私は大判カメラ用の焦点距離210mmのレンズを4本持っていますが、特段、210mmのレンズが好きで使用頻度が高いというわけではありません。最初は1本だけだったのですが、友人から使わなくなった210mmレンズを譲り受けたものもありますし、何と言っても中古市場に出回っているタマ数が多いため、つい買ってしまったなんていうものもあります。
2年ほど前に衝動買いのようにゲットしたローデンシュトックのSironar-N 210mm 1:5.6 もそんなレンズの一つです。それまでは210mmというと、もっぱらシュナイダーのAPO-SYMMARを使っていたのですが、Sironar-N を手にしてからその写りが気に入ってしまい、今では210mmというとSirona-Nの使用頻度が最も高くなっています。
とにかく感覚的な説明しかできないのですが、シャープでありながら柔らかさの感じる描写というようなところが気に入っています。
私はレンズの数値的性能に関しては無頓着で、描写が気に入るか否かで選択している傾向が大ですが、もう少し客観的に特性がつかめるかも知れないということで、数か月前に作ったテストチャートでボケ具合を確認してみました。
あくまでも見た目のラフな確認であって定量的な計測ではないので、予めご承知おきください。
テストチャートを使っての撮影
まずは、以前に作ったボケ具合確認用のテストチャートを用いて撮影を行ないました。ボケ具合確認用のテストチャートの詳細については、下記のページをご覧ください。
「大判レンズのピントとボケ具合を確認するためのテストチャートの作成」
このテストチャートを45度の角度をつけて設置し、これを2.1m離れた位置から撮影をしました。
上の図のように、レンズの光軸を水平に保ち、光軸の先にピント合わせ用の十字のマーカーが来るようにして、ピントをこれに合わせます。
撮影距離に特に理由はありませんが、離れすぎるとボケが小さくなりすぎて比較しにくいだろうし、かといって近すぎても良くないだろうということで、レンズの焦点距離の10倍ほどということで決めました。
念のため、絞りは開放(F5.6)からF16まで、1段ずつ絞りを変えて撮影してみました。
撮影した環境は自然光が入る室内ですが、撮影は光が強すぎない曇りの日に行ない、テストチャートに直接光が当たらないようにしています。また、陰にならないようにテストチャートは窓側に向けての撮影です。
Sironar-N 210mmのボケ具合
実際にテストチャートを撮影した結果が下の写真です。
中央にある十字型のマークのところにピントを合わせ、絞り開放(F5.6)で撮影したものです。
前後に3個ずつのテストチャートを設置していますが、チャートの間隔は水平距離にして6cmごとに置いているので、中心から水平距離にして前後に18cmの範囲を写していることになります。チャートの位置が若干斜めになっているものもありますが、その辺りは大目に見てください。
この画像でもボケ方の特徴のようなものがなんとなくわかりますが、もっとわかり易いように一番手前のチャートといちばん奥のチャートの部分を拡大したのが下の画像です。
1枚目が一番手前(前ボケ)、2枚目がいちばん奥(後ボケ)の画像です。
前ボケ(1枚目)は全体がふわっとした感じにボケています。ボケ方に厚みがあるというか、前に膨らんだような印象で、細かな部分はボケの中に溶け込んでしまっているといった感じです。レンズからこの最前列のテストチャートまでの距離は約1.9mですから、それほど大きなボケにはなりませんが、もっと距離を詰めればボケの大きさは格段に大きくなります。
ちなみに、この距離における点光源が前ボケとなる大きさの理論値(近似式)は、
B = ((a - f)・b - (b - f)・a) / F / b
で計算できます。
この式に、
B : ボケ径
f : レンズの焦点距離 = 210mm
a : 主被写体までの距離 =2,100mm
b : 点光源までの距離 = 1,900mm
F : 絞り値 = 5.6
をあてはめて計算すると、最前列のテストチャートに点光源があったとして、そのボケ径B
は約3.95mmになります。更に、最前列のテストチャートが半分の0.95mの位置にあったとすると、そこの点光源のボケ径は約7.89mmになります。
