大判カメラのアオリ(8) ティルトアオリをかけた時のピント合わせ

 大判カメラのアオリの中でも使う頻度が高いと思われるのがティルト、特にフロント(レンズ)部のティルトダウンアオリです。撮影する被写体によってその度合いは異なりますが、風景撮影の際にはパンフォーカスにしたいということから、そこそこの頻度でティルトダウンを使うことがあります。
 また、パンフォーカスとは逆に、一部のみにピントを合わせて他はぼかしたいというような場合も、ティルトアオリを使うことがあります。
 当然、ティルトをかけることによってピント位置が移動するわけで、一度合わせたピントがティルトによってずれてしまいます。そこで、再度ピントを合わせるとティルトの度合いがずれてしまうということになり、これらの操作を何度も繰り返す羽目になるということが起こり得ます。これはかなりのイライラです。

 そこで、ティルトをかけるときに、できるだけスムーズにピント合わせができる方法をご紹介します。

センターティルト方式のピント合わせ

 フロントティルトはレンズを上下に首振りさせるアオリのことですが、この動きには二通りの振る舞いがあります。
 一つは「センターティルト」と呼ばれるもので、金属製のフィールドカメラに採用されていることが多い方式です。リンホフマスターテヒニカやウイスタ45などがこのタイプに該当し、レンズが上下に首を振る際の回転軸(ティルト中心)、すなわち支点がレンズのシャッター付近にあります。

 下の写真はリンホフマスターテヒニカ45をティルトダウンさせた状態のものです。

 Uアーム(レンズスタンダード)の中央あたりにレンズボードを取付けるパネルが回転する軸があり、ここを中心して回転しているのがわかると思います。
 このタイプの特徴は、レンズの光軸は傾きますがレンズの位置はほとんど動かないということです。つまり、被写体とレンズの距離もほとんど変化しないということです。言い換えると、ティルトダウンすることによってピント面は回転移動しますが、いったん合わせたピント位置が大きくずれることはありません。

 このようなアオリの特性を持ったカメラの場合、最初のピント位置をどこに置けば都合がよいかを表したのが下の図です。

 上の図でもわかるように、アオリによってピント位置がずれないので、ピントを合わせたい最も近い(手前)被写体にピントを置いた状態でティルトダウンさせると、ピント合わせを効率的に行なうことができます。
 アオリをかける前のピント面は、手前の花の位置にあるレンズ主平面と平行な面ですが、この状態でティルトダウンすると、ピント位置が保持されたままピント面だけが奥側に回転して、結果的に手前から奥まで、概ね、ピントの合った状態にすることができます。
 このティルトダウンを行なっているとき、カメラのフォーカシングスクリーンを見ていると、手前から奥にかけてスーッとピントが合っていくのがわかります。ほぼ全面にピントが合った状態でティルトダウンを止め、後は微調整を行ないます。

 この方法を用いると、ピント合わせとティルトダウンを何度も繰り返す必要がありません。ほぼ1回の操作でティルトダウンの量を決めることができるので、とてもスピーディにピント合わせを行なうことができます。

 なお、最初に奥の被写体にピントを合わせた状態でティルトダウンすると、同様にピントの位置は移動しませんが、奥に向かってピントが合っていくので手前の方はボケボケの状態になります。

 ちなみに、例えば、藤棚などを棚の下から見上げるアングルでパンフォーカスで撮影したいというような状況を想定すると、この場合、レンズはティルトアップ、つまり上向きにアオリをかけることになりますが、最初にピントを合わせる位置はティルトダウンの時と同様で手前側になります。レンズの光軸が回転する方向はティルトダウンと反対になりますが、レンズ自体はほとんど移動しないのでピント面もほぼ移動しません。したがって、ティルトアップによってピント面を上側に回転させていくことで全面にピントを合わせることができます。

ベースティルト方式のピント合わせ

 フロントティルトのもう一つのタイプは、「ベースティルト」と呼ばれるもので、ウッド(木製)カメラに採用されていることが多い方式です。私の持っているタチハラフィルスタンドもこの方式を採用しています。

 タチハラフィルスタンドのフロント部をティルトダウンするとこのようになります。

 上の写真で分かるように、ベースティルトの場合はティルトダウンする支点がカメラベースの上あたりになります。レンズよりもだいぶ下の位置に支点があり、ここを軸として前方に回転移動するので、レンズ全体が前方に移動するのが特徴です。そのため、ピント位置も手前に移動します。

 その振る舞いを図示するとこのようになります。

 上の図のように、ベースティルトのカメラをティルトダウンすると、ピント面が最初に合わせた位置から手前に移動するとともに、レンズの回転移動に伴ってピント面も奥に向かって回転していくことになります。これら二つの動きが別々に行なわれるわけではなく、ティルトダウンすることで同時に発生することになります。
 ピント位置が手前に移動するので、最初の段階でピントを合わせたいいちばん奥の被写体にピントを置くことで、ティルトダウンすると奥から手間にかけてピントが合ってきます。

