日頃、私が使っている大判レンズはシュナイダー Schneider とフジノン FUJINON がほとんどで、現在、私の手元にあるニコン Nikon のレンズはNIKKOR-M 300mm だけです。かつてはもう1本持っていたのですが手放してしまい、いまは1本だけになってしまいました。
少し調べてみたところ、初代の300mm F9 レンズは1965年ごろに発売されたようですが、レンズ名の後に「M」がついたNIKKOR-M 300mm の発売は1977年とのことです。私の持っているレンズがいつ頃製造されたものか詳しくわかりませんが、ニコンの製品カタログなどを見てみると1980年代半ばごろではないかと思われます。
このレンズ、ずいぶんと人気があるようで、中古市場や大手ネットオークションサイトでは安くても9万円ほど、高いものだと16万円とか18万円というものもあり、かなりの高額が設定されているようですが、実際にこのような金額で取引されているのかどうかは不明です。メーカーの希望小売価格が74,000円(税別)ですから、プレミアがついているという状態かも知れません。
ニッコール NIKKOR-M 300mm 1:9 の主な仕様
いわゆるテッサータイプのレンズです。焦点距離300mmとは思えない小ぶりなレンズです。
オルソメター型のNIKKOR-W シリーズにも焦点距離300mmのレンズがありますが、こちらは全長が94.5mm、重さが1,250gもあるヘビー級のレンズです。それに比べるとM300mmがいかに小さいかがわかります。
また、当時のカタログには、「色収差は高度に補正されており、優れたパフォーマンスを発揮する」と書かれています。
前玉をのぞき込むとマルチコーティングらしい色をしていますが、フジノンのレンズと比べるとわずかにあっさりした色合いのようにも思えます。
このレンズの主な仕様を記載しておきます。ニコンのサイトに掲載されてる情報から抜粋したものです。
イメージサークル : Φ325mm(f22)
レンズ構成枚数 : 3群4枚
最小絞り : 128
包括角度 : 55度(f9) 57度(f22)
シャッター : COPAL No.1
シャッター速度 : T.B.1~1/400秒
フランジバック : 約290mm
フィルター取付ネジ : 52mm
前枠外径寸法 : Φ54mm
後枠外径寸法 : Φ42mm
全長 : 43mm
重量 : 290g
このレンズを4×5判で使ったときの画角は、35mm判カメラに換算すると焦点距離がおよそ85mm前後のレンズに相当します。画角としては35㎜判の中望遠にあたる焦点距離です。
4×5判の対角画角が約30度、横位置に構えたときの水平画角が約24度ですから、風景撮影などでは広く取り込むというよりは比較的狭い範囲を切り取るといった撮り方に向いています。ディスタンスを大きくとればそれなりに広い範囲を写し込むことができますが、とはいえ、やはり強調したい部分を切り取るという使い方の方がしっくりきます。
絞りは128までありますが、そんなに絞って使ったことはありませんし、そこまで絞り込むと回折現象の影響が出過ぎてしまうのではないかと思います。絞り羽根は7枚で、最小絞りまで絞り込んでも綺麗な7角形を保っています。
シャッターはコパルの1番で、後期モデルの黒いタイプのものが採用されています。
同じコパルのシャッターでも、私が主に使っているシュナイダーやフジノンに採用されているものはシャッター速度指標が固定されていて、そこを差す矢印が回転するのですが、ニコンに採用されているものは矢印が固定されていて、シャッター速度指標が回転するようになっています。どちらもレンズを正面から見たときに、リングを反時計回りに回転させるとシャッター速度が速くなるのは同じなのですが、シュナイダーやフジノンに慣れているので、ニコンのレンズを使うときは戸惑ってしまいます。
イメージサークルは325mm(F22)もあり、8×10をカバーする大きさですので、4×5判で使う分にはどんなにあおってもケラレることはありません。
フランジバックは約300mmなので、私が使ってるリンホフマスターテヒニカ45や2000では問題ありませんが、ウイスタ45SPだと無限遠の撮影はギリギリできますが、少し近いところの撮影ではレンズの繰り出しが限界でピントを合わせることができません。ウイスタで使う場合は延長レールや延長蛇腹が必要になります。
しかし、何といってもレンズがコンパクトなのが最大のメリットで、ワイドタイプやテレタイプのレンズを持っていくと思えば、小ぶりなレンズであればもう1~2本持てるわけですから、フィールドに出るときにはとてもありがたい存在です。しかもレンズが軽いので、蛇腹を伸ばしても風などの影響を受けにくく、ブレの心配も軽減されます。
