クマ除けグッズのあれこれ クマに出逢わないための効果的な方法はあるのか? 

 今年(2023年)は例年になくクマの出没やクマによる被害が多いとのことで、連日のようにこのニュースが流れています。本来、クマは警戒心も強く臆病な動物で、特に人間を怖がると言われていますが、人家の庭に来てくつろいでいたり、車がぶんぶん走る街中をスタスタと駆けていく映像などを見ると、本当に人間を怖がっているのだろうかと思ってしまいます。
 酷暑ともいえる今年の夏の暑さの影響で山の木の実が少ないため、食べ物の多い里に降りて来るという専門家の方の解説もよく聞きますが、どうもそれだけが理由ではないように感じてしまいます。
 本州に生息しているツキノワグマはどちらかというと草食系のようで、本来、クマは人間を襲ったり食べるために里に下りたり街中に出てくるわけではないと思いますが、食料を得るためにクマにとっても背に腹は代えられないということなのでしょうか?

 私が撮影する被写体は主に自然風景なので、どうしても一人で山に入ることが多くなります。もともと、クマだけでなくシカやイノシシ、サルなどが生息しているところに入っていくわけですから、そういった動物たちに出会っても不思議はないとは思いますが、これまでの数十年の間でクマを見かけたのは4~5回だけです。ですので、これまではそれほどクマに対する警戒心のようなものを強く持ち合わせてはいませんでした。とはいえ、クマには出逢いたくないので、山に入るときはクマ除けの鈴(ベアベル)程度は着けていました。
 しかし、近年のクマ目撃回数やクマによる被害件数の増加を見るとベアベルだけでは心もとなく感じるようになり、ここ数年でクマ対策のグッズをいろいろと揃えてきました。特に今年のようにその回数が急増しているという話しを聞くにつけ、対策を強化しなければいけないと思っています。

 ということで、以前はベアベルのみという状態だったのですが、徐々に持ち歩くクマ除けアイテムが増えていき、現在では山に入る際には下の写真のようなものを携行しています。

▲クマ除けグッズ:左からクマスプレー、電子ホイッスル、ベアベル、熊おどし、クマ除けピストル、下側中央がクマ忌避剤「熊をぼる」、その右が爆竹

 まず、いちばん基本的なアイテムのベアベルです。
 クマ除けグッズで最もポピュラーなのがこのベアベルですが、たくさんの製品が市販されています。形状や色も様々ですが、いちばん特徴的なのがその音色です。「カラカラ」というような乾いた音や「チリンチリン」という可愛らしい音のするもの、あるいは「カーンカーン」というような音のするものまで様々です。
 クマの生態に詳しい方の話だと音の大小はあまり関係ないらしいです。クマの聴覚はとても発達しているので、小さな音でもかなり遠くから聞き分けることができるようです。
 私が使っているベアベルは真鍮製で、「キーンキーン」というような甲高い音がします。音も大きめで、かなり遠くにいても聞こえるようです。これを腰に下げているので、歩いているときは常に「キーンキーン」と鳴り響いています。この音でクマの方から避けてくれればありがたいのですが、どの程度の効果があるのかはわかりません。
 一人で山の中を歩いていたり撮影しているときに遠くの方からこのベアベルの音が聞こえると、人が来るんだというのがわかってちょっとホッとしたりします。
 なお、このベアベルの音がうるさいと感じる人もいるようです。人が大勢いるような場所では鳴らさないようにしておくのもマナーかも知れません。

 ベアベルだけでは少し心もとないという思いと、歩いていないときは音がしないということもあり、4~5年ほど前に電子ホイッスルを購入しました。これはボタンを押すだけで、交通整理の警察官が吹いている笛のような音がします。しかもかなりの大音量で、取扱説明書には約120dbと書かれています。実際に近くで鳴らされると本当にうるさいと感じます。また、音量は3段階に切り替えが可能で、音色も3種類が用意されていますが、もちろん最大音量で使用しています。
 この電子ホイッスルはストラップで首から下げて携行していますが、歩きながら時どき鳴らしたり、撮影に入る前や撮影の合間に10秒ほど鳴らします。ベアベルに比べるとかなり遠くまで音が届くと思うのですが、これもクマに対して効果があるかどうかは不明です。
 ただし、近くに人がいる場所で鳴らすとかなり驚かせてしまうので、これを使用するときは近くに人がいないことを確認する必要があります。

