一の操作ではフロントフォールができないカメラも見受けられます。
 代表的なフィールドカメラの一つであるトヨフィールドは、前枠(レンズ部)単独で下方に23mmの移動(フォール)ができますが、リンホフマスターテヒニカなどはニュートラルで前枠が最下部にありますので、フロントフォールするためにはベッドダウンをしたうえで、レンズ部を少し後ろに傾ける操作(フロントティルト)をしなければなりません。

 リンホフマスターテヒニカをフロントフォールした状態が下の写真です。

ベッドダウンによるフロントフォール (リンホフマスターテヒニカ45)

 ベッドダウンは本体との接合部分を支点に下に回転運動をしますので、下におろした角度と同じだけ、レンズを反対方向(後方)に傾けることで、レンズ面と撮像面(フィルム)の平行が保たれ、フロントフォールが実現します。
 ただし、リンホフマスターテヒニカ45のベッドダウンは15度と30度の二通りしかできませんので、現実的にはかなり自由度が制限されたアオリということになってしまいます。

ティルトによるフロントフォール

 そこで、もっと自由度の高いフォールをするために、ベッドダウンを使わずにレンズ部とバック部をそれぞれ傾ける(フロントティルト、バックティルト)ことでフロントフォールと同じ状態にすることができます。
 下の写真でもわかるように、カメラを下に傾けた角度と同じだけ、レンズ部とバック部を後方に傾けます。

フロント、およびバックティルトによるフロントフォール (リンホフマスターテヒニカ45)

 ベッドダウンする方法に比べて、カメラの可動範囲内であれば任意の角度で設定できるため、アオリの自由度は高くなります。

 さて、このアオリですが、フロントライズは見上げた時に上方が窄まってしまうのを修正するのに対し、見下ろした(俯瞰)ときに上方が広がってしまうのを修正するために用いるのが多いのではないかと思います。例えば、高いビルから隣のビルを撮影するとビルの下の方が窄まり、上の方が広がって写ってしまいますが、これを修正する場合などです。

フロントフォールの効果

 しかしながら、上でも書いたようにこのアオリを使う頻度は高くありません。実際にこのアオリを使って撮影した適当な事例が手元にないため、テーブルフォト的にスプレー缶を撮ってみました。
 下の写真が普通に上から俯瞰して撮影したもの、その下の写真が同じ位置からフロントフォールして撮影したものです。窓際の自然光で撮影したために2枚の写真の光の状態が違い、色合いが若干異なってますが気にしないでください。

▲アオリなしの俯瞰撮影

▲フロントフォールのアオリを使用した撮影

 フロントフォールすることで被写体とレンズ面、フィルム面がほぼ平行になりますので、スプレー缶の下から上までがほぼ同じ太さになってます。
 また、この写真ではよくわからないですが、俯瞰撮影した場合のピント面はスプレー缶を斜めに切る位置になりますが、フロントフォールした場合のピント面はスプレー缶の垂直面と平行になりますから、同じ絞りでもピントの合う範囲が広くなります。

 ブツ撮りなどで被写体の形が変わってしまうのを好まない場合には効果的かと思いますが、被写体が高層ビルの場合、上方が広がっていたほうがビルの高さが感じられるという見方もあるかもしれません。また、自然風景で俯瞰撮影する場合でも、上方が広がるのを修正しなければならない必要性を感じることはあまりありません。そういう意味でも私にとっては、このアオリを使うことは稀です。

 フロントライズでイメージサークルについて触れましたが、このアオリについても同様で、フォールできる量はカメラの可動範囲内であり、かつレンズのイメージサークル内という制限を受けます。

(2021.1.24)

#アオリ #リンホフマスターテヒニカ #Linhof_MasterTechnika

大判カメラのアオリ(1) フロントライズ

 大判カメラの特徴は大きな面積のフィルムで撮影できることですが、加えて様々なアオリを使うことができるというのも大きな特徴です。
 35mm判の一眼レフなどの一般的なカメラの多くはフィルム面とレンズ面が固定されていますが、大判カメラはこれらを自由に動かすことができる構造になっています。それによって、あえて光軸をずらすことで様々な撮影をすることが可能になるわけですが、これを総じてアオリと呼んでいます。

アオリに関するカメラ各部の名称

 大判カメラには大きく分けてスタジオなどで使われることが多いビューカメラと、フィールド撮影に適したテクニカルカメラ(フィールドカメラ)がありますが、ここではテクニカルカメラに焦点を絞って説明します。
 アオリの説明の前に、テクニカルカメラの各部の名称について触れておきます。下の写真はリンホフマスターテヒニカ45の写真と各部の名称です。アオリの説明に必要な部分のみを示しています。異なる名称を使われている方もいらっしゃるかと思いますが、そのあたりは大目に見てください。

大判カメラ(テクニカルカメラ)の各部の名称

 それでは、今回は「フロントライズ」のアオリについてです。

フロントライズとはこんなアオリ

 フロントライズとはレンズを上に移動させるアオリのことで、フィルムとレンズが平行の状態を保ったまま、フィルムとレンズの中心をずらします。
 実際にレンズをライズすると下の写真のような状態になります。