ニッコール NIKKOR-M 300mm のボケ具合
このレンズのボケ具合を、以前に作成したテストチャートを用いて確認してみました。レンズの光軸に対してテストチャートを45度の角度に設置し、レンズの焦点距離の約10倍、約3m離れた位置からの撮影です。
まずは絞りはF9(開放)で撮影したものです。1枚目がピントを合わせた位置、2枚目が後方30cmの位置にあるテストチャート、そして3枚目が前方30cmの位置にあるテストチャートを切り出したのが下の3枚の写真です。
2枚目写真、後方30cmの位置にあるテストチャートを撮影したもの、つまり、後ボケ状態のものですが、全体的に癖のない素直なボケ方ではないかと思います。ボケの中にわずかに芯が残っているようなボケ方をしています。ボケの周辺に行くにしたがってなだらかなグラデーションになっているので、後ボケが騒がしくなることはなく、柔らかな背景を作ってくれる感じのボケ方です。
一方、テストチャートの3枚目の写真は前ボケの状態です。全体的に素直なボケ方は同じですが、後ボケに比べて芯の残り方が薄い感じがします。そのせいかどうかわかりませんが、後ボケよりも厚みがないというか、平面的な感じを受けます。
また、後ボケも前ボケも二線ボケや年輪ボケのようなものは感じられません。
参考までに、F22まで絞り込んで撮影したテストチャートの写真も掲載しておきます。
1枚目が後方30cmの位置にあるテストチャート(後ボケ)、2枚目が前方30cmの位置にあるテストチャート(前ボケ)を写したものです。
F22というと、絞り開放(F9)から約2・2/3段絞り込んだ状態ですが、焦点距離が300mmなのでボケ量は結構大きく残っています。
ちなみに、焦点距離300mmのレンズで3m先の被写体を撮る際、このテストチャートの前後30cmの範囲を被写界深度内におさめるためには、およそF120まで絞る必要があります。
参考までに被写界深度の計算式は以下の通りです。
前側被写界深度 = a²・ε・F /( f² + a・ε・F)
後側被写界深度 = a²・ε・F /( f² - a・ε・F)
ここで、
a : 被写体までの距離
f : レンズの焦点距離
F : 絞り値
ε : 許容錯乱円
を表します。
許容錯乱円を0.025mmとしてF値を逆算すると、およそ120となります。
アオリを使わずに前後合わせて約60cmの範囲にピントを合わせようとすると、このレンズの最小絞りまで絞り込む必要があることになります。
画角としては35㎜判の焦点距離85㎜のレンズ相当ですが、やはり焦点距離は長いので被写界深度はずいぶんと浅くなります。その分、ボケを生かした写真にすることができると言えます。
ただし、この値は被写体まで3mというかなり近い距離での撮影の場合ですので、実際にこのレンズを使うようなシチュエーションではここまで絞り込まなければならないということは多くないと思います。
蛇足ですが、テッサータイプのレンズは絞り込むと焦点の位置が移動するという話しを耳にすることがあります。このような現象はテッサーに限らず起こりうる可能性はあるのかもしれませんが、私はこのレンズを長年使っていても、そのようなことが気になったことは一度もありません。
焦点の移動がどのような原因によるものか詳しくはわかりませんが、例えば、レンズの周辺部で発生する球面収差が絞ることにより補正がかかって、焦点が移動したように見えるのかも知れません。だとすると、このレンズのように大きなイメージサークルを持っている場合、ほとんど影響がないのでは、と思われます。
ニッコール NIKKOR-M 300mm の作例
私は4×5判でいうところの広角系から標準系のレンズ、焦点距離でいうと75mm~210mmあたりのレンズを使うことが多く、300mmという焦点距離のレンズを使う頻度は高くありません。ですので、このレンズの特徴がわかりやすいような写真がなかなか見当たらないのですが、とりあえず3枚を選んでみました。
まず1枚目は、今年5月に青森県の奥入瀬で撮影したものです。
ここは、石ヶ戸休憩所から上流に30分ほど歩いたところにある「馬門岩」のすぐ近くです。
道路のすぐ脇に垂直に切り立った岩があり、そこにたくさんの植物が根を下ろしていて、幽玄さを感じる景色がつくり出されています。曇り空のため一帯は薄暗いのですが、そのしっとりとした感じがこの景色にはぴったりです。時折、木漏れ日が差し込んだりすると岩肌が白く輝き、違った表情を見せてくれます。この写真も、中央右寄りあたりに日が差し込んだところを写しました。