また、ボケの広がり方は均等であり、どちらかに片寄ったような広がり方ではないので、クセのない素直なボケ方だと思います。
一方、後ボケ(2枚目)は柔らかくボケている中にも鮮明さが残っている感じです。ボケの広がり方はとても自然な感じがしますが、前ボケのように厚みのある感じはしません。また、前ボケに比べて元の形がわかり易いボケ方です。かといって、輪郭やエッジが強調されてしまっているようなことはなく、すっきりとした気持ちのよいボケ方だと思います。
実際に花や風景などの被写体を撮影した場合、前ボケはフワッとベールをかけたように、そして後ボケは元の形を残しながらも緩やかに溶けていくといった感じになるように思います。
対象とする被写体や個人の好みにもよると思いますが、後ボケが素直にとろけていく方が写真としては綺麗に見えるのではないかと思います。
参考までに、上記と同じテストチャートを絞りF16で撮影したものを掲載しておきます。1枚目が最前列(前ボケ)のテストチャート画像、2枚目がいちばん奥(後ボケ)のテストチャート画像です。
F16まで絞り込むと前ボケも後ボケも非常に似通っていて、区別がつきにくい状態です。
Sironar-N 210mmの解像力具合
ボケ具合の確認用のテストチャートを撮影したついでなので、解像力をチャックするためのテストチャートの撮影も行ってみました。
使用したのはISO-12233規格の解像度チャートですが、データをダウンロードして自宅で印刷したものなので品質や精度は十分ではありません。特に厳密な測定をするわけでもなく、解像力についての感触が得られればということで試してみました。
実際に撮影したものが下の画像です。
A4サイズに印刷したテストチャートがほぼファインダーいっぱいに入る位置でモノクロフィルムで撮影をしています。掲載した画像は解像度を落としてあるのでわかりにくいと思いますが、2,000LW/PHのラインまで解像しているので問題ないのではないかと思うレベルです。
実際にどれくらいの解像度が出ているのか、「HYRes IV」という解析用のフリーソフトを使って計測してみました。本来、このソフトはデジタルカメラの解像度を測定するものですが、撮影したフィルムをスキャナで読み取り、その画像ファイルをHYRes IVで解析するという、いたって簡単な方法で計測してみました。
このソフトで計測した結果は2,247本でした。本来、このチャートでは2,450本くらいまで計測可能なようですが、使用したプリンターの性能がそこまで追いついていないようで、レンズの限界というよりはプリンターの限界といった感じです。撮影したネガを4,800dpiでスキャンした画像では、最も細いラインも認識できているので、レンズの限界はもう少し高いと思われます。
また、今回は67判のフィルムを使って撮影しましたが、例えば4×5判で同じ範囲を撮影すれば解像度はより高まりますが、私の持っているプリンターではこれが限界です。テストチャートを倍の大きさのA3用紙に印刷すればプリンターの限界をカバーすることができ、より高い解像度の計測も可能になりますが、そこまでするほどでもなく、大体の感触は得られたと思います。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
レンズの性能は高いに越したことはありませんが、私はそれほどレンズの解像度や性能に拘る方ではありません。むしろ、ボケなど目視でわかる写り具合が自分にとって気に入るかどうかということに重きを置いています。私は風景写真を撮ることが多く、解像度の高いレンズで撮影した写真は見ていて気持ちが良いですが、やはり写真の味わいに与える影響はボケ具合などの方が大きいと思います。
ローデンシュトックのSironar-N 210mm 1:5.6 は衝動買いしたレンズですが、解像度もさることながらボケ具合も好みです。ボケ方を定量的に示すのは難しく、どうしても主観的、定性的になってしまいますが、すっきりした中にも柔らかで素直なボケ方が気に入っています。
私が持っている大判レンズの中で、かなり古いレンズや特殊なレンズを除けば写りの違いを特定するのはかなり難しく、比べて初めて分かる程度ですが、やはりこのように客観的に見てみるのもそれなりに意味があるように思います。
(2023年10月2日)