大判レンズのシャッター速度と絞りを実測

 大判カメラ用のレンズにはシャッターが組み込まれていて、絞り羽根もシャッターも電子制御とかではなく、すべて機械的に動くようになっています。バネや歯車、カムなどの組合せでこれらを正確に動かしているわけですから本当にすごいと思います。
 この機械式シャッターがどの程度の精度で機能しているのかを実測してみました。
 高精度の測定器を用いたわけではありません。あくまでも簡易的な測定ですので精度はそれほど高くないことをあらかじめお断りしておきます。

シャッター速度の測定方法

 シャッター速度の計測は下の図のような方法で行なうことにしました。

 シャッターが開いたり閉じたりする際に、光が透過、遮断される状態を感知するための装置(治具)が必要になりますが、これは自作します。この治具をレンズの下部に置き、レンズ上方から光をあてて、シャッターを切ったときの波形をオシロスコープでつかまえようというものです。
 治具の他に必要な機器類は安定化電源、オシロスコープ、LED照明、そして外光を遮断するための暗箱(これも自作)だけという簡単なものです。

 まず、シャッターの開閉を感知するための治具ですが、これはフォトトランジスタを使って実現することにしました。電子パーツの箱をかき回したところ、東芝製のフォトトランジスタ(すでに生産終了品)があったのでこれを使います。
 あとは抵抗器、端子台くらいがあれば何とかなりそうです。

 作成する治具は下の図のようなものです。

 細かな説明は省きますが、フォトトランジスタは光があたると電流が流れるというスイッチのような役目を果たしてくれます。このフォトトランジスタと抵抗器を上の回路図のように接続して、小さなケースに収めれば治具は完成です。フォトトランジスタの受光部に光があたるよう、ケースの上側に小さな穴を開け、ここにフォトトランジスタを差し込みます。
 上図右側の写真がケースに収めた状態ですが、ケースから出ている3本の電線のうち、赤と黒の線は電源に、黄色の線はオシロスコープに接続します。

 シャッターの開閉によりフォトトランジスタから流れる電流の波形は、角が取れた台形のような形をしています。

 台形波形の底辺の位置がシャッターが閉じている状態、上辺の位置が開いている状態になります。シャッターが開き始めてから開くまでの立ち上がり波形の1/2の位置、および、閉じ始めてから閉じきるまでの立下り波形の1/2の位置の間をシャッターが開いている時間(露光時間)とします。

シャッター速度の測定結果

 今回、計測対象としたレンズは、フジノンの大判レンズ「FUJINON W180mm 1:5.6」です。このレンズのシャッターにはコパルNo.1が使われており、シャッター速度は1~1/400秒まで、10段階あります。
 治具に外光があたらないようレンズを自作の暗箱に乗せ、上からLED照明をあてて計測します。

 実際に計測した結果は下記の通りです。
 それぞれのシャッター速度の位置で5回ずつ計測し、平均値、分散、偏差を求めてみました。

 オシロスコープの限界があるので、シャッター速度によって分解能(最小計測時間)を以下のように変えています。
  1~1/2秒   10ms
  1/4秒     5ms
  1/8秒     2ms
  1/15~1/30秒  200μs
  1/60~1/400秒 100μs

 この結果からもわかるように、低速側(1~1/8秒)では規格値よりも若干速め(開いている時間が短い)、高速側(1/15~1/400秒)では規格値よりも若干遅め(開いている時間が長い)という傾向があります。規格値に対して最もずれが大きいのが1/30秒の時ですが、それでも5.6%のずれですからかなり正確ではないかと思います。
 メーカーが規定している許容範囲がどのように設定されているのか詳しくは知りませんが、何年か前にこのレンズとは別のレンズを修理に出したことがありました。修理から戻ってきた際に検査結果表を見たら、シャッター速度は+30%~-20%くらいの許容値が書かれていたように記憶しています。
 規格値に対して30%のずれということは、大雑把に言うと絞りにして1/3段くらいに相当します。それくらいは許容範囲ということなのでしょう。

