私はこれまでに結構な数のカメラやレンズを所有してきました。私はコレクターではありませんのでプレミアムがつくような機材にはあまり縁がなく、もっぱら普通に使用するための機材ばかりです。新品で購入したものもあれば中古品として購入したものもありますが、一度手にした機材に対しては愛着のようなものがあり、使用頻度の高い低いに関係なく常に手元に置いておきたくなるものです。
しかしながら、使用頻度の低いカメラやレンズを大量に持っていても置き場所に困るし、使わないとあちこち不具合が生じたりします。カメラやレンズたちにとってもちゃんと使ってくれる人のもとに行った方が幸せだろうという思いもあり、手放してしまった機材もかなりの数になります。
たとえ使う頻度が少ないとはいえ、それらを手放すときには断腸の思いというか、後ろ髪を引かれるというか未練が残るというか、とにかく、なかなか踏ん切りがつかないものですが、そんな思いもたくさん経験をしてきました。
そんな葛藤をしながらでも、一旦手放してしまえば、それはそれでさっぱりとしたものでしたが、中には「やっぱり手放すべきではなかった」と、いまさらながら後悔しているカメラやレンズが数台あります。
【富士フイルム レンズ交換式レンジファインダーカメラ TX-1】
このカメラは1998年に富士フイルムから発売された35mm判のレンジファインダーカメラで、最大の特徴はフルパノラマ写真が撮れるという点です。1990年代の前半頃に、24mm x 36mmのコマの上下をマスクした「なんちゃってパノラマ写真」が撮れるカメラが人気を博し、各メーカーがこぞって発売していましたが、このTX-1は24mm x 65mmという本格的なパノラマ写真が撮れるカメラでした。
しかも、通常のコマ(24mm x 36mm)とパノラマ(24mm x 65mm)がボタン一つでコマごとに切り替えることが出来る、つまり、通常のコマとパノラマが1本のフィルムの中で混在することができるという画期的なカメラでした。
当時のメーカー希望小売価格は168,000円でした。
また、このカメラはハッセルブラッド Hasselbladと共同開発されたとのことで、ハッセルブラッドからは「X-PAN」という名称で発売されていました。
残念ながらカメラ自体を撮影していないので写真がありません。取扱説明書の表紙を転載します。
レンズはSUPER-EBC FUJINON 30mm、45mm、90mmの3本がラインナップされていました。約70mmという対角をカバーする必要があるので中判カメラ用のレンズ並みのイメージサークルを持っているのですが、それぞれとてもコンパクトなレンズでした。私は45mmと90mmの2本を持っていましたが、やはりパノラマ写真を撮るという点では45mmのレンズの方がしっくりとくる感じがありました。
より広角の30mmレンズも欲しかったのですが、おいそれと手を出すことができないほどの非常に高額なレンズでした。加えて、周辺光量の落ち込みが大きく、それを回避するためにセンターNDフィルターの使用が必要でしたが、このフィルターも驚くほど高額であったため、結局のところ、30mmレンズを手にすることは叶いませんでした。
カメラ本体は一般的なレンジファインダーカメラを横にグーっと引き伸ばしたような形状をしていますが、とてもスタイリッシュな印象でした。カメラのホールディング性もとてもよく、それなりに大きいのですがその大きさを感じさせないカメラでした。
カメラ全面右側にはグリップがついていて、標準品は黒い樹脂製でしたが、私は木製のグリップに交換して使っていました。シャンパンゴールドのボディーカラーと赤茶色の木製グリップのコントラストがとても洗練された感じに思えました。
通常の24mm x 36mmのコマとパノラマを混在させて撮ることが出来るというのは上で書いた通りですが、36枚撮りフィルムをすべてパノラマモードで撮ると21枚の撮影が可能です。一般的な35mm用スリーブの1段に3コマを収めることが出来ます。
また、現像をラボに依頼すると長尺仕上げ(長巻現像)で戻ってきますので、自分でカットする必要がありました。
2003年にはTX-1の後継機としてマイナーチェンジされたTX-2という機種が発売されましたが、私は使ったことがありません。基本的な仕様や形状はTX-1とほぼ同じですが、いくつかの改善が施されていたようです。
残念ながら、TX-1、TX-2ともに2006年11月に出荷終了となってしまいました。発売から出荷終了まで約8年という短い期間ではありましたが、結構人気のカメラだったようです。
現在は、手に入れようとすると中古市場で探すしかありませんが、驚くほどの高値がついています。果たしてその価格で買う人がいるのだろうかと思ってしまうほどです。
