かつて、イーストマン・コダックからコダクロームというリバーサルフィルムが販売されており、何とも言えないコクのある発色をするフィルムでした。私もとても気に入っていて、使用するリバーサルフィルムの半分くらいはコダクロームでした。残念ながら2009年に製造販売が終了してしまい、それ以降、使用するリバーサルフィルムはフジクロームだけになってしまいました。コダックからはエクタクロームというリバーサルフィルムも販売されていましたが、私はその発色があまり好きになれず、ほとんど使うことはありませんでした。
フジクロームはコダクロームに比べるととても鮮やかな発色をするフィルムで、コダクロームのコクのある発色とは対極にあるようなフィルムですが、一言でいえば「とても綺麗に写るフィルム」という感じです。
そのフジクロームも今や風前の灯火といった感じで、現行品として手に入れることができるのはわずかに3種類のみ(2023年12月現在)といった状況です。
フジクロームの歴史は結構古く、少し調べてみたところ、最初のリバーサルフィルムは1948年(昭和23年)に「フジカラーリバーサルフィルム」という名称で発売されたようです。この時はまだ「フジクローム」という名前は冠していません。
もちろん、私が生まれるはるか以前のことなので、私はこのフィルムを使ったことも見たこともありませんが、私の父親が生前に撮影した写真の中にポジ原版が含まれていて、ひょっとしたら富士フイルム初代のリバーサルフィルムかも知れないと思ったりしています。また、写真に関する私の大先輩が、「はっきり言って使い物にならなかったらしい」とおっしゃっているのを聞いたことがあり、いまのフィルムと比べると画質はかなり劣っていたのだろうと思われます。
私が使った最初のフジクロームは、「フジクローム100プロフェッショナルD」というフィルムで、「RDP」というフィルムコードがつけられたものでした。ですので、最初のリバーサルフィルムから数えると4代目ということになるようです。
以来、長年に渡ってフジクロームを使ってきており、このフィルム(RDP)以降の製品に関しては今でもかなり記憶に残っているので、フジクロームの系譜のようなものを作ってみました。もちろん、記憶があいまいなところもあるので間違いや抜けがあると思いますし、懐古的になってしまうところもありますが、そのあたりは大目に見てください。なお、映画用フィルムに関しては今回の対象から外していますのでご承知おきください。
RDPが出たころはリバーサルフィルムの種類も多くはありませんでしたが、1990年代に入ると次々と新しいフィルムが発売されていきました。
1990年に初代の「ベルビア Velvia」 が発売されました。それまで、ISO50には「フジクローム50プロフェショナル(RFP)」というフィルムがあり、これもよく使っていました。とてもきれいな発色をするフィルムだと思っていたのですが、初めてベルビアで撮影したポジを見たとき、あまりの鮮やかさにびっくりしたのを覚えています。その鮮やかな発色ゆえ、自然風景を撮影する人から絶大な支持があり、「風景撮影にはベルビア」みたいな風潮になっていました。特に緑と赤の発色が鮮やかで、被写体や光の具合によってはしつこすぎると感じることもありましたが、一度ベルビアの味を知ってしまうと簡単には離れられないという感じでした。
ベルビアの成功に気を良くしたのかどうかはわかりませんが、ベルビアよりももっと鮮やかさを追求したリバーサルフィルムをということで、2004年に「フォルティア fortia」という新しい製品が発売されました。
早速、私も一箱購入して使ってみましたが、鮮やかさを通り越してどぎついともいえる発色、まるでペンキを塗りたくったようなベタっとした描写で、とても使う気にはなれませんでした。結局、1本使っただけで残りの4本は友人にあげてしまいました。
そう感じたのは私だけではなかったようで、とにかく不評だったらしく、翌年、改良版の「フォルティアSP」というフィルムが出ました。しかし、私は初代フォルティアのマイナスのイメージが強かったので一度も使うことはありせんでしたが、世の中の評判は結構よかったようです。
フォルティアもフォルティアSPも、富士フイルムが試験的に発売したフィルムではないかと思うのですが、いずれも発売から1年ほどで終焉を迎えてしまいました。
