ペンタックス67用には2本のマクロレンズが販売されていました。最初のモデルは1971年に発売された「SMC Macro Takumar 6×7 135mm 1:4」で、その後、マイナーチェンジが行われて「smc PENTAX67 MACRO 135mm 1:4」となっています。もう1本は2002年に発売された「smc PENTAX67 MACRO 100mm 1:4」です
私が持っているのは135mmマクロの後期モデル、smc PENTAX67 MACRO 135mm 1:4です。詳しいことはわからないのですが、1980年代後半ごろに製造されたものではないかと思います。
100mmマクロに比べて135mmマクロはあまり人気がないのか、中古市場を見ても非常にたくさんの数が出回っています。しかも、PENTAX67用レンズの中でもかなり安い金額で出回っていて、中には捨て値同然のような価格設定されたものもあります。
私もこのレンズを使う頻度は低いのですが、ご紹介したいと思います。
smc PENTAX67 MACRO 135mm 1:4 の主な仕様
このレンズ、マイナーチェンジされているとはいえ、外観やデザインに手を加えられただけで、基本的な構成は1971年に発売された時から変わっていないようです。
このレンズの主な仕様を記載しておきます。PENTAX67交換レンズの使用説明書からの抜粋です。
レンズ構成枚数 : 3群5枚
対角画角 : 36.7°(67判使用時)
最小絞り : 22
絞り羽根 : 8枚
測光方式 : 開放測光
フィルター取付ネジ : 67mm
最短撮影距離 : 0.75m
全長 : 95mm
最大径 : 91.5mm
重さ : 620g
このレンズを67判で使ったときの画角は、35mm判カメラに換算すると焦点距離がおよそ70mm前後のレンズに相当します。画角としては35㎜判の標準と中望遠の中間あたりに相当する焦点距離です。67判の対角画角が36.7度、横位置に構えたときの水平画角が29.1度、垂直画角が23.4度ですから、中望遠よりも少し広めの画角です。
レンズ構成が特徴的で、3群5枚のヘリアー光学系を採用しているようです。ペンタックス67用のレンズの中でこのような構成を採用しているレンズはこれだけではないかと思います。
3群のレンズは凸凹凸のトリプレット構成になっており、前群と後群が2枚の貼り合わせレンズになっています。正確には中央(2群)のレンズを少し前に移動させたダイナ光学系と呼ばれるようですが、ヘリアー光学系でも間違いではないようです。
下の図はPENTAX67の使用説明書をもとに作画したものですが、レンズの正確なサイズや位置を再現しているわけではありませんのでご承知おきください。
ヘリアーは言うまでもなく、フォクトレンダーが120年以上も前に製品化したレンズですが、シンプルな構成でありながら高い性能を持ったレンズと言われていて、改良はされているものの現在でも現役で活躍しているレンズです。
マクロレンズとはいうものの、最短撮影距離が0.75m、撮影倍率が1/3.2倍という仕様ですから、今のマクロレンズの感覚からするとかなり見劣りする感があります。今のマクロレンズは等倍撮影ができて当たり前のような感じですから、ハーフマクロにも及ばないこのレンズは仕様的に物足りなかったのかも知れません。買ってはみたものの、思うように寄れないということで手放す人も多く、それが中古市場でもだぶついている原因のようにも思えます。
ちなみに、100mmマクロは単体で1/1.9倍、ライフサイズコンバータを着けると1.12倍までの撮影ができるので、ユーザーがこちらのレンズに流れていくのはごく当たり前かも知れません。ただし、希望小売価格は190,000円という高額なレンズでした。
私も100mmマクロは欲しいと思っていましたが、縁がなかったのか、いまだに手に入れることができておりません。
絞りはF4~F32までの指標があり、F5.6~F22の間は1/2段ごとのクリックがありますが、F4とF5.6の間、およびF22とF32の間は中間クリックがありません。