私はこのカメラで主に縦位置のパノラマ写真を撮っていました。縦長をパノラマというのかどうかわかりませんが、掛け軸のような感じの写真になります。横長に比べて縦長が合う被写体を探すのが結構大変でしたが、うまく縦長にはまると何とも言えない満足感がありました。
また、リバーサルフィルムで撮影したポジをライトボックス上で見ると、35mmフィルムとは思えないほどの迫力があって、見入ってしまうほどです。
そんなお気に入りだったカメラを手放してしまったのが本当に残念でなりません。
当時、私が保有していたカメラやレンズの約7割は35mm判でしたが、もっぱら中判や大判で撮影することが多く、35mm判を持ち出すことがほとんどなくなってしまったため、あるとき、35mm判の機材のほとんどを手放してしまったことがあります。その中にこのTX-1も含まれていました。手放すか手元に残しておくかずいぶんと迷ったのですが、使う頻度が少ないこともあり、もっと活躍できる環境で使ってもらった方が良いとの思いから手放してしまいました。私が使っていたのは新品で購入したもので、非常に程度も良く、動作的にも何ら問題のない状態でした。
いまも時どき、このカメラで撮影したポジを眺めることがありますが、もう一度使ってみたいという気持ちがふつふつと湧いてきます。中古品を購入したくなる気持ちもありますが、今のところ、何とか踏みとどまっています。
ちなみに、PENTAX67を少々いじって35mmフィルムでパノラマ写真を撮ることが出来るようにしているので、同じような写真を撮ることはできるのですが、機動性や洗練されたデザインなど、到底TX-1に及ぶものではありません。
【ツァイスイコンのレンジファインダーカメラ Contax Ⅱa】
Contaxは言わずと知れたドイツのツァイス・イコン社が世に送り出した名機ですが、私が持っていたのはContax Ⅱaというレンジファインダーカメラです。
最初のContax Ⅰ型がつくられたのは1932年とのことですので、間もなく一世紀が経とうとしています。Contax Ⅱ型は4年後の1936年から製造されていたようです。
第二次大戦後、ドイツは東西に分断されてしまいますが、1950年に旧西ドイツのツァイス・イコンでつくられたのがContax Ⅱaです。Ⅱaには大きく分けて前期型と後期型がありますが、私が持っていたのはカラーダイヤルと呼ばれる後期型で、シャッタースピードのダイヤルがカラーになっているモデルです。レンズはゾナー Sonnar 50mm f1.5がついていました。
戦前に作られたⅡ型と比べても全体のデザインはよく似通っていますが、随所に改良がくわえられたり、サイズも少し小さくなっているようです。それでも、当時は家が買えるのではないかと言われるほどの高額だったようです。
もちろん、私は中古品を購入したわけですが、なぜこのカメラを手に入れようと思ったかというと、そのデザインに一目惚れしたというところです。カールツァイスのレンズも魅力的でしたが、レトロ感が漂いながら古臭さを全く感じさせない、まさにカメラとはこうあるべきではないかと個人的に思っていました。
ただし、使いやすいカメラかというとそうではなく、近年のカメラに比べると使いにくいと感じるところがいくつかあるカメラでした。
レンズ交換式のカメラですが、私はSonnar 50mm F1.5のレンズ以外は持っていませんでした。このレンズは3群7枚という構成で、近年のレンズではほとんど見かけることがない構成だと思います。コシナからこのレンズを継承した現代版Sonnar 50mmともいえるレンズが販売されていますが、こちらは4群6枚構成となっているようです。
本家のSonnar 50mm F1.5 はおよそ100年も前に作られたレンズですから、当時は大口径の高性能レンズだったのでしょうが、やはり現代のレンズと比べると劣る点があるのは仕方のないことだと思います。
絞りを開いて撮ると球面収差も目立ちますし、像面湾曲もあるのでいわゆるぐるぐるボケが発生します。色収差も周辺では目立ちますが、それらすべてがこの時代のレンズの味だと思うととても愛着がわきます。私はクラッシックレンズとかオールドレンズというものに特に執着があるわけではありませんが、近年のとても鮮明に写るレンズに慣れてしまうと、多少クセのあるレンズの方が味わい深く感じることもあります。
私はこのカメラをスナップ用としてよく使っていました。気品にあふれたカメラを持って街に出かけると、何ともいえず高揚した気分になったことを覚えています。ほかにも35mm判のレンジファインダーカメラや一眼レフカメラを何台も持っていましたが、スナップ撮影でこのカメラのようにワクワクした気分になることはありませんでした。
しかし、スナップ写真を撮ることがどんどん減ってしまい、前にも書いたように35mm判カメラを使う機会がめっきり減り、このカメラも手放してしまいました。