露光時間は4秒なので風で揺れてしまっている葉っぱも多くありますが、解像度としては申し分のない写りをしていると思います。掲載している写真は解像度を落としてあるのでわかり難いと思いますが、被写体ブレを起こしていない岩に張りついた小さな葉っぱなどはとてもシャープに写っていて、たった4枚のレンズでここまで写るのは本当にすごいと、あらためて思います。
100メートル以上にわたってこのような岩壁が続いており、もう少し焦点距離の短いレンズを使うと広範囲を取り込めるのですが、そうすると周囲の木々などが入りすぎてしまい、岩の迫力が薄れてしまいます。いろいろな撮り方ができますが、ある程度離れた位置から歪みのない作画をしようとすると、画角が30度前後のレンズは向いていると思います。
2枚目も同じく奥入瀬で撮影しました。
川中の石の上に根を下ろした植物をアップで写しました。
もっと広い範囲を景色として写す時は露光時間も長めにすることが多いのですが、ここでは背後の流れを雲のようにしたくなかったので、絞り開放(F9)で露光時間は1秒です。露光時間を4秒くらいにすると流れが白くなり、全体に柔らかな感じに仕上がりますが、流れている様子を表現するにはこれくらいが良い感じです。
また、フロントティルトのアオリをかけるとパンフォーカスにすることもできるのですが、前後をある程度ぼかしたかったのでアオリは使っていません。そのため、右端の草にはピントが合っていません。大きくボケているわけではありませんが、とても素直なボケ方をしていると思います。
被写体までの距離は10数メートルだったと思うのですが、できるだけ余計なものは入れたくなかったのでこのレンズを使いました。左右と下側をもう一回りくらい切り詰めた方が植物の力強さが表現できたかも知れません。当日持って行ったレンズの中で、焦点距離がいちばん長いのがこのレンズだったのですが、360mmくらいのレンズで撮りたかったという気持ちがちょっとありました。
もっと近接撮影をしたサンプルをということで探したのですが見つからなかったので、3枚目は家の中でテーブルフォト的に撮影したものを掲載します。
モデルは私が愛用している二眼レフカメラの PRIMOFLEX と minolta AUTOCORD です。
向かって右側のミノルタAUTOCORDの「A」のところにピントを合わせ、ボケ具合を見たかったので絞りは開放にしています。黒いバックシートの上にカメラを置き、向かって左側からスポットライトを当てて撮影しました。
被写界深度はとても浅く、ピントが合っているのは銘板の「AU」のあたりと、ビューレンズ左側の張り革のごく一部だけです。あとはすべてボケていますが、ボケ方は結構きれいだと思います。
この写真では前ボケがほとんどなく、何とか前ボケの様子がわかるのがレンズに取り付けてあるフィルターの辺りですが、癖のないボケ方だと思います。
後ボケは、PRIMOFLEX の側面にあるノブやストラップがわかりやすいと思うのですが、厚みが感じられるフワッとした感じのボケになっています。
使用したスポットライトは何年か前に自作したものですが、少々、光が強すぎたようです。もう少し光量を落として露出をかけた方が良かったと思うのですが、とりあえず、ボケ具合はある程度写せたのではないかと思います。
テーブルフォトを撮ることはほとんどありませんが、ボケ具合を見るためには効果的かも知れません。
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冒頭でも書いたように、私はニコンのレンズを使った経験が非常に少ないので、ニコンのレンズの特性などについてはほとんど知りません。ですので、ニコン云々とかテッサーだからということではなく、純粋にニッコールM 300mm というレンズが気に入っているということでこのレンズを手放さずにいます。シャープな写り、素直なボケ、小さいながらもいい仕事をしてくれるレンズだと思います。
ニッコールMシリーズには200mmというレンズもあり、私は使ったことはありませんがちょっとそそられるレンズです。
テッサータイプのレンズは世の中にたくさんあって、どちらかというと廉価版というイメージもあるのですが、シンプルな構成であるがゆえにほかのレンズとはちょっと違う魅力を感じます。といっても、私はテッサータイプのレンズを何本も持っているわけではありませんが、あらためて手元にあるテッサータイプのレンズを使ってみると、世の中にテッサー好きの人が多いのも頷ける気がします。
(2024.7.14)