フィルムカメラで特にカラーリバーサルフィルムを使って撮影をしていると、光の状態や撮影の条件などでカラーバランスが崩れてしまうことがあります。デジタルカメラのようにホワイトバランスの調整機能があれば便利なのですが、そういうわけにもいかないので、カラーバランスを崩したくないときは補正をかけるなどの対策が必要になります。もちろん、敢えてカラーバランスが崩れたままにしておくこともありますが、補正をするにしてもしないにしても、現像が完了するまでは崩れ具合を確認することはできません。
カラーバランスの崩れ方はフィルムによって違いがありますが、代表的なカラーバランスの崩れについて触れてみたいと思います。
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長時間露光によるカラーバランスの崩れ
フィルムというのは光が当たることで、表面に塗られている乳剤(感光材料)の中のハロゲン化銀が化学反応を起こすことで像(潜像)がつくられるわけですが、このとき、フィルムにあたる光の量とハロゲン化銀が起こす化学反応の度合いの間には「相反則」という関係があります。簡単に言うと、フィルムにあたる光の量が2倍になれば化学反応の度合いも2倍になるということです。
カメラの場合、フィルムにあたる光の量というのは絞りとシャッター速度、つまり光が当たる時間によって決まりますが、この時間が極端に短いとか、逆に極端に長い場合はこの相反則が成り立たなくなってしまいます。この現象を「相反則不軌」と言い、これが発生するとカラーバランスが崩れてしまいます。
相反則不軌が生じる短い時間、および長い時間というのがどれくらいの時間なのか、富士フイルムから公開されているデータシートを見ると以下のように記載されています。
PROVIA 100F : 1/4000~128秒 補正不要
Velvia 100F : 1/4000~1分 補正不要
Velvia 50 : 1/4000~1秒 補正不要
また、上記の時間を超える長時間露光の場合は色温度補正フィルター等による補正の方法も記載されていますが、上記の時間よりも短い場合の補正方法に関しては記載されていません。一般的なフィルム一眼レフカメラの最高速シャッター程度では補正するほど顕著には生じないということかもしれません。
これを見ると、PROVIA 100FやVelvia 100Fでは一般的な撮影条件の範囲において、相反則不軌が起きることはほとんどないと思われますが、Velvia 50の場合は数秒の露光時間でも発生してしまうことになります。
私が主に使っているフィルムはPROVIA 100FとVelvia 100Fですが、確かに長時間露光をしても相反則不軌が生じたことはほとんどありません。星の撮影などをする場合は補正が必要になると思いますが、私のように一般的な風景撮影の場合は補正不要の範囲内におさまってしまいます。
一方、ごくまれにVelvia 50を使うことがありますが、こちらは数秒の露光でもカラーバランスが崩れてしまい、数十秒の長時間露光をすると顕著に表れてきます。
実際にVelvia 50で長時間露光撮影した例がこちらです。
埼玉県にある三十槌の氷柱で撮影したものですが、早朝のため太陽光が山で遮られており、辺りは日陰になった状態です。露光時間は64秒です。
カラーバランスが大きく崩れて、全体的にかなり青みがかっているのがわかると思います。氷柱や石の上に積もった雪の影の部分なども青くなっていますし、河原の石も黒というよりは群青色といった感じで、相反則不軌がしっかり生じています。
このような色合いの方が冷たさや寒さが感じられるという見方もあろうかと思いますが、実際に肉眼で見た印象とはかなり異なっています。
相反則不軌によって色合いが青になるのは、長時間露光すると赤感光層の感度が大きく低下することが理由のようです。
富士フイルムのデータシートによると、このカラーバランスの崩れを補正するために下記のようなフィルターの使用を推奨しています。
PROVIA 100F : 2.5G
Velvia 100F : 2.5B
Velvia 50 : 5M~12.5M
なお、長時間露光による相反則不軌は全体的に露出が不足しているわけではないので、露光時間を長くしても改善はしません。むしろ増長してしまいます。光の強い箇所(ハイライト部分)は相反則不軌はほとんど起きませんが、光の弱い箇所(シャドー部分)は相反則不軌の度合いが高いため、露光時間を長くするほどコントラストが高まっていきます。
タングステン電球や水銀ランプ等の照明によるカラーバランスの崩れ
現在、一般に市販されているカラーリバーサルフィルムはすべてデーライト(昼光)用フィルムです。これは昼間の太陽光のもとで撮影するとバランスのとれた綺麗な発色がされるというもので、色温度がおよそ5,500Kで正しい発色をするように作られているようです。
かつては3,200Kあたりで正しい発色をするタングステンタイプと呼ばれるフィルムも販売されていましたが、ずいぶん昔に廃盤になってしまいました。
光の色温度が異なれば、その違いは人間の眼でもある程度はわかりますが、フィルムはこれをとても敏感に感じ取ってしまいます。タングステン電球や水銀ランプ、あるいは蛍光灯などの人工照明のもとでデーライトフィルムを使って撮影すると、それらの光の特性の影響をもろに受けます。
例えば、タングステン電球のもとではオレンジっぽい色に、水銀ランプのもとでは緑っぽい色の写真になります。縁日などの夜景を撮ると全体に赤っぽく写ってしまうのは典型的な例です。
下の写真は京王線の若葉台車両基地の夜景を撮影したものです(別のページで掲載したものを使用しています)。
鉄道の施設で使用する照明については細かな決まりがあるらしく、詳しくは知りませんが車両基地やヤードなどでは主に水銀灯が用いられています。車両の入れ替えを安全に行なうため、作業される方が構内の施設物や車両などを確実に認識できるようにということで採用されているようです。