 最初に手前の被写体にピントを合わせた状態でティルトダウンすると、ピント位置はさらに手前に移動することになり、全くピントが合わなくなります。
 同じティルトダウンですが、センターティルトとベースティルトでは、最初にピントを置く位置が正反対になります。

スイング時のピント合わせ

 スイングアオリはレンズが左右に首を振る動作で、ティルトを光軸に対して90度回転させた状態に相当します。したがって、ピント合わせに関してはティルトと同じ考え方を適用することができます。
 ただし、ほとんどのカメラの場合、スイングに関してはセンタースイングが採用されているのではないかと思います。リンホフマスターテヒニカやウイスタ45などの金属製フィールドカメラはもちろんですが、タチハラフィルスタンドなどのウッドカメラもセンタースイングが採用されており、左右のどちらかを支点にしてスイングするようなカメラを私は見たことがありません。

 したがって、スイングアオリをかけたときのピント合わせはセンターティルトと同様に、ピントを合わせたい被写体の手前側に最初にピントを合わせておくと、ピント合わせをスピーディに行なうことができます。

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 ライズやフォール、あるいはシフトといったアオリはレンズが平行移動するだけなのでピント面が移動することもありません。しかし、ティルトやスイングはピント面が動いてしまい、ピント合わせに手間がかかります。経験知によってその人なりのピントの合わせ方というものがあると思いますが、アオリをかけることによるピント面の移動の基本を把握しておくことで、手間のかかる操作を多少なりとも軽減することができると思います。
 手前にピントを合わせたら奥側のピントが外れた、奥側に合わせたら今度は手前側がボケた、などということを繰り返さないためにも、ちょっとしたコツのようなものですが、使えるようにしておけば撮影時のイライラも解消されるかも知れません。

(2024.1.22)

#FielStand #Linhof_MasterTechnika #アオリ #タチハラフィルスタンド #リンホフマスターテヒニカ

国産大判カメラ タチハラフィルスタンド45 TACHIHARA Fiel Stand 45

 タチハラフィルスタンドは東京都北区にあったタチハラ写真機製作所が製造・販売していた大判カメラです。樹齢300年以上と言われる北海道産の朱里桜材を使うというこだわりの木製(ウッド)カメラで、4×5判だけでなく5×7判や8×10判などの大判カメラも製造していました。とても美しいフォルムをしたカメラで、国内だけでなく海外でも人気が高いようですが、残念ながらタチハラ写真機製作所は2013年に閉じられてしまいました。
 フィルスタンド(Fiel Stand)のFielの名前の由来については良くわかりませんが、フィールドカメラという意味でつけたのではないかと勝手に想像しています。

◆追記(2023年10月14日)
 このページを見ていただいた方から名前の由来について教えていただきました。
 「タチハラ=立原」は野原(原っぱ)に立つ、すなわち、Field Stand、そこからFiel Stand と命名されたとのことです。ありがとうございます。

 このカメラにはⅠ型からⅢ型まで3つのモデルがあるようですが、私の持っているのはいちばん古いⅠ型というモデルです。中古で購入したので詳しくはわからないのですが、たぶん1980年代に製造されたものではないかと思われます。
 私はこれまでに4×5判の木製カメラを4台ほど使ってきましたが、現在手元に残っている木製カメラはこのフィルスタンド1台だけになってしまいました。

タチハラフィルスタンド45の概要と主な仕様

 いわゆるフィールドタイプに分類される4×5判のカメラで、一般的なフィールドタイプのカメラに求められる機能はほぼ備わっています。左右のシフト機能はありませんが、風景撮影でシフトアオリを使うことはほとんどありませんし、どうしても使いたい場合は前後のスイングの組合せでシフトと同じ効果を出すことができるので、特に不都合は感じません。
 カメラベースの内側に可動トラックが組み込まれていて、これを繰出すことでフランジバックは約65mm~330mmが可能になります。テレタイプのレンズであれば焦点距離400mmくらいまでは問題なく使えますし、テレタイプでないレンズであっても、よほど近接撮影でもしない限りは300mmくらいまで使用可能です。
 取付けられるレンズボードはディファクトスタンダードともいえるリンホフ規格用になっていて、他のカメラとの使い回しもし易いと言えます。

 蛇腹のサイズは前側(レンズ側)が約115mmx115mm、後側(スクリーン側)が約145mmx145mmで、リンホフマスターテヒニカと比べると一回り以上大きくなっています。そのせいか、カメラを開いたときは実際のサイズ以上に大きく見えるというか、存在感のようなものを感じます。