フロントライズした状態

 このアオリの目的ですが、例えばビルなどの高い建物を下から見上げる状態で撮影すると上が窄まって(すぼまって)写ってしまいますが、これを修正するときなどに使われることが多いのではないかと思います。
 何故、下から見上げた状態で写すと上が窄まってしまうのか、その理由について簡単に触れておきます。
 下の図でわかると思いますが、垂直に立ったものを斜めになった面に投影すると、高い位置のものほど間隔が狭まってしまいます。これが、上が窄まって写ってしまう原因です。

 これを防ぐにはレンズの光軸を水平に、すなわち、投影面(フィルム)を垂直に立ったビルなどと平行に保つ必要があります(下の図)。

 ただし、この状態だと上の方(高い位置)が投影面(フィルム)からはみ出してしまいます。
 そこで、平行を保ったまま、レンズだけを上に移動させると上の方も投影面に納まることになります(あくまでもライズ量に制約がないという前提に基づいてですが)。これがフロントライズのふるまいです。

 実際にライズできる量(レンズの移動量)はカメラによって異なりますが、テクニカルカメラの場合、一般的には50mm前後が多いようです。ちなみに、リンホフマスターテヒニカ45の場合は55mmです。
 また、カメラの可動範囲内であっても、レンズのイメージサークルを越えてしまうとケラレが発生してしまいますので注意が必要です。

イメージサークルについて

 ここで、イメージサークルについて簡単に触れておきます。
 イメージサークルとは、レンズに入ってきた光によって結像する円形の範囲のことで、この範囲内であれば鮮明な像が得られますが、この外側は暗くなってしまい結像しません。また、この鮮明に結像する範囲を、レンズ中心から見た時の角度を「包括角度」といいますが、これらの関係を下の図にしてみました。

 包括角度が大きければ当然イメージサークルも大きくなりますが、イメージサークルはレンズと撮像面(フィルム)との距離やレンズの絞りによって変化しますので、レンズの絞りをF22、無限遠にピントを合わせた時の円の直径で表現されることが一般的です。

 下の図はカメラをフロントライズした際のイメージサークルの状態を表したものです。

 アオリのないニュートラルな状態ではイメージサークルの中心に撮像面(フィルム)がありますが、レンズを移動させるとともにイメージサークルと撮像面の相対位置も移動します。イメージサークル内であれば問題ありませんが、この範囲を超えるとケラレが発生してしまいます。
 カメラが大きな可動範囲を持っていたとしても、レンズのイメージサークルが小さいと可動範囲を活かしきれません。ライズできる量はカメラの可動範囲内であり、かつレンズのイメージサークル内という制限を受けます。
 また、上の図からもわかるように、無限遠の時のイメージサークルが最も小さく、近接撮影になるほどレンズが繰出されるのでレンズとフィルムの距離が長くなり、イメージサークルは大きくなります。

 このように、フロントライズを制約する要因がいくつかありますので、それらを把握しておくことで様々な撮影のシチュエーションの際にも迷うことは避けられると思います。

フロントライズを使った作例

 実際にフロントライズを使用して撮影した例が下の写真です。1枚目がアオリなし、2枚目がフロントライズのアオリを使って撮ってます。

尻屋崎灯台 Linhof MasterTechnika 45 FUJINON W125mm 1:5.6 F32 1/30 PROVIA100F
尻屋崎灯台 Linhof MasterTechnika 45 FUJINON W125mm 1:5.6 F32 1/30 PROVIA100F フロントライズ

 2枚の撮影位置は若干違いますが、灯台までの距離はほぼ同じです。2枚目の写真は灯台が手前側に起き上がってきているような感じで、高さが強調できていると思います。
 ここで使用したレンズ(FUJINON W125mm)のイメージサークルは198mmで、ライズ可能量は約29mmですが、実際に使用したライズ量は23mmくらいです。 

蛇足ながら...

 前の方でも書いたように、このアオリは建築物などの撮影で使われることが多いと思いますが、風景撮影においても、例えば木をまっすぐに立たせたいとか、滝の上部を窄ませずに迫力を出したいとか、使用する場面は結構あります。
 ただし、広角や超広角レンズはイメージサークルが決して大きくないので、アオリの量も自ずと限界があります。
 また、フロントライズは使いすぎると不自然になることもあります。建築物の撮影での使用頻度が高いと触れましたが、高層ビルや五重塔などを比較的近い距離から撮影する場合とか、不動産の広告写真などで使用するというような目的があれば別ですが、一般の撮影でライズをかけすぎると頭でっかちに見えてしまい、かえって違和感を感じます。肉眼で見ても遠くにあるものは小さく見えるわけですから、あまり不自然にならない程度にかけるのが望ましいと思います。

 なお、私は超広角レンズを使う際に、カメラのベッドが写り込んでしまうのを防ぐ目的で若干のフロントライズをすることがありますが、これは本来のアオリの使い方ではありません。念のため、つけ加えておきます。

(2021.1.9)

#アオリ #リンホフマスターテヒニカ #Linhof_MasterTechnika