ピントリング(ヘリコイド)の回転角は約270度で、無限遠から最短撮影距離まで回すには、途中でリングを持ち替えないと厳しいです。最短撮影距離にした際のレンズの繰り出し量は約42mmで、通常のレンズに比べると多く繰り出せるようになっているようです。
レンズを42mm繰り出すと、レンズと撮像面の距離は177mmになりますので、ここから露出補正値を計算すると、
露出補正値 = (177 / 135)^2 = 1.72倍
となります。
これは絞り値にすると約1.3倍に相当しますので、最短撮影距離における絞りF4の実効F値は約F5.2ということになります。3/4段ほど暗くなりますので、リバーサルフィルムを使用する場合は影響が出る値です。昔ながらのマニュアルカメラで使用する場合は露出補正が必要になることがあると思います。
素材にプラスチックが多く使われていることもあり、レンズの重さはあまり気になりませんが、手持ちでの近接撮影は難しいと思われます。
smc PENTAX67 MACRO 135mm 1:4 のボケ具合
このレンズのボケ具合を、以前に作成したテストチャートを用いて確認してみました。レンズの光軸に対してテストチャートを45度の角度に設置し、約2m離れた位置からの撮影です。
下の3枚の写真は、1枚目がテストチャートにピントを合わせた状態、2枚目が後方30cmの位置にあるテストチャート(後ボケ状態)、そして3枚目が前方30cmの位置にあるテストチャート(前ボケ状態)を切り出したものです。いずれも絞りは開放(F4)です。
次に、絞りをF8にして後方30cmの位置にあるテストチャートを撮影したもの、そして、同じく絞りF8で前方30cmの位置にあるテストチャートを撮影したものが下の2枚の写真です。
さらに、絞りをF16にして後方30cmの位置にあるテストチャートを撮影したもの、そして、同じく絞りF16で前方30cmの位置にあるテストチャートを撮影したものが下の2枚の写真です。
こうして見てみるととても素直なボケ方をしているという印象を持ちます。どちらかに偏ったようなボケではなく、全方位に均一にぼけている感じです。ボケ方もなだらかできれいなボケではないかと思います。
また、後ボケと前ボケの形(ボケ方)が非常に似通っている感じもします。後ボケと前ボケはそのボケ方が異なるレンズが多いのですが、このレンズはどちらも同じようなボケ方をしていると思います。
参考までに、ピント位置から比較的近い位置にあるテストチャートを撮影したものも掲載しておきます。
絞りをF4(開放)にして後方10cmの位置にあるテストチャートを撮影したもの、そして、同じく絞りF4で前方10cmの位置にあるテストチャートを撮影したものが下の2枚の写真です。
やはり、なだらかで素直なボケになっていると思いますが、後方のテストチャート(後ボケ)の方がボケ方が大きいように思います。
ちなみに、最短撮影距離(0.75m)で絞り開放で撮影した時の被写界深度を計算してみると以下のようになります。
被写界深度の計算式は、
前側被写界深度 = a²・ε・F /( f² + a・ε・F)
後側被写界深度 = a²・ε・F /( f² - a・ε・F)
となります。
ここで、
a : 被写体までの距離
f : レンズの焦点距離
F : 絞り値
ε : 許容錯乱円
を表します。
許容錯乱円をどれくらいとみるかによって結果は異なりますが、ここでは長らく使われてきた0.033mmを適用して計算してみます。
これで計算すると、前側被写界深度は約2.37mm、後側被写界深度は約2.39mmとなり、前後を合わせると約4.78mmという結果になります。135mmという焦点距離なのでこんなものかなとは思いますが、やはり最短撮影距離ではピント幅が浅く、ピント合わせは慎重に行なう必要があります。
smc PENTAX 67 MACRO 135mm 1:4 の作例
マクロレンズだからというわけでもありませんが、私がこのレンズで撮影したものはやはり近景のもの、特に野草を撮影したものが圧倒的に多くあります。3枚の写真を掲載しますが、いずれも使用したフィルムは富士フイルムのPROVIA 100Fです。
まず1枚目は、夏によく見ることができる野草、オカトラノオです。