カメラは使ってこそ価値があるというのが私の持論ですが、このカメラは使わなくても良いから手元に置いて眺めていたいと思わせる数少ないカメラでした。手に取ったときの金属のヒンヤリとした質感やずっしりとした重みが懐かしく思います。
ちなみに、1975年にヤシカ(後の京セラ)から発売されたCONTAX RTSというカメラはCONTAXブランドを復活させたカメラではありますが、ロゴがすべて大文字になっており、ツアイス・イコンのContaxとは全く別物のカメラです。
【ヤシカ・コンタックス プラナー Planar 85mm F1.2】
私が主に使っていた35mm判カメラはヤシカ・コンタックスのRTSやRTSⅡ、S2、S2b、Ariaなどです。コンタックスを使う前はニコンのF3やFE2などがメインでしたが、どうしてもカールツァイスのレンズが使いたくなってコンタックスに変更しました。
コンタックスのレンズはどれもが高額でしたが、程度の良い中古品も含めてコツコツと揃えていきました。お気に入りのレンズは何本もあったのですが、その中でもとても気に入ってたのがPlanar 85mm F1.4 というレンズでした。人気の高いレンズで、特にポートレートを撮る人達からは絶大な支持があったようですが、私は主に花の撮影用に使っていました。プラナーらしいシャープな画像やとろけるような柔らかなボケ、まさにうっとりするという言葉が当てはまるレンズでした。
ところがPlanar 85mmには1983年に発売されたf1.2(AEG)というレンズがありました。コンタックスの50周年記念として500本限定で販売されたドイツ製のレンズでしたが、高額で希少なレンズのため、高嶺の花という存在でした。何とか手に入れたいと思ってはいましたが、市場に出回っている数がとても少なく、まれに見つけてもお高くて手が出ませんでした。
その後、1992年には同じく60周年記念としてPlanar 85mm f1.2(MMG)というモデルが発売されました。その影響なのか、初代の50周年記念モデルの中古市場価格が少し下がった感じがしました。
そしてある日、ついに50周年記念モデルのPlanar 85mm f1.2(AEG) を手に入れることが出来ました。もちろん中古品ですがとても程度も良くて、何とか私の許容範囲の価格に収まっていました。
このレンズを初めて使ったときの印象は、それまで使っていたPlanar 85mm f1.4 と比べると驚くほどピントが浅いということでした。Planar 85mm f1.4 も絞り開放にするととてもピントが浅いレンズでしたが、Planar 85mm f1.2 は全く別次元のレンズという感じでした。開放F値がわずか1/2段しか違わないのにこれほどまでに異なるのかという驚きです。
絞りを開いた状態でのピント合わせには苦労するレンズでしたが、現像から上がってきたポジを見たときの美しさにはうっとりさせられました。
ヤシカ・コンタックス用の85mmレンズは2本のプラナーのほかにゾナー(Sonnar 85mm f2.8)も持っていて、剃刀のようなシャープさを持つゾナーの写りもたいそう気に入っていたのですが、それとは対極にあるようなPlanar 85mm f1.2 の虜になってしまったという感じでした。このレンズで風景を撮ることはほとんどありませんでしたが、このレンズを手に入れてから花を撮る頻度は確実に増えました。
そんなお気に入りのPlanar 85mm f1.2 も、その他のたくさんの35mm判のカメラやレンズとともに手放してしまいました。
今でも、あの大きな前玉を覗き込んだ時の、どこまでも深く澄んだ水底を見ているようなほれぼれとする美しさが脳裏に焼き付いています。
ヤシカ・コンタックスのレンズは相変わらず人気があるのか、中古市場でも価格が下がっていない感じです。むしろ、若干上がっているようにも思います。いまはマウントアダプターを用いることで最新のデジタルカメラにも取付けて使うことが出来るので、クラッシックレンズファンの方には需要があるのかも知れません。
35mm判カメラを使うことが少なくなったという理由で一気に放出してしまいましたが、手放さずに持っていればよかったかなと後悔に似た気持ちがあるのも正直なところです。しかし、1~2台を手元に残しておくとさらに物欲が湧いてきて、また機材が増えていってしまうということになりかねません。やっとレンズ沼から抜け出した(と自分では思っている)のに、逆戻りしてしまうのも不本意だと自分を慰めています。
いま私の手元にあるのは中判と大判がほとんどで、35mm判はコンパクトカメラが2台だけという状況です。何年後かには今あるカメラやレンズも手放そうと思う時が来るかもしれませんが、これは手放したらきっと後悔するだろうと思われるものがいくつかあります。
カメラやレンズには人を引きつける魔力のようなものがあると、あらためて思います。
(2026.1.25)