 3つ目のアイテムはクマ除けピストルです。
 5~6年前に秋田県に撮影に行った際、地元の猟師の方から、「爆竹がいちばん効果がある」と教えていただき、その後、いろいろ探して見つけたものです。小学校の運動会などで使われるスターターを小型にしたようなもので、火薬を装填して引き金を引くと「パーン」という大きな音がします。価格は数百円だったと思います。おもちゃのようなものですが、円形に配置された8個の火薬を装填すると、8連発が可能になります。更に、撃った直後は辺りに火薬のにおいが漂います。
 山の中で撃つとこだまのように響き渡り、数百メートルくらい離れていても十分に聞こえるだろうという感じです。何の確証もないのですが、この音を聞けばクマも逃げてくれるだろうという都合の良い思い込みがあり、これを鳴らすと何だかとても心強くなります。
 もちろん、電子ホイッスルと同様で、周囲に人がいないことを確認してから使うのは言うまでもありません。

 クマ除けピストルに特に不満があったわけではありませんが、秋田の猟師さんの言葉が妙に頭の隅に残っていて、爆竹を使ったクマ除けを何とかできないかと考えていました。爆竹は子供の頃によく遊んだ記憶があり、身近に感じられたこともあるかも知れません。
 いろいろ調べていたところ、「熊おどし」というのがあることを知りました。これは北海道や東北では昔から使われてきたもののようです。片方のフシを切り落とした竹筒に爆竹を入れて火をつけるだけ、といういたってシンプルなものです。動画もいくつかアップされていたのでそれらを参考にしながら、2年ほど前に自作をしました。
 竹筒では強度的に不安があったので、金属素材で作ることにしました。直径20mmほどのステンレスパイプの切れ端があったので、これを長さ15cmほどにカットし、このパイプに、剪定で切り落とした庭の桜の枝を削ってはめ込むという簡単なものです。手で持って爆発させるので、その爆風が手にかからないようにステンレスパイプとの隙間がないようにするだけで、これといった難しさはありません。
 ステンレスパイプの先端内側に爆竹を引っかけ、ライターで導火線に火をつけると数秒後にはステンレスパイプの中で爆発します。その音はクマ除けピストルの比ではなく、感覚的には倍以上の音量ではないかと思うほどです。たまたま、道路脇にあるガードレールの近くで使ったことがあったのですが、爆発の衝撃波でガードレールが共鳴するくらいでした。爆竹を複数本入れて着火するとその威力はさらに増しますが、大量に詰め込めばよいというものでもなく、せいぜい2~3本くらいが限度かと思います。やはり空洞がないと音が良くないし、いくらステンレスと言えども同時に爆発させればダメージも大きいと思います。
 クマの生態に詳しい方によると、いきなり爆竹を鳴らすのではなく、笛(ホイッスル)を鳴らした後に熊おどしなどの爆竹を鳴らすと効果的だそうです。もし近くにクマがいた場合、いきなり爆竹の音が鳴り響くとクマもパニックを起こすかもしれないというのが理由のようです。
 爆竹を取り出し、ステンレスパイプの先端に引っ掛け、火をつけるという手間がかかるので、クマ除けピストルのような迅速性はないし連射も出来ませんが、効果はかなりあるように感じます。
 また、火をつけた爆竹を地面に放り出すわけでもないので、落ち葉に火が着くという心配もありません。
 私はステンレスパイプで自作しましたが、しっかりした素材で底のついた筒状のものであれば何でも代用可能だと思います。