そんな中でもベルビアの人気は衰えることがなく、たくさんの人に支持され続けていましたが、2006年に製造販売が終了となってしまいました。原材料の調達が困難というのが理由のようでした。
ユーザーからの「ベルビア復活」の声もあったようで、翌年、「ベルビア50」という新製品が発売されました。調達困難な原材料を代替品にして、初代ベルビアに極力近づけたというアナウンスがありましたが、私が使ってみた率直な印象は、やはりベルビアとは違う、ということでした。確かに発色は似ていたのですが、初代ベルビアの方が自然な色合いに感じられ、以後、ベルビア50を使うことはごくまれになってしまいました。
時は前後しますが、初代ベルビアが販売終了となる数年前の2003年に「ベルビア100」と「ベルビア100F」という2製品が新たに発売されました。
ベルビア100は、鮮やかというよりは「派手な」という表現がぴったりするような発色傾向で、私の好みには合わず、このフィルムも数本使っただけで、以後、使うことはほとんどありませんでした。
一方、ベルビア100Fは、ベルビアの名を冠してはいますが全く別物のようなフィルムで、自然な発色は私の好みにぴったりという感じでした。
富士フイルムのリバーサルフィルムは、その発色の仕方によって、「イメージカラー」、「ナチュラルカラー」、「リアルカラー」の3つが定義されていて、ベルビアシリーズは高彩度な「イメージカラー」に分類されているのですが、ベルビア100Fだけは本来の色に忠実な「リアルカラー」に属しています。私は、鮮やかだけれど自然な色合いのベルビア100Fがたいそう気に入っていたのですが、残念ながらこれも生産終了となってしまいました。
さて、元祖フジクロームの本流を受け継いでいるのがプロビアシリーズで、「プロビア100」、「プロビア400」、「プロビア1600」とISO感度の異なる3種類がラインナップされていましたが、現在残っているのはプロビア100の後に発売された「プロビア100F」だけとなってしまいました。
フジクローム100Dの後継として初代のプロビア100が発売されたのが1994年です。フィルムコードはフジクローム100Dを受け継いで、「RDPⅡ」となっていました。その後、2000年に発売されたプロビア100FがRDPⅢで、これが現行品になります。ベルビアに比べるとおとなしめの発色をする「ナチュラルカラー」に分類されるようです。高彩度ではあってもベルビアほど硬調ではないといったところでしょうか。フジクロームのDNAを受け継いでいる正統派フィルムというべき存在なのかも知れません。
もともと、フジクローム100Dには「RDP」と「RD」の2種類が存在していました。リバーサルフィルムはそのほとんどがプロフェショナル用ということでフィルムコードの末尾に「P」がつくのですが、「P」のつかない「RD」はアマチュア向けということで販売されていたフィルムです。常温保存が可能など、扱い易さを売りにしていたのですが、ベルビアシリーズやプロビアシリーズになってからはアマチュア向けというのが姿を消してしまいました。
リバーサルフィルムは、カラーネガフィルムに比べると圧倒的に需要が少ないわけで、それを打破してもっと裾野を広げたいという思いがメーカーにあったのではないか想像するのですが、プロビア100をベースにアマチュア向けとして「トレビ400」と「トレビ100C」というフィルムが発売されました。135のみで、ブローニーサイズやシートフィルムはなかったと思うのですが、価格も低く抑えられていたように記憶しています。これらのフィルムが裾野を広げたり全体の底上げに貢献したのかどうかはわかりませんが、数年で姿を消してしまいました。
高感度のプロビア400やプロビア1600も何度か使ったことはありますが、自然風景が主な被写体の場合、それほど高感度である必要はなく、また、高感度フィルムで撮影したポジから大きく引き伸ばすと粒子の荒れが気になり、これらのフィルムを常用することはありませんでした。
そして、どちらかというと高彩度で派手な発色傾向にある富士フイルムのリバーサルフィルムの中で、異彩を放っていたのが「センシア Sensia」と「アスティア Astia」です。
発売時期はセンシアが1994年、アスティアが1997年とのことです。
センシアのフィルムコードには「P」がついておらず、アスティアのフィルムコードの末尾には「P」がついているので、センシアはアマチュア向け、アスティアはプロ向けということで用意されていたようです。また、センシアは135だけだったと思いますが、アスティアはブローニーやシートフィルムも販売されていました。
