フィルム写真やフィルムカメラの将来は悲観することばかりではない...のかも知れない

 フィルムや現像薬品の製造販売終了や値上げをはじめ、現像料金の値上げなど、フィルム写真に関する暗いニュースが後を絶ちません。その類いのニュースを見たり聞いたりするたびに暗い気持ちになり、いったい、フィルム写真はいつまで続けることができるのだろうか、もしかしたら数年後にはフィルムで写真を撮ることができなくなってしまうのではないか、といった不安がよぎります。
 私のような一消費者がどんなに心配しようがあがこうが大勢には全く影響がありませんが、じわじわと真綿で首を絞められるような感じを禁じえません。

 しかし、そんな気の重くなるようなニュースの陰にも、気持ちが明るくなるような話題が時々飛び込んでくることがあり、もしかしたらフィルムの将来にも希望が持てるのかも、と思わせてくれます。

 昨年(2022年)の暮れ、リコーイメージングが新たにPENTAXブランドのフィルムカメラを開発するプロジェクトをスタートさせたというニュースがありました。若い人たちの間でフィルムの人気が高まってきており、フィルムカメラの市場性はなくなっているわけではないという判断をされたのかも知れません。
 まだ正式に新製品の発売を約束するものではないとしながらも、一度終了したフィルムカメラを再度、しかも新規に開発するという取り組みに意表を突かれるとともに、胸がときめくような感じを受けました。「えっ!今のこの時代に本当にやるの?」という釈然としない気持ちと、「あっぱれ!ぜひとも実現してほしい」という期待が混ぜこぜになったような、何とも不思議な感覚でした。

 いくら若い年代に人気が高まったところで、デジタルカメラをひっくり返すほどのシェアになるとは思えず、そんな分野に本気で企業が投資をするのだろうかと考えてしまうのは私だけではないと思います。この新規事業に利益が見込めるのかどうか私にはわかりませんし、また、利益追求だけが企業の本分ではないとは思いますが、とはいえ、仮に利益の出ない事業だとしたら、それを継続することが大変なのは素人から見ても理解できます。
 一方で、フィルムカメラという素晴らしい文化や技術を後世に伝えていくという、カメラメーカーとしての使命を全うしようとしているのではないかと思ったりもします。

 いずれにしても、リコーイメージングという大きな企業が判断したことであり、外野がとやかく言うことではありませんが、個人的にはぜひ実現してほしいという願いがあります。いつ頃、どんなカメラが出てくるのかわかりませんが、しばらくはワクワクした気持ちを持つことができそうです。

 PENTAXと言えば、新宿にあったリコーイメージングスクエア東京(旧ペンタックスフォーラム)が昨年3月に閉じて、新たに7月から四谷に「PENTAXクラブハウス」という名前でオープンしました。ショールームやギャラリーだけでなく、交流の場のようなものをコンセプトにしているようです。
 私は昨年の秋に一度訪れただけですが、その時に印象に残っていたのが「フィルムカメラ体験会」というものでした。PENTAXのフィルムカメラを有償で貸し出して、フィルムカメラを実際に使ってもらおうという試みです。実際にどれくらいの申し込みがあったのかはわかりませんが、先月(2023年1月)から第2回目が開催されているようなので、好評だったのかもしれません。PENTAX 67Ⅱや645NⅡなど、なかなか手にする機会がないカメラも実際に使えるとあって、たとえ少しずつでもフィルムカメラの魅力が伝わっていくのであれば嬉しいことです。
 67Ⅱが5時間半で6,600円、これを高いと感じるか、安いと感じるかは微妙なところですが、四谷界隈でPENTAX 67Ⅱを持って撮り歩いている人の姿を見かけたら、ちょっと微笑ましくなりそうです。

 PENTAXが新たなフィルムカメラの開発プロジェクトをスタートさせたのは喜ばしいことですが、フィルムの供給は大丈夫なのかという心配は当然あります。リバーサルフィルムはまさに風前の灯といった状態ですが、モノクロフィルムはその種類が増えているようです。現在、手に入れることができるモノクロフィルムは国内、海外ブランドを含めて約120種類あるそうで、3年前よりも若干増えているとのこと。
 もちろん、120種類すべてがオリジナルというわけではなく、OEMのような形で供給されているものもたくさんあると思いますが、それでも種類が増えているというのは喜ばしいことです。

 比較的記憶に新しいところでは、日本の企業からMARIX(マリックス)というブランドで新たなフィルムが発売されたことです。中身はフォマのようですが、にしてもジャパンブランドのフィルムが増えたということは明るい話題です。
 また、2018年3月で出荷が終了していた富士フイルムのフジカラーSUPERIA X-TRA 400 の再販が開始されたのも最近のことです。海外製品を国内向けにしているようですが、ISO-400のカラーフィルムの選択肢が増え、PREMIUM 400よりも若干安く設定されており、フィルムの裾野が広がると良いと思います。

 富士フイルムの写ルンですやコダックのM35、i60など、お手軽にフィルム写真を楽しめるカメラの売れ行きも好調に推移しているようで、これらのおかげでカラーフィルムの出荷数が下げ止まっているという話しも聞きます。
 スナップ写真や旅行の写真など、大仰な一眼レフカメラを持ち歩くよりはスマートでおしゃれな感じがするのも確かです。デザインやカラーバリエーションも豊富で、つい買ってしまいたくなる、そんな魅力も感じます。
 スマホなどの綺麗なデジタル写真を見慣れた若い世代の人たちからすると、フィルム独特の柔らかさとか温もりのある写りが新鮮に感じられるのかもしれません。
 
 リバーサルフィルムにも明るい話題があると良いのですが、残念ながらこれといった喜ばしい話は聞こえてきません。原材料の調達が思うようにいかず安定供給ができていないようですが、一時的なものであってほしいと思います。

 昨年(2022年)、日本で唯一と言われている完全アナログな銀塩プリントをしてくれる会社、アクティブスタジオさんがクラウドファンディングを実施していました。内容は、ここにしかないミニラボ機QSS-23という機械の修理や、アナログプリントを続けていくための維持費などに充てるというものでした。
 当初の目標の1.5倍ほどの支援が集まったようで現在は終了していますが、これによってアナログプリント継続の危機を脱することができたようです。とはいえ 、またいつ故障するかもわからないし、代替部品の入手も困難になる一方のようで、気が抜けない状態は続くとのことです。

 アナログプリントに拘って継続されていらっしゃることにも頭が下がりますが、クラウドファンディングで支援してくれる人もいるということに明るい気持ちになりました。
 私は6~7年前に数回、プリントをお願いしたことがありますが、フィルムをスキャンしてデジタル化した後にプリントするという、現在は当たり前になっている写真と比べると、とても自然な発色をしていると感じました。昔のプリントはこんな感じだったのにと、ちょっとノスタルジックな気持ちになったのを憶えています。
 機械の修理がきかなくなったり、使用しているアナログ印画紙(富士フイルム製だそうです)がなくなっってしまえば同様のプリントは継続できなくなってしまいますが、一日でも長く継続できることを願っています。

 少し話しがそれますが、中国にChamonix(シャモニー)というブランドで大判カメラを作っているシャモニービューカメラという会社があります。
 20年ほど前に設立した会社らしいですが、実はずっと以前からここの大判カメラが気になっていました。木製カメラのようでありながらベースには金属が多用されていたり、何と言ってもカメラムーブメントがこれまでのカメラにはなかった発想で作られています。職人が一台々々丁寧に作っているという感じで、とても綺麗な仕上がりのカメラです。いつかは使ってみたいという思いがずっと続いています。
 生産台数がどれくらいあるのかわからないのですが、特に海外では人気があるようで常に売り切れ状態です。注文をしても順番の待ち行列の最後尾に置かれてしまい、いつ手に入るのかわからないといった状況のようです。
 また、4×5判だけでなく5×7判や8×10判、さらに大きな10×12判や11×14判、そしてとても珍しい14×17判などというカメラも作っているようです。
 大判カメラというニッチな市場ではありますが、現行品として製造販売が続いており、しかも順番待ちになるほど人気のある状況をみると、フィルムカメラもまだまだ捨てたものではないという気持ちになります。

 国内でもフィルム写真やフィルムカメラ、フィルム現像などのセミナーやワークショップ、撮影会やフィルムで撮影した写真展なども増えてきているように感じており、それぞれの活動は小さいかも知れませんが、フィルム写真やフィルムカメラに対する潜在的な市場は衰退の一途をたどっているわけでもなさそうです。
 フィルムの出荷がピークと言われた2000年頃の状態に戻るとはさすがに思いませんが、フィルム写真というものが残っていってほしいと切に願います。

(2023.2.3)

#PENTAX #ペンタックス #モノクロフィルム #Chamonix

フォーカシングスクリーンの視野率は、写真の出来を大きく左右する

 ミラーレス一眼レフのデジタルカメラは構造が異なっていますが、35mm判や中判のフィルム一眼レフカメラや二眼レフカメラ、あるいは大判カメラにはフォーカシングスクリーンがついていて、ここにレンズから入った光が結像するようになっています。大判カメラや多くの二眼レフカメラはフォーカシングスクリーンに映った像を直接見て、構図決めやピント合わせを行ないますが、一眼レフカメラの多くはアイレベルファインダーを通して見るような仕組みになっています。
 このように多少の違いはあれ、フォーカシングスクリーンに映った像を頼りに撮影することには変わりがありません。したがって、フォーカシングスクリーン上には、フィルムに記録されるのと同じように像が映されていないと具合が悪いわけですが、カメラによって映される範囲が異なっているのが実情です。