 そして、今年の春に新たに手に入れたのがクマ忌避剤です。これは、「熊をぼる」という製品名で販売されているもので、1個2,300円ほどで購入しました。
 中身は木酢とカプサイシン(唐辛子成分)の混合液らしく、強烈な臭いでクマを寄せつけない効果があるらしいです。これをバックパックなどにぶら下げておくと、風下方向では1kmくらい離れていてもクマは感じ取るらしく、とても効果があると書かれていました。風上にいるクマに対しての効果は薄くなるのかもしれませんが、風の向きは常に一定ではないので、かなりの広範囲に匂いが広がるのではないかと思います。ただし、結構危険な液体のようで、直接手に触れると火傷をしたようになるらしく、取り扱いには注意が必要です。
 木酢なのでスモークのような強い臭いがします。家の中で袋から取り出すと強烈な臭いが立ち込め、半日くらいは臭いが残っています。これをつけて歩いていると風下にいる人にも臭いを浴びせることになってしまい、不快な思いをさせてしまう可能性があります。迷惑をかけたりトラブルになるのも困るので、人が多いところでは密閉袋に入れておくのが無難です。

 ここまで紹介したアイテムは、クマに人間の所在を知らせるとか、クマが嫌がる音や臭いを出すというもので、つまり、クマに出会わないようにすることを狙ったものです。たとえクマが生息していることがわかっていても、ソーシャルディスタンスをとってクマと出逢いさえしなければそれほど恐ろしさは感じません。ですから、クマと出くわさないのが最良なのですが、運悪く出くわしてしまったときには、たぶんこれらのアイテムでは役に立たないと思います。
 そこで、そのようなときのために「クマスプレー」を携行しています。

 これは実際に一度も使ったことがないので効果のほどはわかりませんが、説明書によるとカプサイシンが大量に含まれた超危険な液体が8~10mほどの距離まで噴射されるようです。また、噴射できる時間はおよそ7~8秒とのことです。したがって、クマがかなり近くに来た時に噴射しなければ効果がないということになります。そのような近距離にクマがいる状態で落ち着いてスプレーを吹きかけることができるのか、また、風向きによっては自分の方に流れてくる可能性もあるわけで、そういったことに注意しながら対応できるのか、そちらの方がはなはだ心配ですが、最後の砦といったところでしょうか。
 クマスプレーは結構高額(私が購入したものは13,000円ほどしました)で、使用期限も4~5年しかないし、しかも、これを使わざるを得ないような状況では、たぶん1回で使い切ってしまうだろうということもあり、今までは購入を見送っていました。しかし、今年のクマの出没や被害の多さをきいて4か月ほど前に初めて購入してみました。
 なお、6,000~7,000円という格安の商品もありますが、使用期限が数ヶ月しかないというようなものであることが多いらしく、格安品を購入する場合は注意が必要なようです。
 近年はクマスプレーを携行している登山者を多く見かけます。実際にクマに遭遇し、使った経験のある方にお会いしたことはありませんが、お守り代わりに持っているという方が多いようです。

 運悪くクマに出逢ったらいきなりスプレーをかけるのではなく、刺激を与えないように静かに後ずさりしながらクマにさよならするのが良いみたいですが、そういうことも理解はしていても、実際にそのような場面に遭遇した時に体がそのように動くかどうか、はなはだ疑問ではあります。

 腰のベルトにベアベルとクマスプレーをつけ、首には電子ホイッスルをぶら下げ、ウエストポーチにクマ除けピストルや熊おどしを入れ、バックパックにはクマ忌避剤をぶら下げ、撮影機材よりもクマ除けグッズの方に力が入っている感じがしないでもありませんが、クマには出逢いたくないので仕方ありません。
 突然、藪からぬっと出てこられてはどうしようもありませんが、歩いているときはあちこちを見ることができるので、黒いものが動いていると気がつきやすいと思います。いちばん恐怖心が高まるのは撮影しているときです。周囲に目がいかないし、滝や渓流の近くに入れば音がかき消されてしまうし、そんなときにクマに近寄られても全く気がつきません。撮影に入る際には音と匂いでクマを遠ざけておくしかありません。
 これらのクマ除けグッズが、はたしてクマに対して効果があるかは不明ですが、クマも人間には出逢いたくないと思っているという言葉を信じて、注意しながら山に入りたいと思います。

(2023.10.24)