 それにしても、機械仕掛けだけでこれだけの精度を出すわけですから驚きです。

絞り開口部の測定方法

 次に、絞り羽根による開口部の測定です。
 これは開口部をデジカメで撮影し、その画像から開口部を多角形として近似的に面積を求めます。考え方を下の図に示します。

 任意の多角形(上の図では五角形)の頂点(P1~P5)と、任意の原点(P0)をプロットし、隣り合った2点ごとに原点からのベクトルの外積を求め、これを積算していくという方法です。
 この方法で任意の多角形の面積は以下の一般式で求めることができます。

 実際にレンズの開口部を撮影し、各頂点をプロットしたのが下の写真です。

 ここでは28点をプロットしています。絞り羽根の内縁は弧を描いているので、厳密にはもっと多くの頂点をプロットすべきですが、そこまでやっても有効値は得られないだろうということで28点にしました。
 各頂点の座標は、原点からの画像の画素数で求めています。
 上の写真は約1,600万画素のデジカメで撮影したものを若干トリミングしています。トリミング後の長辺が約4,480画素あり、この画素数で写している長さは約210mmですので、計算上の分解能は約0.047mmということになります。

 そして、この画像から各頂点間の長さを求めるため、基準として外側ジョウを40mmに開いたノギスを写し込んでいます。このノギスのジョウ間の画素数をもとに各頂点間の長さ(ベクトル)を求め、上の計算式にあてはめて開口部の面積を算出します。

絞り開口部の測定結果

 測定に用いたレンズはシャッター速度の計測に使ったのと同じ「FUJINON W180mm 1:5.6」です。このレンズの絞り羽根枚数は7枚です。測定対象はF5.6~F45までの7点です。なお、レンズの後玉を外して撮影しています。

 測定結果は以下の通りです。

 絞りは1段絞るごとに開口部の面積が半分になるので、F5.6のときの開口部面積を基準にして、各絞り値の時の比率を出してみました。いずれも基準値に対して±6%以内におさまっています。シャッター速度と同様に、この程度のずれに納まっているというのはやはり驚きです。
 最小絞りあたりになると開口部の形状が崩れてしまうレンズを見かけることがありますが、このレンズはF45まで絞っても、元の形と同様に比較的綺麗な7角形を保っていました。 

 露出はシャッター速度と絞りの組合せで決まるので、今回の測定結果からすると、それらの組み合わせで最もずれが大きくなるのが絞りF45、シャッター速度1/30秒の時で、露出がおよそ10%増えてしまうことになります。10%というのは通常の撮影ではほとんど気にならない誤差の範囲だと思います。
 シャッター速度や絞りが正常に機能せず、規格値から大きくずれてしまうと露出オーバーや露出アンダーの写真になってしまうわけですが、出来上がった写真を見てそれがわかるというのは、それぞれ50%以上のずれが生じている状態だと思われます。

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 今回、大判カメラ用のレンズのシャッター速度と絞りを実測してみましたが、素人が簡易的に計測しているので計測誤差はかなりあると思います。ですが、それを差し引いても傾向はつかめたのではないかと思います。
 手持ちのレンズすべてを計測するのは時間もかかり大変ですが、レンズを修理したり清掃した後に確認の意味で計測してみるのは価値があると思います。

(2022年1月25日)

#フジノン #FUJINON #シャッター速度 #絞り

レンズの「小絞りボケ」と大判カメラによる撮影の関係について

 カメラのレンズは絞るにつれて回折現象によって解像度が落ちていくというのは良く知られた話ですが、一方で、絞らなければ被写界深度が浅く、全体にピントが合った写真になりにくいというトレードオフのような関係になってしまいます。
 実際に、絞ることによってどれほど写真に影響があるのかを検証してみました。
 なお、レンズの性能を評価したり、それを論ずることが目的ではなく、あくまでも写真に与える影響にフォーカスしていますので、予めご承知おきください。