 カメラのカタログや取扱説明書を見ると、「ファインダー視野率 ○○%」という記載があります。これは撮像面(フィルム)に記録される範囲を基準にしたとき、フォーカシングスクリーン(ファインダー)で見ることの出来る範囲の割合を示したもので、100%であれば記録される範囲と見ている範囲が一致しているわけですが、100%より小さい場合は記録される範囲よりも狭い範囲しか見えていないことになります。反対に100%より大きければ、記録される範囲よりも広い範囲を見ているわけです。

 最近の一眼レフのデジカメはファインダー視野率100%というのが多いようですが、かつてのフィルム一眼レフカメラの場合、一部の機種を除いてファインダー視野率が90%台というのが多かったと記憶しています。
 何故、ファインダー視野率を低くしているのか本当の理由はわからないのですが、一説には、フィルムからL判などに機械焼き(いわゆるサービスプリントと呼ばれていたものです)する際に、周囲が若干カットされてしまうので、それを考慮してファインダーの視野率も下げているという話しを聞いたことがありますが、事実のほどはわかりません。

 理由はともかく、フォーカシングスクリーンの視野率が低いというのは撮影する側からするとあまり有り難くありません。
 因みに、私が愛用している中判カメラのPENTAX67は、アイレベルファインダーを装着した場合の視野率は約90%(カタログ値)です。
 PENTAX67のアパーチャーサイズ、すなわち、実際にフィルムに記録されるサイズは69.3mm x 55.5mmです。視野率が90%ということは、周囲が均等にカットされるとして、65.7mm x 52.7mmになってしまいます。つまり、横位置で構えた場合、フォーカシングスクリーンの左右それぞれが約1.8mm、上下それぞれが約1.7mmも見えていないということになります。

▲PENTAX67のフォーカシングスクリーン

 この値は誤差の範囲と思われるかもしれませんがそんなことはなく、例えば、中判(67判)の標準レンズと言われている焦点距離105mmのレンズで50m先の被写体を撮影する場合、フォーカシングスクリーン上の左右それぞれ1.8mmは、50m先の被写体の位置では約85cmにも相当します。これは決して誤差の範囲などではなく、大人一人が簡単に隠れてしまう横幅です。
 フォーカシングスクリーン上では見えていなかったのに、実際に出来上がったポジ原版を見たらしっかりとおじさんが写り込んでいた、なんていうことがごく当たり前に起きてしまいます。

 もちろん、写り込んでしまったのはおじさんが悪いのでなく、撮影するこちら側に全責任があるわけです。近くに人がいるときはフレーム内に入らないか確認すべきですし、もし入りそうであれば通り過ぎるまで待つべきなのですが、つい撮り急いでしまったりするとこのようなことが起こり得ます。実際に私も何度か経験をしています。
 また、人がいなくても目に見えている範囲よりも実際に写る範囲の方が広いわけですから、構図を決める際にカメラを上下左右に振りながら確認しなければならないので、とても煩わしいです。右方向を確認するためにカメラを右に振ると左側が切れていってしまいますし、上下に関しても然りであり、フィルムに記録される全景を一度に見ることができないわけですから結構なストレスです。

 端の方に余計なものが写り込んだらトリミングすれば済む話ですが、リバーサルフィルムを使っているとそれを容認できなくなってしまいます。リバーサルフィルムの場合、現像が上がった時点で完成形となるので、そこに余計なものが写っているとそのコマは失敗作となってしまいます。
 最近はなくなってきましたが、以前は写真コンテストなどでもポジ原版(スライド)をそのまま応募する形式のものが結構ありました。余計なものが写っているからと言ってポジ原版をハサミやナイフで切ってしまうわけにはいかないので、すなわち、応募に値しない失敗作ということになってしまいます。
 そのような経験をしてきていることも理由かもしれませんが、ポジ原版上で完成させないと気が済まないという、とても面倒くさい状態になっているわけです。

 私が普段使っているカメラは、中判のPENTAX67と大判(4×5判)のカメラです。
 PENTAX67もアイレベルファインダーをつけた状態ですと視野率は約90%になってしまいますが、これを取り外してフォーカシングスクリーンを直接見るようにすると、視野率が100%にかなり近づきます。
 大判カメラの視野率もすべて同じというわけではなく、機種によって微妙に違っています。

▲Linhof MasterTechnika 2000 のフォーカシングスクリーン

 ということで、私が持っているカメラのフォーカシングスクリーンのサイズと視野率を実測してみました。
 まず、アパーチャーサイズ(フィルムに記録されるサイズ)は以下の通りです。

  PENTAX67 : 69.3mm x 55.5mm
  4×5判フィルムホルダー : 120.1mm x 96.1mm

 これに対して、今現在、所持しているカメラのフォーカシングスクリーンのサイズを実測したのが以下の通りです。

  PENTAX67 : 69.6mm x 54.0mm
  Linhof MasterTechnika 45 : 121.4mm x 98.4mm
  Linhof MasterTechnika 2000 : 120.3mm x 97.1mm
  WISTA 45 SP : 120.1mm x 99.7mm
  タチハラフィルスタンド 45Ⅰ : 120.0mm x 94.6mm

 この値から視野率を計算すると以下のようになります。

  PENTAX67 : 97.7%
  Linhof MasterTechnika 45 : 102.5%
  Linhof MasterTechnika 2000 : 101.2%
  WISTA 45 SP : 103.7%
  タチハラフィルスタンド 45Ⅰ : 98.4%

 縦と横とで比率は異なっていますが、フォーカシングスクリーン全体の視野率を見るとこんな感じになっています。

 リンホフとウイスタはわずかですが100%を上回っています。リンホフMT45とMT2000は同じだと思っていたのですが、実際にはごくわずかに違いがあるようです。
 一方、タチハラは短辺が少しカットされる状態になっています。

 個人的には視野率は100%を上回っているのがありがたく、できれば110%くらいあると理想的だと思っています。理由は、実際に写り込むよりも少しだけ広い範囲が見える方が構図決めがし易いからです。フィルムに納まる範囲のちょっと外側に何があるかがわかることで、もう少し右に振るか左に振るか、あるいは上、または下に振るかを判断することができます。これによって、フィルムの上下左右や四隅を曖昧な状態にせずに、意識を配ってきちんとまとめることができるのはとても大事なことだと思っています。
 また、フィルムの端の方や隅に余計なものが入り込むのを防ぐのはもちろんですが、中途半端な入り方になってしまうのを防ぐこともできます。
 例えば、隅の方に太い木の枝がほんの少しだけ入ってしまうなんてことは有りがちですが、これは出来上がった写真(ポジ)を見た時にとても気になります。撮影の際にはそこに気が回らなくて起きてしまう失敗ですが、これもフィルムに写り込む範囲よりも少し広く見えていれば防ぐことができます。
 隅の方に写った木の枝なんてどうってことないと思うかも知れませんが、そんなことはなくて、周辺部まで気配りの行き届いた写真とそうでない写真を見比べると、カメラの位置や向きがほんのちょっと違っているだけなのに、写真から受ける印象はずいぶんと違ってきます。

 リンホフもウイスタも視野率100%を上回っているとはいえ、ゆとりをもって周辺を見ることができるほどの大きさはありません。それでも周辺部がカットされているよりははるかに構図決めはし易いです。
 そういった点からすると、大判カメラにロールフィルムホルダーを装着しての撮影というのは極めて理想的と言えます。精度の問題はありますが、レンジファインダーカメラのブライトフレームの外側も見えているのと同じ感覚です。
 視野率を高くしようとするとフォーカシングスクリーンのサイズを大きくしなければならず、そうでなくても図体の大きな大判カメラはますます大きくなってしまいます。また、シートフィルムホルダーの規格もあるので無暗に大きくもできなのでしょうが、視野率にゆとりのあるフォーカシングスクリーンによる恩恵は大きいと思います。

 カメラを持ち出すたびに、フォーカシングスクリーンの視野率を高める方法はないものかと思案を巡らせる日が続いています。

(2022.12.24)

#フォーカシングスクリーン #PENTAX67 #Linhof_MasterTechnika #WISTA45

昔のジャンクフィルムカメラを直して使えるようにする

 東京には中古カメラ店がたくさんあり、新宿、銀座、秋葉原から上野界隈は特に中古カメラ店が集中しているエリアです。
 私もときどき、中古カメラ店をはしごしたり、ネットオークションで中古カメラを物色したりしますが、どうしても手に入れたいカメラやレンズを探し回ることとは別に、特段の目的もなく中古カメラを見て回るということも少なくありません。中古カメラ店にも様々なタイプがあり、中古とはいえ、新品と見まがうような程度の良いものばかりを置いているお店もあれば、ジャンク品も含めて何でもありというディープなお店もあります。

 中古カメラ店もビジネスですから、いろいろな経営スタイルがあって当たり前ですが、私はジャンクもパーツも何でもありの混沌とした(失礼)お店が好きです。陳列棚の中に並べきれず、カメラの上にカメラを重ね、棚の奥の方には何があるのかわからないというような状態がとてもワクワクします。たぶん、何年もの間、来店した客から手に取ってもらうことはおろか見てもらうこともままならず、棚から取り出されることもなくじっと佇んでいたカメラやレンズがたくさんあるのではないかと思います。そして、そういった中にお宝のようなものがあるのではないかと思うと心が震えます。

 実際にそういう中古カメラ店の棚の奥の方には、半世紀以上も前に作られたカメラがあったりします。また、ネットオークションでもそのようなカメラが出品されていることは珍しくありません。
 しかし、概してこのようなカメラは捨て値同然の価格がついていることが多く、安いとはいえ購入したところで、多くはそのまま使える状態でないことは想像に難くありません。シャッターが切れないとか、低速シャッターが粘る、レンズにカビや曇りがある、ボディに錆や凹みがある等々、いくつもの症状がもれなくついてくるのはごく自然の成り行きです。