#クマ避け鈴 #小道具

国産大判カメラ タチハラフィルスタンド45 TACHIHARA Fiel Stand 45

 タチハラフィルスタンドは東京都北区にあったタチハラ写真機製作所が製造・販売していた大判カメラです。樹齢300年以上と言われる北海道産の朱里桜材を使うというこだわりの木製(ウッド)カメラで、4×5判だけでなく5×7判や8×10判などの大判カメラも製造していました。とても美しいフォルムをしたカメラで、国内だけでなく海外でも人気が高いようですが、残念ながらタチハラ写真機製作所は2013年に閉じられてしまいました。
 フィルスタンド(Fiel Stand)のFielの名前の由来については良くわかりませんが、フィールドカメラという意味でつけたのではないかと勝手に想像しています。

◆追記(2023年10月14日)
 このページを見ていただいた方から名前の由来について教えていただきました。
 「タチハラ=立原」は野原(原っぱ)に立つ、すなわち、Field Stand、そこからFiel Stand と命名されたとのことです。ありがとうございます。

 このカメラにはⅠ型からⅢ型まで3つのモデルがあるようですが、私の持っているのはいちばん古いⅠ型というモデルです。中古で購入したので詳しくはわからないのですが、たぶん1980年代に製造されたものではないかと思われます。
 私はこれまでに4×5判の木製カメラを4台ほど使ってきましたが、現在手元に残っている木製カメラはこのフィルスタンド1台だけになってしまいました。

タチハラフィルスタンド45の概要と主な仕様

 いわゆるフィールドタイプに分類される4×5判のカメラで、一般的なフィールドタイプのカメラに求められる機能はほぼ備わっています。左右のシフト機能はありませんが、風景撮影でシフトアオリを使うことはほとんどありませんし、どうしても使いたい場合は前後のスイングの組合せでシフトと同じ効果を出すことができるので、特に不都合は感じません。
 カメラベースの内側に可動トラックが組み込まれていて、これを繰出すことでフランジバックは約65mm~330mmが可能になります。テレタイプのレンズであれば焦点距離400mmくらいまでは問題なく使えますし、テレタイプでないレンズであっても、よほど近接撮影でもしない限りは300mmくらいまで使用可能です。
 取付けられるレンズボードはディファクトスタンダードともいえるリンホフ規格用になっていて、他のカメラとの使い回しもし易いと言えます。

 蛇腹のサイズは前側(レンズ側)が約115mmx115mm、後側(スクリーン側)が約145mmx145mmで、リンホフマスターテヒニカと比べると一回り以上大きくなっています。そのせいか、カメラを開いたときは実際のサイズ以上に大きく見えるというか、存在感のようなものを感じます。

 また、携行に便利なように折りたたむことができます。折りたたんだ時のサイズは突起部を含めてもおよそ195mm(縦)x210mm(横)x90mm(厚さ)という大きさで、リンホフマスターテヒニカと比べると突起部が多いため、縦横の流さは若干大きいですが、厚さはフィルスタンドの方が薄くなります。重量は約1.5kgとリンホフマスターテヒニカに比べると1kg以上も軽く、長時間歩くような撮影の場合にはとてもありがたいです。
 本体上部には革製のベルトがついていて、カメラを出し入れする際はとても便利です。

フロント部の機能、およびムーブメント

 リンホフ規格のレンズボードが取り付けられるようになっているのは前でも書いた通りですが、レンズ取付け穴の径が約89mmあり、リンホフマスターテヒニカよりも6mmほど大きくなっています。
 リンホフ規格のレンズボードの裏側にある円形の突起は2段になっていて、リンホフのカメラのレンズ取付けパネルの方にはこの突起が嵌合するように段差が刻んであるのですが、フィルスタンドのレンズ取付けパネルにはそのような段差がありません。レンズボード裏側にある外側の大きな突起がすっぽりと嵌まるように口径を大きくしているのかもしれません。