いずれも「リアルカラー」に分類されるフィルムで、肉眼で見たのに近い色再現性のフィルムでした。それまでのベルビアやプロビアという高彩度のフィルムを見慣れてきた目からすると、とてもあっさりした色合いで、拍子抜けするほどでした。まるで、半世紀以上も前に撮影され、すっかり退色してしまったポジを見ているかのように感じたものです。
私はポートレートを撮ることはあまりないのですが、プロビアやベルビアで撮ると肌が赤っぽくなってしまいます。しかし、アスティアで撮ると女性の肌が本当に綺麗に表現されて、まさにポートレートのために生まれてきたフィルムといった感じです。
このフィルムで風景を撮影し、そのポジを見たときは、あっさりしていてインパクトに欠けるなと思ったものですが、繰り返し何度も見るにつけ、これが本来の色だと思うようになりました。それ以来、アスティアで自然風景を撮ることが随分と増えました。
同じ場所をベルビアとアスティアで写したポジを見た場合、ベルビアの方が鮮やかでインパクトがあるのは間違いがなく、それを見た多くの人はベルビアの方が綺麗だというかも知れません。しかし、自然の繊細さや優美さのようなものを表現するには、明らかにアスティアの方が勝っていると感じていました。
また、アスティアは当時のリバーサルフィルムとしては最も粒状性に優れたRMS7を実現していたらしく、この辺りもポートレートを意識したフィルムだったのかも知れません。
アスティアも2012年にはすべてのサイズが販売終了となってしまいました。
ベルビアとプロビアは比較的似ているところもありますが、アスティアに関してはこれの代替となるようなフィルムは存在せず、このフィルムが廃版になってしまったのは本当に残念でなりません。
フジクロームの中で特殊な存在というとタングステンフィルムとデュプリケート用フィルムでしょう。
タングステンフィルムは、人工照明のもとでの撮影用として用意されていたフィルムで、主に商品撮影に使われていたことが多いと思います。現在のデジタルカメラであればホワイトバランスの設定で簡単に対応できますが、フィルムの場合はそういうわけにはいかず、人工照明下でもカラーバランスが崩れないという、フジクロームの中で唯一のタングステンタイプのフィルムでした。
私はほとんど使うことはありませんでしたが、時々、このフィルムを太陽光のもとで使用したことがあります。太陽光のもとで撮ると色温度の関係で全体が青っぽくなり、ちょっと幻想的な表現ができるため、お遊びで使っていました。
また、デュプリケート用のフィルムは、大切なポジ原版に傷がついたりすると台無しになってしまうので、複製をつくるということで用いていたフィルムです。デジタルカメラが普及する前は、フォトライブラリーなどにもポジ原版を預けていたものですが、その際にも複製をつくるなど、それなりに需要のあったフィルムでした。
こうして振り返ってみると、1990年から2000年代の前半にかけて、本当にたくさんのリバーサルフィルムが生まれてきたのがわかります。今からすると夢のような時代でした。これほどたくさんの種類があっても常用するフィルムは限られてはいますが、それでも、選択肢が多いということは幸せなことでした。
目的とする被写体と使用するフィルムの組合せを考えて撮影するという、面倒くさいけれどもそれが楽しみでもあったのも事実です。フィルムはメーカーが設定した画質や色合いなどをユーザーが変えることはできませんが、それでもフィルムの特性を理解しながら、露出コントロールしたりフィルターを使ったり、はたまた現像条件を変えたりしながら、自分なりの色を追い求めていたというのも一つのスタイルだったかもしれません。
今のデジタルカメラであればフィルムをとっかえひっかえしなくても、フィルムシミュレーションやホワイトバランスなどで如何様にでも対応できてしまうので、本当に便利になったと思います。
自分なりにフジクロームの系譜を書いてみて、昔は良かったなどと懐古主義に走るわけではありませんが、あらためて思うのはフィルムの偉大さです。これら、廃版になってしまったフィルムをこの先、使うことは叶いませんが、過去にこれらのフィルムで撮影したポジが残っているのがとても貴重なことのように思えてきます。
(2023.12.10)