茎の先端にたくさんの白い小さな花を総状に咲かせる野草で、花穂の先が垂れ下がることからこの名前がつけられたようです。下の方から先端に向けて徐々に咲いていくのですが、この個体はまだ咲き始めで数輪しか開いていません。開いた花の直径は1cm足らずですが、たくさん開くと結構見応えがあります。
トップライト気味の状態なので、白い花弁の質感が損なわれないように露出を若干抑え気味にしています。絞りは開放です。
ピントは開いている花の蕊に合わせていますが、被写界深度が浅いので他の部分はボケています。ボケ方はなだらかできれいだと思います。
画の下側に葉っぱを1枚入れてありますが、この葉っぱが先端に向かってふわっと溶けていくようなボケ方をしていて個人的には気に入っています。
一方、右上に斜めに白い線が見えますが、これは細い野草の葉っぱで、二線ボケの傾向が感じられます。PENTAX67のレンズは二線ボケが出やすい印象があり、そんな中でもこのレンズは二線ボケが出にくいほうなのですが、やはり被写体によっては出てしまいます。
2枚目は初夏に咲く花、ツユクサを撮影したものです。
鮮やかな青紫色の花が特徴的で、朝に開いて昼頃にはしぼんでしまう短命の花です。花弁は2枚しかないように見えますが、下側に白い小さな花弁があって、全部で3枚あります。上側の2枚が大きくて丸っとしていて、私にはミッキーマウスのように見えてしまいます。
陽がだいぶ高くなっていますが、少し前まで降っていた雨が残っている状態で撮影しました。
この花は群生していることが多く、周囲にもたくさんの花が咲いていましたが、あまりたくさん入れると画がごちゃごちゃしてしまうので、背後に一輪だけいれて、後は葉っぱに着いた雨露の玉ボケを配してみました。ですが、バックがちょっとうるさい感じになってしまいました。
1枚目の写真と比べると全体にコントラストが高めですが、ボケ方としてはきれいではないかと思います。
このレンズで撮影した遠景の写真がほとんどなくて、中景ほどの距離で撮影したものを例として掲載します。
長野県の富士見高原にある花の里という場所で撮影した、白樺林に咲く大輪の百合です。
夏になると500万輪ともいわれる百合のほかにマリーゴールドなども咲き誇る、癒される場所です。特に白樺林に百合が咲いている姿は情緒的で、たくさんの人が訪れています。都会はうだるような暑さですが、ここは標高が1,250m以上あるらしく、日差しは強くても風がとても爽やかです。
この写真は林の中ほどに咲いている一株の百合を撮ったものですが、手前にたくさん咲いている百合を前ボケに入れています。中央の百合の花までの距離は10mほどだったと思います。ボケをできるだけ大きくするために絞りは開放です。これだけ離れると大輪の百合も被写界深度内に収まってくれます。
全体的にふわっとしたボケ味ではありますが、背後を見ると二線ボケが感じられます。それほど強烈な二線ボケではありませんが、やはり、画が汚くなってしまい気になります。
遠景はあまり得意ではないレンズというレビューも見られますが、ひどい写りをするわけでもなく、十分実用に耐えるレベルだと思っています。
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このレンズ、マクロレンズというにはちょっと力不足という感は否めませんが、半世紀以上も前に発売されたことを考えると素晴らしいレンズと言えるのではないかと思います。画角的には標準レンズでもなく中望遠レンズでもない、ちょっと中途半端な焦点距離ということもあって、使用する頻度はあまり高いとは言えません。ですが、ボケ味は結構気に入っていて、二線ボケの傾向はあるものの、それを注意すれば素直できれいなボケが得られるレンズではないかと思っています。
また、解像度についても十分に及第点だと思っていて、小さな野草なども細部までしっかりと描写してくれます。
私の持っている後期モデルの希望小売価格は90,000円(税抜き)でしたが、それが今や中古市場で数千円で手に入れることができます。マクロレンズというカテゴリーで販売しているのでちょっと損をしているように感じます。マクロではなく、通常の準中望遠レンズとしておいた方が受けが良かったのではないかと思ったりもします。
(2025.9.16)