 カメラのフロント部のムーブメントとしてはライズ、フォール、ティルト、スイング、およびフロント部全体の移動が可能です。
 ライズとフォールは、レンズボード取付けパネル(レンズスタンダード)をフィルムの中心位置まで上げた状態でライズが約38mm、フォールが約18ミリ可能になります。ただし、センターが下方に約8mmオフセットされたリンホフ規格のレンズボードを使用した場合、フィルム中心とレンズ光軸を合わせるためには約8mm上げなければならないので、その状態からだとライズが約30mm、フォールが約26mmということになります。一般的な風景を撮影するのであれば十分な数値ではないかと思います。
 なお、ライズ量がわかるようにレンズボード取付けパネルの端に目盛り板があり、0を中心に上下に3まで目盛りが振ってありますが、この間隔が約5.5mmとなっています。なぜ、5.5mmなのか、その理由はわかりません。

 フロント部のティルトは前方に約32度、後方は蛇腹の影響を受けてしまいますが、42度くらいまで倒すことができます。これは、リンホフマスターテヒニカに比べてかなり大きなアオリが可能になります。実際の風景撮影でここまで大きなティルトを使うことはありませんが、ライズやフォールよりもティルトの使用頻度が圧倒的に多いので自由度は大きいと言えます。
 ティルトの角度を示すような目盛りや微動の仕組みはなく、手で角度を加減することになりますが、ニュートラルの位置でロックされるような構造になっています。
 なお、ティルトの支点はレンズスタンダードの下部になります。したがって、ティルトをかけるとレンズ下側の移動量は少なく、レンズの上側が大きく動くことになります。リンホフマスターテヒニカのようにレンズ中心を支点として回転するタイプと比べると、ピント合わせの方法が若干変わります。

 スイングはレンズボード取付けパネルの下部にあるレバーでロックを外すと、左右に約15度ずつ首を振ることができますが、これはニュートラル位置でロックされるような機構にはなっておらず、戻す場合は目視での確認が必要になります。

 また、可動レール上でレンズスタンダードを前後に約110mm動かすことができます。つまり、リア部を最後部まで下げ、可動レールをいっぱいに引き込んだ状態でレンズスタンダードをいちばん奥に入れるとフランジバックが約65mmに、いちばん前に出すとフランジバックが約175mmになります。
 ただし、レールに若干のガタがあり、移動後にロックする際、注意しないとわずかに傾いた状態で固定されてしまうことがあります。通常の風景撮影ではほとんど問題になりませんが、厳密に光軸の傾きをなくしたい場合は、左右のレールにある目盛りに合わせて位置決めをしてロックする必要があります。

リア部の機能、およびムーブメント

 リア部のムーブメントとしてはティルト、スイング、およびリア部全体の前後移動があります。

 まずティルトですが、後方に約25度、前方は機構的には90度まで可能ですが、実際には蛇腹の影響があるので30度くらいといったところでしょうか。フロントティルトと同様で、リア部の下部にティルトの支点があるので、やはりティルトをかけるとリア部の下側の動きは少なく、上側が大きく動くようになります。
 また、ニュートラル位置でロックされるような機構になっているのもフロントと同様です。

 スイングはリア部の左右にあるロックピンを緩めると、左右に約15度のスイングが可能になります。機構自体はシンプルなのですがわずかな動きには不向きで、バックスイングで微妙なピント出しをするのはちょっと大変です。

 リア部は約46mm、前方に移動させることができます。
 短焦点レンズを使用する場合、フロント部(レンズスタンダード)を奥に引き込んでしまうとベッドが写り込んでしまうことがありますが、このような際にリア部を前方に移動させることでフロント部の引き込み量を少なくして、ベッドの写り込みを防止することができます。リンホフマスターテヒニカではリア部を動かすことはできないのでベッドの写り込みを防ぐにはベッドダウンなどが必要になりますが、フィルスタンドではそのような手間がかからず、とても便利な機能だと思います。フィルスタンドのⅡ型になるとリア部の前後移動もラック&ピニオン式になっていて使い易さも向上しているようですが、Ⅰ型はリア部を手で押したり引いたりしなければなりません。

 写真の縦横の向きを変更する場合はフォーカシングスクリーンの嵌まっている枠をいったん外し、90度回転させて再度取付けるという手間が必要になります。リンホフマスターテヒニカやウイスタ45のようにくるっと回転してくれると便利なのですが、カメラ自体を90度回転させなければならないわけでもないので、目くじらを立てるほどのことではありません。