 しかし、こういったカメラたちも綺麗に清掃したり、壊れているところを修理したりすれば、立派に使えるカメラになる可能性は十分にあります。レンズに大きな傷がついていたり、ボディがぼこぼこに凹んでいたり、あるいはパーツが破損していたりすると素人が直すのは困難ですが、少々汚れていたり動作が不安定という程度であれば、私のような素人でも修理の可能性は大です。ただし、最近のカメラのように電子回路などが組み込まれていると、たぶん私には修理は無理で、100%機械式のカメラに限られます。

 そんな昔のジャンクカメラを中古カメラ店やネットオークションなどでゲットし、清掃したり修理したりして使えるカメラにするということにささやかな楽しみを感じてしまいます。
 私が対象としているのは主に35mm判カメラと中判カメラですが、何十年も前のカメラの中には国産、舶来を問わず、見たことも聞いたことのないメーカーやブランドがあって、いつ頃に作られたのか、どんな会社が作っていたのか、あるいは、実際にどのような人が購入して使っていたのかなど、興味が尽きません。もちろん、いろいろ調べてみても多くの情報は得られないこともありますが、こんなカメラが存在していたんだという新たな発見は、私にとってとても新鮮に感じられます。

 レンズの汚れやカビ、曇りなどは完全に取りきれないことも多いですが、根気よくやればずいぶんと綺麗になります。フォギーフィルターでもかけたような写真になるだろうと思われるほど汚れたレンズでも、清掃してすっきりとクリアになったのを見ると、なんだかとてもいい写真が撮れるのではないかという期待感が頭を持ち上げてきて、修理にも力が入るというものです。
 また、シャッターまわりの不調がいちばん多いのですが、破損しているものは稀で、ほとんどが長年使用されなかったことによる動作不良です。分解して清掃し、必要に応じて注油などをすれば正常に動作するようになります。

 可動部分が正常に動くようになると息を吹き返したように感じるもので、機械ものとはいえ、命が宿っているように思えるものです。

 一通りの動作確認が済めば試し撮りです。
 中判の場合は120フィルムを使って、66判であれば12枚の撮影なので実写確認には手ごろな枚数ですが、35mm判の場合、昔のように12枚撮りというフィルムがないので長尺から10枚分ほどの長さを切り出してパトローネに詰めて使います。
 こうして撮影、現像したフィルムのコマを一つひとつルーペで見たり、スキャンしてPCの画面に映したりしながら、写り具合や光線漏れの有無などを確認します。画質の良し悪しはともかく、まともに撮影できる状態になったのを目の当たりにすると、何とも言えず嬉しい気持ちになります。

 最後はお化粧です。古いカメラなので貼り革が剥がれていたり劣化していたりしているので、新しいものに貼替えます。
 実は、ここまでの工程でいちばんお金がかかるのがこの張り革の交換です。カメラ自体は捨て値同然の価格で手に入れているのですが、張り革は購入しなければならず、これがカメラ以上に高額(といっても千数百円ですが)になってしまいます。
 黒く艶のある新しい張り革に交換したカメラは見違えるように綺麗になります。貼り革のシボ加工はオリジナルのものとは変わってしまいますが、新しいものは気持ちが良いものです。

 さて、綺麗になって使えるようになったこれらのカメラですが、それ以降は自分で使うことはなく手放してしまいます。
 私の場合、そもそもが自分で使うために直すのではなく、ジャンクを使えるようにするということが目的なので、修理や清掃が終わってしまうとすっかり出番がなくなってしまいます。手元に置いておいてもディスプレイになってしまうだけなので、有効に使ってもらえるところに行った方がカメラも幸せだろうとの思いです。

 中古カメラ店にもネット上にも中古カメラがあふれていて、程度の良い中古品は市場でも動きが早い印象がありますが、ジャンクカメラは滞留している度合いが強いように思います。自分で修理するためのジャンクカメラを探すにはとても恵まれた状態です。
 中古市場からジャンクカメラを購入し、それを直してまた市場に戻すということをビジネスにしているわけではなく、それまで見向きもされなかったジャンクカメラを修理して使えるようになることで、誰かが手に取ってくれるとしたら、それはとてもありがたいことです。

 機械仕掛けだけで動くカメラというのは本当によく考えられていて、あちこち錆だらけでボロボロになっているとか、修理不能なほど破損しているとかいうものはそれこそ不燃物としてやがて廃棄されてしまうかも知れませんが、そうでなければ修理して使うことができる素晴らしい工業製品だと思います。特に昔のカメラの場合、ハイテクが詰まった今のカメラとはまた違った技術の結晶のようなものが感じられ、ほれぼれとしてしまいます。

 私も修理のプロではないので、直そうとして分解したところ、どうしても元に戻すことができずにオシャカにしてしまったということもあります。しかし、そういうカメラは廃棄せずに分解したパーツがなくならないように箱に入れて保管してあります。いつか、元に戻せる日が来るのではないかという淡い期待とともに。

(2022.11.3)

#ジャンクカメラ #中古カメラ

いつもと違うカメラを使えば、いつもとは違った写真が撮れる? 9割の錯覚と1割の真実

 最初にお断りをしておきます。この内容はまったくもって私の個人的な主観であって、これっぽちの客観性もないことをあらかじめご承知おきください。
 また、本文の中で、「写りの違い」とか、「写真の違い」というような表現がたくさん出てきますが、「写りの違い」というのはレンズやフィルムによって解像度やコントラスト、色の階調等の違いのことで、使用する機材によって物理的に異なることを指しています。
 一方、「写真の違い」というのは、機材に関係なく、どのような意図で撮ったとか、その写真を通じて何を伝えたかったのかということであり、抽象的なことですが、このタイトルの「いつもとは違った写真」というのは、これを指しています。

 私が撮影対象としている被写体は自然風景が圧倒的に多く、使用するカメラは大判、もしくは中判のフィルムカメラです。大判カメラも中判カメラもそれぞれ複数台を持っていますが、いちばん出番の多いカメラ、すなわち、メインで使っているカメラはほぼ決まっていて、大判だとリンホフマスターテヒニカ45、中判だとPENTAX67Ⅱといった具合です。
 フィルムカメラというのは、特に大判の場合、カメラが変わったところで写りが変わるものではありません。中判カメラや35mm一眼レフカメラで、シャッター速度設定をカメラ側で行なう場合はそれによる影響がありますが、同じレンズを使い、シャッター速度を同じにすれば違いは出ないと思われます。

 また、大判カメラであちこちにガタが来ていてピントが合わないというような場合は論外として、普通に問題なく使用できる状態であれば、リンホフで撮ろうがウイスタで撮ろうが、レンズが同じであれば同じように写り、撮影後の写真を見て使用したカメラを判断することは困難です。大判カメラの特徴であるアオリの度合いによって多少の違いは生まれますが、写真を見てカメラを特定できるほどではないと思います。

 一方、大判カメラも中判カメラも複数のフィルムフォーマット用が存在しており、フィルムフォーマットが異なれば同じポジションから同じようなフレーミングや構図で撮っても、出来上がった写真のイメージはずいぶん異なります。撮影意図によってフォーマットを使い分けることがあるので、フォーマットの異なるカメラを複数台持つことはそれなりに意味があることだと思います。

 しかし、同じフィルムフォーマットのカメラを複数台持っていたところで、カメラによって写りが変わるわけではないのは上に書いた通りです。にもかかわらず、なぜ複数台のカメラを持つのでしょうか?
 私の場合、中判(67判)のPENTAX67シリーズを3台、4×5判の大判カメラを4台持っています。
 PENTAX6x7も67も67Ⅱもレンズは共通で使えるし、細かな操作性の違いはあるものの、ほぼ同じ感覚で使うことができます。大判カメラについても然りです。

 現在、私の手元にあって現役として活躍している大判カメラは、リンホフが2台、ウイスタとタチハラがそれぞれ1台です。過去にはナガオカやホースマン、スピードグラフィクスなども使っていたことがありますが、手放してしまいました。
 現役の4台のカメラはいずれもフィールドタイプなので、操作性に多少の違いはあるものの、蛇腹の先端にレンズをつけて、後端にあるフォーカシングスクリーンでピントを合わせるというのは共通しています。当然、どのカメラを使っても写りに違いはありません。

 ということを十分に承知をしていながら、私の場合、メインで使っているカメラはリンホフマスターテヒニカ45(リンホフMT-45)で、撮影に行くときに携行する頻度がいちばん高いカメラです。
 なぜ、このカメラをメインで使っているかというと、いちばん長く使っていることもあって使い慣れているということが大きいと思います。加えて、カメラ全体がとてもスマートでありながら作りがしっかりとしていて、まるで、シュッと引き締まった鍛え抜かれたアスリートのような感じがして、そのフォルムの美しさに魅了されているというのも理由の一つかも知れません。
 どのカメラでも同じとはいいながらリンホフMT-45を多用するのは、一言でいえば、どこに持ち出しても安心して使うことのできる、信頼性の高いオールマイティー的な存在だからと言えます。

 リンホフのもう1台のカメラ、リンホフマスターテヒニカ2000(リンホフMT-2000)は、リンホフMT-45に非常によく似ていて、細かな改良は施されていますが使い勝手などもほぼ同じカメラです。唯一、大きな違いは、カメラ本体内にレンズを駆動する機構が組み込まれていて、短焦点レンズが使い易くなったという点です。
 MT-45とほぼ同じ感覚で使うことができるのですが、デザイン的にも洗練されているところがあり、私からするとちょっとお高く留まった優等生といった感じがします。「つまらない駄作を撮るために私を持ち出すんじゃないわよ!」と言われているようで、リンホフが2台並んでいても、普段使いの時は自然とMT-45に手が伸びてしまいます。
 ただし、絶対に失敗したくない撮影とか、ここ一番というような、妙に気合を入れて撮りに行くときなどはMT-2000を手にしてしまいます。MT-45なら失敗が許されるのかというと、そういうわけではないのですが、MT-2000を持ち出すと、撮影に対する意気込みのようなものが違う気がします。まるで勝負パンツのようなカメラです。