 また、携行に便利なように折りたたむことができます。折りたたんだ時のサイズは突起部を含めてもおよそ195mm(縦)x210mm(横)x90mm(厚さ)という大きさで、リンホフマスターテヒニカと比べると突起部が多いため、縦横の流さは若干大きいですが、厚さはフィルスタンドの方が薄くなります。重量は約1.5kgとリンホフマスターテヒニカに比べると1kg以上も軽く、長時間歩くような撮影の場合にはとてもありがたいです。
 本体上部には革製のベルトがついていて、カメラを出し入れする際はとても便利です。

フロント部の機能、およびムーブメント

 リンホフ規格のレンズボードが取り付けられるようになっているのは前でも書いた通りですが、レンズ取付け穴の径が約89mmあり、リンホフマスターテヒニカよりも6mmほど大きくなっています。
 リンホフ規格のレンズボードの裏側にある円形の突起は2段になっていて、リンホフのカメラのレンズ取付けパネルの方にはこの突起が嵌合するように段差が刻んであるのですが、フィルスタンドのレンズ取付けパネルにはそのような段差がありません。レンズボード裏側にある外側の大きな突起がすっぽりと嵌まるように口径を大きくしているのかもしれません。

 カメラのフロント部のムーブメントとしてはライズ、フォール、ティルト、スイング、およびフロント部全体の移動が可能です。
 ライズとフォールは、レンズボード取付けパネル(レンズスタンダード)をフィルムの中心位置まで上げた状態でライズが約38mm、フォールが約18ミリ可能になります。ただし、センターが下方に約8mmオフセットされたリンホフ規格のレンズボードを使用した場合、フィルム中心とレンズ光軸を合わせるためには約8mm上げなければならないので、その状態からだとライズが約30mm、フォールが約26mmということになります。一般的な風景を撮影するのであれば十分な数値ではないかと思います。
 なお、ライズ量がわかるようにレンズボード取付けパネルの端に目盛り板があり、0を中心に上下に3まで目盛りが振ってありますが、この間隔が約5.5mmとなっています。なぜ、5.5mmなのか、その理由はわかりません。

 フロント部のティルトは前方に約32度、後方は蛇腹の影響を受けてしまいますが、42度くらいまで倒すことができます。これは、リンホフマスターテヒニカに比べてかなり大きなアオリが可能になります。実際の風景撮影でここまで大きなティルトを使うことはありませんが、ライズやフォールよりもティルトの使用頻度が圧倒的に多いので自由度は大きいと言えます。
 ティルトの角度を示すような目盛りや微動の仕組みはなく、手で角度を加減することになりますが、ニュートラルの位置でロックされるような構造になっています。
 なお、ティルトの支点はレンズスタンダードの下部になります。したがって、ティルトをかけるとレンズ下側の移動量は少なく、レンズの上側が大きく動くことになります。リンホフマスターテヒニカのようにレンズ中心を支点として回転するタイプと比べると、ピント合わせの方法が若干変わります。

 スイングはレンズボード取付けパネルの下部にあるレバーでロックを外すと、左右に約15度ずつ首を振ることができますが、これはニュートラル位置でロックされるような機構にはなっておらず、戻す場合は目視での確認が必要になります。

 また、可動レール上でレンズスタンダードを前後に約110mm動かすことができます。つまり、リア部を最後部まで下げ、可動レールをいっぱいに引き込んだ状態でレンズスタンダードをいちばん奥に入れるとフランジバックが約65mmに、いちばん前に出すとフランジバックが約175mmになります。
 ただし、レールに若干のガタがあり、移動後にロックする際、注意しないとわずかに傾いた状態で固定されてしまうことがあります。通常の風景撮影ではほとんど問題になりませんが、厳密に光軸の傾きをなくしたい場合は、左右のレールにある目盛りに合わせて位置決めをしてロックする必要があります。

リア部の機能、およびムーブメント

 リア部のムーブメントとしてはティルト、スイング、およびリア部全体の前後移動があります。

 まずティルトですが、後方に約25度、前方は機構的には90度まで可能ですが、実際には蛇腹の影響があるので30度くらいといったところでしょうか。フロントティルトと同様で、リア部の下部にティルトの支点があるので、やはりティルトをかけるとリア部の下側の動きは少なく、上側が大きく動くようになります。
 また、ニュートラル位置でロックされるような機構になっているのもフロントと同様です。

 スイングはリア部の左右にあるロックピンを緩めると、左右に約15度のスイングが可能になります。機構自体はシンプルなのですがわずかな動きには不向きで、バックスイングで微妙なピント出しをするのはちょっと大変です。