 多くの木製カメラは金属製カメラのように弁当箱のような筐体の中にすべてがおさまる構造ではないため、フォーカシングスクリーンもむき出しになっているものがほとんどです。そのままだと持ち運びなどの際に傷をつけてしまう可能性もあるため、私はアクリル板で保護板を自作して取り付けています。フォーカシングスクリーンのところに嵌まる大きさにアクリル板をカットし、ゴムひもでノブに引っかけるだけの簡単なものですが、これがあれば少々ぶつけても安心です。

タチハラフィルスタンド45の使用感

 このカメラに対する個人的な印象は、とてもしっかりした作りであるとともに使い易いカメラであるということです。大きさや重さという点でも携行性に優れていて、実際にフィールドで使用していても安心感のあるカメラです。機能的にも不足に感じることがないだけのものを装備しており、問題になるようなこともほとんどありません。このカメラを使い始めて20年ほどになりますが、今のところガタが来ているようなところもありませんが、長年使っていると可動部、特にレールの部分の動きが渋くなることがあるので、そのメンテナンスは時々おこなっています。
 360mmとか400mmという長焦点レンズを取付けるとレンズが重いので、カメラに負担がかかってブレてしまうのではないかという懸念もありますが、各部をしっかりとロックすればかなりの剛性が保たれているという感じで、堅牢性という点でも優れたカメラだということが実感できます。

 私がメインで使っているリンホフマスターテヒニカと比べても使い勝手の違いはあるものの、取り立てて欠点と言えるようなところはありません。むしろ、リンホフマスターテヒニカよりもムーブメントの自由度が大きく、特に短焦点レンズの使用時などは使い易いと感じることさえあります。
 唯一、これがあったらなぁと思うのはグラフロック機構です。ホースマンなどのロールフィルムホルダーが使えず、このカメラで使えるフィルムホルダーはごく一部のものに限られてしまいます。ホースマンのロールフィルムホルダーを無理に使うとフォーカシングスクリーンを傷めてしまいます。

 また、カメラに対する慣れの問題も大きいと思うのですが、金属製カメラに比べると可動部を締めつけるためのネジなどが多く、カメラのセットアップなどに若干、手間がかかるかも知れません。木製カメラの場合、各可動部に遊びが多いため、締め付けをしっかり行わないとガタガタしてしまいます。動かしたら締める、という動作が体に染みついていればどうってことはないのですが、時たま締め付けを忘れたりするとピントがずれる、なんていうことが起こりかねません。

 そしていちばん気をつけたいのが雨です。しっかりと塗装がされているとはいえ、材質が木材ですから濡らすことは絶対に避けたいと思っており、雨の日の撮影に持ち出すことはほとんどありません。滝などの飛沫も出来るだけ避けたいので、シャワーキャップやタオルは欠かせません。

 なお、私のフィルスタンドは蛇腹が少々劣化してきていて、何ヵ所かピンホールの補修をしてあります。そろそろ蛇腹の交換時期かも知れません。

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 私は大判カメラで撮影する場合、リンホフマスターテヒニカを使うことが多く、このタチハラフィルスタンド45の使用頻度はそれほど高くないのですが、カメラとしてはとても気に入っています。何といっても金属製のカメラにはない温もりのようなものが感じられます。タチハラフィルスタンドで撮ろうがリンホフマスターテヒニカで撮ろうが、出来上がる写真に違いはありませんが、やはり、お気に入りのカメラで撮ると意気込みも違ってくるというものです。
 このカメラを新たに購入しようとしても新品を手に入れることはまず不可能で、中古品も程度の良いものは徐々に少なくなっていくと思われます。わずか10年前まで、数人の職人さんたちでこのような見事な製品を作り続けておられたということが奇跡のように感じられます。

(2023年10月12日)