 さて、3台目は国産の金属製フィールドカメラ、ウイスタ45 SPですが、リンホフマスターテヒニカにどこか似ている気がしていて、リンホフと同じような感覚で操作することができます。しかし、細かいところの使い勝手などに工夫がされていて、日本製らしさが漂っているカメラです。慣れの問題もありますが、使い易さはウイスタ45 SPの方が勝っているかも知れません。
 リンホフマスターテヒニカに似てはいますが、リンホフのような洗練されたスマートさには及ばないところがあり、リンホフがシュッと引き締まった現役のアスリートだとすると、ウイスタ45 SPは現役を引退して、体のあちこちにお肉がついてきてしまった元アスリートといった感じです(実際のところ、リンホフよりも少し重いです)。しかし、そのぽっちゃり感というか無骨な感じに親近感が湧き、どことなく愛嬌のあるカメラです。
 あまり気張ることなく、気軽に大判カメラに向えると言ったらよいかも知れません。ミリミリと追い込んでいくというよりも、歩きながら気になった景色があったら撮ってみる、というような時などに持ち出すことの多いカメラです。

 そして、私が持っている現役の大判カメラの4台目、タチハラフィルスタンド45 Ⅰ型は木製のフィールドタイプのカメラです。1980年代半ば頃に製造されたのではないかと思われ、40年近く経過しているので、それなりに古いカメラです。レンズを左右に移動するシフト機能がないくらいで、リンホフやウイスタと比べても機能的にはまったく遜色のないカメラです。北海道にしか自生していないといわれる朱里桜という木を用いて作られているらしく、材料の調達からカメラの完成まで4年以上かかるそうです。
 タチハラに限らず木製カメラに共通して言えるのは、木のぬくもりが感じられることです。職人さんの魂が宿っているようにさえ感じてしまいます。
 だからというわけでもないのでしょうが、このカメラを持ち出すときは、どことなく懐かしい感じのする風景を撮りたいときです。きれいな風景というのは結構たくさんありますが、懐かしさを感じる風景というのは比較的少ないのではないかと思い、そんな風景に似合うカメラはこれじゃないか、という感じです。

 このように、4台の大判カメラを持っているのですが、カメラに対する想いとか、カメラに対して抱いている自分なりのイメージというものがあり、それなりに使い分けているところがあります。ただし、それらは私個人が勝手に思い描いているものであり、最初からそのような使命をもってカメラが作られたわけではないというのは言うまでもありません。
 そして、もちろん懐かしさの感じる風景をリンホフで撮れないわけでもなく、ここ一番という写真をウイスタやタチハラで撮れないわけではありません。どのカメラを使おうが、同じレンズであれば同じように写るので、自分がカメラに対して抱いている想いと出来上がった写真とが一致しているか、そういったことが写真から感じられるかというと、実際のところほとんどそんなことはありません。
 すなわち、カメラを変えても写りに違いはないのと同じで、カメラを変えれば写真表現にも変化があるのではないかと思うのは、9割以上は自分の思い過ごし、自己満足、錯覚であろうということです。

 自分で撮影した写真のポジを見れば、どのカメラで撮ったのか大体はわかります。わかるというのは写真からそれが伝わってくるということではなく、使ったカメラを覚えているからというのが理由です。ですが、中にはどのカメラで撮影したかを忘れてしまっているものもあり、それらについては撮影記録を見ないとわかりません。
 つまり、そのポジを見ただけで使用したカメラがわかるわけではないということからも、多くは思い過ごしや錯覚であることが裏付けられています。

 しかしながら、残りの1割、もしくはそれ以下かも知れませんが、カメラを変えることで撮影時の気持ちや意気込み、あるいは画の作り方に違いがあることも事実です。カメラを変えたところで、そうそう写真が変わるわけでもないと言いながら、カメラによって気持ちが変わるという、なんとも矛盾した精神状態です。
 高いフィルムを使っているのだから、常にここ一番という気持ちで、勝負パンツのようなリンホフMT-2000を常用すれば、どんなシチュエーションにも対応できるじゃないかというのも一理ありますが、多分、常にMT-2000だけを使っていると、ここ一番という気持ちが薄れていってしまうのではないかという気がします。勝負パンツは毎日履かないからこそ意味があるのと一緒かも知れません。
 ミリミリと追い込んだ写真というのは気持ちの良いものですが、若干のスキのある写真というのも見ていてホッとするところがあり、一概に良し悪しをつけられるような性質のものではありません。

 いつもと違うカメラで撮ってみたところで、それが写真にどの程度の影響が出るのかわかりませんが、撮影するときの気持ちのありようというのは大事なことだと思います。もちろん、カメラを変えなくても気持ちのありようを変えることはできるかも知れませんし、何台ものカメラを持つことの大義名分を無理矢理こじつけているだけかも知れません。ですが、機材によって被写体に向かう気持ちに変化があるのであれば、何台ものカメラを持つことも、あながち無意味と言い切ることもできないのではないかと思うのであります。

 自動車の場合、自分の運転技術は変わらないのに、パワーのある車や走行性能に優れている車に乗ると、あたかも自分の運転がうまくなったように錯覚することがあります。自動車は性能そのものが走行に直結しますが、フィルムカメラ、特に大判カメラは機能や性能が優れていても写真そのものには直接的に影響しないので、自動車の場合とは少し事情が違います。
 しかし、同じ風景であってもカメラを変えれば撮り方が変わる、その感覚の9割以上が錯覚であっても、そんな中から何か自分なりの新しい発見があれば、それはとても新鮮な出来事に感じられると思います。

 つらつらと他愛のないことを書いていると、今まで使ったことのないカメラが欲しくなってきました...

(2022.9.4)

#リンホフマスターテヒニカ #ウイスタ45 #Linhof_MasterTechnika #WISTA45 #タチハラフィルスタンド

写真・映像用品年鑑(写真・映像用品総合カタログ)が、驚くほど薄くなった!!

 写真やカメラに興味をお持ちの方であればご存じかと思いますが、一般社団法人 日本写真映像用品工業会というところが毎年発行してる「写真・映像用品年鑑」という冊子があります。工業会に加入している企業が製造・販売している写真用機器などが掲載されている総合カタログです。国内で販売されているカメラ用品や写真用品の多くが網羅されており、安価ということもあり、便利な冊子です。年一回、2月ごろに発行されるのですが、毎年購入する必要もないので、私は数年ごとに購入していました。

 先日、新宿のカメラ屋さんに立ち寄った際、この冊子の2022年度版が置いてあったので久しぶりに購入してみようと思い、手に取ってビックリしました。冊子がぺらっぺらに薄くなっています。パラパラっと中を見たところ、厚さだけでなく内容も随分希薄になったなという印象です。
 お金を出して買うほどのものではないと思い、棚に戻そうとしましたが、時代の流れを反映しているような薄い冊子に何だか興味が湧いて購入してしまいました。510円(税込)でした。

▲写真・映像用品年鑑 左:2022年度版 右:2016年度版

 私が初めて写真・映像用品年鑑を買ったのはずいぶん前のことで、いつだったのかは覚えていませんが、少なくとも20年以上は経っていると思います。
 新しいのを購入すると、ひとつ前の号を残して二つ前の号は廃棄してしまいます。数年に一度しか購入しないので、いま手元に残っている最も古いのは2016年度版(No.46)です。
 2016年度版を購入した時も、それまでのに比べると薄くなったという感じはしたのですが、それとともに、掲載されている商品の写真や文字がすごく小さくなり、ずいぶん見難くなったと感じたのを覚えています。とはいえ、掲載されている情報量が特に減ったという印象はありませんでした。経費削減のためにページ数を減らし、見易さを犠牲にしたのだろう程度に思っていました。

 ところが、今回購入した2022年度版はページ数も情報量も格段に減っています。昨年も一昨年も、その前も購入していないので、徐々に薄くなったのか、急激に薄くなったのかわからないのですが、来年は消えてしまうのではないかと思ってしまうほどです。新聞の折り込み広告などにまぎれて古紙回収に出されても気がつかないのではないかというくらいの薄さで、まさに風前の灯火といった感じです。

 手元にある中でいちばん古い2016年度版と、今回購入した最新の2022年度版を比較してみました。

  ・総ページ数 : 352ページ –> 88ページ
  ・カタログページ数 : 292ページ –> 41ページ
  ・掲載企業数 : 42社 –> 12社
  ・工業会会員数 : 51社 –> 40社

 2016年からの6年間で、冊子の厚さ(ページ数)は約1/4に、カタログが掲載されているページ数は1/7以下に、掲載している企業数も1/4近くまで減少しています。掲載企業数が12社というのはまさに驚きです。
 掲載されている商品(アイテム)数も非常に少なくなっているし、カタログページよりも他のページの方が多いという状況で、もはや「年鑑」とか「総合カタログ」と呼べる内容ではないというのが正直な感想です。
 代表的なところを挙げてみると、これまでかなりのページ数を使って掲載していたケンコー・トキナー、スリック、富士フイルム、近代インターナショナル、ユーエヌなどは数ページに減少してしまい、エツミ、ベルボン(今はハクバになっていますが)、ハクバ、マルミなどは掲載すらされていません。
 価格も昔は300円くらいだったと記憶しているのですが、それと比べるとかなり値上がりしています。
 あまり意味があるとも思えませんでしたが厚さを測ってみたところ、2016年度版は10mmちょうど、2022年度版はわずか2.9mmでした。

