PENTAX67には2本のマクロレンズ(焦点距離が100mmと135mm)がありますが、それとは別に接写リングが用意されています。
マクロレンズと比べて接写リングは撮影の自由度が落ちるのですが、オート接写リングの場合、PENTAX67用の内爪式レンズのすべてに装着可能で、近接撮影を行なうことができるので結構重宝します(焦点距離600mm以上の超望遠レンズはバヨネットが外爪式になっており、それ用には外爪接写リングが用意されています)。
今回は内爪式のオート接写リングをご紹介します。
3つのリングで7通りの組み合わせが可能
一般的に接写リングは3個がセットになっているものが多く、PENTAX67用もNo.1~No.3までの3個で構成されています。いちばん薄いNo.1が厚さ14mm、次がNo.2で厚さ28mm、最も厚いのがNo.3で厚さ56mmです。厚さの比が1:2:4になっており、組み合わせを変えた時の厚さの変化が14mmステップになります。
これら3個のリングは自由に組み合わせることができ、その組み合わせは7通りあります。
<組合せ> <厚さ>
1 14mm
2 28mm
1+2 42mm
3 56mm
1+3 70mm
2+3 84mm
1+2+3 98mm
カメラ用のレンズは無限遠の時のレンズ繰出し量が最も少なく、被写体との距離が近くなるにつれてレンズの繰出し量も多くなるわけですが、最短撮影距離まで繰出すとそれ以上はヘリコイドが動かないようになっています。
カメラとレンズの間に接写リングを挿入することで、さらにレンズを繰出すことができるようになります。つまり、この接写リングの場合、最短撮影距離の状態からさらに14mmステップで最大で98mmまでレンズを繰出すことができるということです。
撮影距離の制約
では、接写リングを挿入することでどれくらいまで近接撮影ができるのか、PENTAX67用の標準レンズと言われている焦点距離105mmのレンズに接写リング3個を挿入した場合を例に計算してみます。
レンズから被写体までの距離a、レンズから撮像面(フィルム)までの距離b、およびレンズの焦点距離fの間には以下のような関係があります。
1/a + 1/b = 1/f ...式(1)
この式から、
1/a = 1/f - 1/b ...式(2)
となります。
詳細は下のページをご覧ください。
まずはレンズの距離指標を無限遠にした状態のときですが、接写リング3個重ねた時の厚さは98mmなので、
bは 105mm+98mm で203mm
fは焦点距離なので105mm
これらの値を上の式(2)にあてはめてみます。
1/a = 1 / 105 - 1 / 203
よって、a = 217.5
レンズから被写体までの距離aは217.5mmになります。
これにレンズから撮像面までの距離 105mm+98mm を加えた420.5mmが撮影距離になります。
次に、レンズのヘリコイドを目いっぱい繰出し、最短撮影距離である1mの指標に合わせた場合を計算してみます。
無限遠の状態から最短撮影距離の指標までヘリコイドを回すと、このレンズの繰出し量は14mmです。
すなわち、上の式のbの値は 105mm+14mm+98mm で、217mmとなります。
同様に上の式(2)にあてはめると、
1/a = 1 / 105 - 1 / 217
よって、a = 203.4
aは203.4mmとなり、これにレンズの繰出し量の217mmを加えた420.4mmが撮影距離になります。
つまり、焦点距離105mmのレンズに接写リング3個を挿入すると、ピントが合わせられる範囲は420.4mm~420.5mmということで、わずか0.1mm足らずの範囲しかないということになります。これは許容範囲がないに等しく、これが接写リングの自由度の低さだと思います。
参考までに、7通りの接写リングの組合せ時の撮影可能範囲を計算すると以下のようになります。
<組合せ> <撮影可能範囲>
1 631.8~1011.5mm
2 514.5~631.8mm
1+2 462.9~514.5mm
3 437.5~462.9mm
1+3 425.3~437.5mm
2+3 420.5~425.4mm
1+2+3 420.4~420.5mm
この値を見ていただくとわかるように、焦点距離105mmのレンズの場合、使用する接写リングの7通りの組合せによって、420.4~1011.5mmの範囲であれば無段階にピント合わせができるようになっています。
これをグラフに表すとこのようになります。
このようなグラフを使用するレンズごとに用意しておくと、撮影の際にどのような接写リングの組合せにすれば良いかがすぐにわかるので便利です。
接写リングによる撮影倍率
次に、接写リングを使用した場合の撮影倍率についても計算してみます。
撮影倍率Mは以下の式で求めることができます。
M = z’/f ...式(3)
ここで、z’はレンズの後側焦点から撮像面までの距離、fはレンズの焦点距離です。