光の回折とエアリーディスク

 ある一点から出た光はレンズを通った後、撮像面に到達した光は一点に集まらず、円盤状に少し広がってしまいます。平行に進行する光が障害物に出会ったとき、障害物の裏側(影の部分)に回り込んでしまう現象で、「光の回折」と呼ばれています。これはレンズの収差をゼロにしても光が持つ波としての性質上、どうしようもないことのようです。

 この広がった光によって描かれる円を「エアリーディスク」と呼んでいます。エアリーディスクについて検索すると、下のような図がたくさん出てきます。

 エアリーディスクの大きさは次の式によって求めることができます。

  d = 2.44λF

 ここで、λは光の波長、Fは絞り値です。
 つまり、光の波長が一定であれば、エアリーディスクの大きさはレンズの絞り値によって決まるということになります(光の回折やエアリーディスクに関する学術的なことはここでは触れませんので、ご了承ください)。

 この式からも、絞り値が大きくなればエアリーディスクの直径も大きくなることがわかります。
 エアリーディスクは、本来は点でなければならない光が広がってしまうわけですから、当然、画像も劣化してしまいます。

 実際に上の式を使ってエアリーディスクの大きさを計算してみます。
 光の波長を450nm(0.45μm)、レンズの絞り値をF4とすると、

  d = 2.44 × 0.45 × 4
    = 4.392μm

 となります。 

 この条件下においては点像の直径を4.392μmより小さくすることはできません。すなわち、撮像面において、4.392μm以下の大きさは識別できないことになります。

 これは、1,800万画素ほどのAPS-Cサイズの撮像素子の1画素とほぼ同じ大きさです。
 F4よりも絞るとエアリーディスクの直径は大きくなり、1画素の大きさを上回ってしまいます。

▲シュナイダー アポジンマー 150mm 1:5.6

絞り値による画質への影響

 では、実際に絞り値によってどの程度、画質に影響が出るのかを確認してみます。

 私は大判カメラを使うことが多いので、シュナイダーのアポジンマー150mmという大判用のレンズで試してみます。このレンズの絞りはF5.6~64までありますので、まずは、1段ごとのエアリーディスクの大きさを上の式にあてはめて計算してみます。
 光の波長は450nmとします。

  F5.6 : d = 2.44 × 0.45 × 5.6 =  6.149μm
  F8  : d = 2.44 × 0.45 × 8  =  8.784μm
  F11  : d = 2.44 × 0.45 × 11 = 12.078μm
  F16  : d = 2.44 × 0.45 × 16 = 17.568μm
  F22  : d = 2.44 × 0.45 × 22 = 24.156μm
  F32  : d = 2.44 × 0.45 × 32 = 35.136μm
  F45  : d = 2.44 × 0.45 × 45 = 49.410μm
  F64  : d = 2.44 × 0.45 × 64 = 70.272μm

 実際の撮影は被写界深度の影響を受けない方がわかり易いだろうと思い、奥行きのない平面的な被写体をということで腕時計の広告を使いました。
 カメラを水平にし、広告面とカメラの撮像面を極力平行に保って撮影したのが下の写真です。

▲テストチャート代わりの腕時計の広告

 この状態で、レンズの絞りをF5.6~64まで変えて8枚を撮影しました。
 そして、中心部のあたりを拡大したものが下の写真です。

▲F5.6
▲F8
▲F11
▲F16
▲F22
▲F32
▲F45
▲F64

 上の写真でわかるように、絞ることで画質が低下していくのが明らかです。F16までは画質の低下もごくわずかですが、F22からは画質の低下が顕著に感じられます。F64まで絞るとかなり甘い描写になっています。

小絞りによる画質低下と写真の関係

 絞ることで画質の低下が生じることは明確ですが、では、それがどこにどのような影響を及ぼすのかというと、いろいろな見解があると思います。
 とにかく解像度至上主義のような方にとっては、いかに解像度を高めるかということや、機材によって解像度がどれくらい違うのかということが重要だと思いますし、レンズの評価を解像度で行なう方にとっても避けては通れないことだと思います。