▲写真・映像用品年鑑 上:2022年度版 下:2016年度版

 数年の間に何故ここまで薄くなってしまったのかということについては想像に難くなく、ネットで大方の情報を得ることができるようになった現在、このような総合カタログの必要性が薄れてきていることが大きな原因であろうと思われます。
 たくさんの企業の商品が掲載されている分厚いカタログをめくるよりも、パソコンやスマホで自分の見たいもの、知りたいことを検索したほうがはるかに早いし、何よりお手軽です。しかも、企業が提供しているサイトの方が圧倒的に詳しい情報を得ることができます。

 また、カタログの制作には時間もかかるしお金もかかります。昔のように商品の情報を伝える術が限られていた場合は、お金をかけても情報が集約された総合カタログのようなものは有効だったのでしょうが、今は状況が変わってきています。時間やコストをかけても効果性や効率性が期待できないということでしょう。

 そして、冊子の厚さ以上に気になるのが、日本写真映像工業会に加盟している企業数の減少です。
 写真用品や映像用品の製造・販売をしている企業数がどれくらいあるのかわかりませんが、写真業界の動向調査やカメラ業界に関する白書などを見ると、売上が減少したり、倒産したという企業が増えていることは事実のようです。そういったことが大きな原因になっているとは思いますが、6年間で2割も減ってしまうというのは驚きです。
 それまではなくてはならないとされていたものが、カメラがデジタル化されたことによって不要になったというものはかなりの数に上ると思われます。フィルムが最たるものでしょうが、レンズ用のフィルターとか、ストロボなどの照明機器、写真をパソコンなどで見ることが当たり前になったことでアルバムや額縁等々、非常に広範囲に影響が及んでいると思います。
 もちろん、新しい市場も形成されているわけですが、全体としての規模は確実に縮小しているのは間違いのないことなのでしょう。

 そういった環境の変化が及ぼす影響は大きいと思われ、写真・映像用品年鑑に掲載されている企業数も商品数も格段に減ってしまいましたが、掲載されている内容を見ると、全商品を掲載するよりは主力商品や特徴的な商品などに絞っているのと、商品そのものよりも企業のイメージを前面に出しているものが増えている傾向にあるという印象を受けます。商品の詳細は自社のホームページで紹介しているので、そちらを見てくださいという思いなのかもしれません。

 日本写真映像工業会という社団法人は1961年の設立らしいので、今年で61年という歴史ある団体です。活動内容についてはあまり詳しくありませんが、写真用品の認知向上や普及、品質向上、業界の発展ということを大きな目的にしていたことは間違いないと思います。
 その中の具体的な活動の一つとして、写真・映像用品年鑑の発行があったと思うのですが、時代の流れとは言え、あまりの変貌ぶりと言えます。私は4年ぶりの購入なので、一層その感が強いのかも知れませんが、毎年、目にされていらっしゃった方々にとってはじわじわと感じられていたことと思います。

 以前のように、300ページも400ページもあったカタログは、特に目的があるわけでもないのですがページをめくっていくこと自体に楽しみがあり、小さな写真と文字で紹介された各社の商品の中から新しい発見があるというのも総合カタログの持つ魅力だったと思っています。
 ただし、それは膨大な量の商品が掲載されているからこそであって、情報量が少ないとその魅力は一気に色褪せてしまいます。
 また、私のようにフィルム写真をやっている立場からすると、ページ数の少ない最新のカタログを見ても自分が使いたいと思うものがあまりなく、昔のカタログの中にこそ自分の使いたいものがゴロゴロしています。

 とはいえ、こんなに薄くなっても発刊し続けるということに対して頭が下がりますし、何十年も発刊し続けてきたことへの誇りのようなものも感じずにはいられません。長きに渡って写真用品の業界に大きな影響を与えてきたことは紛れもない事実だと思います。
 個人的には、以前のようにたくさんの情報が詰まった総合カタログの存在は大歓迎なのですが、継続していくことの大変さ、難しさを垣間見たような気がしました。
 毎年購入するわけではありませんが、来年(2023年)度の写真・映像用品年鑑は発行されるのだろうかと、今回購入した2022年度版を見ているととても気になってしまいます。

 因みに、写真・映像用品年鑑は日本写真映像工業会のホームページから無料で閲覧することができます。ただし、商品カタログ以外のページ(「写真が上達するコツ」、「撮影・写真用品の基礎知識」、「フォト検通信」など)は掲載されていませんでした。

(2022.7.16)

#カメラ業界

美しい風景なのに、撮影したらとってもつまらない写真に...

 私がリバーサルフィルムを多用している理由は、何と言っても色の再現性というか、美しい発色によるところが大きいです。もちろん、肉眼で見たのとまったく同じ色合いになるわけではなく、そのフィルムなりの特性があるわけですが、ポジ原版を見た時の美しさは格別のものがあります。

 今から十数年前に製造を終了してしまいましたが、コダック社製の「コダクローム」というリバーサルフィルムがありました。発色現像液中にカプラーを混入して処理する「外式」という方式のフィルムで、それが理由なのかどうかはわかりませんが、とてもコクのある発色をするフィルムでした。日本国内でも現像できるラボは限られており、現像が上がってくるまでの時間も他のフィルムに比べて長くかかりましたが、他のフィルムでは見られない発色に魅了されて使い続けていました。

 これに対して富士フイルムの製品はどちらかというと鮮やかな発色をするフィルムで、特に風景写真用として愛用している人はたくさんいました。もちろん、光の状態や気象条件などによって異なりますが、実際に肉眼で見るよりも綺麗に写るという表現も決して過言ではないという印象です。フジクロームというフィルムの鮮やかな発色の傾向は製品がモデルチェンジされるごとに強化された感じですが、ベルビアというフィルムをピークに、それ以降は抑えられたように思います。
 とはいえ、現行品であるベルビア100やプロビア100Fも十分に鮮やかな発色をするフィルムであることには違いありません。その鮮やかさゆえか、現像後のポジ原版をライトボックスで見ると、撮影時の現場の映像が見事によみがえってくるという感じです。

 私が写す被写体は山とか渓谷が多いのですが、四季折々の美しさがあり、あっちもこっちもシャッターを切りたくなります。肉眼で見てももちろん綺麗なのですが、カメラのファインダー越しに見るとまた違った美しさがあります。肉眼だとほぼパンフォーカス状態で見えますが、ファインダー越しだとピントの合う範囲は限られてしまい、ボケの中に被写体が浮かび上がっているように見えることが理由の一つかもしれません。
 被写体に振り回される、という言い方をすることがありますが、まさにそれに近い状態になってシャッターを切りまくってしまうなんていうことも少なくありません。いい写真が撮れているに違いないという、何の根拠もない変な自信のようなものに後押しをされながら、現像後のポジ原版を頭の中に描きながらバシバシと...

 しかし、そういう状態で撮影したものに限って現像後のポジを見ると、こんなはずではなかったと打ちのめされることがしばしばあります。

 例えば下の写真です。

 これはずいぶん前に撮ったものですが、新緑がとても鮮やかで、青空とのコントラストも川の流れも美しく、まさに初夏の風景といった感じの場所でした。しかし、写真を見ると全くどうってことありません。新緑の山とか青空の色は確かに綺麗なのですが、写真としては何の魅力もないというか、「あ、そう。で?」という感じです。撮るときはそれなりに手ごたえのようなものを感じていたのではないかと思うのですが、出来上がりとのギャップの大きさに愕然とした記憶があります。
 このようなことは何も新緑の風景に限ったことではありません。一面に咲くお花畑のようなところでも起きるし、紅葉の風景でも雪景色でも起こりえます。
 こうした駄作はポジ自体を廃棄してしまっていたのですが、なぜかこのポジはしぶとく残っていました。

 なぜこのようなことが起きるのか、自分で撮影をしておきながらこういった写真を見るたびに考えされたものです。フレーミングが悪いとか構図がなっていないといえばそれまでですが、そんな一言で片づけられるのとはちょっと違うと思います。

 肉眼の時は3次元の状態で見ていますが、これが写真になると当然、2次元になってしまいます。しかも、二つの眼で見ているのに対してカメラのレンズは一つですから、奥行きに対する情報が欠落してしまうわけで、これがつまらない写真を作り出す大きな原因ではないかと思われます。
 一方で、同じ場所でもステレオ写真にしたものを見ると立体感が感じられ、普通の写真を見た時とは全く違った風景に見えます。これは、2枚の写真を同時に見ることで、擬似的に3次元に見えることが理由ではないかと思います。

 これによく似た現象で、階段を撮影した写真を見た時に、その階段が上っているのか下っているのかわからないということがあります。これも3次元から2次元になることで多くの情報が欠落してしまうことによって、上りか下りかわからなくなってしまうのだろうと思います。

 しかし、同じ風景でもこれを動画(ビデオ)で撮影したものを見ると全く違っており、肉眼で見た時の印象に近い感じに、もしかしたら肉眼以上に美しく感じることもあります。私は動画撮影はほとんどやることがないのですが、動画サイトにアップされている映像を拝見するとそのように感じます。動画は動きがあるので、映像は2次元であっても動きが加わることによって奥行きを感じられるからではないかと、勝手に想像しています。

 一概に言い切ってしまうことはできないとは思いますが、やはり写真には奥行き感というか、立体感のようなものが必要で、それが著しく欠如している写真というのは肉眼で見たものとのギャップが大きく感じられるのだろうと思います。
 上の写真も手前の川から遠景の山まで、実際には奥行きがあるのですが、それがまったく感じられません。例えば、もう少し右側、または左側の位置から撮影して、川が斜めに配置されるような構図になっていればもう少し奥行き感が出て、多少は見栄えのする写真になったのではないかと思います。

