長野県の中部にある霧ヶ峰高原は、車山を最高峰に標高1,500mから1,900mに広がる比較的起伏の緩やかな高原で、八ヶ岳中信高原国定公園に指定されています。大きな樹林はほとんどないため、360度の展望がききます。
下界ではうだるような暑さでもここは爽やかな風が通り抜け、まさに別世界といった感じです。
梅雨明けの7月中旬ごろから一斉に咲き始め、高原全体を黄色に染めるニッコウキスゲは有名ですが、湿原も多く存在するため、他にもたくさんの高山植物があることでも知られています。
今年は梅雨開けが異常に早かったせいか、霧ヶ峰高原の花もだいぶ進んでいる感じですが、今回は、夏の霧ヶ峰高原で撮影した花をいくつかご紹介します。
【Table of Contents】
ニッコウキスゲ(日光黄菅)
霧ヶ峰の中でもニッコウキスゲが広範囲に群生しているのは、強清水周辺とヴィーナスの丘と呼ばれる車山肩から蝶々深山の一帯にかけてです。特にヴィーナスの丘の辺りの群生密度はとても高く、まさに一面が黄色に染まります。
しかし、花の数はその年によってずいぶん差があり、少ない年は一面に黄色というわけにはいかず、まばらな感じのときもあります。それでもかなりの数の花が咲いているのですが、多いときの映像が脳裏に焼きついているので、余計にそう感じるのかもしれません。
高原の高く青い空とニッコウキスゲのコントラストはとても美しく、爽やかな印象を受けますが、朝日が昇って黄色の花がオレンジ色に染まる景色も幻想的で、ほんのわずかの時間だけ見ることのできる光景です。
下の写真は朝日が昇った直後に撮影したものです。
右上にあるのが車山で、その左側に薄く見えているのが蓼科山です。
車山の山頂には気象レーダーのドームが設置されているのですが、この時はいい具合に霧がかかってドームを隠してくれました。
霧ヶ峰高原はその名の通り、霧の発生がとても多く、特に明け方はものすごい早さで霧が流れていくので、霧のかかり方によっては雰囲気が大きく変わってしまいます。個人的には、太陽が稜線の上に出たくらいの時の光の具合がいちばん好きで、この時に霧がどうかかっているかはまさに神頼みといった感じです。
ニッコウキスゲは一日花のため、一つの花は一日でしぼんでしまうようなのですが、次から次へと咲くので、およそ一週間ほどはこのような見事な状態が続きます。
近年、ニホンジカの食害や踏み荒らしによる被害からニッコウキスゲを保護するため、電気柵が設けられています。その効果もあってニホンジカの数も減少しているようです。以前は夜中に霧ヶ峰に向って車を走らせていると鹿に遭遇することが良くありましたが、最近はあまり見かけなくなりました。
ウスユキソウ(薄雪草)
亜高山帯に分布しているキク科の植物で、ヨーロッパのエーデルワイスと同じ仲間です。エーデルワイスのようなモコモコした毛がないので、薄く雪をかぶっているという例えはまさにピッタリという感じです。ウスユキソウという名前は、植物の中でも雅名の一つに数えられているようで、確かに優雅な名前ではあります。
同じ仲間のミネウスユキソウやタカネウスユキソウはもっと標高の高いところに咲いていますが、霧ヶ峰高原で見ることができるのはこのウスユキソウだけです。
草原のようなところでも育成していますが、上の写真のような岩礫地でよく見かけます。生育環境がわかるように、両側の岩を多めに入れてみました。
どちらかと言えば地味な花で、赤や黄色の花のように目を引くわけではありませんが、見つけた時はつい立ち止まって見てしまう、そんな魅力のある花です。
あまり広い範囲を写し込むと雑然とした感じになってしまうので、少し離れたところから望遠レンズを使って撮影しています。ぼかし過ぎて背景が何だか分からなくなってしまわないよう、適度な距離と絞りを選んでいます。
シシウド(獅子独活)
背丈が2mを超えるほど伸びるセリ科の植物です。霧ヶ峰高原では良く見かけますし、他の植物に比べて抜きんでて大きいのでとても目立ちます。
花火のように広がった花にはたくさんのハチやハナアブがひっきりなしに来ており、花の上はとても賑わっています。
上の写真は、太陽がちょうど南中にかかるころに撮ったものです。
シシウドの根元に屈みこみ、カメラを太陽のある方向に向けて撮影しました。太陽は直接入れていませんが、画のすぐ右側にあるのでかなりのプラス補正をしています。シシウドが白くなりすぎないように、かといってシルエットになってしまわないように、夏の高原の明るさを出すように露出値を決めましたが、完全にシルエットにしてしまっても良かったかもしれません。
このように真夏の太陽の光をもろに受けるような場合、レンズやカメラがダメージを受けてしまうので短時間で撮り終えてしまわねばなりません。また、これは短焦点(45mm)レンズを使っていますが、それでもファインダーを長く覗いていると目に悪影響があると思われるので注意が必要です。
シシウドは花が終わると結実し、やがて本体は枯れてしまいます。茶色くカサカサとした茎が折れているのを見ると、秋が来たなという感じがします。
なお、春の新芽は食べられるらしいですが、私は食べたことはありません。確かに芽が出てきたところはウドとよく似ていて、間違えて採ってしまいそうです。
ハクサンフウロ(白山風露)
霧ヶ峰高原ではニッコウキスゲと並んで人気のある花です。
小さな花ですが、赤紫色の花はとてもよく目立ちます。背丈は30~50cmほど、他の植物の中に埋もれるようにして咲いています。花の直径は3cmほどで、花芯の辺りが白くなっているのが特徴的です。小さな花ですが結構たくさんの花をつけるので、宝石をちりばめたようです。
このほかにグンナイフウロやタチフウロ、アサマフウロなどのフウロソウの仲間を何種類か見ることができます。