#タチハラフィルスタンド #FielStand

ローデンシュトック シロナーN Sironar-N 210mm 1:5.6 大判レンズのボケ具合

 私は大判カメラ用の焦点距離210mmのレンズを4本持っていますが、特段、210mmのレンズが好きで使用頻度が高いというわけではありません。最初は1本だけだったのですが、友人から使わなくなった210mmレンズを譲り受けたものもありますし、何と言っても中古市場に出回っているタマ数が多いため、つい買ってしまったなんていうものもあります。
 2年ほど前に衝動買いのようにゲットしたローデンシュトックのSironar-N 210mm 1:5.6 もそんなレンズの一つです。それまでは210mmというと、もっぱらシュナイダーのAPO-SYMMARを使っていたのですが、Sironar-N を手にしてからその写りが気に入ってしまい、今では210mmというとSirona-Nの使用頻度が最も高くなっています。
 とにかく感覚的な説明しかできないのですが、シャープでありながら柔らかさの感じる描写というようなところが気に入っています。
 私はレンズの数値的性能に関しては無頓着で、描写が気に入るか否かで選択している傾向が大ですが、もう少し客観的に特性がつかめるかも知れないということで、数か月前に作ったテストチャートでボケ具合を確認してみました。
 あくまでも見た目のラフな確認であって定量的な計測ではないので、予めご承知おきください。

テストチャートを使っての撮影

 まずは、以前に作ったボケ具合確認用のテストチャートを用いて撮影を行ないました。ボケ具合確認用のテストチャートの詳細については、下記のページをご覧ください。

  「大判レンズのピントとボケ具合を確認するためのテストチャートの作成

 このテストチャートを45度の角度をつけて設置し、これを2.1m離れた位置から撮影をしました。

 上の図のように、レンズの光軸を水平に保ち、光軸の先にピント合わせ用の十字のマーカーが来るようにして、ピントをこれに合わせます。
 撮影距離に特に理由はありませんが、離れすぎるとボケが小さくなりすぎて比較しにくいだろうし、かといって近すぎても良くないだろうということで、レンズの焦点距離の10倍ほどということで決めました。
 念のため、絞りは開放(F5.6)からF16まで、1段ずつ絞りを変えて撮影してみました。
 撮影した環境は自然光が入る室内ですが、撮影は光が強すぎない曇りの日に行ない、テストチャートに直接光が当たらないようにしています。また、陰にならないようにテストチャートは窓側に向けての撮影です。

Sironar-N 210mmのボケ具合

 実際にテストチャートを撮影した結果が下の写真です。

 中央にある十字型のマークのところにピントを合わせ、絞り開放(F5.6)で撮影したものです。
 前後に3個ずつのテストチャートを設置していますが、チャートの間隔は水平距離にして6cmごとに置いているので、中心から水平距離にして前後に18cmの範囲を写していることになります。チャートの位置が若干斜めになっているものもありますが、その辺りは大目に見てください。
 この画像でもボケ方の特徴のようなものがなんとなくわかりますが、もっとわかり易いように一番手前のチャートといちばん奥のチャートの部分を拡大したのが下の画像です。

 1枚目が一番手前(前ボケ)、2枚目がいちばん奥(後ボケ)の画像です。

 前ボケ(1枚目)は全体がふわっとした感じにボケています。ボケ方に厚みがあるというか、前に膨らんだような印象で、細かな部分はボケの中に溶け込んでしまっているといった感じです。レンズからこの最前列のテストチャートまでの距離は約1.9mですから、それほど大きなボケにはなりませんが、もっと距離を詰めればボケの大きさは格段に大きくなります。
 ちなみに、この距離における点光源が前ボケとなる大きさの理論値(近似式)は、

  B = ((a - f)・b - (b - f)・a) / F / b

 で計算できます。

 この式に、
  B : ボケ径
  f : レンズの焦点距離 = 210mm
  a : 主被写体までの距離 =2,100mm
  b : 点光源までの距離 = 1,900mm
  F : 絞り値 = 5.6

 をあてはめて計算すると、最前列のテストチャートに点光源があったとして、そのボケ径B
は約3.95mmになります。更に、最前列のテストチャートが半分の0.95mの位置にあったとすると、そこの点光源のボケ径は約7.89mmになります。