 私も、レンズの解像度は低いよりは高い方が望ましいとは思っていますが、「写真」というものをどうとらえるかによって、解像度の持つ意味は変わってくると思います。
 私は機材を評価するレビューアーや技術者でもありませんので、機材性能の重要さは十分に認識していますが、それよりも、それによって生み出される「写真」そのものに重きを置いています。ですので、絞れば画質が低下することは承知の上で、目いっぱい絞って撮影することもあります。それは、写真をどのように表現したいかということによって変わるものだと思っています。

 どれだけ鮮鋭な写真を撮るかということも重要な要素だと思いますが、私はその場にいた自分の感覚とか感情を、写真を通してどう表現するかということに重きを置いています。
 例えば、パンフォーカスの風景写真を撮りたい場合など、小絞りによる画質の低下は承知しながらF45とかに絞って撮ることもあるわけで、何を表現し何を訴求したいかによって、どのように撮るかが決まってくるのではないかと思っています。

 とはいえ、画質の低下は放っておけない課題ではあるので、どのように折り合いをつけるのかについて考えてみたいと思います。

 撮った写真をどのように扱うかは様々だと思いますが、私の場合は、フィルムカメラで撮影した写真を四切から全紙くらいに引き伸ばして額装するというスタイルです。撮影した写真をパソコンの画面で等倍以上に拡大して、解像度がどうのということを論ずる使い方をするわけではありませんが、やはり、全紙に引き伸ばしたときに、あまり顕著な画質の低下は避けたいと思っています。

 では、それはどのような状態なのかということを、論理的に検証してみたいと思います。

プリントに許容される絞り値は?

 額装した写真というのは人間が目で見るわけですから、その状態で違和感なく、綺麗に見えることが求められます。では、それはどのような状態なのかを検証してみたいと思います。

 まず調べてみたところ、人間の目の分解能は視野角で1/120度(0.5分)くらいが限界とのことです。これがどれくらいの分解能かというと、1mの距離から、0.145mm離れた2つの点を識別できるということです。
 この人間の持っている目の分解能で、全紙に引き伸ばした写真を見たときのことを想定してみます。
 全紙の大きさは560mm×457mmです。この写真を1.5m離れたところから見た場合、人間の目の分解能で識別できるのは0.218mmとなります。

 では、4×5フィルムから全紙にするにはどれくらい引き伸ばせばよいかというと、短辺の比率で計算すると、4×5フィルムの短辺の長さは102mmですから、
  457 ÷ 102 = 4.48
 となり、約4.5倍ということになります。
 全紙大で0.218mmの分解能なので、4×5判のフィルム上では1/4.48、すなわち、
  0.218 ÷ 4.48 = 0.0487
 となり、0.0487mmの点像が識別できることが求められます。これは、F45に絞ったときの状態に近い値です。

 これらのことから、大判(4×5判)カメラで撮影した写真を全紙大に引き伸ばし、1.5m離れたところから見る場合、F45まで絞っても特に画質の低下を感じることなく、写真を観賞できるということになります。

 しかし、実際にはこれよりも小さな値、できれば半分くらいの値である0.024mm以下が望ましいと思われます。上でエアリーディスクの計算をしましたが、0.024mm(24μm)ということは、絞りF22のときとほぼ等しいということです。

 もちろん、中判カメラや35mm判カメラであれば全紙大までの拡大率が異なりますので状況は異なります。フィルムの面積が大きいほど、プリントの際の拡大率は小さくて済みますので、エアリーディスクの影響は少なくて済みます。

 念のためにつけ加えておきますが、これらはすべて理論的な話しであって、実際の撮影対象(被写体)や撮影条件によって大きく変わってくるので、それほど単純な話ではないと思っています。ですが、一つの目安にはなると思います。

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 レンズの絞りを絞るほど画質が劣化するのは紛れもない事実ですが、撮影した写真をどのように使うかによって状況は変わります。
 パソコンの画面で画素レベルまで拡大して解像度を論じるのと、写真をプリントして観賞するのとでは全く異なります。エアリーディスクによる画質の低下を認識したうえで、作画意図に応じて撮影条件を使い分けるということが重要かと思います。

(2021.7.12)

#レンズ描写 #絞り