あらためて説明するまでもありませんが、ケントメアはイングランドにあった写真フィルムなどの感光材料を製造販売する会社でしたが、2007年にハーマンテクノロジー社に買収され、現在はその傘下のケントメア・フォトグラフィックとして白黒写真に関する事業を継続しています。
ハーマンテクノロジーは、2004年に破産したイルフォードも取り込み、イルフォードブランドとしてのフィルムの製造販売も行なっています。イルフォードブランドは高級志向、ケントメアブランドはどちらかというと普及版というか、廉価版というような位置づけをしているようです。
イルフォードのフィルムは私も使う頻度が高いのですが、ケントメアのフィルムはほとんど使ったことがなく、今回、PAN 100というフィルムを使ってみました。
ケントメアのパンクロマチックフィルム
外箱は青を基調にターコイズブルーをあしらったデザインになっており、小さな文字で「Chesire UK」と「Made in England」と記載されています。イングランド西北部にあるチェシャーというところにある工場でつくられているようです。
ケントメアのフィルムは英国国内では販売されておらず輸出専門とのことで、外箱には英語のほかに日本語、中国語、フランス語、ドイツ語、スペイン語の文字が見受けられます。
ちなみに、PAN 200の外箱は青を基調に黄色をあしらったデザイン、PAN 400は赤紫をあしらったデザインになっています。
PAN 100のデータシートによると、フィルムの素材は厚さ0.125mmのアセテートベースが採用されているとのこと、また、露出時間が1秒を超える場合は約1.26倍の露出補正が必要との記載があります。
ISO感度は100ですが50~200の範囲で対応可能としているようです。非常に滑らかな微粒子のフィルムとされていますが、解像度に関する具体的なデータは開示されていないようです。ハイコントラスト時に約120本/mmという情報もありますが、定かではありません。富士フイルムのACROSⅡがハイコントラスト時に220本/mmという値がデータシートに記載されていますので、それに比べると半分ほどの解像力ということになりますが、まずまず良好な値ではないかと思います。
今回使用したのはブローニーの120サイズフィルムです。1本1,200円(2026年5月現在)ほどでしたので、フィルム価格が高騰している昨今、この金額というのはかなりお安い部類に入るのではないかと思います。
ちなみに、イルフォードのDELTA 100 PROの120サイズフィルムは1本2,000円近い(2026年5月現在)価格になっており、この1年でかなり高騰してしまいましたが、それと比較しても購入しやすいフィルムと言えます。
現像に関するデータ
このフィルムの現像はコダックのD-76やイルフォードのD-11など一般に出回っている多くの現像液が使用可能とのことですので、今回は自家調合したD-76準拠の現像液を使用しました。
D-76準拠の自家調合については下記のページで紹介をしていますので、興味のある方はご覧ください。
「第187話 モノクロフィルム現像用「D-76準拠」現像液の自家調合」
実際の現像条件は以下の通りです。
・現像液 : D-76 (自家調合)
・希釈 : stock
・温度 : 20度
・現像時間 : 9分
・撹拌 : 最初に1分、その後60秒ごとに2回倒立撹拌
・停止 : 60秒
・定着 : 7分
・水洗 : 20分
使用した現像タンクはパターソンのPTP-115というモデルで、500mlの現像液でブローニーフィルム1本の現像が可能です。
今の季節は現像するには最適で、室温も20℃前後、水道水の温度も20℃ほどなので、バットに張った水の温度変化もほとんどありません。保温したり冷却したりする必要がないので助かります。
なお、停止液は富士酢酸、定着液はスーパーフジックスLと、いずれも富士フイルムの製品を使いました。
現像液を投入する前に水洗いを行ないましたが、廃棄した水は着色されることなく、ほとんど無色の状態でした。
また、フィルムは適度な厚さがありながら巻き癖はさほど強くなく、腰もしっかりしているのでリールへの巻き付けもし易いという印象があります。
乾燥後はほとんどカールすることなく平面性を保ってくれています。スリーブに入れてもスリーブ自体が反ってしまうようなこともありません。
ケントメア PAN 100の作例