 また、ボケの広がり方は均等であり、どちらかに片寄ったような広がり方ではないので、クセのない素直なボケ方だと思います。

 一方、後ボケ(2枚目)は柔らかくボケている中にも鮮明さが残っている感じです。ボケの広がり方はとても自然な感じがしますが、前ボケのように厚みのある感じはしません。また、前ボケに比べて元の形がわかり易いボケ方です。かといって、輪郭やエッジが強調されてしまっているようなことはなく、すっきりとした気持ちのよいボケ方だと思います。

 実際に花や風景などの被写体を撮影した場合、前ボケはフワッとベールをかけたように、そして後ボケは元の形を残しながらも緩やかに溶けていくといった感じになるように思います。
 対象とする被写体や個人の好みにもよると思いますが、後ボケが素直にとろけていく方が写真としては綺麗に見えるのではないかと思います。

 参考までに、上記と同じテストチャートを絞りF16で撮影したものを掲載しておきます。1枚目が最前列(前ボケ)のテストチャート画像、2枚目がいちばん奥(後ボケ)のテストチャート画像です。

 F16まで絞り込むと前ボケも後ボケも非常に似通っていて、区別がつきにくい状態です。

Sironar-N 210mmの解像力具合

 ボケ具合の確認用のテストチャートを撮影したついでなので、解像力をチャックするためのテストチャートの撮影も行ってみました。
 使用したのはISO-12233規格の解像度チャートですが、データをダウンロードして自宅で印刷したものなので品質や精度は十分ではありません。特に厳密な測定をするわけでもなく、解像力についての感触が得られればということで試してみました。

 実際に撮影したものが下の画像です。

 A4サイズに印刷したテストチャートがほぼファインダーいっぱいに入る位置でモノクロフィルムで撮影をしています。掲載した画像は解像度を落としてあるのでわかりにくいと思いますが、2,000LW/PHのラインまで解像しているので問題ないのではないかと思うレベルです。
 実際にどれくらいの解像度が出ているのか、「HYRes IV」という解析用のフリーソフトを使って計測してみました。本来、このソフトはデジタルカメラの解像度を測定するものですが、撮影したフィルムをスキャナで読み取り、その画像ファイルをHYRes IVで解析するという、いたって簡単な方法で計測してみました。

 このソフトで計測した結果は2,247本でした。本来、このチャートでは2,450本くらいまで計測可能なようですが、使用したプリンターの性能がそこまで追いついていないようで、レンズの限界というよりはプリンターの限界といった感じです。撮影したネガを4,800dpiでスキャンした画像では、最も細いラインも認識できているので、レンズの限界はもう少し高いと思われます。
 また、今回は67判のフィルムを使って撮影しましたが、例えば4×5判で同じ範囲を撮影すれば解像度はより高まりますが、私の持っているプリンターではこれが限界です。テストチャートを倍の大きさのA3用紙に印刷すればプリンターの限界をカバーすることができ、より高い解像度の計測も可能になりますが、そこまでするほどでもなく、大体の感触は得られたと思います。

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 レンズの性能は高いに越したことはありませんが、私はそれほどレンズの解像度や性能に拘る方ではありません。むしろ、ボケなど目視でわかる写り具合が自分にとって気に入るかどうかということに重きを置いています。私は風景写真を撮ることが多く、解像度の高いレンズで撮影した写真は見ていて気持ちが良いですが、やはり写真の味わいに与える影響はボケ具合などの方が大きいと思います。
 ローデンシュトックのSironar-N 210mm 1:5.6 は衝動買いしたレンズですが、解像度もさることながらボケ具合も好みです。ボケ方を定量的に示すのは難しく、どうしても主観的、定性的になってしまいますが、すっきりした中にも柔らかで素直なボケ方が気に入っています。

 私が持っている大判レンズの中で、かなり古いレンズや特殊なレンズを除けば写りの違いを特定するのはかなり難しく、比べて初めて分かる程度ですが、やはりこのように客観的に見てみるのもそれなりに意味があるように思います。

(2023年10月2日)

#Rodenstock #ローデンシュトック #Sironar #シロナーN #テストチャート #ボケ #レンズ描写