この水銀灯の光は人間の眼には若干青みがかった白に見えますが、色温度が太陽光よりも低く(だいたい4,500K~5,000Kらしい)、赤色の成分が低いため、デーライトフィルムで撮ると青緑というような色に写ります。肉眼で見たのとは全く違います。
しかし、これはこれで夜の雰囲気が出ているし、幻想的というのとはちょっと違いますがSFの世界を見ているような、秘密基地を見ているような感じがします。
人工照明下で撮影した場合、単なる色温度の違いだけでなく色の成分の度合いも違うため、使用されている照明によって全く異なる発色をします。現像するまで発色の状態がわからないという不便さはありますが、予想外の色合いのポジが仕上がってきたときは新たな発見です。
晴天時の日陰におけるカラーバランスの崩れ
晴天の日中、太陽光が潤沢に降り注いでいるときがデーライトフィルムにとって最も綺麗に発色するというのは上にも書いた通りですが、晴天の日中でも日陰に入ると状況はまったく異なります。
晴天時の日陰は太陽からの直接の光が遮られるため、上空で乱反射した波長の短い光、すなわち青い成分の光の度合いが高く、それによって青っぽく写るらしいですが、難しい理由はともかく、晴天時の日陰は見た目以上に青く写ります。
晴天時の日陰の色温度はおよそ7,000~7,500Kらしいので、直接の太陽光と比べるとかなり高い値です。
晴天時に日陰で撮影するということは少なからずありますが、部分的に日陰になっている程度であればほとんど影響はありません。ただし、撮影している周辺一帯が日陰になっているような場合は影響が大きく、写真は青被りを起こしてしまいます。
青被りがはっきりと出ている例が下の写真です(別のページで掲載したものを使用しています)。
東京都の御岳渓谷で撮影したものですが、太陽の光が正面の山に遮られており、この一帯は日陰になっている状態です。そして、上空は雲一つない青空です。
このようなシチュエーションのときが最もカラーバランスが崩れやすく、まるでレンズに青いフィルターでも着けたかのようです。
同じ青被りでも、長時間露光による相反則不軌が発生した時とは根本的に異なっています。相反則不軌の場合は赤の感光度合いが著しく低下することで青が強く出てしまうような状態になるわけですが、こちらは露光不足ではなく、全体に青い方にシフトしているという感じです。ですので、相反則不軌のようにコントラストが高まるということはありません。
このようなカラーバランスの崩れは、色温度補正(変換)フィルターを使うことで補正することができます。一般的にはW2とかW4というフィルターをつけることで色温度を下げ、正常なカラーバランスにすることができます。
色温度補正フィルターは、変換することのできる色温度によって名称がつけられていて、例えば、W2フィルターの場合は20ミレッド、W4フィルターの場合は40ミレッドの変換ができることを示しています。
色温度変換の詳細についてはここでは触れませんが、ごく簡単にいうと、オリジナルの光源の色温度(K₁)と、フィルターを通った光の色温度(K₂)の関係を表したもので、次のような式になります。
変換ミレッド = 1/K₂ * 10⁶ - 1/K₁ * 10⁶
上の式にあてはめると、例えば色温度5,000Kのオリジナル光源が、W2フィルターを通ることで約4,545Kに色温度が下がることになります。
朝夕の撮影時におけるカラーバランスの崩れ
日の出や日の入りの時間帯の光というのは見た目にも赤っぽいとわかるので、このような光の状態で撮影をすれば赤っぽく写るのはごく当たり前というか、とてもわかり易いと思います。
しかし、この朝方や夕方の赤っぽく写る現象は人間の眼が感じているよりも長い時間続いていて、日中の光とほとんど変わらないと思っても、実際に撮影してみると赤っぽく色被りをしていたなんていうことはよくあります。
赤っぽいからこそ朝方や夕方の感じが出るのであって、私の場合、敢えてこれを補正することはあまりありません。むしろ、風景写真などの場合、赤みを強くしたいということの方が多いのですが、時には、被写体や撮影意図によっては赤みを取り除きたいという場合もあります。
下の写真は小海線の小淵沢大カーブと呼ばれるところで撮影したものです。
全体に赤っぽく色被りをしたようになっています。
撮影したのは朝です。太陽はだいぶ高い位置まで登っており、肉眼では日中の光とほとんど同じに感じたのですが、実際に撮影してみるとかなり赤みがかってしまいました。
この程度の赤みを補正するのであれば色温度補正フィルターのC2くらいをつければ、日中の光で撮影したと同じようなカラーバランスになります。補正せずそのままにしておくか、補正して正常なカラーバランスにするかは好みや撮影意図に合わせて選択ということになります。
ちなみにC2とかC4フィルターはW2やW4フィルターとは逆に、色温度を高い方に変換します。変換の度合いはC2で20ミレッド、C4で40ミレッドです。
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富士フイルムが異常とも思える値上げを発表したり、MARIXマリックスから新たにリバーサルフィルム(中身はエクタクロームとのことですが)が発売されたりと、日ごろ、リバーサルフィルムを使っている私にとっては心穏やかならぬ6月でした。
リバーサルをやめなければならない日もそう遠くないのでは、という思いもありながら、買い置きしてあるフィルムであと1年半くらいは持ちこたえられそうなので、あまり外乱に惑わされないようにしようと思ってはいます。しかし、イマイチ、気持ちが晴ればれとしないのも事実です。
それでも、虎の子のようなフィルムを持っていそいそと撮影に出かけると、この先もフィルムの価格がどんどん上昇して、いずれ購入することができなくなるかも知れないという沈鬱な気持ちもどこへやら吹っ飛んでしまいます。
光の状態や撮影条件によってカラーバランスが大きく変わるリバーサルフィルムですが、非現実的な発色に出会えたりするのもリバーサルフィルムならではかも知れません。
(2023年6月30日)