今回の撮影に使用したカメラはMamiya 6 MF、使用したレンズはG 75mmです。撮影した中から4枚の写真をご紹介します。フィルムの特性が損なわれないよう、撮影時にフィルターは使用していません。
まず1枚目は、哲学堂公園(東京都中野区)にある霊明閣という建物を撮影したものです。
もともとはここを創設した井上円了が特別な客人を迎えるための迎賓室として名付けた建物らしいのですが、現在は廃屋のような荒れた感じになっています。木漏れ日が庭や建物に落ちていたので撮ってみました。
パッと見た印象は柔らかで素直な写りのするフィルムといった感じです。コントラストはあまり高くない、というよりは若干低めといった方が良いかもしれません。一方、中間調は綺麗に表現されているという感じがします。メリハリ感は低いですが、なだらかな階調表現だと思います。
解像度も決して高いわけではありませんが、十分に実用的なレベルだと思います。粒状感もあるのですが、階調がなだらかなのであまり目立たないといった感じです。
板壁の部分を拡大したのが下の写真です。
木目などはきれいに表現されていますが、やはり、コントラストや解像度はあまり高くないようです。実際にはここまで拡大して見ることはほとんどないと思われますので、普通に写真を鑑賞するのであれば十分ではないかと思います。
少しコントラストが高めの写真ということで撮影したのが下の写真です。
左右から樹が覆いかぶさっていて、その間から陽の当っているマンションを撮影したものです。
マンションの外壁は白いので、手前の木々とのコントラストはかなり高い状態です。この写真を見てもやはりコントラストはそれほど高くないというのがわかると思いますが、このようなシチュエーションでも階調が損なわれることなく表現されているという感じです。マンションのベランダや画下側の石垣も綺麗に表現されていると思います。
3枚目は哲学堂公園近くにあるお寺で撮影したお地蔵様です。
天気の良い日で、撮影時刻もちょうど昼時だったので結構陽射しが強い状態です。実際にはもっとくっきりとした影が出ていたように記憶しているのですが、写真ではさほど影が気にならず、強い陽射しもあまり感じません。全体にかなり柔らかく写っている印象です。2枚目の写真よりもさらにコントラストが低い感じがします。
第201話でアドックスのCHS 100Ⅱというフィルムで同じ場所を撮影していますが、どちらが良いかは好みもあるとして、それと比べてもコントラストの出方が全く違いますし、やはり解像度も物足りないと感じてしまいます。撮影意図もありますが、この被写体の場合はこのような柔らかな描写の方が向いているように思います。
4枚目は通りがかりで見つけた場所を撮影したものです。
たぶん空き家だと思われるのですが、シャッターも閉められており、そこには蔦のような植物も絡んでいます。自転車も放置されたままのようですし、周囲にはたくさんの雑草が生い茂っています。天気は良いのですがこの場所には陽が差し込んでおらず、全体的にコントラストの低い状態です。
エッジの効いたシャープさはありませんが、蔦の葉っぱや自転車の細部なども十分に解像していると思います。このような被写体だと粒状感が目立ちますが、ザラザラし過ぎた感じではありません。そして、やはり中間調はきれいに表現されているのではないかと思います。
撮影時はすべてのコマについて単体露出計で測光しており、ISO-100として撮影しているので露出に関してはあまりブレていることはないと思います。全コマが思惑通りの露出で写っていたので、このフィルムの実効感度はかなり正確ではないかと思われます。もちろん、現像の仕方で結果は異なってきますが、データシートに基づいた現像時間で概ね良好な結果を得ているので、実効感度が公称値から大きく外れているということはなさそうです。
リバーサル現像に関するデータ
今回の撮影では2本のフィルムを使いましたので、リバーサル現像に耐えられるかどうか、2本目はリバーサル現像をしてみました。
現像プロセスはイルフォード推奨の手順に従っています。
使用した現像液類は以下の通りです。
・第1現像液: シルバークロームデベロッパー 100ml + 水 400ml (希釈 1+4)
・漂泊液: 過マンガン酸カリウム水溶液 20ml + 水 230ml と、硫酸水溶液(10%) 25ml + 水 225ml の混合