 リア部は約46mm、前方に移動させることができます。
 短焦点レンズを使用する場合、フロント部(レンズスタンダード)を奥に引き込んでしまうとベッドが写り込んでしまうことがありますが、このような際にリア部を前方に移動させることでフロント部の引き込み量を少なくして、ベッドの写り込みを防止することができます。リンホフマスターテヒニカではリア部を動かすことはできないのでベッドの写り込みを防ぐにはベッドダウンなどが必要になりますが、フィルスタンドではそのような手間がかからず、とても便利な機能だと思います。フィルスタンドのⅡ型になるとリア部の前後移動もラック&ピニオン式になっていて使い易さも向上しているようですが、Ⅰ型はリア部を手で押したり引いたりしなければなりません。

 写真の縦横の向きを変更する場合はフォーカシングスクリーンの嵌まっている枠をいったん外し、90度回転させて再度取付けるという手間が必要になります。リンホフマスターテヒニカやウイスタ45のようにくるっと回転してくれると便利なのですが、カメラ自体を90度回転させなければならないわけでもないので、目くじらを立てるほどのことではありません。

 多くの木製カメラは金属製カメラのように弁当箱のような筐体の中にすべてがおさまる構造ではないため、フォーカシングスクリーンもむき出しになっているものがほとんどです。そのままだと持ち運びなどの際に傷をつけてしまう可能性もあるため、私はアクリル板で保護板を自作して取り付けています。フォーカシングスクリーンのところに嵌まる大きさにアクリル板をカットし、ゴムひもでノブに引っかけるだけの簡単なものですが、これがあれば少々ぶつけても安心です。

タチハラフィルスタンド45の使用感

 このカメラに対する個人的な印象は、とてもしっかりした作りであるとともに使い易いカメラであるということです。大きさや重さという点でも携行性に優れていて、実際にフィールドで使用していても安心感のあるカメラです。機能的にも不足に感じることがないだけのものを装備しており、問題になるようなこともほとんどありません。このカメラを使い始めて20年ほどになりますが、今のところガタが来ているようなところもありませんが、長年使っていると可動部、特にレールの部分の動きが渋くなることがあるので、そのメンテナンスは時々おこなっています。
 360mmとか400mmという長焦点レンズを取付けるとレンズが重いので、カメラに負担がかかってブレてしまうのではないかという懸念もありますが、各部をしっかりとロックすればかなりの剛性が保たれているという感じで、堅牢性という点でも優れたカメラだということが実感できます。

 私がメインで使っているリンホフマスターテヒニカと比べても使い勝手の違いはあるものの、取り立てて欠点と言えるようなところはありません。むしろ、リンホフマスターテヒニカよりもムーブメントの自由度が大きく、特に短焦点レンズの使用時などは使い易いと感じることさえあります。
 唯一、これがあったらなぁと思うのはグラフロック機構です。ホースマンなどのロールフィルムホルダーが使えず、このカメラで使えるフィルムホルダーはごく一部のものに限られてしまいます。ホースマンのロールフィルムホルダーを無理に使うとフォーカシングスクリーンを傷めてしまいます。

 また、カメラに対する慣れの問題も大きいと思うのですが、金属製カメラに比べると可動部を締めつけるためのネジなどが多く、カメラのセットアップなどに若干、手間がかかるかも知れません。木製カメラの場合、各可動部に遊びが多いため、締め付けをしっかり行わないとガタガタしてしまいます。動かしたら締める、という動作が体に染みついていればどうってことはないのですが、時たま締め付けを忘れたりするとピントがずれる、なんていうことが起こりかねません。

 そしていちばん気をつけたいのが雨です。しっかりと塗装がされているとはいえ、材質が木材ですから濡らすことは絶対に避けたいと思っており、雨の日の撮影に持ち出すことはほとんどありません。滝などの飛沫も出来るだけ避けたいので、シャワーキャップやタオルは欠かせません。

 なお、私のフィルスタンドは蛇腹が少々劣化してきていて、何ヵ所かピンホールの補修をしてあります。そろそろ蛇腹の交換時期かも知れません。

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 私は大判カメラで撮影する場合、リンホフマスターテヒニカを使うことが多く、このタチハラフィルスタンド45の使用頻度はそれほど高くないのですが、カメラとしてはとても気に入っています。何といっても金属製のカメラにはない温もりのようなものが感じられます。タチハラフィルスタンドで撮ろうがリンホフマスターテヒニカで撮ろうが、出来上がる写真に違いはありませんが、やはり、お気に入りのカメラで撮ると意気込みも違ってくるというものです。
 このカメラを新たに購入しようとしても新品を手に入れることはまず不可能で、中古品も程度の良いものは徐々に少なくなっていくと思われます。わずか10年前まで、数人の職人さんたちでこのような見事な製品を作り続けておられたということが奇跡のように感じられます。

(2023年10月12日)

#タチハラフィルスタンド #FielStand