 このように、被写体は素晴らしいのにも関わらず、これまで駄作をどれほど量産してきたことか、頭の中でお金に換算してみるとなんだか凹みます。この写真を撮った頃はフィルムも比較的安価に購入できたのでお気楽なものでしたが、昨今のようにフィルム価格が高騰していると笑って済まされなくなります。

 しかしながら、こんな駄作を量産してきたおかげで、シャッターを切る前につまらない写真になるか、それともそこそこ見栄えのする写真になるかを考えるようになったのは怪我の功名と言えるかもしれません。
 ここは綺麗な場所だからとか、風光明媚だからということで何とかフィルムに記録しようと思っても、なかなかフレーミングや構図が決まらないということがしばしばあります。そんなときはむやみにシャッターを切らずにじっくりと風景と対峙してみるのも大事なことかと思っています。

 余談ですが、オールドレンズという言葉が使われるようになって久しい感じがします。オールドレンズに明確な定義はないようですが、オートフォーカスが出回る以前のマニュアルレンズで、概ね、1970年以前に作られたレンズを指すようです。
 オールドレンズの人気が高まってきた理由の一つは特徴的なボケであったり、フレアやゴーストが起こり易いとか、全体的に彩度やコントラストが低めといったことにより、今のレンズにはない独特の写りをすることだと言われておりますが、それがインスタ映えするなどということで使う人が増えてきたのだろうと思います。

 こういった特徴的なボケやフレア、低コントラストなどは、今のレンズに比べて性能が低いことで生じるものですが、実はこれによって写真に奥行き感や立体感が生まれてくるのではないかと思っています。つまり、主被写体とそれ以外のところの描写に大きなギャップがあり、それによって主被写体が浮かび上がってくるように見えるのだろうということです。
 独特のボケ味ももちろん面白いですが、写真全体から感じられる奥行きのようなものがあり、今の高性能のレンズにはない描写になるというのがオールドレンズの魅力として受け入れられているのではないかと思っています。
 やはり、写真には奥行き感とか立体感というのは重要な要素なのだと感じます。

 オールドレンズについては、機会があればあらためてつぶやいてみたいと思います。

(2022.5.20)

#フレーミング #写真観 #構図

リバーサルフィルム写真はいつまで続けることができるのか?

 2022年4月1日から富士フィルムの製品が大幅に値上げされました。例えば、ベルビア50の120サイズ5本入りの価格が、つい先日までは5,800円くらいだったのが、一気に9,500円ほどになりました(いずれも新宿の大手カメラ店での店頭価格です)。60%以上の値上げ幅です。モノクロフィルムのACROSⅡも120サイズ1本が1,260円になりました。
 フィルムの需要が激減する中、製造販売を続けていくことは並大抵のことではないということは想像がつきます。富士フィルムという大企業だからこそ継続していただけているのであり、これが小さな会社であれば到底維持できなかったであろうと思います。

 とはいえ、一気に60%以上もの値上げというのは、フィルムユーザーに暗い影を落とされたように感じるのも事実です。
 記憶が定かではありませんが、今から7~8年ほど前はベルビア50の120サイズ5本入りが一箱2,500円くらいだったと思います。つまり、1本あたり、500円前後といったところです。それが今回の値上げで、1本あたりに換算すると2,000円に届かんとしています。
 また、同じ時期のリバーサルの現像料金は120サイズが1本600円くらいだったと記憶していますが、現在は1,300~1,400円くらいになっています。
 120サイズのブローニーフィルム1本の価格と現像料金を合わせると、およそ1,100円だったのが3,300円ほどに上がったということです。実に3倍です。

 コダックがE100というリバーサルフィルムを新たに製造販売を開始し、120サイズのブローニーフィルム5本入りが一箱14,700円という価格を見た時、このフィルムを買う人がいるのだろうかと思ったものでした。しかし一方で、富士フィルムの製品もこのような価格になる日が来るのではないかと思ったりもしました。
 今回、さすがに10,000円は超えませんでしたが、E100に近い価格になったのを見ると、「やっぱり」という感じが否めません。
 今回の富士フィルムの値上げは非常にインパクトが大きく、この先、フィルムや現像料金がどこまで高騰するのだろうか、そして、こんなに高くなったリバーサルフィルムを使い続けることができるのだろうかと考えると、なんだかとても暗い気持ちになります。

 コストが3倍になったら使用するフィルム量を1/3に減らせば、計算上、トータルのコストは変わらないわけです。昔のように比較的リーズナブルな価格でフィルムを購入できた時はバシバシとシャッターを切り、駄作も量産していたわけですから、つまらない写真を撮らないようにすればフィルム消費量は確かに減ると思います。
 しかし、一つの被写体をいくつかのアングルや異なる構図で撮りたい時に、それを我慢しなけれなばならないとすると、それはとてもストレスに感じます。
 無駄なものは撮らない、でも、撮りたいものは我慢しない、というメリハリが必要になってくるんだろうなぁと思います。

 とはいえ、この先もさらなる値上げが行なわれることは想像に難くなく、無駄打ちをしないように頑張ったところで限界があるような気もします。残念ながら、リバーサルフィルムはモノクロフィルムで代用というわけにはいかないので、リバーサルフィルムをあきらめざるを得ない日が来るようで、考えれば考えるほど憂鬱になってきます。
 私が買い置きしてあるフィルムはおよそ1年分くらいです。いま、冷蔵庫に入っているフィルムは、これまでと同じペースで使うと、来年の今頃には底をついてしまうことになります。一箱10,000円近くもするフィルムを買い続けることができるのか、気持ちも萎えてきてしまいます。

 新宿の大手カメラ店の店員さんが話してくれたのですが、3月の後半に富士フィルムから価格改定のアナウンスがあった直後、店頭からフィルムが消えたそうです。値上がりする前に買い置きしておこうという人が殺到したということでしょう。
 また、8×10のシートフィルムは10,000円ほど値上がりしましたが、4×5判はまだ値上がりしていないようです。値上がりする前に少し買い置きしておこうかとも思いますが、8×10の値上がり幅からすると、ブローニーほどの値上がりにはならないのでないかと楽観視しており、今のところ買い置きは踏みとどまっています。

 先のことはわかりませんし、また、いろいろ心配したところでどうなるものでもないので、可能な限りはフィルム写真を続けていこうと思います。フィルムが高騰することで一枚々々を大事に撮るようになることは肯定的にとらえるべきことかもしれません。
 しかしながら、一般庶民にとってリバーサルが手の届かない高嶺の花になりきってしまわないように願うばかりです。

 それにしても、今は亡きアスティアとかセンシア、フジクローム400、フォルティア、トレビなど、フジクロームだけでも今の何倍もの製品がラインナップされていた頃がとても懐かしいです。

(2022年4月9日)

#リバーサルフィルム #富士フイルム

レンズには魔物が潜んでいる...買っても買っても、またレンズが欲しくなるワケ

 「レンズ沼」とか「レンズ沼にはまる」という言葉があります。簡単に言うと、次々とレンズが欲しくなる症候群のようなもので、経験された方も多いのではないかと思います。かくいう私もレンズ沼にどっぷりとはまった経験があります。幸いにも以前よりは抜け出していると思うのですが、岸に這い上がっているかというとそんなことはなく、まだ体半分くらい浸かりながらもがいているといった感じです。
 ひと言でレンズ沼と言っても、その大きさや深さ、はまり方は人それぞれのようで、とにかく究極のレンズにたどり着くために次々とレンズを手に入れる人もいれば、コレクターアイテムとしてレンズを集める人もいるでしょう。

 私が最もはまった沼は35mm判カメラ用のレンズでした。私は主にコンタックス(CONTAX)のカメラを使っていましたが、そのほかにもペンタックスやライカ、トプコン、コンタレックス、エギザクタなどのカメラがごろごろとしており、それぞれのカメラ用マウントのレンズやM42マウントのレンズなどを数えきれないほど所有していました。
 なぜそんなに膨大な量になったかというと、レンズというのはそれぞれ異なった写りをするわけですが、そういったレンズの癖や特性を実際に味わってみたいというのが理由で、それが私の沼へのはまり方でした。

 新しいレンズ(ここでいう「新しい」とは新品という意味ではなく、それまで自分が持っていなかったレンズという意味であり、実際に私が手に入れたレンズの多くは中古品です)を手に入れると、いろいろなシチュエーションで撮影を行ない、色乗りやボケ方、収差などをみて、そのレンズの特徴を自分なりに理解するということをします。ですので、その工程が終わるとよほど気に入ったレンズ以外はそれ以降、陽の目を見る機会は極端に減ってしまいます。
 使わないのなら手放せば良いのにと思われるかもしれませんが、いったん手にしたレンズには愛着がわき、なかなか手放す気になれません。そのため、レンズは増える一方でした。しかし、数えきれないほどの量で、しかもあまり使うことのないレンズが多いとはいえ、リストアップしろと言われればすべて書き出すことができる状態でした。
 そして、被写体(私の場合、風景や花を撮ることが多いのですが)を目にしたとき、あのレンズで撮ればこんな感じに写るんだろうなぁと、頭の中でイメージしていました。今から思うとかなりアブナイ奴だったかも知れません。