・洗浄液: ピロ亜硫酸ナトリウム 12.5g を水 500mlに溶解
・第2現像液:第1現像液を使用
・定着液: スーパーフジックス定着液 170ml + 水 330ml (希釈 1+2)
第1現像時間は標準的なネガ現像時間から換算して12分40秒(20℃)としました。
その他の工程と時間は以下の通りです。
・第1現像: 12分40秒
・水洗: 5分
・漂泊: 5分
・水洗: 1分
・洗浄: 3分
・水洗: 1分
・再露光: 片面3分
・第2現像: 3分
・水洗: 1分
・定着: 7分
・予備水洗: 1分
・水洗促進: 1分
・水洗: 20分
・水滴防止: 30秒
リバーサル現像した作例
結論から言うと、リバーサル現像にも十分耐えられるフィルムだということです。ヌケの良い綺麗なポジが得られました。
ただし、フィルムベースが無色透明ではないようで、普通に現像したネガはわずかに青みがかった色をしています。たぶん、これが原因かと思われますが、リバーサル現像したポジは、ごくわずかですがセピアっぽい色に仕上がっています。
まず1枚目ですが、哲学堂公園の霊明閣という建物で撮影したものです。
ネガ現像のところで紹介した場所と同じですが、撮影ポジションが異なっています。
見た限りではネガ現像との違いは感じられません。コントラストやトーンの出方などもほとんど同じですし、解像度についても差はなさそうです。全体に非常に滑らかな感じの描写で硬さのない柔らかな画に仕上がっています。
使用している現像液は異なりますがほぼ同じ感じの像が得られているので、これがフィルムの特性なのでしょう。
2枚目はコントラストの高い被写体ということで撮影してみました。
場所は中野新井薬師の境内です。
空は薄曇りなので全体的にかなり明るい状態で、そこに樹の枝と常香炉の屋根を配してみました。やはりコントラストは低めに表現されていて、全体的に柔らかな中間調が際立っている感じです。シャドー部も真っ黒にならず、濃いグレーといった色合いになっています。
もう一枚、同じく中野新井薬師の山門を撮影したものです。
門の下から提灯を見上げるようにして撮影したもので、山門の柱の間から見える外の景色などはかなり明るくコントラストが高い状態だったのですが、写真ではそれほどの明暗差は感じられません。滑らかな中間調に仕上がっているという印象は他の写真とも同様です。
通常のネガ現像してもリバーサル現像してもフィルムが同じであればコントラストとか解像度は同じような傾向になるはずですが、フィルムによってはリバーサル現像がうまくいかないものもあります。その点、このフィルムはリバーサル現像でも良好な結果が得られていると思います。
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一言でいうととても軟調な描写をするフィルムといった感じです。中間調がとてもなだらかに表現されるので、写真全体が柔らかな印象に仕上がります。
解像度に関しては特別高くもなく低くもなく、標準的なレベルだと思うのですが、微粒子という謳い文句の通りの美しい粒状感だと思います。
その反面、コントラストは決して高くなく、むしろ低めと言っても良いと思うのですが、黒の締まりが物足りないという感じがします。ちょっと酷ですが、真っ黒が出ないフィルムという言い方ができるかもしれません。
また、エッジの効いた描写にはならないので、メリハリのある画にはなりにくいと思います。パキッとした描写を好む方からするとちょっとボヤっとした、若干ねむい写真に感じられる可能性が大です。
もしかしたら、フィルムの価格を抑えるために銀の含有量を少なくしているのかも知れません。
とはいえ、何度も繰り返しになりますが、中間調はとてもきれいに表現されるフィルムで、柔らかな描写が持ち前といったところでしょうか。
硬調な写真を好まれる方にとっては物足りないかもしれませんが、コストパフォーマンスという点ではかなり優れていると言えると思います。このフィルム特性に合った被写体を選んだり撮影意図を持って臨めば十分に応えてくれるフィルムだと感じました。
フィルム特性はARISTA EDUというフィルムに似通っている印象を持ちましたが、描写はPAN 100の方が美しいと思います。
なお、現像液を変えたり現像時間の調整によって仕上がり方は変わってくると思いますが、基本的な表現特性はあまり変化がないのではと思っています。
(2026.6.13)