詳細は下のページをご覧ください。
焦点距離105mmのレンズに、接写リング3個をつけた場合の撮影倍率を上の式(3)にあてはめて計算してみます。
まず、レンズを無限遠の指標に合わせた場合ですが、z’は接写リングの厚さに等しいので、No.1~No.3を装着した場合は98mm、fは焦点距離なので105mmです。
M = 98 / 105 = 0.93倍
となります。
また、レンズを最短撮影距離の1mの指標に合わせた場合、レンズの繰出し量は14mmなので、z’は 14mm+98mm で112mmとなります。
したがって、この時の撮影倍率は、
M = 112 / 105 = 1.07倍
となり、焦点距離105mmのレンズに3個の接写リングをつけると、およそ等倍の撮影ができるということです。
同様に、7通りの組合せ時の撮影倍率の計算を行なうと以下のようになります。
<組合せ> <撮影倍率>
1 0.12~0.27倍
2 0.27~0.40倍
1+2 0.40~0.53倍
3 0.53~0.67倍
1+3 0.67~0.80倍
2+3 0.80~0.93倍
1+2+3 0.93~1.07倍
接写リング使用時は露出補正が必要
レンズが前に繰り出されると撮像面の単位面積あたりに届く光の量が減少し、レンズの実効F値が暗くなるため、露出補正が必要になります。レンズのヘリコイド可動範囲内であれば露出補正量もわずかで誤差の範囲と言えますが、接写リングを挿入するとそういうわけにもいかず、露出補正しなければなりません。
露出補正倍数は下の式で求めることができます。
露出補正倍数 = (レンズ繰出し量/焦点距離) ^ 2 ...式(4)
焦点距離105mmのレンズにNo.1~No.3の接写リングをつけた場合の露出補正量を計算してみます。
まず、レンズの距離指標を無限遠に合わせた場合、レンズ繰出し量は焦点距離に接写リングの厚さを加えた値なので、105mm+98mm で203mmとなり、
露出補正倍数 = (203 / 105) ^ 2 = 3.74倍
の露出補正が必要ということです。
これは2段(EV)弱のプラス補正ということになります。
また、レンズの距離指標を最短撮影距離の1mに合わせた場合、レンズ繰出し量はさらに14mm加算されるので217mmになります。
同様に露出補正倍数を計算すると、
露出補正倍数 = (217 / 105) ^ 2 = 4.27倍
となり、これは2段(EV)強のプラス補正ということになります。
7通りの接写リングの組合せ時の露出補正倍数は以下のようになります。
<組合せ> <露出補正倍数>
1 1.28~1.60倍
2 1.60~1.96倍
1+2 1.96~2.35倍
3 2.35~2.78倍
1+3 2.78~3.24倍
2+3 3.24~3.74倍
1+2+3 3.74~4.27倍
自由度は低いがマクロ撮影のバリエーションは広い
接写リングをつけると無限遠などの遠景撮影ができなくなったり、一つの組合せで撮影できる範囲が非常に限定されたりしますが、マクロレンズ単体で使用するのに比べると撮影倍率ははるかに高くできます。
また、様々な焦点距離のレンズでの使用が可能なので、撮影のバリエーションも広がります。
とにかく撮影倍率を高くしたいのであれば、できるだけ焦点距離の短いレンズを使うことで実現できます。PENTAX67用で、フィッシュアイレンズを除く最も焦点距離の短いレンズは45mmですが、このレンズにNo.1~No.3の接写リングをつけた場合の撮影倍率は約2.27倍になります。
また、焦点距離の長いレンズにつけると前後のボケが非常に大きくなり、背景を簡略化したり、美しいグラデーションの中に被写体を浮かび上がらせたりすることができます。
下の写真は、焦点距離165mmのレンズにNo.3の接写リングをつけて撮影したものです。
撮影倍率は約0.5倍です。ピントが合っている部分はごくわずかで、画のほとんどがアウトフォーカスになっています。長めの焦点距離のレンズを使っているので、ボケも綺麗です。
一方で、ピントを合わせられる範囲も被写界深度も著しく浅くなるので、ピント合わせは慎重に行なわなければなりません。接写リングを3つも重ねるとピントの山がつかみにくくなるので、ピント合わせにも苦労します。
私は持っていませんが、接写リングの厚さを可変できるヘリコイド接写リングというものがあります。可変量はそれほど大きくありませんが、接写リングと組み合わせて使うと撮影可能範囲が広くなるので便利だと思います。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
マクロレンズがあれば接写リングを持ち出すこともないかも知れませんが、マクロレンズだけでは撮れないような写真を撮ることができるので、私は常にカメラバッグの中に入れています。
はめたり外したりが少々面倒くさいですが、それもまた手間をかけて撮影している実感があるということで、良しとしておきましょう。
(2022年3月20日)