 ところが今から6年ほど前、35mm判カメラとレンズのほとんどを一気に手放してしまいました。

 私は作品作りに使用するのは大判カメラか中判カメラで、35mm判のカメラを使うことはほとんどありません。かつては35mm判でスナップなどもよく撮っていたのですがそれも少なくなり、35mm判カメラを使用する頻度が著しく減ってきたのが手放した理由です。
 カメラやレンズに囲まれ、それらを手にするだけで何だか幸せな気持ちになりますが、やはり使ってこそ価値のあるものだというのが私の持論なので、ちゃんと使ってもらえる人のところに行った方が、カメラやレンズたちにとっても幸せだろうと判断した結果です。
 何台かは手元に残しておこうとも思いましたが、それとて使わないのであれば同じことなので、思い切って手放してしまいました。

 ということで、いま私の手元にある35mm判カメラはコンタックスT2と、2年前に中古カメラ店で衝動買いしたフォクトレンダーのベッサマチックだけです。
 T2はお散歩カメラとして使っていますが、ベッサマチックは完全にディスプレイ化しています。

 35mm判カメラとレンズを処分したことで、私の撮影用機材の量は1/3以下になりました。

 とはいえ、大判カメラ用レンズや中判カメラ用のレンズはまだたくさんありますし、大判レンズに至ってはいまだに微増しています。さすがにかつてのように、レンズの「味」を確認したいがために購入するというようなことはなくなりましたが、時どき、無性にレンズが、特に大判レンズが欲しくなる時があります。

 このビョーキのような状態がなぜ起きるのか、自分でもうまく説明できないのですが、やはり、これまでに使ったことのないレンズで撮影をしてみたいという衝動が最も大きな理由ではないかと思います。これはレンズの「味」を確かめたいということと根本は同じかもしれません。
 例えば、同じ焦点距離のレンズであれば、ニコンだろうとフジノンだろうと、あるいはシュナイダーであろうとほとんど見分けがつかないくらいの写りをします。厳密に見れば微妙な発色の違いとかボケ方の違いとかはありますが、一枚の写真だけを見せられて、これはどのメーカーの何というレンズで撮ったものかと問われても私には答えられません。半世紀以上も前のレンズで撮影したものであれば明らかに違うのはわかると思いますが、近年に作られたレンズはいずれも拮抗しているという感じです。

 そういったことを十分に理解しているにもかかわらず、フジノンのレンズで撮りたい、シュナイダーで撮りたいとか、あるいはローデンシュトックで撮れば...などと不埒なことを考えてしまいます。まるで、違うレンズで撮れば違った写真に仕上がるとでも言いたげです。レンズを変えたところで自分の写真の腕が上がるわけではないことぐらい、十二分にわかっているはずなのにです。
 こっちのレンズを使えば素晴らしい写真が撮れるよ、というあま~い悪魔の囁きが聞こえてきて、私の脳を麻痺させてしまうとしか言いようがありません。まさにレンズには魔物が潜んでいるという感じで、麻薬のような恐ろしさがあります。
 大判レンズの前玉をのぞき込んだ時の、あの吸い込まれるような神秘的な美しさがそう思わせるのかもしれません。まるでライン川の岩山にたたずむローレライのようです。

 35mm判は処分したものの、このように大判レンズの沼からはいまだに抜け切れずにいるわけですが、大判レンズの場合、35mm判のレンズのように数回使ってお蔵入りということはなく、使い続けるところが違っています。
 それは、35mm判レンズに比べると大判レンズの本数がずっと少ないのも使い続ける理由の一つかもしれませんが、何と言っても、そのレンズで自分なりに納得のいく写真を撮りたいという気持ちがあるからです。
 大判写真は構図決めにしても露出設定にしても、そしてピント合わせにしてもかなりの時間をかけて行ない、やっとシャッターを切るという状態ですから、そうして撮った一枚がイメージと違うものだとテンションが下がり虚しくなるとともに、とても悔しい気持ちになります。ほれぼれとするようなレンズで納得のいかない写真しか撮れないのであれば、レンズに対して申し訳ないという感じです。

 そしてもう一つ、時々、大判レンズを購入する理由として、予備のレンズを確保しておきたいということがあります。
 大判レンズはほとんどがディスコンになってしまい、徐々に修理もきかなくなりつつあります。最も切実なのはパーツが手に入らなくなることで、そうなると中古品から取るしかないということになります。そのために、比較的程度の良い個体をいくつか持っておく必要があります。これは極めて現実的な問題であり、魔物とは対極にある理由です。

 いずれにしても、自分に都合の良い理由を並べているにすぎないようにも思えますが、大判カメラや大判写真に興味がなくならない以上、このような状態が大きく変わるとは思えません。レンズ沼と一言で片づけてしまえば簡単ですが、私にとっては「魅せられた」という方が適切な表現かも知れません。
 大判カメラや中判カメラ、そしてそれらのレンズを手放す日はもう少し先になりそうです。

(2022年2月7日)

#中古カメラ

イルフォードもコダックも値上げ! フィルムはどこまで高くなるのか?

 昨年(2021年) 末、銀塩カメラの愛好者にとっては極めて衝撃的なニュースが飛び込んできました。2022年の早いうちに、イルフォードもコダックもフィルムをはじめとした写真用品の値上げをするという内容です。詳細はわかりませんが、今でも十分に高いのに更に高くなるということで、ずいぶん暗い気持ちになったものです。

 2022年1月現在の主なフィルムの価格を調べてみました。いずれも東京の大手カメラ店での実売価格(税込)です。

 【イルフォード 135フィルム(35mm判) 36枚撮り】

   モノクロ HP5(ISO400) 990円
   モノクロ FP4(ISO125) 990円 
   モノクロ DELTA400(ISO400) 1,320円
   モノクロ DELTA100(ISO100) 1,210円
   モノクロ DELTA3200(ISO3200) 1,580円

 【イルフォード 120フィルム(ブローニー判)】

   モノクロ HP5(ISO400) 990円
   モノクロ FP4(ISO125) 990円 
   モノクロ DELTA400(ISO400) 1,150円
   モノクロ DELTA100(ISO100) 1,100円
   モノクロ DELTA3200(ISO3200) 1,370円

 【コダック 135フィルム(35mm判) 36枚撮り】

   モノクロ トライX400(ISO400) 2,120円
   モノクロ T-MAX400(ISO400) 2,270円 
   モノクロ T-MAX100(ISO100) 2,080円
   カラーネガ ColorPlus(ISO200) 1,050円
   カラーネガ PORTRA800(ISO800) 3,060円
   カラーネガ PORTRA400(ISO400) 13,740円(5本パック)
   カラーネガ Ektar100(ISO100) 2,490円
   リバーサル E100(ISO100) 4,110円

 【コダック 120フィルム(ブローニー判) 5本パック】

   モノクロ TRI-X400(ISO400) 11,000円
   モノクロ T-MAX100(ISO100) 7,710円
   モノクロ T-MAX400(ISO400) 11,000円
   カラーネガ PORTRA800(ISO800) 16,180円
   カラーネガ PORTRA400(ISO400) 13,290円
   カラーネガ Ektar100(ISO100) 11,930円
   リバーサル E100(ISO100) 14,700円

 参考までに富士フイルムの価格です。

 【富士フイルム 135フィルム(35mm判) 36枚撮り】

   モノクロ ACROS100Ⅱ(ISO100) 1,040円
   カラーネガ FUJICOLOR100(ISO100) 1,080円 
   カラーネガ SUPERIA PREMIUM 400(ISO400) 1,350円
   リバーサル PROVIA100F(ISO100) 1,760円
   リバーサル Velvia50(ISO50) 2,030円

 【富士フイルム 120フィルム(ブローニー判)】

   モノクロ ACROS100Ⅱ(ISO100) 1,040円
   リバーサル PROVIA100F(ISO100) 5,550円(5本パック)
   リバーサル Velvia50(ISO50) 5,710円(5本パック)

 こうしてあらためてフィルムの価格を見てみると、つくづく高いと感じます。特にコダックの製品が際立っているように思います。極めつけは35mm判リバーサルフィルムのE100で、1本4,000円を超えているという驚くべき価格です。アメリカの人件費高騰による影響が大きいともいわれていますが、実際のところはよくわかりません。
 フィルムの需要が激減している現実からすると致し方ない気もしますが、値上げ幅は20%以上という話しもあり、35mm判のフィルム1本が軒並み2,000円という時代になるのではないかと思わずにいられません。
 もちろん、ここに掲載したフィルム以外に格安の製品がありますので、それらも同様に値上げになるのかどうかはわかりません。

 一方で、若い世代を中心にフィルムカメラを使う人が増えているという話しも聞きます。これまでフィルムカメラなど使ったことがないけど、フィルム写真の雰囲気が良いとか、インスタ映えするとか、フィルムカメラ自体がかっこいいとか、いろいろな理由があるようです。富士フイルムの「写ルンです」の売上げが好調なのも、こういった理由かもしれません。

 理由はともかく、フィルム人口が増えてくれるのはありがたいことです。私もときどき、中古カメラ店に足を運ぶことがありますが、確かに20代くらいの若い人を見かけることが増えた気がします。「これからフィルムカメラを始めたいので」と言って、お店の方に相談しているのを耳にしたことが何度もあります。しかも、女性のお客さんを見かけるようになったのは驚きです。数年前までは、中古カメラ店と言えば中高年以上のおっさんの姿しかなかったのですから。

コンパクトカメラの売行きが好調らしい

 しかし、これからフィルムカメラを始めようとしている方にとって、現在のフィルムの価格はべらぼうな値段に感じるのではないかと思います。加えて、現像料金がかかります。初めてフィルムで撮ろうという人が、いきなり自家現像するというのはゼロではないにしても極めて少数派だと思われますので、現像料金もバカになりません。
 カメラ自体は中古カメラ店でリーズナブルな値段で購入できたとしても、フィルム代や現像代がランニングコストとして重くのしかかってきます。家庭用のインクジェットプリンターとインクカートリッジの値段の関係に似た構図になっています。