群生している中から一輪だけを撮ったのが下の写真です。
背丈の低い花なので、どうしても俯瞰気味の撮影が多くなってしまうのですが、ひょんと飛び出した一輪を見つけたので下から見上げるようなアングルで撮りました。
花の傷みもなく綺麗だったのと、茎が描くラインがとても美しかったので、それを強調するように背景は極力シンプルにしました。バックを大きくぼかすように接写リングを使っています。
あまり明るくし過ぎると雰囲気が損なわれてしまうので、露出はアンダー気味にしています。
また、花弁にわずかな朝露が残っていると思いますが、あっという間に消えてしまうので、のんびりと構えてはいられません。
下半分が紫色にぼやーっとしていると思いますが、これはバックに咲いているハクサンフウロのボケです。
因みに、こんな感じで咲いています。
ホソバノキソチドリ(細葉の木曽千鳥)
野性の蘭の一種で、深山の草原のようなところに自生する多年草です。
背丈は20~30cmほどと小さく、草むらに咲いて、しかも花が黄緑色なのでよく探さないと見つかりません。花は小さいのですが非常に複雑な形状をしており、いかも蘭といった感じです。五線紙の上に書かれた音符のようにも見えます。
同じ仲間にトンボソウというのがあり、非常によく似ているのですが、距がピンと跳ね上がっているので何とか見分けがつきます。霧ヶ峰高原ではトンボソウの方が圧倒的に個体数が少ないと思われます。
草むらで見つけたホソバノキゾチドリ、花の数は多くありませんが撮ってみました。
何しろ、これ以上ないというくらい花が地味なので、草むらの中からこの花を浮かび上がらせるのは結構大変です。
光が入り込んでいない方がバックは柔らかくなるのですが、花自体も平坦な感じになってしまいます。バックが少々うるさくなってしまいましたが、光が当たってコントラストがついているところを狙ってみました。それだけだとアクセントに欠けるので、隣に玉ボケを入れてみました。
右側からスーッと伸びている細い葉っぱを入れるのは迷ったのですが、そのままにしておきました。
このほかにも野性の蘭の仲間のミズチドリやテガタチドリ、クモキリソウなども非常にまれではありますが、見かけることがあります。いずれも多年草なので、見つけると翌年も同じ場所に咲くはずなのですが、数年後に訪れてみたが見当たらないということもよくあります。盗掘されてしまうのかもしれません。
シュロソウ(棕櫚草)
湿り気の多い場所を好むらしく、湿原では割とよく見かけます。
時に群生することもあり、そこそこ見応えはありますが、花の色はお世辞にも美しいとはいえません。
茎は1m近くまで伸びますが、花はとても小さくて5mmほどしかありません。この小さな花が茎の周りにびっしりとついている様は、試験管を洗うブラシのように思えてなりません。
強い毒性を持った植物というのは多くありますが、このシュロソウも根茎に毒があるらしいです。
この花、日中はどのように撮ってもさえない写真になってしまうので、朝日が差し込んでいる状態で撮影してみました。
前方から朝日が差し込んでいる状況で、お世辞にも美しいと言えない花も、だいぶ鮮やかになってくれました。朝日なので色温度が低く、かなり赤みが強くなっていますが、玉ボケも手伝って朝の感じは出ているかと思います。
写真ではわかりにくいかも知れませんが、花弁はかなり肉厚です。この厚い花弁を透過する強い光、そして花が密集しているため、輪郭がわかりにくくなってしまいました。もう少し早い時間帯、日の出直後あたりだと朝露をまとっているので、もっと風情のある写真になったと思います。
小さくてよくわかりませんが、虫が張り付いています。
マツムシソウ(松虫草)
亜高山帯で広く見ることができます。薄紫色の花はとても涼しげな感じがして、群生したマツムシソウが風になびいている光景はとても風情があります。
低山や平地でも見ることがありますが、標高の高いところの花に比べると花弁の数が少なく、どことなく貧相な印象を受けます。
花が終わると花床が盛り上がって、まるでイガクリ坊主のような愛嬌のある姿になります。
日本固有種ですが、多くの都道府県で減少傾向にあるらしく、レッドリスト入りした絶滅危惧種になっているようです。
下の写真は夕暮れに近づいてきたころ、マツムシソウをシルエットで撮影したものです。
そのままで撮ると空が白くなりすぎてしまうので、色温度変換フィルター(W10)を装着しています。
あまりたくさん群生しているとゴチャゴチャしてしまうので、数本の茎がいい塩梅に伸びている株を選んで撮りました。より、夕暮れの感じが出せればと思い、傍らに草を入れてみました。
太陽を入れていますが、前で紹介したシシウドの写真と違い、太陽高度が低くなっているのと、薄く雲がかかっているのとで、強烈な夏の太陽の印象はありません。
また、この時は持ち合わせていなかったのですが、軽くレフ板をあてて、マツムシソウのシルエットを少し柔らかくするのもありだと思いました。
この時期の霧ヶ峰高原は、一年でもっとも賑わう季節ですが、夕暮れが近づくと人の数のずいぶんと減り、撮影するにはありがたい時間帯です。
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霧ヶ峰高原の夏は本当に短くて、8月の声をきくとそろそろ秋の気配が漂い始めます。そして、咲く花の種類も夏の花から秋の花へと一気に入れ替わります。秋の花は地味な色合いのものが多いのに加えて、8月になると訪れる人の数もぐっと減るので、うら寂しさを感じるほどです。
8月の半ばごろに、今度は秋の花を撮りに訪れれみたいと思っています。
(2022.7.24)