 今回掲載した35mm判の中でいちばん安いフィルムを使っても、一回シャッターを押せばフィルム代と現像代を合わせて60円ほどがかかるわけで、最も高いコダックのリバーサルフィルムE100を使いようものなら、1カットあたり160円ほどにもなってしまいます。
 デジタルカメラのように機材を揃えるのに費用はかかっても、その後のランニングコストはほとんどかからないというのであれば気にせずにバシバシ撮れますが、フィルムだとなかなかそういうわけにはいきません。まさに「一球入魂」といった感じでシャッターを押すことになります。
 逆にそれが新鮮でいいという意見をお持ちの方もいらっしゃるようですが、それにしてもランニングコストは安いに越したことはありません。

 フィルム価格の高騰は簡単に言えばフィルム需要が激減しているからなのでしょうが、さらに価格が上がれば需要は一層減り、今でも負のスパイラルに入っているのに、ますます深まってしまいます。
 とはいえ、今の状況で需要が拡大することは到底望めません。フィルムカメラに興味を持つ若い世代の人が増えたといっても、下がってきた需要を回復できるほど多くの人が興味を持ってくれているとも思えません。

 私は主にリバーサルフィルムを使用していますが、ここ数年、消費するフィルムの数が減ってきています。年間に撮影に出かける回数は特に減っておらず、むしろ増えていると思うのですが、使うフィルム数は減っています。
 これは、従来は同じ場所で何カットも撮影したのですが、最近は2カットとか3カット、少ないときは1カットしか撮らないので、結果として消費量が減っているわけです。その理由は、複数カットを撮っても廃棄に回ってしまうものがあってもったいないということと、やはりフィルムの価格が上がったということが大きく影響しています。致し方ないことだとは思いながらも、自分自身も負のスパイラルを加速している一人なんだという思いもあります。

 今回のイルフォードやコダックの値上げのニュースを聞いて思ったのは、このままフィルム価格が上がり続けて、いくらになるまで自分はフィルムを使い続けていられるんだろう、いくらになったらフィルムをあきらめるのだろうということです。例えば、今の価格の2倍になったらあきらめるかというと、そうとも思えません。「もう少し、もう少し...」とあがきながら細々と使い続けているんだろうなと思います、たぶん...

 話は変わりますが、最近、若い女性が二眼レフカメラや中判カメラを首から下げて、街中を歩いている姿を見かけることが多くなりました。たぶん、スナップを撮っているのではないかと思われるのですが、妙にカッコ良くて思わず見入ってしまうことがあります。どんなフィルムを使っているのか、もちろん尋ねたこともありませんが、とても応援したい気持ちになります。
 前出のフィルムに興味を持った若い世代もそうですが、こういう方々がフィルム価格の高騰が理由で、せっかく踏み入れたフィルムの世界から足を洗ってしまうことがないようにと願うばかりです。

二眼レフカメラや中判カメラを持ち歩いている人を見かけることも

 この先フィルムがどうなっていくのか、私などには全くわかりませんが、すぐになくなるとも思えません。市場では中古カメラの価格が下がるどころか、むしろ上がっているようにも感じます。私には不思議な現象に思えるのですが、中古価格の高騰がフィルムの足を引っ張ることにならなければ良いがと思っています。

 それにしても値上げは痛い! これ、本音です。

(20221年1月14日)

#イルフォード #ILFORD #コダック #KODAK

撮影中にクマに出会ったら... クマ避けの鈴は効果があるのか?

 10月の後半に山形、秋田、青森方面に紅葉の撮影に行ってきました。訪れた時はまだ色づきはじめでしたが、わずか一週間で一気に紅葉が進んだ感じでした。

 秋田県の、とある滝の撮影に行った時のことです。
 その滝は車を降りてから山道を30分ほど登った先にあります。最近はあちこちで目にする「熊注意!」の看板がここにもありました。私は山に入るときはクマ避けの鈴(ベアベル)をつけるのですが、この日も腰につけて歩き始めました。
 15分ほど歩いた頃でしょうか、視界の隅に動くものが飛び込んできました。「もしや...」と思って右の方を見ると真っ黒な岩のようなものがもぞもぞと動いています。たぶんクマです。距離は50~60m、もしかしたらもう少し離れていたかもしれません。こちらに背を向けているらしく、顔は見えません。
 相手はこちらの存在に気がついているのかどうかわかりませんが、走っている様子もなく、ソーシャルディスタンスを保っていると思っているのか、ゆっくりとした足取りで森の中に消えていきました。見えていた時間は4~5秒だと思います。

 私がつけているベアベルは結構甲高い音がするので、かなり離れていても聞こえます。人間でさえ聞こえるのですから、クマの耳には確実に届いていたと思われますが、音がしたから去っていったのか、そもそも聞こえていなかったのか、それは当人に聞いてみないとわかりません。

▲クマ避けの鈴(ベアベル)

 離れていたとはいえクマを目撃した私はというと、それまでのハイテンションな気持ちがすっかり萎えてしまいました。クマは森の奥に行ったのでこのまま滝を目指すか、それともあきらめて引き返すか、どちらとも決められずにその場に立ち尽くしていました。
 クマは、滝に向かう道とはずいぶん違う方向に行ったようですが、この先でまたご対面なんていうこともないとは限りません。そう考えると足が前に出ません。

 私は過去にも二度、クマを見かけたことがあります。いずれも今回のように離れたところから見かけただけで、至近距離で遭遇したとか、ばったり鉢合わせしたとかいうことはありません。しかし、クマを見かけた後、そこから先に進むのは非常に勇気がいります。ベアベルを鳴らしながら歩いても効果があるのか、疑心暗鬼になってしまいます。クマが街中に現れたとか、民家の庭を荒らしたとかいうニュースが時々ありますが、そういうのを聞くにつけ、クマが物音に警戒して去っていくということ自体が本当なんだろうかと思ったりもします。

 5~6年前になりますが、秋田県の阿仁町というところに撮影に行ったことがあります。その時、地元のマタギの方と偶然お会いした際に教えていただいたのですが、クマは火薬のにおいをいちばん嫌うらしいです。爆竹を10本ほど鳴らしておくと、少なくともその日、その周辺にはクマは寄ってこないとのことです。クマと出会った時のことを考えるよりも、素人はクマに出会わない方法を考える方が良いともいわれました。
 確かに森に響き渡る音と漂う火薬の臭いは効果てきめんという感じがしますが、何十本もの爆竹を持って、歩きながら爆竹を鳴らすというのはさすがに気が引けます。しかも、枯葉に火でも着きようものなら大変なことになってしまいます。

 しかし、このマタギの方の話が妙に頭に残っていて、その後、クマ避けグッズをいろいろ探してみました。唐辛子のスプレーが最も効果があるようですが、これは目の前にクマがいた時の話ですし、そもそも、急にクマに出くわしたときにスプレーを噴射するような余裕はないと思います。たとえ運よくスプレーを噴射できたとしても、風向きによっては自分の顔に降り注ぐなんていうのが関の山です。

 そして、いろいろ探した結果、たどり着いたのが電子ホイッスルです。

▲電子ホイッスル

 長さが10cmほどで手のひらにすっぽりと納まる大きさです。電池式で、警察官が交通整理をするときなどに吹いている笛のような音がします。しかも、かなりの大音量です。実際にどれくらいの効果があるのか、この音でクマは去ってくれるのかはわかりませんが、森の中で鳴らすと鳥は驚いて飛び去って行きます。
 以来、私は森や山に入るときは、この電子ホイッスルをポケットに入れて歩くようにしています。もちろん、ベアベルも腰に着けています。

 音がとても大きいので、近くに人がいるときに鳴らすとかなり驚かせてしまいます。ですので、これを使うのは誰もいない森や山の中です。
 クマが出るんじゃないかという恐怖心は、歩いているときよりも撮影をしているときのほうが大きいわけですが、ファインダーを覗いていると周囲に目がいかないので、後ろからクマが忍び寄ってきても気がつかないというのがその理由です。
 撮影に入る前に周囲に人がいないことを確認したうえで数秒間、この電子ホイッスルを鳴らし続けます。これだけで何となく安心した気分になり、撮影に没頭することができます。

 今回、滝に向かう途中でクマを見かけ、その後、先に進むか引き返すか決めかねて20分ほどその場にたたずんでいましたが、恐怖心もおさまってきたこともあり、撮影に行ってきました。他に人の姿はなかったので、ときどき電子ホイッスルを鳴らしながら進んだのは言うまでもありません。
 そして、電子ホイッスルの効果があったのかどうかはわかりませんが、その後、クマの姿を見かけることはありませんでした。

 この電子ホイッスルですが、クマ避けだけでなく、緊急時に自分の存在を知らせるということにも使えそうです。幸いにもそういう事態になったことはありませんが、撮影で森や山に入るときは電子ホイッスルと強力な光を照射するLEDライトは常に持ち歩いています。
 火薬を燃焼させたときの臭いがするスプレーがあればぜひ購入して、持ち歩きたいものです。

 余談ですが、山でよく出くわすのがカモシカと鹿(ニホンジカ)です。彼らは警戒心が強いのでソーシャルディスタンスを保ちながらじっとこっちを見ているだけで、襲ってくるようなことはないので安心です。
 また、イノシシも数回見かけたことがあります。イノシシはものすごい勢いで走っていくので、その正面に立っていれば弾き飛ばされてしまいそうですが、不思議なものでクマに対するような恐怖心はありません。
 クマやイノシシの足跡と、それが新しいものか古いものかの見分け方などを教えてもらったこともありますが、撮影の時は地面についた足跡にまで気が回らず、残念ながら教えてもらったことも役に立てられていません。

(2021年12月3日)

#クマ避け鈴 #小道具